ドラゴン トランスフォーマー

フッフール

第3章 意識空間と単一生命体

 (7)幽体離脱~たましいの仮説~


 ここは異国の都市部地下にある再建された施設の奥深くで、神隠しエイリアンは妄想していた。
 この星・地球で、ドラゴンと呼ばれる構造の体は、さまざまな環境に適応できうる頑丈な素体にすぎない。今はまだ不要だ。代わりに超粒子加速器施設では、うたがいをもたれない「カナーシャ」という名の小太りな女性役員の体がちょうどいい。
(ぐふふ。相手は予期してまい。無策に襲いかかるのも一興か?)
 これはガーゴイル・キメラのバケモノを解き放った神隠しエイリアンの考えだった。
 あのバケモノと入れ替わりに超音速旅客便に乗り、ここへ、その国の使節団がやって来るのも、なにかの腐れ縁かもしれない。使節団は賓客あつかいなので、施設のお偉い創設者も出迎えに並んでいる。ヒゲと角ばった帽子が目立つ創設者だ。
 これぞ、施設の全権を把握する、またとない絶好機到来となろう。神隠しエイリアンは手の先だけを素体であるドラゴンのカギ爪に変えて、待った。この爪こそ特殊な電磁場を作り、獲物のすべてを吸収する「端子」なのだ。血肉を吸う超ミクロな針の役目もこなす。
「使節団ご一行様がご到着されました!」
 施設の職員たちが立ち並ぶ広い廊下の外れから、甲高い声が聞こえてきた。手持ちのスマートフォンをかざせば人物特定はできるし、創設者もまさか、替え玉を並ばせているとは思えない。使節団といっしょにヒゲの創設者が話を交えながら、歩いてくる。
(ほら、来い! もっと来い! ぐふふ、ちょっとしたアクシデントを起こしてやれば、簡単なこと)
 エイリアンに身も心も意識も、がんじがらめにされた役員カナーシャはタイミングを見計らい、息を吸う。つづけざま泣きわめく声を荒げ、創設者の前へ苦しげに倒れこんだ。
「ど、どうした? 急病か?」と創設者の手が伸ばされてくる瞬間。カナーシャを舌打ちさせる「横やり」が入った。警護の一員だろう黒いスーツ姿の「ヨコヤマ」という若造が、こちらの声に声をかぶせてきたのだ。
「すいませんが……今、この施設は稼働の準備中ですか?」
 こんな問いかけに、所員数名が顔を見合わせた。しかし答えは「NO」だった。すると検知器らしき物をかざしたヨコヤマが、前に踏み出し、体をねじこんでくる。カナーシャが検知器による年代測定をされたと気づけど、手遅れだった。
 おそらくヨコヤマは、わずかに変異させたカギ爪の年代測定を行い、ありえないほど「過去」の反応だと見抜いたのだ。
「みなさん、下がってください! この女性は人間じゃない!」
「くっ、くそやろう!」
 カナーシャがドスの利いた声でどやすと、場が騒然となった。こうなりゃ実力行使だ! 創設者へ向けたカナーシャ決死のダイブは、ヨコヤマの鋭い蹴りで、真横へ突き返される。
 ドッ、ドスン!
「ぐえっ! くそ。くそぉ。血を、血をよ、……よこせぇ!」
「黙れ!」
 宙を手で無様にかきむしったエイリアン・カナーシャは、またも突き放たれ、銃器をかまえた警備員どもも集結してきた。普通に考えればこれで幕引きとなるが、決定的な証拠があいまいな状態で姿を消してやれば、ヨコヤマの行為は混乱する女性へ乱暴した「無礼」とみなされるだろう。
(食らうていた下等生命体などへのトランスフォームは、やりたくないが……)
 ぐにゅり、ぐにゅり、ねちゃりっ、ぐぐぐぐぐ。
 カナーシャは小太りな輪郭をとろけるように小さく小さく崩していき、施設にすくうネズミへとトランスフォームした。そのまま廊下の配管を駆け登り、天井のライトをゆらして逃げ隠れる。あわてふためくヨコヤマの声が響き、エイリアンにとっては「ざまーみろ」のひと言だった。
「ヨコヤマ? 今のは本当のことなのか? 所員の無断欠勤も増えているらしいが、それとも関連性があるのか?」
「……そこまでは、まだわかりませんが」との沈んだ声を耳に、エイリアン・ネズミはうなずく。
(ぐふふ。そうとも。わしが肉体ともども、みんな吸収しちまったのさぁ)




 竜貴は現在、複雑な外観をした高い建物が並ぶ、国立研究所の「上の方」を空中浮遊でもするように、ふわふわ舞っていた。そのうえ神様のような何でも見渡せる視点となっており、白昼夢の一種なのかもしれない。ただし、ぼんやりとした意識の状態ではなく、心は明鏡止水で確固と頭をめぐらせられた。
 少し下にある大窓の部屋には、アイナが寝かされている。そしてそのとなりには、この身、この自分、竜貴も寝かされていた! この身はおそらくあそこから……抜け出した幽体離脱という状態におかれているんだろう。未だ信じられないけれど。
 ローガは少年の身なりのまま、つまらなさそうに独り、ベッドのサイドへ腰かけている。だが不思議なことに竜貴の心には、恐怖やおびえ、さらには違和感すら、まったくわき上がってこない。と、いうことは、……自分はショックかなにかで死んだのか?
〈いいえ、ですが竜貴は、この世界の死から生への道をみつけました〉
(そう言うあなたは誰なんです? これまでいつも一緒だった、あなたは?)
〈まもなくわかりますよ。すべて、ね〉
 ダイレクトに言葉を伝えてくる大らかな声の主は、クスクス笑っているようだ。喜怒哀楽、こんな感情は脳のシナプス細胞が興奮したり、伝達物質が変化したりして引き起こされるもの。
 しかしその仮説は間違いかもしれない。現に自分は現状がわからず「怒って」いるのに、感情をつかさどる脳や体とは、遠く離れてしまっているからだ。ここには脳がない。不思議な声を「耳に」し、理不尽な浮遊を「見て」感情が動いている。確認されている現代物理学では、こんな状況の説明がつかない。
 だけどふわふわ浮かんでいるから、意識とは空気より軽いガスのたぐいなのか?
 途端、否定するように体が急降下を始め、地面へグングンめりこんでいく。建物の基礎や縞のある地層、その間を割って流れる豪快な地下水脈まで、はっきり見てとれた。物理的な障害物にジャマされないとは、意識は電波など波系のたぐいなのか?
〈いいえ。竜貴は実に人間的な、それも理系的な考えをしますね〉
(そりゃ、あなたとはまったくの別物だから)と皮肉をこめ、竜貴は言葉をイメージした。それでも言葉の主と、どうあっても「接触」したいと矛盾した想いが強くなってくる。一念天に通じると良くいわれるが、実際そのとおりのことが起きた。
 簡易ホログラムで見た「アレ」が収納されているのだろう、地下深くの金属質な大部屋全体と、そこへつづく通路が案内図のように透けてみえたのだ。こんなワザ、最新の非破壊検査だってできない。意識とは素粒子でも、波動でもないとするなら――。
〈竜貴の強い願いがこの宇宙の空間に、ゆらぎを生み、空間へ刺激を与えました〉
(そ? 空間のゆらぎが感情や意識の正体で、刺激の与え方しだいでなんでもできるってことか? しかもこの宇宙と言ったね? 宇宙空間を通じて、意識同士のつながりがある……と? 個体として確かに僕はここにいるよ!)
 この身がこの世の意識集団、空間、それらとリンクしたから、神のごとき瞬間移動もできるってことになる。クールさを装いつつも、好奇心と疑念の塊となった竜貴は滝のごとく、一気にまくし立てた。目が覚めないうちに……。
 まさしく実に馬鹿げた夢ではあるが、夢から何らかの着想を得られる場合も、過去をみまわせば多々あった。これもそのひとつに、なるかもしれない。けれどお相手は、ほほ笑んだままのイメージで応じてくる。
〈ええ。だけど竜貴、ちょっとリラックスして。わたくしは単一の生命とは言っていませんよ。みんなでひとつ、……とはね?〉
(まぁ確かに)
 お相手は、竜貴をたしなめるようおだやかに、地球と宇宙、空間について考えて……、とメッセージしてきた。竜貴はしたがう。生き物は地球という、大きなつながりを持つものの、晴れている場所もあれば大雨が降っている所もある。
 たぶんエネルギー密度のゆらぐ空間で、意識同士がゆるやかに大きくつながっていても、……仮に一枚岩だとしてもそう。天気の違いさながら個体というほどに、空間のゆらぎ方が異なる状態、いいや、異ならせる「意識」と呼ぶにふさわしい存在があるに決まっている。
 これだと宇宙が一三〇億年前のビッグバンで空間を作り、その空間が今度は意識を生む存在、もっと冷静に「機能」を得たと連想はできる。ただ竜貴の知識と考えでは、これでいっぱいの結論となった。しかしミウが「カミはカミを見捨てない」と言った内容が少し理解できた気はする。
 遠き星のエイリアンであっても、「意識の空間」で見れば、この宇宙の中で生きる同一の生命体なのだ。強い想いが届くという言い伝えも、この法則にしたがえば、なんだかうなずける。
 未知のエネルギー、たとえばダークマターなど宇宙にはまだまだ謎が多い。「意識」とは宇宙空間で、そんな形が媒介物質となりながら、個々にゆらぎを作り「個体」をも、いつくしんでいるのだろう。
(あなたは……、どうして僕に、こんな哲学的なことを教えてくれたんです?)
〈竜貴がこれから、テストの答えを間違わないように、ですよ。それにわたくしはヒントを与えただけ。よく、そこまで自力で考えられましたね〉
(い、いえ……)
 ほめられて場違いにうれしくなった。しかしお相手の言葉の前半部分は、ミウたち最大の謎であり善悪不明な「カミかどうかのテスト」についての励まし(?)だ。
 確かに今、推察した目新しい概念は、「テスト」では武器とも盾ともなろう。意識ですら共通するものなのだから、性別の違いなんてもの、この「大宇宙」は問題にもならないはずだ。ドラゴンの「彼」に対して、自分自身も考えがリセットされた気分だ。
 ただ、淡々と応じてくるお相手の「これから」との部分に、深い悲しみの「意識」を感じた。同時に、役目を終えたという息を吐くような安堵感を――。


