人生3周目の勇者
第21話 獣人族族長ブロニスラフ
ゲルダが警戒した直後、魔王城入り口の扉が外れて内側に吹き飛ぶ。跳ね飛んだ扉を雌型クリーチャーのメイド達数体が、瞬時に受け止めた。
「……勇者か?」
「いえ、違います。別のお客様にございます」
オレを抱えたまま端へ移動するゲルダ。雌型クリーチャーも含め、その場に居た皆が一斉に道を開ける。
襲撃者は、猪の顔を持ち、右目に眼帯をしているがそれが意味をなさない程大きく穴のあいた顔面。巨大な鉈を背負い使い古してボロボロの汚らしい鎧を身にまとった巨漢。歴戦の風格を持つビースト。西の勢力 獣人族の長ブロニスラフ(Bronislav)
ごふごふと豚鼻が鳴り、泥の着いた靴でぐちゃぐちゃと音を立て、開けられたその道を当たり前のように歩く。酷い獣臭さがサルーンに充満する。後ろには数えて30体以上の同族を連れてやって来た。そいつらも含め態度がデカい。山賊のような振る舞いで立ち入る、明らかな襲撃だ。先頭のブロニスラフがぼやきながら声を上げた。
「っち……ここはさみぃな……ようようよう!!!魔王さんはどこでぇ!!」
静まり返る魔王城の住人、反対に獣人族の者はゲラゲラと嘲笑をこぼしている。急にやって来てこの態度だ。……失礼にも程があるだろう。
「……行こうか?」
「……いえ、お母さまに任せましょう」
そういうと、オレの身を大きな柱の後ろに隠す。一刻置いて、ママさんが笑顔でいそいそと降りて来た。オレは促されるまま隠れて見ていた。
「まぁまぁ!いらっしゃいませ、獣人族の皆様!」
ブロニスラフの前に立ち、挨拶を交わすママさん。だがブロニスラフの反応は悪い。
「……おう、おめぇさんにゃ用はねぇ。現魔王のボウズに会いに来たんだ。出しな」
そういうと空気がひりついた。自分たちの主人を無下に扱われて、魔王信仰の強い魔王城の住人が怒りを抑えているのを感じる。
「そうねぇ、会わせてあげたいのは山々なのですが、ほら、急にいらっしゃったので……」
言葉の途中で、ブロニスラフの大きな手がママさんの顔面を掴む。
「よう、おめぇに用はねぇっていったよな?ぉお?」
「……止めなさい、メイド長」
目のまえに居たゲルダが瞬時に姿を消し、ブロニスラフの背後から鎌を振り下ろして切りかかった所を、顔面を掴まれた状態のママさんが一言で止めた。咄嗟の出来事で理解するのに時間がかかった。
「よぉ、久しぶりだな。メイド長さんよ。戦争おっぱじめる気か?ぉお?」
怒りをギリギリの所で留め、鬼の形相のゲルダが震えながら答える。
「獣人族族長……どうか、お母様からその手をお放しください……」
「うるせぇよ。さっさと魔王を出しやがれってんだ。……そうすりゃ離してやるからよぉ……」
ブロニスラフの右手に一層力が入る。ママさんの顔面をギリギリと握り始めた。それでも微動だにせず、立ち続けるママさん。
オレ自身も、切りかかりたい思いを無理矢理抑え付け、冷静に状況を見つめ直す。ママさんの話によると、たしか度重なる間隔の短い魔王の代替わりによって、方針が跛行的になり、他勢力との関係が拗れつつある事を懸念していた。
それを戦争、所有する戦闘力で抑え付けるのではなく、話し合いで理解を深めていきたいと、そのために尽力しているのだと言っていたはずだ。
ここでオレが、……魔王の身であるオレが手を出したりなんかしたらきっとママさんの努力が水の泡になってしまうだろう。……さてどうするべきか。時間が無い、ゲルダも限界だろう。今にあの鎌を振り下ろしブロニスラフの首を落とし兼ねない……。
「……どうも~」
オレは意を決して、ママさんとブロニスラフの間に割って入った。
ママさんの顔面から手を放し、今度はオレの胸ぐらを掴んで持ち上げるブロニスラフ。身体が持ち上げられ、ブロニスラフの背中越しに見えるゲルダの顔が、怒りの表情から一変して不安そうな顔になる。見えないがたぶんママさんも同じような顔をしているだろう。
「獣人族族長、こんにちは!初めまして~……でしたっけ?」
無理に笑顔を作って、友好的であるアピールをしてみた。
「小僧……お前が現魔王だってか?……ふざけた態度しやがって……。初めましても初めましてだよクソガキ。おめぇの席を貰いに来た。黙ってよこせや。」
