ドラゴン トランスフォーマー

フッフール

第1章 ヒッグス粒子の謎

 プロローグ


〈なぁ、アイナ? この先にさぁ……〉
 だが返事はない。森の木陰を仲良くペアで歩いていた相方が、こつ然と消えてしまった。影もカタチも存在感すらない――!
 このような事件は俗に言う「神隠し」だ。表現こそ違うけれど世界各地で、まれに起きている。しかし「神」がそんな非情なことは行わないだろうし、そこに超自然現象的なもの、たとえば悪魔や心霊などが関わっているとも、思えない。
 こう、かたくなに信じる峰山竜貴。通称、竜貴は、大富豪の祖先にあたる娘さんが過去に「神隠し」に遭い、そんな現象へ科学のメスを入れるため、あくせくしていた。その「神隠し」に絡む大富豪が創設者となり、作られた超粒子加速器施設に勤めているのだ。
 ここでの仕事は、世の中の物を作る「粒子」同士を亜光速(光に近い速度)にまで加速し、正面衝突させ、新たな素粒子や原子の存在を探すのが表向きの内容。


 一転、施設の裏の顔は、粒子同士を正面衝突させると、ものすごい重力が発生し、俗にいう「ブラックホール」らしきモノ、少なくとも人工的に空間の「ゆらぎ」を発生させられ、それらの情報を得る実験の拠点だ。


 いまだ、この世界には宇宙誕生時に存在していた空間の「ゆらぎ」が残されている。「ゆらぎ」とは飲み物などの濃度と、考えていい。NASAが運用するプランク衛星の宇宙背景放射観測結果は確かなもので、この宇宙がエネルギー密度の「ゆらぎ」から誕生したことを裏付けた。要するに宇宙にはムラがある。
 そしてこの先はまた非公開情報になるのだが、「ゆらぎ」は重力や磁界、その他たぐいなる条件が整うと、今でもより強い別種の「ゆらぎ」を生む。そのまま空間が持つエネルギー(これは仮説段階だ)が、どんどん流れこみだし、ミニ・ビックバン(宇宙を創ったとされる大爆発)へつながるようなのだ。
 何者かが普段は静かな炭酸飲料をシェイクし、いきなり栓を開けてしまうのにも似ているけれど……(この場合、つぶつぶの泡がゆらぎだ)。実験は、我々が住む空間に大きく影響するから、炭酸でビショビショになるだけでは済まされない。多くの場合、宇宙の「大穴」が作られてしまう。
 別の場所同士がトンネルのようにつながる現象だ。通称「ワームホール」と呼ばれ、まだまだSF段階のワープ航行研究の入り口となる。
 施設が大事故にみまわれたとき、そのトンネル現象が起きるのを竜貴は確かに見ていた! さらにエネルギーが自発的、そう、勝手に流れこむ「臨界」に達した、あのとき、あの瞬間!
「う、うわっ、これは……!」
 アラームが鳴って激震しながら傾き、崩れる施設内では、所員数名が「ゆらぎに呑まれた」というべき消え方をした。その所員たちは、現在も行方不明だ。
逆に、あまりに不可思議なエネルギーの流入で崩壊していく施設の、傾いた端末の驚くべき表示。それは、この目にしかと焼きついている。まさしく、あの表示こそ翼を広げた――。




第1章 ヒッグス粒子の謎
 (1)僕の吸血鬼? 僕のエイリアン?


 それから数年のときが経ち、竜貴は慣れない深く荒れた山歩きに悪戦苦闘していた。
「ぬわ、わわっ!」
 生い茂る密林にガサゴソと不気味な音がこだまし、竜貴は思わず身を引いた。アクティブな冒険家ご愛用のスーツがこすれ、気弱な冒険家な竜貴は、ある物をみつけ、余計に心細くなってしまう。
「や、野生動物のものかな? は、白骨だ……」
 超粒子加速器施設の大事故から数年経っている。ようやく立ち入り禁止制限が解除された密林は、自然界が事故のツメ跡をいやし、野生の宝庫状態だった。白骨が人骨ではないと願いつつ、自分自身に似合わないことをしてでも確かめたいことが、竜貴にはある。
(あのときできたワームホール〈異次元同士をつなぐトンネル〉を何者かが通り抜けてきたんだ。あのときの表示位置は、ここ――)
 しかし、のちの現場検証では、目撃者は竜貴だけで壊れかけていた計器にも、そんなデータは残っていなかったという。もし悪意をいだく世界からのワームホールができていて、アレがプローブ(探査機)などだとしたら、やがて狙ってくるだろう悪意の攻撃大部隊に、地球は襲われる。
 ただ、生物系の分野をかじってきた身として、アレはプローブのたぐいではなく、突然のワームホールに呑まれてしまった犠牲者、つまり生き物だったと竜貴は感じていた。だけど油断は禁物だ。
「だ、誰か居ますかぁ~~!」
 ときおり竜貴は口に手を当て、声を大に叫び、荒っぽく獣道を踏みひらいていた。別に気をまぎらわすものじゃなく、野生のクマやヘビなどと鉢合わせしないための処置だ。これは山合いや茂み、ブッシュ、どこでも使える冒険や探検の小ワザ。
 慣れない探検装備に苦労しながら、竜貴は密林の奥へ奥へと大地をふみしめていった。じりじり時間だけが過ぎていく。竜貴が寝苦しい野宿を覚悟した、そのときだった! 
 まるで空気の膜と言おうか。人間にはダメージが大きい硫化水素、まさに硫黄さながらの臭いでいっぱいの場所へ踏みこんでしまった。窒息感と手足のしびれで、へたりこんだその先には――。
(な、なんてこった。ア、アレが、……も、もしや、正体だった?)
 小石と荒土の地面でむせるようにさささく先には、ちょっと胴体が長くスリムな、いわゆる西洋で描かれるような、淡い緑色のドラゴンが夕暮れどきの天空をみつめていた! 
 二本の角を生やし、流線形でシャープな顔立ちは伸ばされたウロコの長い首につながり、猛獣さながらにどっしりと四足状態で、この世の物とは思えない異質なオーラを放っている。
 ちょっと色のうすいたてがみも、ふさふさしているけれど、そんなに涙を流したのか一部は水濡れた状態で風が吹いても、たなびかない。
 この岩場で巨体を支える太ももから後ろ足は、ふくよかでいてそれでも指先には、危険すぎるカギ爪がズラリと生えていた。ヘビのようにうごめく長い尾の末端にもトゲがあり、厳ついシルエットを際立たせている。ただし……。


(瞳から流れ出ているものは……本当に涙か? みつめているのは……星?)