(あなたは、どうしてそんなに、悲しい心をしているのです?)
〈物事の始まりは、小さな小さな点から広がっていくものなのよ〉


 竜貴の問いかけは、こんな比ゆで応じられた。まさしく、絵を描き始めるときは白紙のさびしいキャンバスへ、最初のひと筆を加え、始まりとなるもの。
〈これでようやく……〉と謎めくお相手が胸をなでおろしたかのように告げ、地上、地下を問わず赤色の緊急ライトが点滅しだした。竜貴のお相手こと、まず間違いなくこの研究所のマザー・コンピュータは、自分で「意識」し緊急事態を伏せていたようだ。
 けたたましいアラームと赤色ライトの目覚まし音で、竜貴はハッと息を呑み、病室内のベッドの上で身を起こす。あれは……あれは……、やはり全部、生々しすぎる夢だったのか? しかし、直後に――。
 ドグゥ、ドゴォォーーーン!
「な、なんだ!」
 カラカラの喉から声をしぼり出せた。次の瞬間! 激しい爆音とともに、頑健かつヤナギのしなやかさを持つ建物上階のカベに、亀裂が走った!




 リュウキが目覚める少し前、事件はすでに起きていた。まだ意識もうろう状態のはずなのに、ベッドのアイナさんが火急事態を知らせるべく、跳ね立ったのだ。
 たぶん「ミウ」か「彼」の意識がなにかを察知したのだろう。自分も能力発動といこうか!
 少年ローガはラフな衣服、ジャマになる服装を脱ぎすてていく。メリメリと筋肉が引き締まる音とともにローガは、ミュータントたる本来の竜人姿へと体を変形させていった。小さいけれど人の柔肌は確かな硬いウロコへ置きかわり、しなれる尾が臀部から伸びる。
「ミウさん? それとも彼氏?」
 こう問いかけるローガは、顔を粘土細工さながらに長く変えていき、空を切る流線形のマズルと同時に、鋭く白い牙が生えそろえた。この姿に、もはや少年っぽさはなく、小柄ながらも人と竜の頑丈な体を持つローガが蛇腹状の胸を張る状態だ。


(す、すごい殺気だな! それが、ここに……来る!)


 察した竜人ローガが「戦場」を外にしようと考えた直後。郊外が一望できる病室の大マドが打撃音を放ち、大きな裂け目を作った。
「ふん。敵さんは、ノックするくらいのマナーもないのかよ!」
 余裕しゃくしゃくとふるまうローガだったが、この透明アルミニウム製のマド、透明だけれど超合金の一種をぶち抜く相手はあなどれない。ローガが目にした相手は、3つ首でところどころが変身に失敗したような奇形のまま、どろりと粘液を垂らすバケモノだった。
「おまぇぇ、貨幣をぉぉぉ、よこせぇぇぇ」と腹に響く低く、ゆがんだ声が病室に広がる。相手から垂れる粘液がこすれ、その小部屋ほどの体が動くたび、ねちょりねちょりと不快な音が放たれた。こいつの方がよほどエイリアンっぽい姿形だが、ローガは決してひるまない。
「なんだ。貨幣だと? 金目当てのチンピラかよ?」
「きぇぇっ!」
 刹那! どろどろのバケモノが前足を振るい、ローガをなぎはらった。ローガ自身は踏みとどまれると思っていたが、バケモノとのパワーの差はれきぜんだった。悲鳴をあげる間もない勢いでローガは白塗りのカベに叩きつけられ、鮮血の花を咲かせる。
(くっ。こ、この体なのに、息すらロ、ロクにできねぇ!)
 ローガがグッと目をつむり、痛みで胸元をかきむしっているとき、中性的なささやき声が耳に入ってきた。その声には、悲壮な響きがともなっている。
「すまない。リュウキの前でこの姿へは、トランスフォームしたくなかった」
「……だ、だよな?」
 苦しい身ながらも、その声の示すところを感じとったローガは、せめてリュウキだけでも病室から連れだそうと考えた。すぐそばでは、さざめき音を高らかに、猛烈な存在感がカタチになり始めている。
 早くリュウキを連れだしたい。でも破滅的な力の、わずか一撃で竜人の体がバラバラになりそうになっていた。くっそ、ま、まだあきらめるもんか!
「オ、オレはな、ザコキャラ、じゃねーぜ!」
「うぅぬ?」
 大部屋へ押し入るバケモノの不意を突き、ローガは腕を張って衝撃波を放つ。倒せはしなくても、バケモノをここから転がり落とせるはず――。
 だがローガには、そよ風そっくりな音しか聞きとれない。一瞬、体を泥沼色に輝かせたバケモノが、ローガの衝撃波をやすやすと通過させてしまったのだ。まるで体をアミの目状にし、風を通すような感じだ。
(体をホ、ホログラムにもできる相手に対して、どう挑んだらいいのさ!)
「ありがとう、ローガくん。あとはこの私にまかせてくれ!」
 野太くて雄々しい、だけど勇ましさとやさしさが両立するような声が、この場の色を塗りかえた。息を整えローガが見やると、まだキシキシ音を立てながら姿を大きくしている、りりしい顔立ちと異種族ドラゴン系の「彼」がそこにいた!
 マッチョと呼べるほどに、たくましく荒々しい肉体をあらわにしたドラゴンが四足状態で待ち受けており、次の瞬間! バケモノを道連れに、腕でマドをより大きく引き裂き、屋外へ飛び出していく。
 そんな「彼」こと、どんどん大型化するドラゴンは、泥沼色と真逆の鮮やかな色を帯び、追いすがって猛るバケモノと研究所中庭の上空で対峙していた。バケモノが使った手は「彼」にはまったく通じない。そういえば色や光の相反がどうのって、学校で習ったような……。
 勇ましく翼を広げ、厳ついトゲのたぐいも、そこここに生やした大型なドラゴンが、糸を引く大口を開いた。並ぶ牙のサイズですら、ローガのものとは比べものにならない。
「お前の計略は見抜いている。私には阻止する義務がある」
「貴様はぁぁぁ、こいつの、ことぉ、をぉぉぉ」
「私の仲間たちには――!」
 告げるや否や、大型のムキムキなドラゴン「彼」が、身軽にいきなり前転した。対するバケモノは、リュウキがドラゴンの“心の”ウィークポイントだと見たようだった。バケモノがリュウキへ、狙い定めるしぐさをとった瞬間!
 大型のドラゴンが跳ね上がり体を回転させた、とりわけ強固にみえる太い後ろ足でバケモノへ襲いかかる。彼の回転キックは直撃した。バケモノに一分のスキも与えなかった。
 ドゴォーーン、ズガガガガガ!
「お、おおっ!」と興奮していくローガ。
 地震そっくりに建物がゆれ、遅れて激突音が土石類といっしょに届く。バケモノの体は空から地中深くまでめりこみ、たぶん地下水脈をも破ったのだろう。間欠泉のごとく水柱が高々と吹き上がった。水はキラキラ輝き、戦いには似つかわしくない虹を中庭一帯にかける。
「すげー! すげーよ。竜ってあんなに強いのか!」
「ローガも竜人だろう? あの半分くらいは強いんじゃないのか?」
 ふっと声をかけられ振り向くと、リュウキがとなりで作業着のスソを正していた。リュウキの冗談は冗談になっていない。それほど事態はひっ迫しているということ。
 あわててローガはウロコの手でリュウキを引き、むりやり奥の通路へ連れだそうとする。ただ、リュウキのつぶやき声を聞き、その必要がなくなったとくみとった。


