人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第6話 魔族の身体

蒼白に近い色白な肌に、白髪。ゴールドに輝く黄色の瞳。そして驚くべきは、こめかみ当たりから一直線に生えた2本の角。どおりで頭が重いわけだ。

「……魔王……か?」

口をついて出た「魔王」という一言、これは魔王ティッチを指したものだが、本人という事では無い。彼にどことなく似ていると感じたのだ。

耽美な顔立ち。女性にも見紛う美しさ。自分で言うのもあれだが、将来は有望だ。
顔面の美しさに、鏡の前で色々試す。怒った顔、しおらしい顔、泣き顔、笑顔、甘えた顔。様々な表情を作り、顔面の筋肉を確かめつつも惚ける。

「これは、かわいい……」

頬をさわり、長い髪を整え、自分の顔に張り付いた少年を愛でまくる。やけにロン毛なのが気になった。後で散髪しよう……。

いや、そうじゃない!!!!

どういう事なんだ?魔王?魔族か?この角はそういう事か?いやまぁ焦る事は無い。魔族でもイイ奴は居る。ここは人間と共存する魔族も珍しくない世界だ。だがこれは困る!!魔族で勇者をやってる奴なんか居ないぞ!知らない!見た事も聞いたことも無い!!!え、マジで?オレここで勇者終りなのか??どうする!?どうしよう、どうなってる!?どうしたらいいんだ!!

いくら考えたところで分からん!!!

とりあえず誰かと話したい。確かな現状を知りたい。こんな時こそ、蟻の魔女マダム・ヴィエラだろ!?彼女は何をしているんだ!?オレのこの状況も知っているはずだ!!蟻はどこだ!!なんで来てほしくない時に現れて、来てほしい時は居ないんだ!!人間関係ってそういうものだよね!!!得も言えぬ不安に、ただただ焦る。

一端落ち着こうと、何となくベッドに戻ったが、当然、何にもならないのでもう一度出た。慣れない角がシーツに引っ掛かり、引っ張った拍子に裂ける。これも一端いい。いや、よくわないが。

とりあえず台に使った本を戻そう。勝手に使った物はちゃんと元に戻した方が良いに決まっている。小さい身体に慣れていないせいで、こんな本を運ぶのでさえままならない。額に汗が滴る、納得いかない。転生したてだからとかじゃ無く、自分が分からない不安。考えてもどうにもならない事だとは分かってはいるが、そんな現状に混乱する。まさにパニック。

ぷつりと張りつめた緊張が途切れ、持っていた本を地面に落として、地べたに座った。大理石の床が冷たい。……困った。

長い髪が邪魔だ、ストレス。大した事をしたわけじゃ無いが、混乱による疲労感が精神を蝕む。やばい、本当に泣きそうだ。大声で泣きたい気分。幼い身体だと心まで幼児化するものなのか、いや違うか。

「…………」

うずくまって静寂に包まれていると、扉の外で微かに声が聞こえた。

「(……誰かいる!)」

扉に駆け寄って、背伸びでドアノブを必死に掴んで開ける。とてつもなく広い廊下、室内よりも冷えている外気に冬を感じる。未だぼやける目を凝らし、遠くに人影を見付けて凝視したが、そこに居た者に驚いて、咄嗟に扉を閉めた。

あれはメイド姿の雌型クリーチャー。球体関節の、おどる人形のような敵モンスターだ。マズい、武器も防具も、戦闘道具すら何も持っていない。この状態で魔王城内に出るレベルのモンスターを相手にするのは至難の業だ。

改めて思考を巡らせて対抗策を練る。この魔族の身体は魔法が使えるはずだが、どの技を出せるだろうか、人間で無いのだからアモンアクアの魔法も使えるはずだが、得意としているのはベーゼ魔法か?有効打を選ぶとしたらそうだろう。どんな魔法があったか……、使った事もないぞ……。

そこで急にハッとした。ある事を忘れている、というより忘れている事を忘れていた。この身体自身の記憶を思い出していないのだ。源次郎からアルビンの身体に移った時とは完全に違う部分、この少年の記憶を一切把握出来ていない。

いくら思考を凝らしても何も思い出せない。この世界の転生はそういうものなのか?記憶の上書き、改変してしまっているのか。いや、そもそもあの転生の儀が成功したのかも定かで無い。同意の上で用意してもらっていたアーロン君の身体に移っていないのなら、現状を正しく判断するのは不可能ではないか。

コンッコンッ

「!!」

記憶が無い事に驚く最中、扉を叩く音が部屋に響く。敵が来た、どうすればいい、どう対処するべきか。何か、何か思い出せ!魔法を、技を!!