 そう、ドラゴンの存在。それは、もはや「異星」「異世界」の出来事ではない。数十年ぐらい前にまだ新しい地層から、恐竜の化石ではなく、誰がどう見たって「ドラゴン」としか思えない化石が、完全に近い形で発見された。
 だからマンモスと同様、現代の人類との接点こそないものの、地球上に恐竜を祖とする大型ほ乳類が実在していた、……との公式見解になったはずだ。
 考古学と物理学とは縁遠いから、誰もワームホールとの関連なんて、考えてもいないはずだ。しかし調べればそのドラゴンが住む星と地球と、なにか相関関連があるのかもしれない。しかし考えるのも、ここまで。
「ぐ、くぅ……」
 息苦しさのあまり、竜貴の口から声がもれてしまった。淡い緑の「ドラゴン」は涙する姿から急変し、体をビリビリと震わす猛烈な吠え声を荒げ、巨体をひねる。
「ガァァァァァァ!」
「や、やばいぞ!」
 大きな相手からは怒りの様相しかうかがえない。そのまま、へたばる竜貴へドスドスと突進してくる。言葉は当然、通じそうになく、散らばっていた白骨は……おそらく!
 竜貴は這いつくばりながら、せめて臭いの膜の外へ逃げ出そうと、ありったけの気力をふりしぼった。ドラゴンはカギ爪をカッと開き、右手を出し突っこんできている。あわや、接触直前!
「ど、どうだ?」
 危険な硫化水素ふうの臭いがただよう地帯から、ぎりぎり距離をあけられた。涙の跡を残すドラゴンは、ウロコのたくましい腕だけを膜の外へ出し、こちらを掴みとろうと動いている。たぶん空気、そう、まず間違いなくドラゴンが居た世界と大気の組成が違っていて、膜の外に出ると何か不利になるのだろう。もしくは単に、なわばりを示す意味合いか?
 からくも逃げ切れたけれど、こちらも大問題が起きていた。食べ物から装備品一式をドラゴン側の岩場へ全部、落としてきてしまったのだ。現在位置もまったく把握できず、飲み物すらゼロだ。この状態でふみ入った密林から生還するのは、難しい。
「ガルルルルル」
 ウロコをさざめかせ、ワニより獰猛そうに思える面持ちのドラゴンは、獲物を見る目つきでまだ腕は突き出したままだ。言葉も通じないし、たぶん地球の自然界とは別のところより来ているから、身ぶり手ぶりもアイ・コンタクトもダメだろう。
「ごほっ、ご、ごほっ!」
 竜貴が吸ってしまった硫化水素ふうの空気による体のダメージも、ひどくなってきている。早く吸った分の濃度をうすめないと、致命的な結果となるのは明白だ。あぁ案の定、死に神の気配がする――。
 ふと竜貴はやるせなさと、悔しさで気張っていた心が折れ、自然と大粒の涙を流していた。ひどい倦怠感のなか、水すら持たない現状、自分も白骨の仲間になっていくしかない。
 ドン!
 不意に地面がゆれ、見るとそこには汁気たっぷりな野生の果実が転がされていた。ただ果実は強面をしたドラゴンの腕が十分、届く場所に転がされている。ワナとしては実に単純だが、こんな狡猾な知性を、相手はそなえているということ?
 さらに竜貴に選択肢はなかった。このまま今、死ぬか、わずかな可能性にかけてみるか――。答えは後者だ。飢えたオオカミのごとく竜貴はワナの果実を口に含み、こんなドラゴンに「キス」したっていいくらい、無我夢中で目前の「生」へ固着した。
 竜貴がひとしきり水分補給とダメージの軽減ができたところで、伸びていたドラゴンの腕がウロコとは思えない柔軟性を見せ、胴体へ掴みかかってきた。ドラゴンの手から伸びたカギ爪は、竜貴の腕になんともいえない痛みを与えてくる。
 ツプリ。カギ爪の先っぽが刺されたのだ!


「うう、どうか、……お願いだから――」


 と同時に金属光沢のカギ爪内へ、自分の血が流れこんでいるのが見えた。吸血され、この身はミイラになる……! ここで気力は限界、恐怖は頂点に達し、よろけた竜貴は地面へ崩れながら、意識を切らしてしまった。


 (2)僕はコイビトみたいな獲物?