「あのドラゴンは……元、ミウ、なんだね」
「……ああ、そうさ」


 無神経で空気が読めないと、よく言われるローガだった。それでも、雄々しく顔つきまで変わった大型なコイビトの姿を、リュウキが直視するのは、察するにあまりある。リュウキは無表情をつらぬいたまま、もう一度「ミウ」と、呪文のようにつぶやいた。
 どうやら「彼」の側もリュウキに気づいた様子で、黄色い瞳をちらりとこちらへ向けてくる。筋骨隆々とした雄々しい姿を隠そうにも、あの場は空中で障壁は一切、ない。リュウキもただただみつめ、なにも言わない。
「リュウキ……あ、あのさ」とローガの方も、ロクになにも言えない。
 だがローガは竜人の能力で地中深くから、またもや鋭い殺気を察した。バケモノはまだ、やられちゃいない。反撃か、もっとエグイ特攻を狙っていそうだ。なのに「彼」の姿となったドラゴンから案の定、闘気がみるみる抜けていく。
「ヤバイぜ! おい、今、気を抜いたらっ!」
 言葉半ばでローガは息を呑む。バケモノが超電磁カタパルトでも使ったかのような速さで、ドラゴンの四肢、それも鋭利なカギ爪めがけて体当たりをかましたからだ。わざわざ武器となりうるカギ爪へ、体ごと自ら突っこむなんて――。
 ズブリ、ズズッ、メリメリ。
「ガハァッ!」
 バケモノの体は、カギ爪へ食いこませた部分が白熱化していき、爆発か攻撃かそんな準備のしぐさが完ぺきに見てとれた。ローガは焦ったが、リュウキはお通夜みたいな面持ちをしているし、肝心の大型ドラゴンからは闘気がぜんぜん感じられない。
 しかも自分のできそこないの頭では、なんて声をかけたらいいのか、わからない。ドラゴンへ向けて「戦え!」と叫ぶべき人物はリュウキ当人以外、考えられない。だけどそれは期待できないし、オレ自身は“ダチ”を絶対、見捨てない!
「彼氏だろうと何だろうとオレはオレの役割を果たすぜ!」
 いてもたってもいられなくなったローガは、コウモリ似の翼をあおぎ、大マドのフチから屋外へ飛び勇んだ。バケモノは体をホログラム化させたら、特攻したドラゴンのカギ爪からすっぽ抜けちまうから、それはしないはず。
 この小回りの利く竜人の体を使い、バケモノの目を狙う肉弾戦で挑むのだ。ローガは両者の間を割りこむように、飛ぼうと決めていた。そこでヒットアンドアウェイを繰り返す。
「やぁっ!」
「ガアァァ!」
 ローガが腕を突いた直後、バケモノの眼球にこぶしが深くめりこんだ。緑色の体液が一帯にぐしゃりと舞う。ところがバケモノは変形した、まぶたを瞬時に閉じ、ローガのこぶしを挟む。腕も体もねじり、暴れて振るうローガ。
「くっそっ、こ、こぶしが抜けねえや!」
「お前もぉぉぉ、サンプルにぃぃぃ、するぅぅ」
「させるかよ。やぁっ! やぁっ! やぁぁぁっ!」
 ローガがバケモノの中にめりこんだ手から、衝撃波を放ってもグチュグチュ汚らわしい体液が飛び散るだけで、相手はダメージを受けたそぶりすらみせない。体液は強酸性なのか、細かいウロコ越しにジリジリ焼けつく痛みが走る。
「……はわ、わわわっ!」
 焦燥感に包まれるローガ。ローガは自分自身がちょっとは強いと思っていたけれど、単にこれまで格上の相手と、合いまみえる機会がなかっただけだった。いまさら思い知らされても、もう遅い――。
 ふと竜人の敏感な耳に、リュウキのつぶやく声が聞こえてきた。その声はどんどん大きく強くなってくる。
「……みんなはひとつ。意識はひとつ。姿や形という見た目のまやかしなんかより――」
「なっ……!」
 絶体絶命のローガだったが、ちらりと見たリュウキの姿は、まるでこの宇宙すべての光を集めても、まだ足りない程にこうこうと極彩色に輝いていた!
「キミの意識そのものを信じる、頼る、甘える、そして愛する! ミウ、まだ僕のコイビトなら気合いを入れて戦うんだ!」
「……リュウキ、キミはこの私を――」
 大型ドラゴンの雄々しく野太い声、ミウとの名にふさわしくない声が探るように、確かめるように応じている。だが「彼」となったミウの目に力強い光彩が戻るのがわかり、対するリュウキも手を突きあげ、見えるほどに、うなずきかけていた。
「ミウ、相手の体をマイナスに帯電させるんだ!」
「よ、よし! わかった。リュウキよ」
「なに?」
 バケモノとつながるローガの体にも、毛羽立つような感覚がおとずれ、帯電が瞬時に終わったとわかる。それでもバケモノは泡ぶくを散らし、3つ首の口を割った。どうやら、せせら笑っている。
「ぐふふぅ。むだぁぁ、むだぁぁぁぁ。すでにぃぃ、おれぇは貴様の脳へぇぇ、直接、大電流をぶちこみぃぃぃ、つぶせるのだぁぁぁ」
 このひどい声を突き破る、ドラゴンの声量が高い建物の間をエコーした。その内容はローガにとって意外なもの。
「私は絶縁だな?」
「ああ、もちろんだ」とうなずく竜貴。
 あれれ、せっかくいい具合になっていたのに、どういう風の吹きまわしなんだ? 男女間いいやその、……きずなについて自分が学ぶべきことは多そうだ。直後にバケモノが奇怪な声を放つ。
「貴様のぉぉ、脳髄はぁぁぁ、持ちかえる。死ねぇぇぇ!」
 バリバリバリバリ、バババーーーン! ブチャリ!


 (8)マザー・コンピュータの狂わしい愛


 耳障りな音が広い研究所敷地に響く。離れ建物にいる竜貴が見たバケモノのあわれな最期だった。
 激しい火花放電と稲光に包まれたバケモノの体は、こっぱみじんの肉片となり、周囲へ飛び散る。肉片の一部は竜貴の立ちつくす病室付近まで吹っ飛んできた。バケモノだった肉片はまだ、手足の多い虫さながらにぴくぴく動いている。
 帯電した者へ向けて電流は走って牙をむく。これは雷が「落ちる」原理だ。
 反対に「絶縁」している者に、電流は襲いかかれない。バケモノ自身はそうとう充電していた様子だったから、それを逆手にとっただけだ。バケモノは自らが雷となってしまい、粉々に消え去った。
 飛び散った肉片からは煙も少し、立ちのぼりだした。ひどい異臭がする。それに、バケモノがここまで粉みじんになるとは予想外だけど、貴重な情報がとれたに違いない――。
「ん? 情報だと? 私はなにも吸収しておらんが……」とは目を寄せる「彼」。
「ええー!」
 真っ先に大型なドラゴンが窓辺まで、飛んできてくれたのはいい。しかしバケモノにあのカギ爪を刺させておきながら、なにもしていないとは、竜貴は呆れて物も言えない。バケモノが敵対相手なら、なおさら分析のため、情報を得るのが普通だろう。情報戦のご時世なのに。
 文句を言うと「彼」はぶ然とした調子で応じてきた。
「わ、私にも美意識はある。粘液まみれの相手の、あまつさえ体液を吸うなど吐き気がするのだ」
「だからって機会を逃したのかよ! そんなの気にしなけりゃいいだろ!」
 お決まりの技術と論理的考察だけに流された竜貴は、むきになって雄々しいドラゴンをどやした。こちらを狙ってきたということは、自分たちの誰かがターゲットだということ。それすらわからないなら、防御策は限られてしまう。
 すると熱い息をもらす、ドラゴンの鎌首がやや憤然と伸ばされてくる。
「ならばリュウキは……、キミは今の私にキスできるのか? それと同じだ」
「そ、それは……」と、竜貴は言葉につまる。目の前に下ろされたドラゴンの姿は、ミウとはぜんぜん違って、たくましく厳つい。さらにごつく角ばった鼻先が待ち受けており、竜貴は息をこらした。
(だ、だけど、幽体離脱の体験が夢じゃないなら、意識はみんな空間でつながり合い、ひとつのはずだったろう?)
 そう、まん前のドラゴンと、丸みを帯びておっとり気味な面持ちだったミウと、違うのは外見だけだ。それを認めないのなら、服装が変われば「別人」だと言っているようなもの。ためらったり、とまどったりすること自体がナンセンスでしかない。
「今の……僕ならできる!」
「な――、なんだと!」
 広げた腕いっぱいの鼻先を、竜貴はグイと抱きよせる。お相手の目が驚いた感じに見開かれたものの、相手はドラゴンの大きな頭を引くような反応をみせない。人間の口ではあまりに小さすぎるが、竜貴は迷いなく厳つく筋肉質な鼻先へ、「彼」の大きくカサついた口へ、自身の口を重ねた。
 彼の呼吸といっしょに、ミウとは違う強気な匂いが伝わってくる。そして彼の口内を濡らす「味」も、粘性とコクが強く別物だった。


(……ミウ? 僕のミウ?)
(安心しろ。彼女もふくめ、ここにいるのだ。……私のリュウキ)