「ぼっちゃま、お目覚めですか?」

「っ!?」

予想もつかない発言と共に部屋に入って来たのは、やけに妖艶な女。清楚な格好に秀逸なボディラインが浮き出る女教師のような服装の女性。この世の者とは思えない程の美しさを持った、端的に言ってめちゃくちゃエロい女だ。

長い銀の髪を、金の髪留めで持ち上げている。仕事一徹な雰囲気を纏い、茜色の瞳で部屋中を一望する。破れた布団に、散乱する本。床に身を低くし、変な体制で構えるオレ。

それらを見て彼女は、何事も無かったかのように言葉を続ける。

「おはようございます、ぼっちゃま。お目覚め時に直ぐ駆け付けず大変申し訳ございません。すぐ部屋を片付けさせます」

指を鳴らすと、今度はメイド姿の雌型クリーチャー数体が部屋に押し入る。素早く破れたシーツを取り換え、オレが散らかした本を淡々と戻していく。急に迫って来たかと思うと、オレの身体を軽々と持ち上げベッドに運んでくれた。

よくよく見たらその雌型クリーチャー、フランス人形のような生命を感じない暗い瞳をしているが、持ち上げられた際に触れたその肌は柔らかく、人形のそれとは違っていた。ちらりと見える球体関節でさえ生身感を彷彿とさせ、そのギャップが得体の知れない艶美さを醸し出している。端的に言ってエロ人形だ。

「どうかなされましたか?お身体の具合でも?」

冷ややかな表情でオレを見下しつつ、質問をぶつけてくる美しい女性。

「あ……あぁ……」

「それは大変です。直ぐに診てもらいましょう」

と言うと、素早く雌型クリーチャーを引き連れて部屋を後にし、扉を閉める。だが、数秒置いてノックの音を響かせ、また扉が開いた。

「失礼します。診れる者をお連れしました」

今度は、弧を描く小ぶりな角を2本生やし、コウモリのような翼をぱたぱたと羽ばたかせた女を連れている。ボンデージ系の拘束愚にも似た、SMファッションなナース姿。あからさまなエロスを晒し出す女だ。端的に言ってエロナース。

「失礼」と礼儀を置いて近づいて来たが、口元が笑っている。気付くか気付かないかの驚くべきスピードでオレの服を脱がされた。一瞬で全裸状態だ。

女の目がピンク色に光り、上から下まで、徹底的に凝視される。その瞳は、見れば見る程惹きつけられ、魅了される不思議な力を感じた。透視系の魔法だろうか、たぶんこの女はサキュバスの類だろう。

非常に顔が近い。鼻に着く香りで意識を持っていかれそうになる。またやけに胸元を見せ付けに来ている。喰われそうな勢いだ、怖い。あからさまに目線を反らしてやり過ごした。オレは硬派だ、オレは硬派。

「一見したところ、問題はありません」

ナース姿の女はそう言うと、また一瞬で服を着せてくれた。立ち上がり、扉の前で左手を顔面に掲げ、全て開いた状態で中指と薬指だけ額に当てがい、一礼をして部屋を出て行った。魔族のお辞儀のようなものだろうか。

「ぼっちゃま、お身体に問題は無いとのこと。なにかお悩みでも?」

先程まで背筋を伸ばし、氷のような空気を纏っていた女が、今度は柔らかい態度で不安そうにこちらの顔を伺う。高低差の激しいギャップによるエロスが半端じゃない。そして、この女もまた顔が近い。

「い……いや、もしかしたら風邪気味なのかも知れない。大丈夫だ。」

返事を返しただけのオレに対して異様に驚いた顔をする女。妙な反応だ。

「!!……申し訳ございません、ただいま」

直ぐに出て行こうとする女。今がどんな状況なのか、この女との関係性も分からないが、名前だけでも知っておかないと、と安直な考えで呼び止めた。

「いや、待て。今一度お前の名前を述べよ」

少しの戸惑いを見せ、即座にその場で平伏す。

「え……はい。ゲルダです。名前を差し上げられる事。光栄に思います」

「……ゲルダか、分かった。下がれ」

「……はっ」

様々な急展開に限界を感じ、とりあえず出て行ってもらった。
次々と現れた綺麗な女性達に高鳴り続ける鼓動。胸に手を当てて落ち着かせながら、何度も深呼吸をする。どうなっていると言うんだ……。

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