人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第19話 魔法

この世界、ディエステラの魔法は大きく別けて、6つに分類される。

アモンアクアガイアベーゼハイリヒバールのエレメント。

人間は、アモンアクアの魔法しか扱えない。魔族はその種族によって各々の得意とするエレメントは違うが、基本的に全て扱えるのだという。ハイリヒの魔王であるこの身体はベーゼの魔法を得意としているはずだ。

勇者の頃にごまんと戦った魔族達が、よく使っていた魔法を思い出す。

ベーゼ属性の召喚魔法『スライム』

ゲルダに教えてもらい、結果から言うと、成功した。

魔法を発動させる条件なんかはほぼ無いに等しいが、1つだけ覚えなければならない事がある。それは『神の詩』いつから伝承されてきたのか分からない程、古い詩だ。

魔法1つ1つに『神の詩』があり、それを暗記してエレメントの魔力を込めながら発動時に心の中で詠唱する。人によっては声に出して詠唱し発動させる者もいるが、それは幼子な所業のためにちょっとしたタブーとされている。

召喚魔法『スライム』の詩はこうだ。

「交わうふたつの差異、絡んで溶ける粘液は、生命の神秘が初動」"Difference between melt mucus the first mystery of life"

簡単に言うと、スライムとは「体液、膣分泌液 、精液」の事である、といった内容。『神の詩』にはこういう生命にまつわる話が多い。相変わらずエロいなと思いながら、魔法を発動させた。

ここでベーゼのエレメントを使う時の感覚を初めて知った。

アモンは胸が焼き付いて、熱いものを一気に飲み込んだ時のような感覚があった。アクアはフレッシュするような、全身の血管が澄渡って綺麗になる、デトックスみたいな感覚、女性が好んで使っていた。

ベーゼは、落ち込むようなネガティブな感覚に襲われるかと思っていたが、どちらかというと真っ暗な虚空を眺めている感じ。大きくて深い穴をただただ覗いてるような、常にそこにある恐怖心に目をやるイメージ。当然だが初めての感覚だった。

足元が光り、地面から粘液が湧き出て形を作る。スライムといえば、あの丸っこくて表面張力多めな水溜まりのアイツを思い出す。敵対した魔族達が召喚したスライムもそんな感じだったが、オレの召喚で現れたスライムは違った。

女の子だった……。文字通り透き通る肌、無重力空間に水を浮かべ、それで形を作ったかのような女体。低身長だがロリという程幼い体つきでは無い。源次郎の時にそんな感じのエロいイラストをネットで見た気がする。全裸でぷよぷよのスライム娘。まさにそれだ。

「人型ですか、珍しいですね。流石でございます」

「……オレもそんなつもりは無かったよ」

「いむいむ!」

召喚と言うんだから、どこかから呼び寄せたのだろう。ぷるんぷるんのソイツはご機嫌に跳ねている。液状の胸も臀部もたっぷり揺れる。

「何この娘、えっろいわー……」

「席を外しましょうか?」

そんなゲルダの冗談なのか本気なのか分からないいつも通りの発言を聞いた。……そこまでは覚えてる。そこからの記憶が一気に飛んでいた。まるで覚えていない。


目を覚ますと、知らない部屋に横たわっていた。口の中が乾ききり、異常に喉が潤いを求めている。……頭が締め付けられたように痛み、目の奥に熱が籠っている。唐突に吐き気がこみ上げてくる、二日酔いの酷い症状……まさにそれだ。

「みず……水をくれ……」

「ご用意してあります……どうぞ」

「いむっ!!」

ゲルダの返事とともにスライム娘の声もする。

「んん……!!!」

突然の接吻。ぷるんぷるんのキス。水風船から水を飲むように、スライムの口づけから噴出される液体。反射的にそれを飲み込む。

「ぶはっ!!!……ありがとう!もう大丈夫だから!」

無邪気にキスを迫って来る雌型スライムの頬を掴んで離す。ぷるんぷるんの唇を尖らせて、その隙間からまだ水が溢れ出ていた。顔面にかかって、より覚醒した。

「つめたっ!!……ここはどこだ?」

「私の部屋にございます」

「そうか……というか、このスライム娘が裸なのは分かる。ゲルダ姉さん、なんであなたまで全裸なのでしょうか?」

ベッドに横たわるオレ、右側から全裸のスライム娘が身体の上に寄りかかり、左側には上から下まで何も着用していないゲルダが身体をこちらに向けて座っている。どういう状況だ。

「……やはり憶えておりませんか」

まったく隠す素振りを見せないゲルダ。あたり前のように綺麗な乳房が晒されている。……美しい流麗なボディラインだ。ぶらぼー。

「憶えていない!こわい!!」

「デブラでございます」

「……え」

デブラ、魔法発動による副作用、ドラッグにも似た魔法酔い。……どうやら召喚魔法を使用した事でトリップしたようだ。アルビンはデブラの効果を受けない身体だったが、グレガリムはそうでないらしい。……魔王なのに。

「初めてだ……」

「?」

「いや、魔法酔い……デブラにかかった事が無いんだよ。オレ」

「あぁ!……アルビン様は特異体質をお持ちだったのですね」

「……これ、きっついね……」

勇者の時は、仲間達のキメるデブラに羨ましさを覚えて薬や酒を飲んでいたが、この身体はタバコすら吸った事の無い綺麗なものだ。オレにとっても、グレガリムの身体にとっても純粋に初経験のデブラ、酔い方が酷い。

「いむいむ!!」

スライム娘が、楽しそうにベッドの上で上下する。揺れる、脳が揺れる。

「おえっ……」

胃からこみ上げる内容物を、どこかに吐き捨てたいが、丁度いい場所が見つからない。どうしようも無さに両手をバタつかせて焦る、容易に頬を膨らませたダムが決壊し、我慢できずに噴射してしまった。スライム娘の吐く液体とは全く違う汚物が宙を舞う。だがそれらは一瞬にして消えた、同時にゲルダも居なくなっていた。