 自在にトランスフォームできる相手に、姿形の同一性を求めるのは、これもナンセンスだろう。以前、地球ではLGBT問題があったけれど、それ以下のナンセンスさだ。自分は彼やミウを形作る根源の「意識そのもの」に魅入られ、コイビトになったのだから、悩んだことを正直にあやまろう。
 このとき竜貴は不変なる意識同士のきらめきを、心でしかと感じていた――。
 そんな竜貴の広くなった心の視野が、とあるプレゼントをもたらした。もはや、忘れかけだった出来事のひとつ。人間なんて丸呑みできそうな大口が内緒話でもするように、ちょんと開かれる。器用に動く太い舌は、リュウキをキズつけることなく離れていった。
「リュウキ。私をふくむ我々は全力で、この文明の護りに入る」
「え、それって、つまり?」
「悟ったリュウキはふたつのテストに合格したのだ。人類がテストに合格できうる存在だと、この場で証明した」
「ふたつのテスト?」
「そうだ。ひとつはマザー・コンピュータの存在。そしてリュウキのような心があれば、宇宙空間を劣化させたうえ腐敗させ、最終的に全滅させる負の意識集団とはならないし、それらを産み出すこともない」と大切な彼や、ミウたち意識の仲間がようやく、ほほ笑んでくれた。
 まさしく、意識全体が特殊空間を通じてつながっているのなら、腐敗し切った意識があれば、そこから汚染が広がり、その他すべてが侵されてしまう。そのため、見極めのテストをしていたわけか。
 それならこんな自分なんかより、すぐれた人格者や精神修養のできた偉人を調べれば、てっとり早かったはず。しかしごく平凡な「被験者」を対象にしないと、人類一般がおおむね、こんな傾向かどうかのテストにはならない。ごく普通が一番だ。こう結論づけたとき――。
「ん?」
 竜貴が、首を伸ばす彼とふたたび顔を合わせると、ほほ笑みは消え失せ、今だからこそ見抜ける神妙そうな心がくみとれた。彼・ミウは重大な隠しごとをしているに違いない。
「リュウキ、私もこの責任はとるつもりだ」
「この責任、て、なに?」
「むっ、い、いや……」
 たずね返したものの、お相手は泰然自若としたドラゴンとは思えぬ様相で、うろたえ始めた。それだけで竜貴の背すじに、いやな汗が流れ出した。しかも巨躯の彼が急ぎ背に乗るよう告げきたため、ネガティブな考えが頭でぐるぐる回りだす。
 そういえば鳴り響いていたアラームも、建物内のデータ表示ホログラムもみんな消えている。この身を悟らせてくれて、地下にあった人造であり、完ぺきな人工知能だったマザー・コンピュータがダメージを受けたのかもしれない。
 そののちすぐ、竜貴にとって、悪夢の事態が降りそそぐことになった――。




 ここは、遠く離れた異国の美しく整備された都市。横山は独り雑多な大通りを歩く。未知の存在への手掛かりを求め、調査隊の一員となった横山は超粒子加速器施設への使節団に、同行していた。現在は物理的シールドが発見されているので、再建された施設は利便性のいい都市部の地下にある。絶対安全とされ……。
 施設は都市部の地下にあるため存在はあまり知られず、かつこの都市は、なんらかの危険手当となる助成金を、国から得ているに違いない。都市は各種公共施設が充実し、大いなる近未来的発展をとげていた。
 ただ肝心の横山は、使節団の目の前で無体をさらした。こんなかどで同行メンバーから外されている。しかし横山にとって、もみ消されそうな情報を得るには、好都合だった。尾行捜査や「おとり」捜査に、大人数はいらない。


(よし。ここは人通りも多い。エイリアンもムチャはできまい。エサは竜貴さんとミウさんから、もらったものが使えるはずだ……)


 あの変身ネズミはこちらの声を、聞きとめていただろうか? だとしたら、ときは近い。自分は、訓練所時代に教わった絡め手を使い、捕獲までし、相手が「どうして邪悪な一匹狼なのか」を突きとめねばならない。
 と不意に反重力高級カーがぴたりと横付けされ、顔を覗かせたのはヒゲと角ばった帽子の「創設者」本人だった。さらに限られた者しか知らないはずの言葉を、口にしてくる。
「ぐふふ。その古い貨幣で“情報”を売ってやるぞ」
「あなたは、いいや、お、お前は――」
 すでに変身エイリアンの方が先手に打って出ていたのだ。こいつは創設者のなりをしたバケモノにすぎない。帽子とヒゲの創設者もどきは、勝手に情報をぺらぺら話し出した。
「わしが元の時空間へ戻るには、多くの意識で物理のカベ、時間のカベ、そして精神のカベを突破せねばならない。この都市には多くの“意識”がある。ま、意識を抜かれた肉体は長く生きられんがな」
 横山は物理学者でも技術者でもないから、宇宙の構造っぽいことを告げられても真偽はわからない。ただひとつ、わかることがあった。
「お前! この都市の人々を大虐殺する気か?」
 指を突きつけ、どやす横山だったが創設者は気どった感じに、口の前で立てた指をチッチと横に振るうだけだ。
「太陽の磁極反転の話は知らんのか? アレはきっと数年かかるだろう。この星はバクテリアさえ生きられない死の星になる。だからその前に、どうせ死にゆく意識を、わしが有効活用してやるのだ。それがここに施設が作られ、都市の人々が生きる意味だったのだよ。ガァァ!」
「うぐっ!」
 告げられた瞬間、毒液のような噴出物が横山にかかる。物事は早め早めに対処するのが鉄則だが……くっ、読みが甘かった。胸元をかきむしって、もだえ苦しみ、バランスを崩していく横山。
 それを見、満足そうに笑む創設者もどき。ただし相手の読みも甘い。横山の姿が最新装置を使ったホログラム投影されたものだと、奴が気づくのにも時間はかからなかった。横山は肩をすくめ、笑ってみせる。
「ふふ、情報をぺらぺらと……、まぬけめ」
「こ、この、くそやろう! こうなりゃ都市の“意識”だけでも、わしが拷問のようにかき集めてやろう!」




 バケモノと戦った広い研究所の建物群から、中庭の地下まで竜貴、初の「ドラゴンライダー」体験だった。しかし、感慨深い気持ちになれない。途中、大型のドラゴンがその「素体」を改め、まるで失礼のないよう身なりを整えるかのごとく、ちょっとしたトランスフォームを始める。
「えいっ……」
 まず全身の大きさが小型サイズに縮んでいく。厳つく角ばっていた顔はでこぼこがなくなり、丸みを帯びた「ミウ」そのものへ変形した。体つきも華奢とはいえないけれど、ムキムキな筋肉質ではなくなる。人間の女性ならスレンダーで温かみのあるボディーに近い。
「ミ、ミウ?」
「リュウキ、わたしの背中から落ちたらダメだぞ」という声のトーンも、おだやかで柔らかいものへ変わっていた。
 各部から生えていたトゲはほとんど消え、牙も匂いも厳つい雰囲気は皆無。さらにこれまでで一番と感じられるほどに、ウロコの重なり具合が整っている。


 やはり、ミウはこのドラゴン姿のまま、人間でいう「正装」をまとったとしか思えない――。


 ミウがバケモノの突き破った大穴から、地下の広い場所へ降り立ったとき、その右前足で竜貴は体を掴まれることになる。大ゆれしたため、ずり落ちそうになったから。うす暗い場所でも輝く瞳で「ほら」とばかりに、ミウは具合を確認してきた。
「ぼ、僕はだ、大丈夫だ。だけど少し寒いね、ここ」
 こう告げても、ミウは前面に設置されていて、多くの配管がつながるマザー・コンピュータと思われる存在を前に、なぜか、かしこまってしまっていた。わけがわからない竜貴は、たずねずにはいられない。
「いったいどうしたの?」
「リュウキたち文明がわたしたちみたく発展するのは、間違いないぞ、いえ、発展するので、で、……でしょうね」
 しゃべり口調まで変えようとしているミウは、マザー・コンピュータから何を見出したのか。自分のあの浮遊体験が本当なら、目の前の存在は、確実に自我を持つ禁断の「生体」コンピュータだということ。
 計算処理などは主流の量子コンピュータより劣っているけれど、人間的な考えができうる存在。そして竜貴は、あのとき伝わってきていた「声」を直に耳にする。
「よ、ようやく直接……会えましたね、竜貴」との母性的な響きの声は、苦しそうだった。
 ここで竜貴は配管がつながる箱型ケースが、きらめいているのではなく、液漏れか何かを起こし、それが射しこむ光に反射しているのだと、息を詰めた。マザー・コンピュータはダメージを受けている。だけどすぐ我に返った。
(形状記憶機能と、組織の自己修復機能があるじゃないか!)
 この時代、金属製品であっても、生き物の細胞さながらにふるまうため、キズやヒビができようとも人間のケガと同じく、自然治癒するはずなのだ。これをささやいてみると、ミウの方がたまらない様相でもっと陰鬱に、ささやきかけてくる。
「あのバケモノの体液は……毒液でね。わたし、知らなかったの。ごめんなさい!」
「ごめんなさい?」
 ミウは「哀」の感情を噴出させ、小型とはいえ手のひらサイズの目にいっぱいの涙をためた。あの箱型ケースの中には、たぶん「脳」がつまっている。そこを満たす脳髄液が汚染されたのだ。脳髄液の全交換が最善の策だけど、脳の働き方が変わるかもしれないと、示唆されていた。
 つまり、全交換すれば「別人」になる可能性が高いのだ。親切にしてくれた相手と別れるのはツライことだけど……。しかしミウが次に口にした言葉は最初、竜貴にはまったく理解不能だった。いや、うすうす気づいてはいたが心が拒んでいたことを、ズバリと告げられたからだろう。だけど――。


