人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第29話 源次教『源次流奥義』の演舞

「私たち南の腐敗族の勢力は、今やあなた方、北の勢力に劣らないはずだ。これまで隠れていたような魔王と自称するだけの貴方に、指図される覚えは無い!」

「オレは魔王でも、ゼウスでも無い。源次郎様その人だ!!!」

エヴァが言った内容も嘘ではない。南の腐敗族の勢力が力を付けているのも事実だ。
種族としてベーリヒとアンデッドには根本的な力の差がある。だが腐敗族の勢力にも魔王を見限ったベーリヒの悪魔が存在しているのだ。

武力で競い合えば、魔王城の勢力が勝つ事に間違いは無いが、簡単な勝利では済まない、双方深い痛手を負うだろう。

腐敗族族長エヴァからしても、賭けのような戦になる。それでも自分達に正義があると信じ、意思を貫くために放った一言だ。「貴方に指図される覚えは無い」これは『魔王絶対政権』を真っ向から否定する発言なのだ。

エヴァの覚悟を決めたその言葉に対して、帰ってきた現魔王の発言が誰も予想しなかった内容だったため、その場にいた全員が呆気にとられ、少し時間を置いてざわつき始める。

「まぁ、魔王で無いっていうのは言い過ぎか。何にしてもオレは源次郎だ」

と繰り返したところで受け入れられるはずも無く、周囲はただただおののくばかり。

「な……何を戯れな……ゲンジロウ……様?……源次教の神がどうしたというのだ?」

必死で整理しようと、言葉を綴るエヴァ。永遠に近い長い年月を生きている存在でも、この上なく張り詰めた緊迫感の中で突拍子も無い事を言われるとこういう反応になるようだ。

「しっかり伝えよう。オレは今、ゼウスでは無い。オレの中にゼウスは居ない。
オレは今、源次教の唯一神、源次郎様その人なのだ」

「……何を急に……おかしなことを……」

「ほう、信じていないようだな、では見せてやろう」

左腕の刺青の中にある印から、用意しておいたロングソードを取り出し、両手で握り構え、蹲踞(そんきょ)の姿勢を取る。剣道の形と勇者アルビンとして培った剣技を混ぜた舞『源次流奥義』の演舞を見せた。

エヴァを中心に置き大衆に向けて、演舞を披露する。

右足が前、左足が後ろ。母指球に体重を乗せたすり足を軸に、上から吊るされているような姿勢で基本を作る。正眼の構えを起点に八双、脇構え、上段、最後に下段。重心の反りを利用して一通りの構えを流す。猛り狂う荒波のような連撃を宙に振り、川の如く緩やかに流れる剣筋から、膝の動きを起点にエヴァの首元0.5ミリの距離まで素早い突きを放つ。そのまま剣先を回し、鞘にしまうような一連の動作を瞬時に見せ続けざまの抜刀。今度は面、エヴァの頭部に素早い上段一直線の斬撃を振り下ろし、また寸止めする。

ビタッと止まった剣の風圧で、エヴァの髪がなびく。面と同時に魔力の圧を向けた。『気剣体の一致』気合、剣の動き、体捌き。剣道では、気合を声に乗せたが、『源次流奥義』では魔力の圧を放つ。一振りする度に大衆がざわめき、周囲の空気を丸飲みにした。

オレがアルビンから転生して眠り、その間に広まった『源次流奥義』の演舞。
それを最大限まで全力に、オレの技術を込めて魅せる。再び鞘にしまう動作の流れから印にロングソードを収めると、息を飲んでいた大衆から、一気に喝采が上がった。

キマった。めっちゃウケた。目の前で魅せられたエヴァは、気を当てられ唖然として立ち尽くしている。演舞は成功した。

ディエステラの世界宗教は大きく別けて3つある。人間主義の聖ピクサリス、魔族の魔王教サタン、そして源次教。

ゼウスの暴挙で魔王教を見限った者達が、次に崇拝したのは源次教だった。魔族も人間も、種族や貧富、全ての差別が一切関係無く救いを求められる宗教。それが源次教だ。その理由も単純なものであった。

世界各地で人間と魔族の戦争が勃発し、毎日当たり前のように人も魔族も命を落としている。魔族内だけでも異種族間で別離し、勢力が別かれ、表に出さずとも敵対しあっている中、死という概念だけは皆平等なのだ。

源次教の教えを勉強して、納得した。殺生の概念。確かにオレがアルビンの時に言っていた言葉が誇張されて教典になっていた。

真剣での試合、戦い、敵と相対し剣を交えるのは死の探り合いである。日本人の源次郎だった時に教わった剣道、日本剣術とは元来古武術の一種でり、基本として殺生のための技術なのだ。平和な日本では当然見出せなかった、殺生の真理を勇者アルビンの冒険の際に命を懸けた戦闘を繰り返す事で知った。それが眠っている間に教典へと形付けられたのだ。