 そのとき遠く離れた異国の地では、ひそかに超粒子加速器施設が都市部の地下に再建されていた。その地上への出入り口で、スマートフォンを手にし、ほくそ笑む警備員姿の男がいた。
(とうとう四〇〇年の時間をかけ、俺様へ向けてこの星、地球を手にする正確な数値が送られてきた……!)
 タブレットでゲームをプレイしていたダークな制服姿の警備員は、人間臭くガッツポーズをキメた。
 電波の進む(届く)速さは光と同じだ。たとえば二〇〇光年離れた星へ通信を送っても、答えを得るのに往復で四〇〇年かかる。だがこの身は、それをやってのけた。地球へ拉致されていた自分が積年のうらみを晴らすときも、おとずれたのだ!
 若い警備員は計画の第一段階目となる、再建された超粒子加速器施設の内へ足を進める。だが何も知らない人間が肩をグイと掴み、引きとめてきた。
「おい、もう少し先の地下までしか、俺たちの権限じゃ入れないぞ」と首を振って呆れ顔の相手は、遠慮なしに言葉をならべてくる。
「お前、また……ゲームしてたのか? ほら、エンディングみたいだぞ。ずいぶんつぎこんだんだろ? よーく味わっとけよ」
「ふん。貴様は俺のつぎこみ具合を何も知らない。とうとう先遣隊が――」
「あー、やれやれだな」
 この身の同僚とされた相手は、なにも知り得ていない。人工的なものではなく本当の「神隠し」に遭い、数世紀の齢を重ねてきた、この我が身のことを……! 死して遺骸を化石化せず、生きて耐えてきたことも――。
 まぁ知ったところで、こいつは命を落とす。知らなくてもこの星の文明は、有用な面もあるから吸収され、我々を形造る機能や知識を増やすことになる。これからが本番だ。
 まず自分は内部へ入れる「権限」を持つ、施設職員と接触せねばならない――。




 密林内で気を失って、どれくらいたったろう。日差しがまばゆいということは……? 竜貴が意識を戻したとき、この身はほんのり暗い岩の洞窟内に寝転がされていた。生きている。……この体はまだ生かされている! あのドラゴンは敵対者じゃない! 
 こう思ったのも、つかの間、竜貴の両手足はまとめて丈夫そうなツルで縛られ、岩壁にくくりつけられていた。
 あのドラゴンに知性はあるのかもしれないが、それは人類の祖先程度のものであり、これは逃げられないよう「保存」された獲物と同じあつかいだ。獲物をチビチビ食らったり、生き血を吸ったりするため、生かしているのだろう。実に……、屈辱的だ。
「くっそったれ。早く殺せ! 殺せぇ!」
 やけっぱちにどやした竜貴の怒号が洞窟内から外までこだまし、小鳥がさえずる辺りの静けさを破った。ドスンドスンと外からドラゴンの足音が響いてくる。硫化水素で中毒死しておけば、こんな辱めは受けなかったはずだと悔やんだとき、ふとガスの臭いが一掃されている点に気づいた。


(これって、いったい……)


 ドスンドスン。岩場を振るわす足音が近くで爆音となり、竜貴は生唾をのんだ。淡い緑色の大きなボディーと厳つさは変わらず、またも、ドラゴンの禍々しいカギ爪の生えた腕から手先が伸ばされてくる。くっ、これで終わりなのか? どうせなら、ひと泡吹かせて死んでやろう!
 竜貴はツルで縛られた手を懸命に動かす。ポケットの多い服をまさぐり、名称はずっと同じ「スマートフォン」の規格外バッテリーの端子に触れ、こすった。そのまま自分自身を帯電させていく。
「……グルルルゥゥ」
 湿気た生温かい息と、野生の鼻をつく臭いが竜貴を包みこんでくる。いよいよ「大怪獣」が最接近するなか、ドラゴンのわずかな、たてがみが静電気で毛羽立っているのを、竜貴は見逃さなかった。
 AI搭載スマートフォンがあつかうバッテリーのアンペアは高い。静電気はボルトが高い。
 うまくいけば火花放電が起き、自分自身は雷に打たれる要領で心室細動をまねき、尊厳死までもっていけるかもしれない。それはドラゴン側も同じこと。自爆覚悟だ。さぁ来いバケモノ!
 ブチリ、……ブツ、ブチリ!
「え?」
 目を見開く竜貴の引きつるような声がもれた。殺人的なドラゴンのカギ爪はこの身に触れることなく、手足を縛って拘束していたツルだけを切っていったから。もしかして……と考えた直後。
 わずかに触れた金属質だったカギ爪のあたりで、猛烈な火花のスパークが巻き起こる。この洞窟内に、フラッシュのごとき一閃を放った。竜貴の全身には、何千本もの針で刺されたかのような激痛が走る。竜貴はまたも地面へ倒された。当のドラゴンはといえば……。
 ド、ドドォォン!
「……ま、まさか? この程度で? こんなの想定外だ!」
「ウゥ……」
 ドラゴンはあえなく白目をむき、開いた口からはぶくぶく泡を吹いて背後へ倒れてしまった。あの程度のトリックに、ここまでの威力はない。それに硫化水素系のガス中毒としては、ケイレンがある。
 あのツルの縛りはケイレンでこの身が、ケガをしないようするために抑えたものだった――?
「も、もしかして相手は……」
 竜貴の驚きもわずかな間。長い首をもたげ、鬼神の形相でにらみつけてくる大柄なドラゴンが突然、変色しながら柔らかそうな質感となり、その輪郭をスムーズに変えていった。粘土のごとく、みるみる形が変化していく。くびれができ、色がチェンジし、背丈も何も小さく小さく変わっていく!
 そのまま相手は、ちょっと古風な雰囲気ながら、ゲームの美少女顔負けな「ポニーテール姿の人間女性」へなり変わった。一瞬の早業だった。こんなにすばやく変化できるワザがあるなんて、宇宙は広い。それとも何か仕掛けでも、あるのだろうか? いいや、自分は電撃を食らったので、まだ頭が混乱しているのかもしれない。
 お相手の背はやや高く、声はお嬢様ふうな感じだが、助け起こそうとしてくれている手、その手を掴んでみた感触はまんざらでもない。ぬくぬくして、しっとりした手だけど爪の部分だけは、あのときの感触と同じで冷ややかだ。
 もしや爪はコンピュータで言う、頭脳へつながる「データ端子」なのかもしれない。コンピュータのメモリさながら、爪の微小な電気でデータをやり取りして……。けれどドラゴンは生き血も吸った。
 爪は液体分析機であり、電気的端子であり、だからこそこんな弱い刺激でもドラゴンはぶっ倒れたのかもしれない。そしてこの身の記憶や遺伝子の構造をモノにして、姿のトランスフォーム(変身)ができる種族なのだ。そうに違いない。つづけざま竜貴は、お相手が話しかけてきたのでドキリとさせられる。


