人生3周目の勇者
第34話 父を殺した話 前編
私の名前はゲルダ。名前の無い母が付けてくれた大切な名前だ。
――私は父を殺した。
遠い昔の話、初代魔王がディエステラに誕生するより更に前の話。
その時代は魔族にとっても悲惨な世界だった。天界から異世界放棄を受けてディエステラに落ちた魔族は、この世界でも必要の無い存在だったのだ。
ママは言う「あなたは悪くないわ、悪いのは全部私よ」
パパは言う「ベーリヒこそが至高の種族、私達は間違ってなどいない!」
毎日生きていくのに必死だった。魔族に人権など無く、虐げられて当然の時代。そんな中パパは、ベーリヒらしい高位種族主義な考えに固着し人間に媚びる事を断固として選ばない人だった。
ノール大陸の北、トレインチェ国。イーリス海に面した小さな村で、ママは人間に飼われて娼婦として働き、売春小屋の1室を借りて3人で暮らしていた。パパはデブラをキメて、酒に溺れ、時々訪れる魔族の同胞に魔族思想な話を語る。8歳の私は、ママの教えで身体は売らず、かわりに人間に頭を下げてマムを稼いだ。
『聖ピクサリス』人間のための教団が定めた法。『天界から堕とされた者は、人間に害をなす悪魔である』産まれた時からそう言われてきたのだから、生きているのが間違いなのだと、私自身でさえそう思っていた。村で人間の持ち物が無くなれば私達の仕業だし、村の人間が病にかかっても私達が悪いのだと。真実なんか存在しない。そう思っていた。
そんな日々の中、人間の友達が出来た。5歳年上、13歳の女の子。産まれてから8年で初めての『友達』という存在。私は彼女が大好きだった。だから名前もあげる事にした。
「いい?〇〇……私達魔族にとって名前とはほんっとーーーに大切なものなの。心から信じた相手にしか渡せないの。私は〇〇の事が好きだから名前を教えてあげるのよ!」
「分かったわ!誰にも言わない!」
「本当に?」
「ほんとのほんと!私が信じられないの?」
「そうね、分かったわ……ゲ……ゲルダよ!私はゲルダ!」
安直な子供の約束だが、彼女はちゃんと守ってくれた。村に出て、人間の大人に頭を下げてマムを貰う時も、彼女は手伝ってくれた。こんな事も初めてだったから、凄く嬉しかった事を憶えている。
「お願いします……お願いします……」
「ちょっと!そこのおじさんっ!」
「な……なんだね?」
「この子が頭を下げてるんだから、助けてあげたらいいじゃない!マム持ってるんでしょ?」
「な……何故わしが魔族の小汚い子供なんぞに……」
「あー、そういう事言うんだ?きっつー。おじさんいくつ?マジ差別とか古いよ?」
「んな……」
「私がマム持ってたらみんなあげるんだけどさ……パパがケチなのよね、ほらおじさん!出して出して!」
「なにを……こらっ……さわるなっ!」
勢いよく小突かれる〇〇、普通の子供なら声を上げて泣く所だが、彼女は違った。
「いったーい……、あんた手出したわね?いいじゃない。大声出して泣いてやるわ、私は村長の娘よ⁉タダで済むと思わない事ね!!覚悟しなさい……うわぁあああぁああああっっ!!!!」
「わかった!すまなかった!ほら!やるよ!マムだ!もってけ!」
皮の袋を逆さにして、地面にマムをばら撒き走って逃げる人間。
「へへ!見た?ゲルダ!あのおじさん、半ベソかいてたわよ!やったわね!」
「うん……ありがとう、〇〇」
もちろん『村長の娘』なんて話は嘘だ。彼女は度胸だけじゃなく頭もキレた。私は本当に彼女を尊敬し、心から愛していた。毎日会った、彼女は私の世界を変える程の存在だったのだ。
それから2年後、彼女は15歳、私は魔族ゆえに10歳で大人の体つきになってしまった。それでも「魔族は成長が早くて羨ましいわ」と茶化すだけで、相変わらず友達でいてくれた。更に時が過ぎ、〇〇が20歳の立派な大人の女性になった時には「やっと追いついたわ!」と笑顔を向けてくれた。一切特別視する事無く、変わらず仲良く居てくれる〇〇。