「このわたしが責任をもって以降、リュウキさんを生涯護ります。お母さま」
「えっ! ミウ。いったい、な、な、なにを言って……!」


 こんなときに、こんな不謹慎な冗談はタチが悪すぎる。冗談ならば……。これほど腐敗したタチの悪い意識は「彼」が危惧していたように、宇宙の意識全体へ伝染していく。ここまで考えるくらい、竜貴は理不尽に腹を立てた。当の昔に勘付いては、いたことなのに――。
 そんななか、映しだされたホログラムは衝撃的なものだった。赤ちゃんのホログラムだけれど、頭部にひどいダメージの跡がある。おそらく赤ちゃんは脳死状態だ。マザー・コンピュータは気張った声を使い、淡々と話を進めていく。
「ゲノム・デザイン技術でも根絶、で、できない死。竜貴は死を待つのみで、せ、生命維持管理を任されたわたくしは、じ、自分の……脳の幹細胞を、……移植しました」
「の、脳の移植やクローン製作は国際法で禁止されているはずだ!」
 ヤケになった竜貴は、毒液に侵されているマザー・コンピュータの苦悶はむしし、大声でわめいた。ところが、またもや淡々と、人為的な培養は禁止されているが、自然な培養は不妊症の治療で卵子を使うよう、幹細胞レベルであれば禁止はされていないという。
 投影されるホログラムは変わりゆき、普通の赤ちゃんにまで回復した竜貴の姿から、幼少時代のまだ荒いホログラム、そして運動会で見せる、もはや健康的な男児としか思えない元気なポーズ。
 こんなホログラムはたくさんあり、修学旅行の旅先らしき場にいる悪友どもとヤンチャするシーンなどなど、数多く映しだされた。竜貴は平静さをよそおい、あえて曲解してみる。
「どうして僕のこれらを? わざわざ記録をハッキングしたの?」
「リュウキ!」
 小型とはいえ、りりしいドラゴン・ミウのウロコの手が、たしなめるようバシッと肩に振りおろされた。しかしもう心が半分折れていた竜貴には、そんな刺激すら強すぎて、両ヒザをつき崩れ落ちてしまう。
「いいえ。ハッキングじゃないのよ」
 ミウの悪い冗談に加担するマザー・コンピュータが、きっぱりと告げた。ならば、この身はきっとマザー・コンピュータの「2号機」に違いない。まさしく孫悟空と同じく手のうちで、ずっとずっとずーっと、もてあそばれていだのだろう。
「わたくしが思い出を記録できたのも……、竜貴がうたがいをもたず、きずなのスマートフォンを手放さないでいてくれたからですよ」
「……き、きずな」
 ここで、ふところ内のスマートフォンが規則的にバイブした。これを……いつも身につけていたから……、自分は知らないうちに、護られていた。スマートフォンという存在だけど、母といっしょに人生を歩んでいた、と――。
「どうして……もっと早く、教えてくれなかった?」と竜貴。
「……拒絶される、のが、お、恐ろしかったから」
「なら僕はあなたを拒絶する! 好奇心をみたすための、もっと言えば自分自身と似たような変わり種の慰み者が欲しかったんだ。ただそれだけのこと。この僕は実験用モルモットと同じくして」との言葉半ばで、きずなのスマートフォンを持つ手を竜貴は振りあげた。硬く冷たい床へ叩きつけてやろうと――。
 振りあげた手は、もうひとつのウロコ状をした手に、きつく押しとどめられた。さっそく叱咤する口調と、ふてくされた口調半々な声でどなりつけられる。


「感情爆発。らしくないぜ、リュウキさんよ!」
「ローガ? 無事だったのか!」
「オレのこと、完ぺきに忘れてただろ? でさ、このまま駄々っ子みたくふるまうなら、オレはリュウキをこれから“マザ・コン”野郎と呼ぶからな」


 言葉に詰まり、竜貴はうまく応じられなかった。どんな場面になろうと、状況が変わろうと態度を変えない相手は、信頼できるというけれど……。そんな竜人姿のローガが、どこまでも明るい調子で話しかけてくる。しかも話に裏も表も遠慮も、一切ない。
「いいじゃんかよリュウキ。オレ、治せないミュータントの捨て子だから母さんも父さんも知らないし、今後、出会えるとも思えない。リュウキは母さんの、そりゃ体を使った護りじゃないけど、庇護の下、一人前っぽくなれたんだから」
「ぽくって、どういう意味だ?」
 竜貴は崩した身のまま、口の悪い竜人を見上げたものの、ローガも「変わり種」として、つらい思いをしてきたのは想像にかたくない。遺伝子関連の病は、ゲノム・デザイン技術が確立して根絶された。
 しかしこの好少年は遺伝子の配列に関係せず、ミュータントが誕生するという生きる証拠で……、現代科学は元より、ミウたち「エイリアン」にとっても一考に値しうる事柄だろう。
 ミウはローガが「治せない」と言った部分についてふれ、竜人ローガ自身は肉体までも吸収してしまう変換行為は、殺人だと議論を始めた。
 ミウの仲間、先遣隊と称する連中は、生命体も遺伝子と意識さえ、よみがえらせるエミュレーションができれば、文明の保存や種の保存が可能だと結論づけていたはずだ。ローガの存在は、それを根本からくつがえすもの。
 だけどローガは自分が研究対象やら、実験の産物とやらだとわかっても、恐ろしくはないのかな? とくにローガは竜の要素が前面にでている人型という、この世で、いいや下手したらこの宇宙でただ独りの固有種かもしれない。さびしくはないのかな?
「だからさ、リュウキ。黙りこくってネガティブに考えこむクセ、悪いクセだぜ。自問自答してないで口にしろよな。それを嫌う奴なんて、ハナから友人でも知人でも、なんでもないんだからさ」
「……かもな」と元気なら、なんだっていい。竜貴のなかに、少しのカラ元気が出てきたところ、かたわらのミウがドラゴンの身でぎりぎり正座をし、あまつさえ三つ指をついて……マザー・コンピュータへ向けて、こうべを垂らしていた!
 小型のドラゴン姿は目いっぱい素の状態にしてはいるものの、身につけられる正装がない点をわびている。対する答えは竜貴も学んだ、姿とはまた別にある「意識」の重要性と共通点、さらに共感できうる内容かという点だ。相手はミウの礼を受け入れていた。
 ローガは愉快そうな雰囲気をかもし出し、ぱちんと指を鳴らす。
「ミウさんのご挨拶は済んだようだぜ。リュウキはしあわせ者だな。お嫁さんまで一挙に手にできてさ」
「えっ、な、なに! せ、責任をとるってのは普通、男の方が……」
「あー、リュウキさ。またまた意識の“差別”する気かよ?」
 意識があって姿は二の次だという概念は、理解こそできても、自分はすぐに受け入れられるほどの心の達観者じゃない。
 ただ、目いっぱい「素」の状態のミウがお相手ならば、……まんざらでもない。地下ながらクリーンな空気を深呼吸した竜貴は覚悟を決め、強い意思をいだき問いかけを放つ。
「ミウ。責任のとり方が間違っていないか? そんな責任なら僕はいらない。政略結婚って言葉、わかるだろう?」
「竜貴……」と沈んだ調子の声がまずマザー・コンピュータから出力される。出力される声がだんだん小さくなっているが、あたりを見まわし、竜貴はその声に自分自身の大声を上塗りした。
「それにフランケンシュタインの最期はどうなった?」
 こう吐き捨てるように伝えた直後、しなれるミウの尾が平手打ちそっくりに、ほおへ叩きつけられる! だがこちらがケガをするほどの強さではないし、崩れた姿勢をより吹っ飛ばすものでもない。
 そんなミウは、竜貴の言葉などなかったかのように、またお辞儀をしてギザギザなドラゴンの口を割った。ミウの礼を尽くす態度に、変化はみられない。
「わたしが非礼をおわびします。今のリュウキさんは理不尽な感情に流されてしまっているぞ、違う、ええと、流されてしまっておりますの」
「そうじゃない。飢えていたんだ……」
「え?」
 竜貴はちょっとした逆テストを仕組んだのだが、気づいていないミウは見事、一撃でごく自然にクリアしてしまった。考えを言えば笑われるかもしれないけれど、あわれみや優越感をみたすため、また、こちらがおべんちゃらを使えば喜怒哀楽の「怒」以外は感じられるもの。
 しかし本気で本人のためを想ってみせる「怒」は、ニセの感情や表面的な感情の産物だと、見抜けるものばかりだった。竜貴はあわれみをかけたり、甘やかしたりするだけではなく、ときには本気で自分を叱ってくれる存在かどうか、叱れる存在なのか、ミウを試したのだ。