「なんだ? キミはわたしと交尾したいのか?」
「……くっ、くく。いきなり? と、とにかく、ええっと、予備の作業着を身につけて!」
「ふーむむ。服か。キミはずいぶん興奮しているようだぞ?」


 大きな相手が小柄に変身してくれたのはいいのだが、素っ裸の美女がノーガードで立っていれば、原始的な本能部分は高ぶってしまう。難しく竜貴は考えをめぐらし、男としての気持ちを抑えつけた。それでも、じれったいほどの時間が流れていく。
「やはりここも、硫化水素の臭いはしないなぁ」
「ん、あの臭いは……、キミは違ったけどエイリアンだとしても何にも襲われず、安眠するためのもの。ん? んん? さっきキミは考えていたかな。ドラゴンとキスするくらい……」
「い、いいからいいから。それはドラゴンのときに考えておいて」と受け答えが、しどろもどろになった。お相手はエイリアンなのにちょっと妖しいドラゴンだって?
 いや。大きなお相手が姿をドラゴンそっくりにしているのは、硫化水素のバリア(?)と似た理由で、この世界なら仮に発見されても畏怖され、無下にはあつかわれないようにするためかもしれない。
 ドラゴンなら適度に「知名度」も「知性」も一般に認められている。そのうえ自分は人間ではないと、誇示もできるし……。しかし、お相手はどうやって知ったのか、人間のことをよく研究してる。もし姿がグロテスクなタコ入道姿だったら即行、ハチの巣にされて終わりだろうから。むろん自分も非常用レーザ・ガンを撃っていたと思う。
 しかし驚いてばかりもいられず、竜貴は自分自身に課せられた使命を思い出した。この、基本の姿がドラゴン体形な彼女(?)を、超粒子加速器施設の事故に巻きこんでしまったこと――。竜貴はそっと近づいて、ささやきかける。
「……星を見て涙していたのは、帰れぬ故郷を思い出していたんですね。でも大丈夫。僕はあの端末で見た相手を……、あなたをずっと探してた。だから責任をとって――」
「む。結婚するというのかな? わたしはまず、コイビトから始めたいぞ。わかったかな?」
「いえ、その……あの。わかった、よ?」