悲惨な世界だったけど、確かな幸せを感じていた。
私が大人の身体に成長した頃から、人間の男が度々寄って来るようになった。身体目当ての男達だ。先にママから話を聞いていたから、上手くかわして、他の仕事を貰えるように動いた。人間の男がやる仕事、力仕事を任されるようになった。1つだけ注意しながら働く、ママの教えだ。『本気を出せばすぐ片付くような仕事でも、しっかり手を抜いてやる』人間の理解できない力を発揮すると怖がられてしまうため、それに気を付けながら頑張った。
ママの教え通りに働いて、今までより多くのマムが稼げるようになり、パパも良いお酒を飲めるようになった。それに人間のお友達も居る。それだけで充分幸せだった。
私が20歳、〇〇が25歳を迎えた冬頃、ママのお仕事が忙しくなりはじめた。傷を作って帰って来る事が多くなったのだ。見るなと言われていたから目をつぶるようにしていたけど、ある時両腕を折られて帰って来た、流石に見ないふりも出来なかったが、それでも「すぐ治るから大丈夫だ」と何度も言われて、終いには追い出された。
パパが連れ込む魔族の人達も徐々に増え始め、ママの仕事が休みの時は必ず集会がひらかれるようになっていた。その度にまた家を追い出される私は、仕事に出かけるか〇〇と会うようにした。今思えば丁度、世界戦争の開幕時期で、各国が荒れ始めた頃だったと思う。
「ねぇ、ゲルダ?あなた、恋をした事ある?」
〇〇の唐突な質問には慣れていた、彼女は色んな事を聞いて来る。「朝露はなんで沸くの?」「ゲルダの角はいつ生えるの?」「ママさんのお休みはいつ?」この質問攻めに白旗を上げて、名前を教えた事を思い出す。小さい頃から質問をするのが好きな〇〇は、相変わらず突拍子もない事を聞いて来た。
「ないよ……。私あまり希望を持たないようにしているもの」
「あら、それは駄目よ!恋はいいわ!毎日が夢のように明るく感じられるのよ!」
「だからだよ……。〇〇は恋をしているの?」
「ええ!相手は言えないけどね!」
「えー!教えてよ!」
「だーめ!」
いくらマムを稼いでも使えるお店が無い私は、彼女と遊ぶ際、いつもこの木の下で待ち合わせをして、持ち寄ったお茶やお弁当を食べた。「わたしのせいでごめんね」と言うと「お店なんか行き飽きてるから大丈夫」と笑ってくれる。
――本当に最高の友達だと思っていた。
その日の仕事は、いつもより早く上がれた。畑仕事だったが、その年の収穫は薄く、仕事量も減っていたから早く返されてしまったのだ。いつも通り、売春小屋の裏口から入り自分達の部屋の前に着くと、中から音が聞こえた。周りの部屋から毎日漏れ聞こえてくる音と似た声。ボロボロの売春小屋は筒抜けで、見るつもりも無かったのだが、空いた隙間から覗いてしまった。やめておけばよかったんだ。
裸体の男女、二人ともよく知っている人物だ。初めはパパとママが仲良くしているのかと思い、咄嗟に目を背けたが、記憶の中にある女性の方が違った。改めて耳をかたむけると、声もよく知っている。
――パパと〇〇がまぐわっていたのだ。
何とも言えない感情に押しつぶされて、その場を離れた。全力で走って、一瞬でいつもの木の下に着いた。
〇〇が恋をしていた相手は、私の父だったのだ。しかもパパはそれを受け入れていた。ママがあんなひどい目に合っている中で、パパは私の友達と性をむさぼっていたのだ。……その日を境に状況が悪化し始めた。
目撃してしまった後は、時間を置いて帰宅した。いつも通りトリップして酒を飲んでいるパパが居る。内心では、複雑な感情がざわつき暴れていたけど、パパはあんな状態だ、当然悟られる事は無かった。ママも傷だらけで帰り、癒えるのを待つばかり。見慣れた風景で、誰にも気付かれずに済んだ。
〇〇とは気まずくて、会うのも避けた。彼女を思い出すと、あの性に溺れて緩み切った醜い表情を思い出してしまう、必死で忘れる事を選び、唯一の友達を失った。