「僕は……、どうやら最高級のしあわせと出会えたようです」


 誰に向けるでもなくつぶやいた竜貴だったが、締めくくりの言葉は鋼のごとき確固たる想いと慕情、博愛をこめ心から差し出した。この身は卑下することも恥じることも、なにも必要ない! 今後、一切しない!
「だよねっ、僕の……、お母さん!」
「……」
 ところがマザー・コンピュータの姿をしていても母に変わりはない慕情いっぱいの相手から、まったく返事がない。「母」はいよいよ、毒素にやられてしまったのに違いない。人生はよくシーソーゲームにたとえられるが「怒」の感情を求めたあまり「哀」が反動でやって来てしまったのか?
 本気で求めた感情だったのに、それすらこの身に与えられてはいけない、禁断の果実だったのか――?
「く、くそぉ、こんなのってないよ! ……ひどい!」
 脱力した竜貴は冷たい床に突っ伏し、涙ながらの声を張りあげた。せっかく出会えたこの身、唯一の「肉親」だったんだぞ! この、あまりの想いが口からこぼれ出ていたのだろう。ミウが柔らかい弾力の指先を使い、こちらの体を懸命というほどに、なでてくる。
「違うぞ、リュウキ。肉親はたった今、この場で誕生してるぞ。わたしだぞ」
 真剣なまなざしで、やさしくこちらを見下ろし、うなずくミウ。竜貴は片手で荒っぽく涙を拭う。
「……。そうだ。そ、そう、だったね」
 目を腫らしながらうなずき返す竜貴は、正直にみとめた。ミウの言葉はそれにとどまらない。意識や精神世界への技術にたけたミウという新しい肉親は、マザー・コンピュータの意識空間に「絶対的コールドスリープ」を、ほどこしたとも告げてきた。
「こんな……わたしにはこれくらいしかできない。あの場の時間の流れを一時的に凍りつかせた。その場しのぎで、その、ごめんなのだぞ。……リュウキ?」
「……気持ちだけでも十分だ」
「そうかな?」
 たまらず竜貴はミウへしがみつく。ミウはまったくとまどわず、艶やかなウロコがさざめく身を寄せ、しっかり温め、母性を思わすほんのり甘い抱擁をしてくれている。そのミウいわく、意識があった空間の時間はとまっているらしい。
 一例として、治癒されたアイナがときを経ても寿命をもたせるため、実体化していないときは絶対的コールドスリープ状態におかれているという。
(……あの「彼」と会わせず、アイナをこの先ずっと眠らせたままにはできない……、けれども。今だけは……まだ少し)
 竜貴の考えはまとまらないうえ、ミウたちも時間の逆行はできないとのこと。だけどこれなら、マザー・コンピュータの侵された脳髄液が全交換されても、あと少しだけ、意識の更新途中に「母」と再会できるかもしれない!
 わずかな時間しか残されていなくとも、母へ確実に伝えたい言葉がある。もう一度、母を感じたい――。
 こぶしを作った竜貴はミウをなでた後、ゆっくり体勢を立て直していく。バケモノの刺客を送りつけ、惨事をまねいた“敵”への復讐心を滾らせているのではない。そう、自分自身も、ミウへ対する責任を果たすべく行動せねばならない。
 しかし、それには時間も関わってくるだろう。
 太陽の活動一時停止やミニ氷河期への突入が起こり、世界中が生き伸びるのに手いっぱいになったら、あの再建された施設の稼働どころか実地テストすらできなくなる。まず足元を固めねばならない。でもミウたちが手助けしてくれるから、切り抜けられる可能性はグンと高くなったろう。
「わたしの体を、リュウキの杖にも足にもしていいんだぞ!」
「おいよ、リュウキさん。だ、大丈夫なのか?」
 屈んでくれているミウの滑らかなボディーと、ローガの小さなウロコでざらついた手に支えられ、竜貴は床をしかと踏みしめた。やるべきことを着実に進めていくのが勇気だ。自分自身を鼓舞したところ、研究所から「とんずら」する絶好機がおとずれる。
「な、なんだ! た、太陽の様子が……!」と遥かな地上から異変を知らせる、叫び声が聞こえてきたのだ。ちょっとだけのミーティングでは、御用学者さんに鼻であしらわれたけれど事態を深刻に受けとめた、数少ないお偉いさんの連絡先はGETできている。
 逃げ出す準備は万端。研究所内の方は、これから大混乱になるに違いない。気合いを入れ直し、竜貴は口を開く。
「まだ……僕はやれるよ。みんなのお陰でなんとかね。ミウの未来予測にすべてをゆだねよう。カケてみよう。あとは野となれ山となれだ!」
 号令を放ち、ふと責任転嫁じゃないと、言葉を付け加えようとした。けれど伏せ身で背に乗るのを待ってくれているミウは、あうんの呼吸で真意をくみとってくれている。
「先遣隊のなかにはわたしより、もっと優れ者がいるかもしれないぞ」
「いや、ミウの予測じゃなきゃダメなんだよ、僕にはね。最愛の竜のお嫁さん?」
「わ、わたしが、リュ、リュウキの、その、……あの、だぞ!」
 一瞬、間をあけてから、ローガも初体験となろうドラゴンの背にポンと飛び乗ってきた。ただ意味ありげに顔をしかめ、ウロコの手をひっくり返し、ヤレヤレとのしぐさをとっている。
「あーぁ。おノロケさんはオレがいないときにしてくれよなぁ」
「ならな? ローガこそ最初で最期となるかもしれない、最愛の新婚旅行のジャマ、すんなよ」
 やり返すと、反応をみせたのは無粋なローガではなく、実はすごく純粋(?)なミウだった。
 スリムなマズルを持つ顔の色こそ変わらないものの、照れたようにほんのり体が温かくなった。さらに地上への亀裂を、そっけない面持ちを演じて(自分にはそう感じる)見上げたまま、ミウは固まってしまう。
 しかし気を戻したかのように身構え、ミウという圧倒的でいて情愛のある新たな肉親は強くささやいた。柔らかく吐息を感じる声には、決死行と呼べる意志がみなぎっている。
「最期にはならない。いいえ、させないぞ! ふたりとも、しっかり掴まっているかな?」
 高層で輝かしい建物が並ぶ研究所の中庭の割れ目から、翼を広げたミウに連れられ一気に飛び出した竜貴たちだった。それでも以降、さまざまな顔を持つ「未来」が襲いかかってくることを、誰も予想していなかった――。


 (9)腐れた意識の手探り摘出手術


 異国の地へ使節団がおとずれてから、超粒子加速器施設の雰囲気が変わった。具体的には挙げられないが警護要員とし、また、黒いスーツと同じ色に近い横山の直感が働いている。都市では反重力カーなど物品が、こつ然と消え失せる事件も、多発し始めた。
 考えながら歩く横山は、こちらへ肩をぶつけるようにしてすれ違った中年男性へ身をよじり、その腕を強く掴んだ。
「フリーズ!」
 片言のどなり声で静止しろと、警告した。こいつはスリだ。だが狙いはサイフではなく、竜貴さんから借り受けた古い貨幣を抜こうとした。近くに反重力カーを停める同僚の元へしょっぴこうとしたが、ふっと相手の感触が手から消えた。
「な、なんだ! 体の一部がホログラムみたいになった! とまれ! さもなくば」との言葉は途中で切った。ホログラムさながらの相手にレーザ・ガンを撃っても、幽霊と銃撃戦をするようなものだ。中年男性が走りだしたため、横山は急いで反重力カーの自動ドアに手をかける。
「おい、すぐ追跡して貨幣を――」
 そこに応じられる者はいない。半分、半重力カーへ身を入れた横山の体には、どろりとした得体の知れない粘液がくっついた。そして同僚「だった」相手の、ミンチ状態になっている飛び散った肉片が、天井より降りそそぐ。
「う、ううっ」
 生ぬるい血液とともに、心臓の一部らしき臓物がまだ細動しながら、転がっていた……!
 反重力カーの中は、ほぼ赤く血の色で染まり、いたるところに物をかきむしったり、激しく破れたスーツがあったりと、苦悶の死をとげた痕跡があった。未使用状態のレーザ・ガンが放置されているため、同僚はろくな抵抗すらできていない。


「あ、あいつだな! こ、殺すにしても、ここまでする必要がどこにある!」


 気が動転した横山は、もはや無我夢中で元・同僚だった肉片や転がる臓器類をかき集めていた。腕を動かすたび、ぐちゃぐちゃと血肉入り混じった音が立った。横山の意識はどんどん高ぶり、復讐心の炎がともる。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉ!」
 吠える横山の意識は野獣と化し、理性はみじんも残されていない。そして、こんな意識を収拾する“死に神”に発見されて――。




 音声のやり取りは「盗み聞き」される危険性があった。なので最新式の端末やAI搭載型のスマートフォンにも、メッセージ通信機能は形式的に残されていた。
 太陽の異変は、今回はちらつく程度でおさまった。現在、散り散りな雲がうかぶ大空をミウとともに飛ばす竜貴は、横山さんからのメッセージを口にする。隠す必要はないし、「ひと」かどうかは、わからないけれど3人集まれば文殊の知恵というからだ。
 簡単に、これまでの体験やいきさつ、出来事から今後までを、整理する意味であらかた説明した。意識と空間がひとつという自分自身でも、にわかに信じがたい部分は、ローガとて同じような感じだった。難しい目つきをし、別の事柄に触れてくる。
「ふーん。その超粒子、加速……ってところさ、もうかなりヤバイんじゃないの?」
 真っ先に反応してきたのは、警戒したそぶりの竜人ローガだった。物おじしないマセタ少年だけど、相手を想いやれる心の持ち主であり、竜と姿がまじっていても野獣の心ではない。根はいい奴だ。
「かもしれない」とうなずく竜貴。
「わたしは思うぞ。もはや、おだやかな話し合いや、交渉は通じないかな」とは、勇ましいポーズをとるミウ。
 リュウキ唯一の「肉親」となったミウは、頼もしいといったら失礼だが(「彼」のときは、そうだけど)、主体的になって物事をリードできる存在だ。自分はそれにのっかり、行動や思いを、突飛すぎない内容へアレンジしてやればいい。