 さすがに人間女性の姿はかりそめで一般的な人間の常識と、かなりのズレがある。だとしても竜貴は一生かけて、人為的な「神隠し」で引きこんでしまったこのお相手を、元の住まいへ送り返す計画を立てていた。
「やったぞ、これでわたし、これから」と一瞬、はしゃいだ美麗な女性が桃色のくちびるをつぐんだ。口にできない何かがあるのだろうか? 涙までしていた相手の予期せぬ、はしゃぎっぷりは妙に不気味だ。
 ともあれ、竜貴は自分自身の責務についてしっかり伝えたものの「今後のための、わたしの定めだったの。気にしない方が長生きできるぞ」と、当事者がぜんぜん気にしていない様子をみせた。
 気にしたら長生きできない? エイリアンという素性をオープンにしたら食われるってこと?
 竜貴にはその程度の考えしか思いつかない。お相手がちょっと作った真顔にも気づかない。
 色々たずねたいが美女であっても、まだお相手をそこまで信用できていないからだ。しかし勇を振るって竜貴は、長くうねった獣道の先をみつめる。
「さぁ、ええっと、……まずこんな密林から出よう」
「それはコイビトとしてかな?」
「う、うん、そ、そかも、……ミウ」と、竜貴はぎこちなく笑んだ。一方的に押されまくっているけれど、お相手の名前だけはどうにか呼べた。
 ミウとは「竜、りゅう」からもじった愛称だ。彼女たち言語での名前は、人間には発音できない超音波域を使うのだという。なので愛称をつけ、間違って「りゅう」と口走っても平気な安全策をとった。
 ミウ自身は「実においしそうな名前だな」と、不気味なつぶやきをしているのだが……。
 そんなミウは周囲を眺めまわしたあと、静かに竜貴へ話かけてくる。
「こんな密林とリュウキは言う。でも、わたしをずっと守ってくれた場所なんだぞ」
「そ、そうだね。ご……ごめん」
 肩をすくめ竜貴は、つぶやき返すことしかできなかった。そのとおりだ。もし「神隠し」の出現場所が街中とか、食料のとぼしい地域だったら、ミウは実験対象とされ捕獲、もしくは飢えで朽ち果てていたはずだ。
 バツの悪くなった雰囲気を変えたのは、これもミウ自身だった。生き抜くのに必要なのは、積極性だと哲学者のようにつぶやいたミウが、竜貴の手に手を重ね、きゅっと握ってくる。
 なめらかすぎる感触と汗ばむ弾力性からは、とても元のドラゴン姿と結びつかない。
「コイビト同士なのだぞう。デートは帰りのリニア鉄道がなくなるまでつづけて、わたしはお持ち帰りなのかな?」
「ミウは変な部分だけ、くわしいね。あっ、あっ! べ、別にお持ち帰りをするってことではなくて……」
「そうなんだ、リュウキ。じゃあ、わたしはまた、おいてけぼりなのかな?」
 どう説明したものか。竜貴が話しあぐねていたところ、ミウの様子がおかしくなってくる。青空の一点をみつめ顔色を変えているのだ。竜貴には確かにそう見てとれた。
 ミウはつないだままの手を小刻みにゆらし、竜貴へ早口で問いかけてくる。
「そう、通信施設や装備はあるかな? どうしてか先遣隊にここ、探り当てられてしまったぞ! これじゃあわたしは、人間のことを、もっと学ぶことができないぞ」
「先遣隊? 探り当てる? 停めた反重力ジープには積んであるけど……、かなり離れにあって、他の人の出入りも」と竜貴は目を泳がせ、手を離してまごつく。
「キミはもう、わたしのトランスフォームに驚かないかな? 大丈夫?」
「た、たぶん、うん、イケルよ」
 ミウはあわてるような事態が起きても、こちらのことにまで気をまわしてくれていた。これには竜貴も、しっかりとした言葉のキャッチボールをしなくてはならない。
「だって大丈夫も何も、その……コイビト同士なんだから」
「うんうん。きっとそうなんだぞ」
 意味が理解されているような返事ではなかったけれど、竜貴が見ている間にミウの輪郭がとろけるかのごとく変わっていった。ふたたび柔らかな粘土細工を思い起こさせたところで、両手足をついて四足になったミウが、猛々しい変身を始める。さっきと同じだが、今度はあんなに早ワザじゃない。
「ガ、……ウ、ガァ!」
「い、痛いの?」
 答えはない。だけど、マズルのできてきた顔つきは、生き物なら誰だってわかる表情、まさしく苦痛にゆがんでいた。またしても本物の「トランスフォーム」が始まった。想像上の行為と思われていたが現在、目の前で展開されている。
 おそらく重さをつかさどるヒッグス粒子や、重力子を意図的に駆使して物の構造を変える大ワザなんだろうけれど……。さまざまな文明に溶けこむには、もってこいのワザだ。
「……きっと、遺伝子の情報を得た、いや、吸い取った相手の姿になり変われるんだ。これはたいへんなことだな……」
 つぶやくことで竜貴は、本能的に危険だと感じる行為に考えをめぐらせた。なにせこの行為は「クローン人間」誕生の倫理面を軽くとおり越したもの。
 強い肉体を持つ個体が、ぜい弱な者、絶滅危惧種、その他すべての遺伝子情報を吸いとっておけば原型は、いがたのように「要らなく」なる。壊したっていい。優秀な存在が必要に応じて姿を模倣し動けるのなら、文明はムダに肥大化(人口爆発など)せずスマートに進歩していける。
 ちょうど、小型・集積化され、ひとつで多くの働きをするコンピュータ・チップのように……。だけどコンピュータのファイルさながら生き物の完ぺきな「バックアップ」ができたら、原型は変則的に意味合いで、不老不死の体を得られることになって、ん……あれ? 
 ショートヘアの女性ミウは、この身の遺伝子から「合成」されたのか? だけど姿が自分と違っていた。それに、その姿へなり変わるのに、こんなに苦労しなかったぞ?
 ともかく目の前で伸長する生き物はゲノム(遺伝子)デザインまで、できてしまうのか――?
 この間も、肉体をでこぼこ、ゆがませ、きしむ音を放つ変身行為はつづき、ミウは筋肉質になって全身に、濃い灰色の毛を生やしていく。竜貴も愛玩犬と暮らしていた時代はあったが、そんなもの比にならない。黒い口元からは、ぬるりとした牙がはみ出ていた。
「わわっ……オ、オオカミだ!」
「グ、グルルル」
 うわずった声の竜貴が肉食獣の出現に一歩、二歩、身を引いたところで、最後の変化だったオオカミの尾がピンと伸びた。クマより厄介かもしれないオオカミへの「トランスフォーム」は完了したらしい。
(相手は雄か雌かもわからない。ある意味、僕は、キスしなくてよかったのか?)
 ふざけた考えまでが錯綜してきた竜貴は、体長二メートルを超える「ミウ」にピシャリと気を正される。オオカミの声帯をどうにかミウがコントロールして、おだやかな調子は心がけてくれているようだ。遠吠えさがならの声が響く。
「ハヤク。ワタシニノッテ。アンナイ、シテホシイゾ!」
「う、うん。わかった。キ、キミから、お、落ちないようにしないとね」
 相手が敵か味方かまだわからない。それに驚異的な存在だと考えると、気のりこそしなかったが過去への贖罪のためにも、ここで引きさがるわけにいかない。それと少しばかりの好奇心には、灯がともった。ともに密林を疾走すること。
 オオカミ・ミウの肩甲骨あたりに手をかけたところ、しっかりとたくましい弾力を感じとれた。黒い短毛のミウの鼻先が、こちらへ向けられる。
「リュウキ。ワタシガ、コイビトヲ、オトスト、オモッテルノカナ?」
「いや違う。僕が勝手に落ちるかもしれないだろう? 僕は乗馬経験もないし」
「ウマ……。ワタシハ、オオカミダゾ」
 ぶ然とした調子で応じてきたミウだったが、まさしくそのとおりだ。直後にミウが駆けだし、ウマとの違いをはっきりさせてきた。
 激しく鋭い加速感が竜貴に襲いかかり、この身は思わずオオカミの勇ましい首すじへ、ぎゅーっと腕をまわすことになった。またがる足では躍動するミウの胴体を、これまたぎゅぎゅーっと固く挟みこむことになる。密林の風景は、びゅんびゅん後ろへ流れてとまらない。