それからまた数か月後、更に醜悪な日を迎える事になる。
――私は父を殺した。
遠い昔の話、初代魔王がディエステラに誕生するより更に前の話。
その時代は魔族にとっても悲惨な世界だった。天界から異世界放棄を受けてディエステラに落ちた魔族は、この世界でも必要の無い存在だったのだ。
ママは言う「あなたは悪くないわ、悪いのは全部私よ」
パパは言う「ベーリヒこそが至高の種族、私達は間違ってなどいない!」
毎日生きていくのに必死だった。魔族に人権など無く、虐げられて当然の時代。そんな中パパは、ベーリヒらしい高位種族主義な考えに固着し人間に媚びる事を断固として選ばない人だった。
ノール大陸の北、トレインチェ国。イーリス海に面した小さな村で、ママは人間に飼われて娼婦として働き、売春小屋の1室を借りて3人で暮らしていた。パパはデブラをキメて、酒に溺れ、時々訪れる魔族の同胞に魔族思想な話を語る。8歳の私は、ママの教えで身体は売らず、かわりに人間に頭を下げてマムを稼いだ。
『聖ピクサリス』人間のための教団が定めた法。『天界から堕とされた者は、人間に害をなす悪魔である』産まれた時からそう言われてきたのだから、生きているのが間違いなのだと、私自身でさえそう思っていた。村で人間の持ち物が無くなれば私達の仕業だし、村の人間が病にかかっても私達が悪いのだと。真実なんか存在しない。そう思っていた。
そんな日々の中、人間の友達が出来た。5歳年上、13歳の女の子。産まれてから8年で初めての『友達』という存在。私は彼女が大好きだった。だから名前もあげる事にした。
「いい?〇〇……私達魔族にとって名前とはほんっとーーーに大切なものなの。心から信じた相手にしか渡せないの。私は〇〇の事が好きだから名前を教えてあげるのよ!」
「分かったわ!誰にも言わない!」
「本当に?」
「ほんとのほんと!私が信じられないの?」
「そうね、分かったわ……ゲ……ゲルダよ!私はゲルダ!」
安直な子供の約束だが、彼女はちゃんと守ってくれた。村に出て、人間の大人に頭を下げてマムを貰う時も、彼女は手伝ってくれた。こんな事も初めてだったから、凄く嬉しかった事を憶えている。
「お願いします……お願いします……」
「ちょっと!そこのおじさんっ!」
「な……なんだね?」
「この子が頭を下げてるんだから、助けてあげたらいいじゃない!マム持ってるんでしょ?」
「な……何故わしが魔族の小汚い子供なんぞに……」
「あー、そういう事言うんだ?きっつー。おじさんいくつ?マジ差別とか古いよ?」
「んな……」
「私がマム持ってたらみんなあげるんだけどさ……パパがケチなのよね、ほらおじさん!出して出して!」
「なにを……こらっ……さわるなっ!」
勢いよく小突かれる〇〇、普通の子供なら声を上げて泣く所だが、彼女は違った。
「いったーい……、あんた手出したわね?いいじゃない。大声出して泣いてやるわ、私は村長の娘よ⁉タダで済むと思わない事ね!!覚悟しなさい……うわぁあああぁああああっっ!!!!」
「わかった!すまなかった!ほら!やるよ!マムだ!もってけ!」
皮の袋を逆さにして、地面にマムをばら撒き走って逃げる人間。
「へへ!見た?ゲルダ!あのおじさん、半ベソかいてたわよ!やったわね!」
「うん……ありがとう、〇〇」
もちろん『村長の娘』なんて話は嘘だ。彼女は度胸だけじゃなく頭もキレた。私は本当に彼女を尊敬し、心から愛していた。毎日会った、彼女は私の世界を変える程の存在だったのだ。
それから2年後、彼女は15歳、私は魔族ゆえに10歳で大人の体つきになってしまった。それでも「魔族は成長が早くて羨ましいわ」と茶化すだけで、相変わらず友達でいてくれた。更に時が過ぎ、〇〇が20歳の立派な大人の女性になった時には「やっと追いついたわ!」と笑顔を向けてくれた。一切特別視する事無く、変わらず仲良く居てくれる〇〇。
悲惨な世界だったけど、確かな幸せを感じていた。