源次教とは、武道の精神性をベースにした宗教なのである。武術と隣り合わせに存在する死を意識し受け入れるための宗教。『人を殺す者は狂であり、狂では人を殺せず、狂を乗せた武が人を殺す』精神面の支柱となる、『人殺し』の教えだ。
だから何の差別も無く平等に教えという救いを与えられる。

これが魔族のような長寿の者に流行るのは理解に至っていないのだが、ママさんが言うに『長寿とは生きている事を受け入れている死だ』と、熱弁していた。もちろん良く分からなかった。

それとは別に、確かに、初代魔王グリムが魅せた『数多ある差別を気に留めることなく、ただただ人間という1つの種を襲う姿』と似ているとも言えよう。それをもっと大きく『人殺し』の概念だけを捉えたのが源次教なのかも知れない。だから、魔族にも広まるのだと、そう理解した。

源次教『源次流奥義』の演舞の中にも、この教えが籠められている。狂人のように舞い、それを武に乗せ剣技を放ち、それら全てを鞘という身体に納める。それを体現した舞。

源次教を信じる魔族はもちろん、そうでない者までがこれを見て喝采を上げた。

それはそうだろう、偶像崇拝だと思っていた「伝説の剣士」の本物の演舞を今、目の当たりにしたのだから。人殺しの神、源次教の唯一神、源次郎様がここに居る。皆がその演舞を見ただけで理解した。

………………………………。

っていうめっっっちゃ恥ずかしい話。正直オレ自身は全然受け入れられていない。神になった憶えは無いし、なるつもりも無い。魔王だけでも手一杯だ。この身体に転生してまだ7日目だよ?アルビンの生活から寝て起きて7日目で受け入れられるはずが無いじゃないか。アホか。

「……あなたは……ゲンジロウ様なんですね……」

目を輝かせ、平伏すエヴァと大衆。オレの渾身の演舞を見た者が、手を返したように拝んでいる。横に居るママさんとゲルダを見ると、満面の笑みで大きく頷いていた。いいだろう、これで話が進むのなら万々歳だ。

エヴァが受け入れた事で、他の者も尊敬の念を持ってオレの言葉を聞き始める。大将首を落とせば本陣も落ちるとはこの事だ。気を取り直し、演舞を終えたオレは魔王らしく振舞い直した。

「そうだ、オレは源次郎なのだ。だから貴様達が懸念している同族を襲撃し妾を捕るような、ゼウスの所業を心配する事は無い。安心してつかまつれ」

深呼吸を置いて、言葉を続ける。

「それに、ゼウスが捉えたという女達は、この城で支障なく過ごしておる。心配ならば随時面会に来て構わぬ。無下には致さぬからそう心得よ」

なんか、だんだん魔王というより殿様みたいな喋り方になっていくな。仕方ないだろ。慣れてないんだ。自覚はしている。

――だがこの発言で、魔族会議デーモンパーラメントは通常通り進み始めた。

ママさんが、これまで何度も何度も同じことを伝えていたはずなのに、発言する者が違うだけで受け入れられ方がこうも変わるのだからやるせない話だ。

何はともあれ、成功と言っていい会議が執り行えた。

当然、急に差別意識がなくなる訳は無く、他種族の者を受け入れるのには時間がかかるという結論に至ったが、それでも断固拒否よりはいくらかマシだ。時間をかければ良いだけの話なのだから。まさに『意識改革』の成功だ。

それと、オレが源次教の神である事を公表した事で信仰心の統一化という兆しが見えたようだ。魔王信仰を蹴った者が、源次教へ移り、その源次教の神が魔王の座に座っているというミラクル。オレがこの身体に転生したのは誰かの意思によるものじゃないかと疑う話だが今はもういい。源次教の神とか考えるだけで恥ずかしい。

あと貧困問題、ママさんが尽力して各勢力から拾い集めた食いっぱぐれた者達を、再び元の地へ返していく方針が決まった。もちろん帰りたがらない者は、これまで通り魔王城に置くが、勢力の統一化を図るためにも、なるべく人材を均等にする必要がある。均等を図る事で結果的に各勢力を潤し、貧困を減らす道へ繋がると総意が得られたのだ。ママさんが言っていた『個の力では無く、全体の力を上げるための政治』その兆候だ、素晴らしい事じゃないか。

ゼウスに捕らえられて、そのゼウスが死んだ後、今も未だ城に居る美女達。元より帰る気の無い女達だ、継続して置いておく事が決まった。各勢力の族長から承認を得た、変わった形の『家出娘』みたいな話だ。オレにとっては超ラッキー。最&高。

万事が丸く収まり、全てはママさんの思い通りに事が運ばれた。元26代目魔王ママさんが如何に恐ろしい女かというのが分かった事件でもあった。

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