「リュウキの言う未来予測をするには、ちょっと多めの血肉が必要だぞ。ドラキュラさせてくれと、相手にどう拝みこむのかな?」
「へ? ドラキュラする?」
「そう、献血してもらうことだぞ」


 ミウは地球に慣れよう慣れようと、がんばっている。それが元で独特な言いまわしになってしまう点と、そんなマジメさとのギャップがユニークで竜貴はミウを、ますます愛くるしく感じてしまう。
 こうなると自分が一番、怖がりで泣き虫で心配性というネガティブな考えにいきついた。それを、あけっぴろげな大空で口にしてみる。
「だからわたしがついているの、リュウキ。ネガティブな考えも、ときには役立つぞ」
「かなぁ? たとえば?」と即、問い返したらミウはマズルを垂らし、考えこんでしまった。ローガも見て取れるほどに、悩ましげな様相をうかべている。とりつくろうようミウは、壮大な気晴らしになれる、だだっ広い青空へ、翼を傾げておどり出た。眼下は海一色だ。
 だが優美な水平線に天高く、異質なタワーの影が見てとれた。あれは悪意こそなさそうだが、地球へ突入し、大津波を引き起こしたはずの先遣隊が作るタワーだ。そう、どのくらい被害が出たのだろう?
 これには、小柄でも力強い翼のあおぎをやめないミウが、方向をターンさせながら風切る声で応じてきた。ミウはちらりちらりとローガを見てから、例の「H/D」と「D/H」変換で多くの地域は「D」で退避させられ、「H」で復元されたと告げてきた。
 ミウがローガを見たのは世の中の存在はすべて完ぺきに、情報へ変換できると考えていたが「抜け」があるかもしれないと、示唆したからだ。人類が絶対的に正しいと証明していた「エネルギー保存の法則」にも最近、変更が加えられたのと同じだ。
 そして人類も、電気を明かりに、逆に明るい熱源を電気に「相互変換」できるものの、前時代の「火力発電」などは多大なる変換ロスがあった。ミウたちの変換技術はどうだろう? ロスのない変換なのか? でもそのことは、あえて考えない。また、ネガティブの波に呑まれてしまうから。
「ま、ミウがいうならそれが正しい。ところでどこへ?」と声色を変えて竜貴。
「報告ついでかな。リュウキを安心させてア・ゲ・ルぞ♪」
 生々しく艶めかしいミウの声。同時に愛らしいしぐさでミウは、ちょっと舌をみせ、大きな瞳のウインクをしてきた。しかし硬そうなウロコが重なる野性的な太い首がゆれ、とろり濡れた舌といっしょに剣山さながらの牙が出て、瞳は獣そっくりに異質なもの。
 この悩殺ポーズ(?)が、スレンダーな異国の眠れる美女アイナだったらなぁと考える自分は、かなり罪深い存在だ。まぁミウのポーズにも、じょじょに慣れていきましょう。と刹那!
「わっ! うわわぁぁぁ!」
「ひぃぃぃ!」
 竜貴はローガと同時に悲鳴をあげた。どっしり安定していたミウの背が突き上げられるような、メチャクチャな揺れにみまわれたからだ。いつの間にやら、水平線上だった異質なタワーがはっきりわかる距離にまで、近づいていた。
 ドッ、ドドン!
 腹に来る二度目の衝撃が走った。このタワーの護衛か? 竜貴はローガと身を合わせ、縮こまってあたりを見まわした。
 なめらかな柱状のタワーは海面から、せり出しているけれど下部は地球の地殻すらつらぬき、燃えさかる灼熱のマントル層にまで達しているという。それを裏付けるかのように、この場はむわっとする熱気に包まれていた。先ほど、太陽が「ちらついた」とき動かされたのだろう。
 地球の大気そのものを温める役目という、とてつもないタワーだ。上空まで伸びるタワーの先端はそのとおり、花びら状に広がったいくつもの大穴があり、そこからマントルの熱を流出させるんだと思う。
 天で咲くタワーが金属かカーボングラファイトか、未知の物質製なのかわからないが、スジ状のラインが走り、不可思議な光沢を放つ存在は、やはり異質で異端な存在そのものだ。しかし、これだけで一時的に地球が凍りつくのを防げるのか、わずかな疑問は残る。


 そのうえ、どうして仲間のはずのミウが、タワーからの攻撃を食らうんだ?


 攻撃相手のサイズや速さは、どちらもミウを上まわっている。ただ、おそらく普段から素体とされている姿は、細部の異なるドラゴン似で、ミウと同じだ。臨戦態勢の大柄なドラゴンは、牙をむき、荒々しい咆哮をかましてくる。
「主、いや過去からの連絡を受け、我らは調べていた。ただ、あなたはまだ、この世の存在ではない。生きていない存在」
「なら今すぐ、わたしの戸籍謄本を作りなさい!」
「こ、こせ?」と相手の大柄なドラゴンは困惑した面持ちとなった。ミウの言葉使いは、やはり地球流のカラ回りをしている。だが竜貴には謎が氷解した。
 ミウの体をスマートフォンで調べると、いつも年代測定で「未来」の値が表示されていたが、そのとおり、きっとこの世に、いいや、この宇宙に戸籍のような「存在情報」となれる、ミウの生きた証が残されていないのだと思う。