逆効果でした。ならばと、もう一つの策を選んだ。
「簡単に譲るわけにはいかんでしょう。……話し合いで、で済むとは思わないけど、何にせよ表で決着をつけようじゃないか!」
そういうと、グゥワッハッハッと豪快に笑うブロニスラフ。オレを掴み上げたまま、外に出た。
「東の方に丁度良い闘技場がある。そこに行こう」
そう教えたとたん、オレを抱えたままのブロニスラフが足にぐっと力を込めて跳ね飛ぶ、地面が割れる音と共に物凄い重力を感じ、空にいた。
ゲルダが見せた大ジャンプには到底及ばないが、それでも一度の跳躍で闘技場に到達する程の飛びっぷり。跳躍による最大高度から徐々に降下し、闘技場目前でオレの身体を片手で持ち上げ、渾身の力を込めて……投げた。ジャベリックスローのようにオレを片手で投げ飛ばしたのだ。
物凄い風速、若い時に乗ったジェットコースターで体感したスピードの、数倍はある風の抵抗を感じ、次の瞬間、視界が急速に回転する。上も下も分からない感覚の中、体中に激痛が走る。地面に投げつけられ、勢いよく転がっていたのだ。
有名な某高層タワーくらいの上空から投げ飛ばされ、勢いが止まる事無く雪原を割って転がり続ける。めちゃめちゃ痛い。数秒後ブロニスラフが着地し、ゆっくり歩きながら近づいてくる。
「よぉ、魔王のボウズ。死んだか?」
「……」
足元にオレを見下し、問いかけるブロニスラフ。黙って倒れたままのオレに、一息置いて蹴りをかます。たっぷり引いて自らの頭の高さまで上げる程の渾身の蹴り。オレをサッカーボールか何かだと勘違いしているんじゃないのかこいつは。
大きく飛んで、2度地面にバウンドし、さらに数メートル転がっていく。その間に色々考えていた。これは、何かの天罰か?魔王の身に転生して権力をしっかり行使し、女を抱きまくってるオレへの罰だというのか?……こういう考え方って日本人らしいよね、悪い事が起こると運のせいにしたがるとこあるよね。こんな泥だらけの喧嘩なんか何年ぶりにしただろうか。あ、いやアルビンの時そこそこやってたわ……。にしてもはじめましての魔物にこんな飛ばされた事無いよ。いったいわー。
色々考えてた。走馬灯とかじゃない、色々考える余裕があったのだ。
「動かねぇじゃねぇかよボウズ。てめぇその程度で魔王だってんのか?ぁあ?」
そう言いながら近づき、唾を吐きかけてきたので流石に避けた。急に機敏に動いたオレに驚いたのか後ずさるブロニスラフ。
ゆっくりと立ち上がり、体中の土と雪を払いのける。スキニーパンツは布地が裂けて穴だらけだが、羽織っていた魔王のローブが凄い、傷一つつかず、少し叩いただけなのに付着していたそれらが一気に消えた。そういう機能が備わっているのかもしれない。
「あー……ブロニスラフ、どうだろう、これで満足してもらえないだろうか」
余裕のあるオレに逆上したブロニスラフが、凄まじい勢いで掴みかかる、左手でオレの身体を持ち上げ、顔面に右ストレートを連続で入れてくる。軽快な打撃音が、ぱぱぱぱんっと鳴り響き、殴った右の拳は煙が立つ程の熱を帯びている。
それでも効かない。
昨日の稽古や、夜伽の時点で気付いていた事なのだが、この魔王の身体でオレが扱える利点は、この体力だけである。分かりやすく言えばHPゲージの量が半端ない。
痛覚はあるし、ベーリヒ特融の『青い血』がどくどくと流れ出てはいるが、傷口がふさがるスピードは人間の自己治癒力とは比べ物にならない速さだ。傷ついた傍から瞬時に治っていく。
正直ここまでとは思っていなかった。デブラの時は回復に時間がかかったから、自信は無かったのだが、結果はこれだ。異様な安堵感にホッとする。不意にそんな顔を浮かべてしまった……。
それを見たブロニスラフ、馬鹿にされたと思ったのだろう、完全にキレた。プライドの高い豚野郎だ。豚鼻から大量の熱気を帯びた息を吹き出し、北国の冷気にあてられて白い煙に変わる。血管が浮き上がり、怒りに震えながら喋るブロニスラフ。
「いいじゃねぇか、魔王さんよぉ……。殺ってやるよ。」
背中に背負っていた巨大な鉈を手に持ち変え、構えて、猪のそれらしく雪面を豪快にかき蹴る。
オレにはもう一つ、策というか仮説があった。そいつを確かめたい。印を撫でて片手剣を取り出し、構えて対峙した。