「ナニ? ワタシニ、アマエテイルノカナ?」
「ち、違う、け、けど、もぉぉぉ!」


 この竜貴の状態は、熱烈と呼べるほどのハグになってしまっており、本当にコイビト同士だ。ただ、猛るオオカミと疾走をともにするのは、こんな形じゃないと実現できない。あの美女の姿を見ているせいか、竜貴は恥ずかしい気持ちなのだが、当のオオカミ・ミウはとくに何も感じていないようだ。
 いろいろ考えたものの、しかとわかる生き物の、それも、ほがらかな温もりと感触からは、ミウの存在の危険性は受けとれない。だが、来るときにみつけた底なし沼へわざとミウを導き、人類への脅威になるかもしれない相手といっしょに沈み、ちっぽけなヒーローになるべきじゃないのか?
 それは「ワームホール」を生んでしまった身として、責任のとり方が違っている気はするけれど……。
(僕は、ど、どうしたら……いい!)
 迷う間に風と化していたオオカミ・ミウは立ち入り禁止区域を抜け、少しひらけた竜貴の野営地まで走り切った。この場に人の気配はないが、竜貴はなさけない格好でオオカミからずり落ちる。
「……む、無線機の使い方は」
「ム、ワカッテルゾ」
 遠吠えのごとくうまく喉を鳴らしたオオカミ・ミウは案の定、こちらの記憶も血肉とともに吸いとっていたようだ。すたすたとジープ後部の機材のところへ走り、外部入力端子に万能そうな金属質の前足をくっつけた。電気信号で直接、やり取りするつもりだ。
(僕に聞かれるとマズイこと、ひみつにしたいことを先遣隊とやらに伝えるのか?)
 竜貴が疑心暗鬼の念にとらわれだしたとき、立ち入り禁止区域のパトロール隊のひとりが小太りな体をゆらし、青ざめた顔つきで駆け寄ってくる。
「お、おいよ。あ、あれは……黒いのは、オオカミかよ?」
「いや、護衛代わりのオオカミ犬だ。心配ない」
「そ、そうなのか。ま、それはいい。今はこの地球に守護神が必要なときなんだからな!」
 パトロール隊員はそうとうにあわてており、言葉つきが支離滅裂だ。そんな相手は「科学者連中が宇宙に電波を放っていたから、呼び寄せてしまったのに違いない」と繰り返し、百聞は一見にしかずとばかりタブレット端末を、竜貴へ差し出してきた。
「ここは低地だ。……じき、呑まれるぞ!」
「呑まれる?」と竜貴は、反すうするのでせいぜいだった。とにかくタブレット端末を見やると、広い洋上のど真ん中に、超大型な掘削装置のようなものが「刺さり」、そこから円周状にうねる高波が広がっていた! この波は浅瀬まで到達すれば、そう、忌まわしき大津波と化す。
 そして悪夢の光景はこれだけではなかった。沿岸部にミウとそっくりな姿をした見た目は「ドラゴン」の隊列が逃げまどう人々へ対し、あの爪先を突くように接触させ、飛び交っていた。なんだか裏切られた気がして、竜貴はヒートアップしたが逆にオオカミ姿のミウは、恐ろしいまでにクールだった。
「何をたくらんでいる! 答えろ、ミウ!」
「ワタシ、トメヨウトシタゾ。デモ、ホカノダレカガ――」
「なっ、他にもまだ仲間がいるのか?」
 このどやし声に、どうしてか人間さながらに立ちあがったミウがうなずいた。小太りなパトロール隊員は「こ、ここにもバケモノがいる!」とわめき、逃げ去ってしまう。
 ミウは、必要な人たちは、「バックアップ」していくので津波が来ても大丈夫だと、まったく罪悪感のない様相で告げてきた。命の完全な「バックアップ」を終えたら、もう原型は用済みというわけか。
 そしてミウは、ハビタブルゾーン(宇宙で水が凍らない領域)に位置する惑星に、生命体が産まれるのは一般的だが、知的文明をいとなむまで進化するケースは貴重で、かつ、とてもぜい弱だという。
 だから、護る義務を自分たちは、になっていると伝えてくる。やはり、ミウに迷うような口調はない。
「になう? それって誰から指示されてるんだ?」
「……カミ」
「えっ?」
 平然とした調子で、ひと言、ミウ。ただミウは、オオカミ姿はしゃべりにくく、本来の動きもできないとつぶやき、ペタリと横たわった。先ほどは、どうやら人ばらいをしたかったらしく、ふたたびミウは苦痛をともなう感じのトランスフォームを始めた。
 ばさりばさりとあのドラゴンの三角形状の翼が飛びだし、オオカミたる輪郭も脈打ちながら変形していく。大きさも一気に、停めた反重力ジープサイズに近づこうとしていた。りりしい肉付きの手足も太く分厚くなり、体毛の代わりに頑健そうなウロコがミウ全体を、ザザッーとおおいだす。


(ほら、今、ヤルしかないぞ!)


 横たわる相手を見おろす竜貴の心の声が、うながしてきた。この身はミウに「バックアップ」されているから、いつ用済みだと言われても、おかしくない。でもそれなら、無線機のあるこの場所もミウはわかっていたはず。
 わざとこちらを試したのか、記憶のバックアップは完ぺきではないのか、それとも――。
 とにかく、変身途中のミウであれば、この手で亡き者にすることはできる。理解不能な大義名分の下、文明の「バックアップ」と称する破壊活動をする相手は、侵略を狙うエイリアンと同じだ。いち早く始末して研究施設へ送るのが、人類が生き残る賢明な策だろう。
 しかし引っかかるのは、ミウからひとつも罪悪感が伝わってこないこと。むしろごく当たり前な調子で淡々としていた。知的文明はぜい弱だと告げられた。近く、この地球も温暖化ガスの影響で致命的な世界になると、科学者連中には予見されている。
 人間は、人間が存在していた痕跡すら残せず、文明とともに滅亡していくのかもしれない。そんな人類の文明が「バックアップ」されてでも生き残るのは、すでに地球を身限って第二の地球への移住を考える人々と、根は同じ発想で邪悪な行為とは違う? 理にかなっている? 
 ただの「バックアップ」とは異なり、もっと神がかった人智のおよばない方法を用い、文明のいとなみはつづけられるみたいだから。
 だとしても、ミウのふるまいや、この身への接し方は「論理的」じゃない。そんなミウがますます体を厳つくし、どんなワニをも超えた猛々しい顔をゆがませたとき、かすれ声でささやいた。
「わ、わたし。こ、こいびと……。い、いたい。ぞ」
 ドラゴン似のエイリアンらしからぬ、か細いささやき声だった。はたして言葉の最後は「痛い」なのか「居たい」なのか定かじゃない。無防備な姿をさらす現状を利用したいけれど、こんなふうに言われては逡巡してしまう。
 あの大事故からずっとこんな密林で、人間より知的レベルが高そうな相手が孤独な日々を送っていた。会話もなにもなく、ただただ自分の存在意味をも失って、絶望感にさいなまれていたに違いない。禁固刑というものがあるほど「何もしなくていい」「させられない」孤独とは苦痛なものだ。
 だからミウは、この身の「コイビト」になってくれたのだろう。それとも話術という「アナログ科学」は、ミウたちには深く理解されていない部分があり、研究対象なのかもしれない。
 だったら決して「バックアップ」や完ぺきな模倣でも、再現できないことがあると、ミウたちに知ってもらえれば「カミ」の考えだって、変えられるだろう!
 そう考えたものの竜貴はジープから、こっそり持ち出した小型電磁レールガン、まさしく、ビルをも吹き飛ばす強力な武器をひそませ――。
「ミウ。……原型の僕は、もはや不要? どうなのミウ?」
 呼びかけながら竜貴は、負荷がかかるらしい変身を応援するべく、最初のときより小さなドラゴン姿のその手、太い指先に自身の手をきゅっと絡めた。そら怖い相手ながらも、感情の重要さや不確定さ、つまり論理的な計算ではない点を使い、ミウの心をゆさぶってみようとする。
「ミウ? ここから出て、まず人間の――」
「くっくっくっ。まず人間の生き血がまるごと欲しいぞ!」と直後に、手がドラゴンたる指でグググと捕えるよう握りしめられる。ミウの声色もまるで違う! 振り払おうと竜貴が腕も体もゆらしたところで、パワー差は歴然としていた。
 こ、こうなったら描いた淡い希望は置いておき、目の前へ伸ばされてきた竜顔へ向けて、ヤルだけだ。投げ捨てられたタブレット端末と、反対側の腕に竜貴は力をこめると、その瞬間、行動に出た。
「ほら、ミウ!」
 バッシーン!