 ミウは正真正銘の未来人(?)だったのだ。


 未来から過去に神隠しされたミウがタブー視されているのなら、未来人も過去へのタイムトラベルは禁止されているのかもしれない。よく未来人が現代に来ないのは、これから先の未来では人類が滅亡しているからとか、タイムマシンが作れないとか言われていた。だけど実際は、ちょっと違う理由なのだろう。
 話を戻せば、ミウと自分も「入籍」の書類を提出し、受理されていないから、まだ正式な肉親とはいえない。この広い宇宙にも「存在証明」のような、事務手続きが必要だったのかと考えると、不謹慎ながらニヤついてしまう。しかし笑みもここまで。
 この身を護るため命をかけていた「母」、ふたりで受けた人類の「意識テスト」、その結果が先遣隊にも認められないとなれば、相手に地球を助太刀する義務はない。それどころか人類の多くの意識は腐敗しているとみなされ、文明は滅ぶがままに放置される運命だ。
 ふっとミウのどなり声が響き、次の瞬間。相手ドラゴンの手を掴んだミウが、自身の首すじにあのカギ爪を深く突き立たせた。カギ爪は鋼さながら、ミウの重なるウロコをつらぬく。
 うなり声とともに、ミウの緑色の体液が宙を舞った。次に聞こえてきたのは、相手ドラゴンの焦ってわななく甲高い悲鳴だった。大きいのは図体だけなのか? なにをそんなに、おびえているんだ?
「お、俺は触れてしまった! 自然界の禁じた未来と過去へ――」
「おい、なに言ってるんだ?」
 相手の言葉が支離滅裂だ。そういえば人類にも、領民を困らせる領主への当てつけで、思考実験が行われた話がある。現在も古典として残る「シューデリンガーの猫」の話だ。毒ガスが出る「かもしれない」箱に猫を入れ、生きているか死んでいるか予測させるもの。
 結果はフタを開けるまでわかりっこなく、そんなふうに未来とはいろいろな方向性のものが、重なり合っていると、こんなことを示す内容だった。領主が今後、反乱に遭う可能性だってあるということ。
 大柄な相手はきっと、箱を開けずに動いている猫に触れてしまったと、……ミウとともに自然界のオキテ違反(?)か何かを侵したと思い、騒いでいるんだ。
「存在はいいから、人類のテスト結果についてだけ、わたしを探るのだぞ」
 ミウは竜貴の言いたかったことを、ズバリと指示してくれた。異星で異質で未来から来たミウだけど、「彼女」とは、どんどん息が合い始めている。それが一番うれしい。
「どうなんだ?」
 今度は「彼」が出てきたか、ちょっと雄々しくドスの利いた声で、ぼんやりしていた相手を威圧した。自分自身の手足から尾まで眺めまわす相手はまるで、自らの体に腐れ落ちていくような異変が起きていないか、確かめている感じだった。やがて少し、ふくよかなマズルを上下に振る。
「検討させていただく時間をください」
「よろしいぞ。ん?」
 大仰にうなずき返すミウだったが、相手の態度が急に変わったのは、どうしてだ? ミウも目を細め、接触させた相手をみつめている。なにより相手のカギ爪を食らったミウの首すじから、出血がとまらないのは、なぜ?
 密林でこの身、竜貴もミウに情報を吸われたけれど、患部に痛みもなくキズ跡ひとつ、残っていない。竜貴は思い切って、デカイ相手へハッタリをかましてみた。
「おい、お前! 正体が丸バレだぞ!」
「なにぃ? そ、そんなはずは――」とのあからさまな、うろたえが決定的証拠となった。こいつが「主、いや過去からの連絡を……」と、口走ったところで気づくべきだった。相手は先遣隊のニセモノだ! バケモノに次ぐ第二の刺客だろう。
「と、やぁっ!」
 声も腕も張るローガ。衝撃波を放ったらしいが、普段と違い虹色を帯びている。体の一部をホログラム化して逃げても、相反する色のどれかが引っかかるのだという。
「オレも勉強するんだぜ。嫌いだけどさ!」
 吠えたローガはもう、となりにいない。コウモリ似の翼で自力飛行し、ドラゴンのニセモノをかく乱していた。
「お前、絶対逃さねぇぜ!」
「ぐふふ。小僧に、……なにができる?」
 ローガにとって相手のニセ・ドラゴンは大きすぎ、圧倒的に不利な肉弾戦が始まった。その意図を竜貴はローガからくみとり、感謝しながらミウの首すじの患部へ身を寄せる。
「早く、しゅ、出血を、とめないと!」
「わたしも戦うぞ!」
「ダメだ。ローガの好意を無にするなよ。僕がなんとかしてみせるから」
 しかし竜貴に医学の心得はない。患部を両手で押さえてみても、ミウの大切な血は流れ、ぬるぬるになるだけで、とまる気配はない。
 ミウは顔を目いっぱいこちらまで向け、「患部をえぐって切除してほしいぞ」と、とんでもないことを伝えてきた。だがミウは早口で説明し、身をこわばらせた竜貴も、説明を理解はする。
「うかつなわたしは腐敗した意識と、心で直に接触してしまったの。腐敗はどんどん広がるぞ。意識の存在についてリュウキ、わかるだろう? わたしの意識すべてがバケモノに侵される前に……頼める、かな?」
「ミウ自身でやった方が、うまくできるんじゃないの……」
「片方の目でしか首すじは見られない。それにわたしはリュウキに頼みたいな」
 つづけてミウは手をもたげ、とりわけ鋭利な自身のウロコを渡してきた。ミウからの必死な……頼まれごとだ。
 なお、とまどう竜貴の耳に、にぶい打撃音が届く。時間を稼ぐローガがニセ・ドラゴンのこぶしを食らっていた。ローガの体勢は乱れまくり、戦えているのが不思議なくらいだ。迷えば迷うほど、ミウの意識もローガ自身も失う可能性が高くなる。それだけは嫌だ――。
「ミウ! 歯をくいしばれ!」
「わかったぞ」
 ズブリ、ズザッ!
 ウロコを慎重に掴んだ竜貴は一気に、血濡れた患部へ振りおろし突き刺した。さすがのミウも一瞬、けいれんしたように体を震わせたけれど、竜貴がその背から転がり落ちるほどの衝撃ではない。
「グッ、グルルルル!」
 ミウの姿本来の獣のうなり声が響いたものの、彼女は懸命に耐えてくれている。こちらを信じ、身をゆだねてくれている! そんな想いに打たれた竜貴は、にじむ涙をこらえ、手早く間違えず、ウロコでミウの肉体をえぐっていった。
「がんばれ、ミウ、がんばれ……」
「ガァッ、グググァァ!」
 首すじであっても筋肉が多く、なかなかウロコでの切除が進まない。痛いのだろう。猛烈に吠えたミウが患部をかきむしる形をとり、どうにかその手をとめた。条件反射で自分が吹っ飛ばされていても、おかしくなかった。
 どんなときでも、竜貴は巨大な力を理性でコントロールできる「ドラゴン」にますます魅入られる。自分だったら、とてもマネできないだろう。自身の背すじは緊張で凍りついているけれど、この身も命を張ってありったけの想いで、やるべきことをやる!
 ズバ!
「やった! 切り取れたぞ! ミウは勝ったんだ!」
 雄たけびをあげる竜貴は、まとう作業着内側の当て布を、広く長く破っていき、患部へ重ねたウロコをしばる包帯にした。打ち捨てた腐れる肉片は、遥か洋上へと回転しながら落ちていく。
「グ、グルル。ありがとうだぞ、リュウキ♪」
「どういたしまして。ミウにはダイアモンドのリング(包帯)の方が、お似合いだったな」
 この冗談には、明るい口調のミウが即、応じてきた。ミウの素体はやっぱり女の子、……なのかな?
「リュウキ、欲しいのかな? ダイアモンドなんて、ぎゅっと力をかけてやれば、簡単に作れるぞ」
「え、作る? ダイアモンドを? 欲しいのはミウじゃないの?」
 よくわからないやり取りになってしまった。転じて、はずんだ声とともに、ミウが痛いはずの首を大きくターンさせ、鼻先をそっと竜貴のほおあたりへ寄せてきた。ミウの熱く、だけど芳しく感じる吐息がかかり始めた。
 が、肩で息をするローガがふらふら戻ってきたので、ミウの鼻先は照れたように離される。こんなに大きなドラゴンなのに、その可愛いしぐさとのギャップが竜貴には、たまらない。
「くっ、オ、オレ、すまない。逃げられちまった。はあっ、はあっ!」
「ローガはがんばってくれたよ。元々、勝ち目はなかったんだから」
 うかれた気持ちで伝えてから、竜貴はしまったと思った。「勝てない」と皮肉ったり悪意を抱いたりしたのではなく、そんな状況なのに捨て身で挑んでくれた好意に感謝したかったのだ。自分も肝心なときに、肝心なことが告げられない言葉足らず野郎だ。
 ふと竜貴の目は、ふたたび異質な超巨大タワーから、まばらにできた影をとらえた。今度こそ本物の先遣隊とやらなのか? ミウはそうだと断言するが油断は禁物だし、ニセ・ドラゴンには逃げられたのだから、状況は一刻一秒を争うものだ。
「ううん、リュウキ。わたし、わざと逃がした……んだな。その方が腐れた存在も油断するぞ?」
 ミウは軽く言ってくるけれど、相手と心を接触させたのなら多くの情報を「持ち逃げ」されたはず。人類の場合だけど、「情報戦」を制するものが戦いを制するのは、近代兵法では定石だ。
「油断……そう、だといいね」と軽くうなずく竜貴。
 こちらは完ぺきに油断していた。悩ましげにうなる竜貴だったが、まもなく知るミウに関する想定外の情報に仰天し、また、この自分にかかってくるだろう重責につぶされそうになる。




 そしてここは遠く離れた異国の都市。難事件の調査隊でもある横山が、有益無益を問わず情報を収集するなか、超粒子加速器施設では淡々と、最強レベルでの稼働準備が進められていた。施設は都市の地中深くにあり物理的シールドで囲まれているが、訪問者や都市に住まう者は、わずかな異変を察していた。
 帽子にヒゲという創設者の姿になっている「エイリアンのバケモノ」は、かつての神隠しの恨みから、もはや意識を腐敗させ浸食もされている。
「ぬわぁ、ぐえぇぇっ!」
 鮮血が辺りに飛び散る。今も、むやみな施設の稼働に反対する者を、変形させた自身のカギ爪で刺殺した。創設者のバケモノは、その遺骸までずるずると吸いきり、自然なそぶりで声を張った。
 現在、雑多なこの場のほとんどの者は、施設所員をひとりひとり吸収したのち、クローンや強制トランスフォームで物品から「産み出した」同志ばかりだ。いいや、自分の体の一部と言っていい。その「作業」は終了した。同志に忌々しい人間の姿をとらせておく必要はなく、人間など目にするのも汚らわしい。
(わしは故郷への帰郷をどれだけ、待ちわびたことか)
 人工的に作るワームホールの出口となる、座標設定は済んでいた。自然界のタブーだった過去へさかのぼる行為も、おそるるに足らない。あとはそう。
「出口の時間軸を合わせるだけだ。そのためにわしは情報を得ようと……」
 バケモノはほおをゆるめた。ワイドな透明アルミニウム製のマド越しに、機材をあやつり、施設稼働の準備を行う魑魅魍魎たちを頼もしく思う。みな、知的な複数の種が暮らしていた星の忘れ形見で、人間どもはこうしたケンタウルスやハーピー、リザードマンやマンティコアなどをひっくるめて「獣」と呼び、半ばべっ視していた。
 だがこの宇宙では、まったく逆なのだ。
 単一の種しか知性を持たないとする発展形式の方が数少ない。勝手に生態系のピラミッド、その頂点に立ったと勘違いする人間は、ずば抜けた愚か者だとも気づかず大将気取りでいる。
 今は、産み出した多くの「獣」たちが、正気を奪った人間どもの代用品として作業中だ。人間より有能な獣(生き物)など、他の星では、いくらでもいる。
 ここで、「お相手」の不意を突くため、自分自身の腕から産んだ、大いなる裏切り者の帰りが、まもなくだと知る。
「まず、あいつからアイナを分離し地獄の意識で時間軸を、より細かく設定するのだ。ぐふふ。だがもうひと押し“格別なる”意識の力が、ワームホールには必要だな」



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