「……勇者か?」
「いえ、違います。別のお客様にございます」
オレを抱えたまま端へ移動するゲルダ。雌型クリーチャーも含め、その場に居た皆が一斉に道を開ける。
襲撃者は、猪の顔を持ち、右目に眼帯をしているがそれが意味をなさない程大きく穴のあいた顔面。巨大な鉈を背負い使い古してボロボロの汚らしい鎧を身にまとった巨漢。歴戦の風格を持つビースト。西の勢力 獣人族の長ブロニスラフ(Bronislav)
ごふごふと豚鼻が鳴り、泥の着いた靴でぐちゃぐちゃと音を立て、開けられたその道を当たり前のように歩く。酷い獣臭さがサルーンに充満する。後ろには数えて30体以上の同族を連れてやって来た。そいつらも含め態度がデカい。山賊のような振る舞いで立ち入る、明らかな襲撃だ。先頭のブロニスラフがぼやきながら声を上げた。
「っち……ここはさみぃな……ようようよう!!!魔王さんはどこでぇ!!」
静まり返る魔王城の住人、反対に獣人族の者はゲラゲラと嘲笑をこぼしている。急にやって来てこの態度だ。……失礼にも程があるだろう。
「……行こうか?」
「……いえ、お母さまに任せましょう」
そういうと、オレの身を大きな柱の後ろに隠す。一刻置いて、ママさんが笑顔でいそいそと降りて来た。オレは促されるまま隠れて見ていた。
「まぁまぁ!いらっしゃいませ、獣人族の皆様!」
ブロニスラフの前に立ち、挨拶を交わすママさん。だがブロニスラフの反応は悪い。
「……おう、おめぇさんにゃ用はねぇ。現魔王のボウズに会いに来たんだ。出しな」
そういうと空気がひりついた。自分たちの主人を無下に扱われて、魔王信仰の強い魔王城の住人が怒りを抑えているのを感じる。
「そうねぇ、会わせてあげたいのは山々なのですが、ほら、急にいらっしゃったので……」
言葉の途中で、ブロニスラフの大きな手がママさんの顔面を掴む。
「よう、おめぇに用はねぇっていったよな?ぉお?」
「……止めなさい、メイド長」
目のまえに居たゲルダが瞬時に姿を消し、ブロニスラフの背後から鎌を振り下ろして切りかかった所を、顔面を掴まれた状態のママさんが一言で止めた。咄嗟の出来事で理解するのに時間がかかった。
「よぉ、久しぶりだな。メイド長さんよ。戦争おっぱじめる気か?ぉお?」
怒りをギリギリの所で留め、鬼の形相のゲルダが震えながら答える。
「獣人族族長……どうか、お母様からその手をお放しください……」
「うるせぇよ。さっさと魔王を出しやがれってんだ。……そうすりゃ離してやるからよぉ……」
ブロニスラフの右手に一層力が入る。ママさんの顔面をギリギリと握り始めた。それでも微動だにせず、立ち続けるママさん。
オレ自身も、切りかかりたい思いを無理矢理抑え付け、冷静に状況を見つめ直す。ママさんの話によると、たしか度重なる間隔の短い魔王の代替わりによって、方針が跛行的になり、他勢力との関係が拗れつつある事を懸念していた。
それを戦争、所有する戦闘力で抑え付けるのではなく、話し合いで理解を深めていきたいと、そのために尽力しているのだと言っていたはずだ。
ここでオレが、……魔王の身であるオレが手を出したりなんかしたらきっとママさんの努力が水の泡になってしまうだろう。……さてどうするべきか。時間が無い、ゲルダも限界だろう。今にあの鎌を振り下ろしブロニスラフの首を落とし兼ねない……。
「……どうも~」
オレは意を決して、ママさんとブロニスラフの間に割って入った。
ママさんの顔面から手を放し、今度はオレの胸ぐらを掴んで持ち上げるブロニスラフ。身体が持ち上げられ、ブロニスラフの背中越しに見えるゲルダの顔が、怒りの表情から一変して不安そうな顔になる。見えないがたぶんママさんも同じような顔をしているだろう。
「獣人族族長、こんにちは!初めまして~……でしたっけ?」
無理に笑顔を作って、友好的であるアピールをしてみた。
「小僧……お前が現魔王だってか?……ふざけた態度しやがって……。初めましても初めましてだよクソガキ。おめぇの席を貰いに来た。黙ってよこせや。」
逆効果でした。ならばと、もう一つの策を選んだ。
「簡単に譲るわけにはいかんでしょう。……話し合いで、で済むとは思わないけど、何にせよ表で決着をつけようじゃないか!」