私が大人の身体に成長した頃から、人間の男が度々寄って来るようになった。身体目当ての男達だ。先にママから話を聞いていたから、上手くかわして、他の仕事を貰えるように動いた。人間の男がやる仕事、力仕事を任されるようになった。1つだけ注意しながら働く、ママの教えだ。『本気を出せばすぐ片付くような仕事でも、しっかり手を抜いてやる』人間の理解できない力を発揮すると怖がられてしまうため、それに気を付けながら頑張った。
ママの教え通りに働いて、今までより多くのマムが稼げるようになり、パパも良いお酒を飲めるようになった。それに人間のお友達も居る。それだけで充分幸せだった。
私が20歳、〇〇が25歳を迎えた冬頃、ママのお仕事が忙しくなりはじめた。傷を作って帰って来る事が多くなったのだ。見るなと言われていたから目をつぶるようにしていたけど、ある時両腕を折られて帰って来た、流石に見ないふりも出来なかったが、それでも「すぐ治るから大丈夫だ」と何度も言われて、終いには追い出された。
パパが連れ込む魔族の人達も徐々に増え始め、ママの仕事が休みの時は必ず集会がひらかれるようになっていた。その度にまた家を追い出される私は、仕事に出かけるか〇〇と会うようにした。今思えば丁度、世界戦争の開幕時期で、各国が荒れ始めた頃だったと思う。
「ねぇ、ゲルダ?あなた、恋をした事ある?」
〇〇の唐突な質問には慣れていた、彼女は色んな事を聞いて来る。「朝露はなんで沸くの?」「ゲルダの角はいつ生えるの?」「ママさんのお休みはいつ?」この質問攻めに白旗を上げて、名前を教えた事を思い出す。小さい頃から質問をするのが好きな〇〇は、相変わらず突拍子もない事を聞いて来た。
「ないよ……。私あまり希望を持たないようにしているもの」
「あら、それは駄目よ!恋はいいわ!毎日が夢のように明るく感じられるのよ!」
「だからだよ……。〇〇は恋をしているの?」
「ええ!相手は言えないけどね!」
「えー!教えてよ!」
「だーめ!」
いくらマムを稼いでも使えるお店が無い私は、彼女と遊ぶ際、いつもこの木の下で待ち合わせをして、持ち寄ったお茶やお弁当を食べた。「わたしのせいでごめんね」と言うと「お店なんか行き飽きてるから大丈夫」と笑ってくれる。
――本当に最高の友達だと思っていた。
その日の仕事は、いつもより早く上がれた。畑仕事だったが、その年の収穫は薄く、仕事量も減っていたから早く返されてしまったのだ。いつも通り、売春小屋の裏口から入り自分達の部屋の前に着くと、中から音が聞こえた。周りの部屋から毎日漏れ聞こえてくる音と似た声。ボロボロの売春小屋は筒抜けで、見るつもりも無かったのだが、空いた隙間から覗いてしまった。やめておけばよかったんだ。
裸体の男女、二人ともよく知っている人物だ。初めはパパとママが仲良くしているのかと思い、咄嗟に目を背けたが、記憶の中にある女性の方が違った。改めて耳をかたむけると、声もよく知っている。
――パパと〇〇がまぐわっていたのだ。
何とも言えない感情に押しつぶされて、その場を離れた。全力で走って、一瞬でいつもの木の下に着いた。
〇〇が恋をしていた相手は、私の父だったのだ。しかもパパはそれを受け入れていた。ママがあんなひどい目に合っている中で、パパは私の友達と性をむさぼっていたのだ。……その日を境に状況が悪化し始めた。
目撃してしまった後は、時間を置いて帰宅した。いつも通りトリップして酒を飲んでいるパパが居る。内心では、複雑な感情がざわつき暴れていたけど、パパはあんな状態だ、当然悟られる事は無かった。ママも傷だらけで帰り、癒えるのを待つばかり。見慣れた風景で、誰にも気付かれずに済んだ。
〇〇とは気まずくて、会うのも避けた。彼女を思い出すと、あの性に溺れて緩み切った醜い表情を思い出してしまう、必死で忘れる事を選び、唯一の友達を失った。
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