 (3)壮絶! 人類全滅へのカウントダウン


 打って変わって、ここは遠き異国の岬に位置する、灯台を兼ねた古びた神殿だ。ただ遺跡ではなく、現在も神事を行う場とし普段は、いこいの場として活用されている。その神殿内の居住区内に、しわがれた声が響く。立派な装束をまとう老いた主が「神の到来」を告げているのだ。
 真摯に耳を傾ける……フリをしていた少年ローガの「演技」は見抜かれ、鋭いカツが飛ぶ。まだ年端もいかない短髪でシンプルな格好の少年ローガは、いつもの慣れた調子で老いたる主へ言葉を返した。
「オレがお相手、えーっと誰だっけ。地球を奇襲してきた連中のラスボスを倒してだな……」
「ラスボス? 倒すのではない! お前の存在を見せつけ、再考をうながせばよい」
「つまんねーゲームだな」と、ふてくされつつもローガは、だいたいのことをタブレット端末より見聞きし、地図アプリで自動ルート検索はしていた。
 関わりたくはないが、このご老体から以前より聞かされていたとおり、エイリアンたちは現れた。これはリアルすぎる「ガチ」な展開だ。
 それにエイリアンたちと、変身したこの体の姿は似たところがあるから、どうして、こんな自分みたいな存在が産まれてきたのか、逆質問をかますこともできるだろう。
「やっ!」
 少年ローガのかけ声とともに、特殊素材で作られた真新しい衣服の背に突起ができる。それはそのまま、モコモコと伸びてふくらみ、ぐにゅぐにゅと、にぶい音を放つ。まもなくコウモリ、いや、ドラゴンさながらの翼へゆがみながら、変化していった。
 そしてすでにローガの顔と鼻先からは流線形のマズルが伸び、牙が見え隠れする状態だ。頭には少しばかり小さな角が二本生えて髪の毛は、たてがみと化している。皮膚も人間のものとは打って変わり、硬く緑色の荒いウロコでおおいつくされた。
 指先からは黒いカギ爪が伸び、臀部からはやや太い、しなれる尾がにゅるりと飛び出た。しかし全身の大きさは人間とあまり変わらず、立ち姿にも少年っぽさが残っている。
「やっぱオレ、こっちの姿の方がいいや」
 そう、この姿はまさに人間と竜・ドラゴンのハーフとなりうる「竜人」そのものであり、ローガは俗にいうミュータント(突然変異種)だった。おそらくローガがうぶ声をあげたとき、両親はその姿に恐れ、見離してしまったのだ。
 結局、この神殿に放棄され、管理人で神職に仕えるご老体が、ローガの親代わりになっていた。ローガはミュータントということ以外、普通のやんちゃ坊主だったので竜人姿のまま空を舞ったり、出歩いたりし、神殿内に引きこもるようなことはしていない。
 元々ここはのどかな田舎村だった。なのでご老体が「竜の子、つまり神の遣い」と強引に村人をくどき、ローガ自身も根はやさしく、竜人たる力で村の畑仕事など役に立っていたため、平和な日常生活を送れていた。今日、このときまでは――。
「さっさと行かぬか! 時間は少ない」
 立派な装束をゆらし、ご老体がこつんと一発、ローガのウロコでおおわれた頭を叩く。竜人のときのローガにとっては、何のダメージもないけれど、あえてローガは痛がり最期となるかもしれない、別れの悲しさをごまかした。
「痛たた! 俺の頭は聖堂の鐘じゃないつーの」
「そんな高貴なモノではないだろう? 予言書どおり、太陽活動がとまってしまったら……」
「はいはい。じゃ、ちょっくら物見遊山してくるさ」
 しわがれ声の主が「バカ者! ローガ。目的はしっかり自覚し――」と叱咤してくるが、ローガは角ばったドラゴン似の翼をあおぐ。つづけてジャンプしたローガには、周囲をとりまく海原の潮騒にまぎれ、ご老体の声は聞こえなくなってきた。
 ローガ自身は予言書の内容に、まだ半信半疑であったが孤独な旅立ちのときは、さびしいもの。空の高みへ昇りつめ、青空の雲海を突っ切る前、ローガは振り返り、離れゆく岬から神殿、そして偏見を知らない田舎村と村の人たちへ、言葉を投げる。