そういうと、グゥワッハッハッと豪快に笑うブロニスラフ。オレを掴み上げたまま、外に出た。
「東の方に丁度良い闘技場がある。そこに行こう」
そう教えたとたん、オレを抱えたままのブロニスラフが足にぐっと力を込めて跳ね飛ぶ、地面が割れる音と共に物凄い重力を感じ、空にいた。
ゲルダが見せた大ジャンプには到底及ばないが、それでも一度の跳躍で闘技場に到達する程の飛びっぷり。跳躍による最大高度から徐々に降下し、闘技場目前でオレの身体を片手で持ち上げ、渾身の力を込めて……投げた。ジャベリックスローのようにオレを片手で投げ飛ばしたのだ。
物凄い風速、若い時に乗ったジェットコースターで体感したスピードの、数倍はある風の抵抗を感じ、次の瞬間、視界が急速に回転する。上も下も分からない感覚の中、体中に激痛が走る。地面に投げつけられ、勢いよく転がっていたのだ。
有名な某高層タワーくらいの上空から投げ飛ばされ、勢いが止まる事無く雪原を割って転がり続ける。めちゃめちゃ痛い。数秒後ブロニスラフが着地し、ゆっくり歩きながら近づいてくる。
「よぉ、魔王のボウズ。死んだか?」
「……」
足元にオレを見下し、問いかけるブロニスラフ。黙って倒れたままのオレに、一息置いて蹴りをかます。たっぷり引いて自らの頭の高さまで上げる程の渾身の蹴り。オレをサッカーボールか何かだと勘違いしているんじゃないのかこいつは。
大きく飛んで、2度地面にバウンドし、さらに数メートル転がっていく。その間に色々考えていた。これは、何かの天罰か?魔王の身に転生して権力をしっかり行使し、女を抱きまくってるオレへの罰だというのか?……こういう考え方って日本人らしいよね、悪い事が起こると運のせいにしたがるとこあるよね。こんな泥だらけの喧嘩なんか何年ぶりにしただろうか。あ、いやアルビンの時そこそこやってたわ……。にしてもはじめましての魔物にこんな飛ばされた事無いよ。いったいわー。
色々考えてた。走馬灯とかじゃない、色々考える余裕があったのだ。
「動かねぇじゃねぇかよボウズ。てめぇその程度で魔王だってんのか?ぁあ?」
そう言いながら近づき、唾を吐きかけてきたので流石に避けた。急に機敏に動いたオレに驚いたのか後ずさるブロニスラフ。
ゆっくりと立ち上がり、体中の土と雪を払いのける。スキニーパンツは布地が裂けて穴だらけだが、羽織っていた魔王のローブが凄い、傷一つつかず、少し叩いただけなのに付着していたそれらが一気に消えた。そういう機能が備わっているのかもしれない。
「あー……ブロニスラフ、どうだろう、これで満足してもらえないだろうか」
余裕のあるオレに逆上したブロニスラフが、凄まじい勢いで掴みかかる、左手でオレの身体を持ち上げ、顔面に右ストレートを連続で入れてくる。軽快な打撃音が、ぱぱぱぱんっと鳴り響き、殴った右の拳は煙が立つ程の熱を帯びている。
それでも効かない。
昨日の稽古や、夜伽の時点で気付いていた事なのだが、この魔王の身体でオレが扱える利点は、この体力だけである。分かりやすく言えばHPゲージの量が半端ない。
痛覚はあるし、ベーリヒ特融の『青い血』がどくどくと流れ出てはいるが、傷口がふさがるスピードは人間の自己治癒力とは比べ物にならない速さだ。傷ついた傍から瞬時に治っていく。
正直ここまでとは思っていなかった。デブラの時は回復に時間がかかったから、自信は無かったのだが、結果はこれだ。異様な安堵感にホッとする。不意にそんな顔を浮かべてしまった……。
それを見たブロニスラフ、馬鹿にされたと思ったのだろう、完全にキレた。プライドの高い豚野郎だ。豚鼻から大量の熱気を帯びた息を吹き出し、北国の冷気にあてられて白い煙に変わる。血管が浮き上がり、怒りに震えながら喋るブロニスラフ。
「いいじゃねぇか、魔王さんよぉ……。殺ってやるよ。」
背中に背負っていた巨大な鉈を手に持ち変え、構えて、猪のそれらしく雪面を豪快にかき蹴る。
オレにはもう一つ、策というか仮説があった。そいつを確かめたい。印を撫でて片手剣を取り出し、構えて対峙した。
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