「あぁ……そうか……助かった」

「いむいむっ!!」

超スピードで、掃除してくれたのだろう。汚物がベッドに落ちる前、その一瞬の間に全てを回収し処分てくれたのだ。なんてありがたい……頼もしい。

右手にタオルを持って戻って来たゲルダ。「お拭きします」と口周りを柔らかい布のタオルで、丁寧に拭ってくれる。

「汚い……恥ずかしい……」

「魔王様に汚い所なんてございません。お望みとあらば、嘔吐物も飲み干してさしあげましょう」

「それは絶対にやめて」

不敵な笑みを向けるゲルダ。何はともあれ、全部出した事でだいぶ楽になった。脂汗は止まらないが、スライム娘が触れる事でそれを吸収し拭き取ってくれる。美女二人に介助される情けない魔王だ。

「スライムちゃんもありがとう……」

「いむ!」

やけに楽しそうだ。全て液体で構成されている顔だが、笑顔なのが分かる。

「スライムさん、あなたのお名前をぼっちゃまに捧げなさい」

ゲルダは、柔らかくは言っているが真剣な態度。魔族間で名前を捧げるのは重要な事なのだろう。スライム娘も背筋を伸ばす。

「いむっ!」

だが分からない、言語が通じない。犬が「わん」と吠えるような鳴き声にしか聞こえないスライム娘の言葉。

「メイド長は分かるか?」

「はい、訳します。名は『リーナ(Riina)』だと仰ってます」

「リーナか、可愛い名前だ」

リーナは身体を揺らし、まだ何か喋りたそうにしている。

「メイド長、すまないがそのまま続けてくれ」

「いむいむっ!!」

「『召喚してくれたご主人、感謝しやす』」

「……は?」

「いむむっ!!」

「『あっしはこれでやっと一人前でごぜぇやす』」

なんだ?冗談だろ?

「いむむ、いむいむ、いむーいむ!」

「『召喚していただいたちょうど一刻前に、どこの誰だかは分かりぁせんが、あっし共の村ぁ破壊した輩がございまして、あっしはそいつの仇ぃうちてぇんですわ』」

笑顔でご機嫌に喋るリーナの発言を聞いて、それを翻訳するゲルダが、無表情で極道のような言葉遣いを演じている。……両者素っ裸で。

「いむむいむ!いむいむっ!いーむ!!」

「『仇ぁ打てりゃあ、この身ぃどう扱ってもらっても構いやせん。どうか、其れだけは懐にしまって頂きてぇ。頼んますご主人。姉さんも翻訳のお手数、感謝しやす』っとの事です」

「との事です。じゃないよっ!!マジでそんな喋り方なの?」

「マジです」

「ってかその仇ってオレ達じゃないか!?」

「厳密には私ですね。……簡易闘技場を作った場所にスライムの生息地があったのでしょう」

淡々と、一切悪びれず状況を説明するゲルダ。

「なんで冷静でいられるの!?」

「まぁ、私の方が強いので」

当然の事のように吐き捨て、一向に態度を変えないゲルダ。魔族にとっての強さとは、それだけ絶対的なものなのかも知れない……。

「あー……、まぁそうなんだろうけど……」

オレもアルビンの時に魔物を数えきれない程殺してきているのもあり、言及しきれない。身近になると可哀想に思ってしまうのは人間らしいエゴイズムであるなとも思いつつ、それでも反省を促してみる。

「正直に謝ろうか……。謝って済まない話だけど」

「それなのですが、たぶん……リーナさんはこちら側の会話を聞いておりますよ」

「え……」

リーナに目をやると、どこかしょぼくれたような表情で項垂れている。残念ながらこちら側の言語は理解できているようだ。

「いむ……いむいむ……。いむ!!!」

「メイド長、翻訳頼む!」

「『そうだったんですかい……姉さんが……確かに今は敵わねぇ。そういう事なら分かりやした……同族の魂を胸に、あっしも立派な一人の女でやす。ここは飲み込んで、御傍に仕えさせていただきたく存じます!!!』と言ってます。話の分かる良い子ですね」

「悲しいよっ!!!!」

なんて慈悲の無い話なんだ……そんなに強さが重要なのか!強ければこんな理不尽も通ってしまうというのか⁉……そんな悲しみに暮れていると、何やら恥ずかしそうに言葉を続けるリーナ

「いむ!いむいむ……いむ!」

「『その……名前を捧げる前に……夫に先立たれた、あっしの情けねぇ身体と唇を捧げちまいやしたが、ふしだらな女だと思わねぇでくだせぇ///』」

おーまいがっ、いやまぁ、薄々そうなんじゃ無いかなと思ってたけど、デブラキメてスリーサムかましたんだなオレ。どおりでオレのペ二公もすっきりした顔をしていると思ったぜ。というか

「未亡人なのね!!ってかそれもオレ達のせいだろうけどねっっ!!」

「良い御手前でございました」

「オレ……ゲルダにまで手を出したのね……」

「2度目ですね、ぼっちゃま……///」

どっちも記憶に無いよ!とツッコミを入れそうになったが、咄嗟に飲み込んだ。珍しくデレて寄りかかって来るゲルダを受け止めながら、自分はなんて酷い男に成り下がったんだと心底嘆いた。オレは硬派のはずだったんだ。硬派……。

こうして、この身体での魔法の発動には、副作用であるデブラが効いてしまうという事を知った。筋力も弱く、魔法もろくに扱えない魔王。心底情けない気持ちになった。

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