「バイバイ。これまで……、ありがとな」


 さすがのローガも自分にかかる重責について、覚悟こそしていたものの心がゆれ動き、鋭い竜の目じりにあふれる涙は、とめられなかった。引かれる後ろ髪、今は少しのたてがみを、ふっ切るよう、ローガは目的地へ急ぎ、翼をあおいで、はせる。
 お相手の居住区IDが機材に埋めこまれていて、探す手間が省けた。だが雲間で一陣の風と同化するローガは、大津波で神殿や村が呑まれゆく定めを、知らない。




 離れの竜人ローガが空を駆けるなか、拓けた密林の外れで竜貴は、さらなる攻撃に打って出ようとしていた! 人類ありったけの願いをこめて――。
 しかし以前より小型とはいえ、二足でどっしりと構えたドラゴンは、やすやすと竜貴の動きを見切ったようでガッと「幻の女性」らしからぬ厳つい手を使い、行為を封じてしまう。
 つづけざま、目の前にあるドラゴンの鼻先がぶんぶん振られ、姿に似合わぬスマートな感じの声が「応酬」してくる。先ほどと違い、黄色い両目とも驚いた感じに、大きく見開かれていた。
「ひどーいぞ! 普通なら、王女さまの気を正す方法は、キス、でしょ? いきなりビンタって、エイリアンもびっくりなんだぞ!」
「ミウは王女さまなの? さっきは、ええっとそう。ミウに蚊が止まっていたんだよ」
「ずーいぶん大きな蚊だったのかな?」
 イーっと鋭い牙を剥いて皮肉ってくるが、まだ、竜貴は用済みとの態度をみせてこない。竜貴自身は不幸にして危惧する面が、当たっているように思えていた。
 もし「バックアップ」すべてが完ぺきなら、竜貴のビンタという不意打ちも、計算ずくの模倣で見抜けていたはず。それをそのまま強く伝えると、お相手ミウは希望のもてるうなずき方をした。
「うん、実はそうなの。コイビトなら……、別のふるまいをすると思ってたぞ。だけど……もう少し掘り下げる必要があるかな」
「ほ、掘り下げる?」との反応に、竜貴がまっさきに腕や皮膚の部分を隠すと、ドラゴン姿のミウはズラリと並ぶ牙をニンマリ見せ、雌竜でもたくましい両肩をすくめてきた。スリムなマズルも横に振るっている。
「血は採らないぞ。この文明について……ディープに教えてほしいな。結婚と交尾の中間みたいなコイビトとの考えは、理性と知性、抑制が混じり合っていないとむりだから。おや? 何、キミは顔を赤らめているぞ?」
「……い、いや、人類滅亡の危機が近くて、怖くて……」と、ごまかしの途中で体格を小型に抑えこんだドラゴンのミウが、場違いな答えをよこしてくる。「カミはサイコロをふらない」という言葉だ。
 これはかの有名な物理学者・アインシュタインが確率で物事が支配された世界(やや乱暴な表現だけど)、そう、まさしく量子力学について揶揄した言葉だ。ミウはこの身の記憶を探ったらしいけど「この先、地球の文明は、滅亡するかもしれない」ではなく、もはや確定していると言いたいのか?
「あのさ!」
「なにかな? じゃあそろそろ……」
 今度は怒りで竜貴の顔が赤らみそうになったとき、小型ながらもゴツゴツしたウロコと、りりしく妖しい雌竜の手に手をガシッと掴まれた。
 つづけざま体の位置をズラされ、伸びてきた野性味あふれる腕がこちらを抱えこむよう、肩へまわされる。竜貴はぐっと引き寄せられ、密着したミウの体からは野性的な匂いと、なんとも、ほがらかな雰囲気がただよってくる。
「さぁ、わたしとのデートだぞ? リュウキの責任なのだからな」
「あ、ええ? ちょっ、ちょっと!」
「しっかり、だぞ」
 加減したサイズながら雌竜、つまりはドラゴンのパワーに逆らうすべはない。直後に加速感と風の洗礼を受け、気づけばもう、コウモリ状の翼をあおぐミウとともに、大空の一角まで昇っていた!
 ミウというドラゴン形体のエイリアンに連れられる状態だが、彼女(?)はぴったり体を支えてくれていて、また、尊厳すら保ってくれた。もしこの身がお姫様抱っこされて空へ昇る、では男として雄として、恥ずかしいから。
 しかし、さすがにミウ側も死角の多い背中へ、そう、またがるという「ドラゴンライダー」の格好はとらせてくれなかった。雲海を突き、次世代GPSを頼りにした飛行が落ちついてきたところで、竜貴は思い切って「ドラゴンライダー」の話題からミウへふってみる。となり同士、肩を寄せ合い身も寄せ合うぎゅぎゅっとした格好で、紺碧の大空をいっしょにしていた。しっかり支えてくれているので、そんな余裕すらできてくる。
「む? 死角? そうかな。だけどリュウキは空は初めてでしょ。この方が安心できるぞ。次はキミにチャレンジさせてあげるぞ」
「あ、ありがと」
「どういたしましてだぞ」
 変身も自由自在なミウと、その仲間たちは地球を我がもの顔にしているのに、いまいち竜貴には互いに指まで絡めているお相手が破壊神だとは「イコール」で結びつけられない。なによりミウには、ずっとリードされっぱなしな感じがする。
 今後、公式認定されれば、人類初の「エイリアンとの遭遇」になる先遣隊とやらの行動は、気になって仕方がないけれど。
「どうしてこうなったんだろうね?」と何気なく竜貴。
「デートのことかな?」
「違うよ。もっと……哲学的に、だよ」
 竜貴は吹きつける澄んだ風に、負けない声で問いかけてみた。するとミウは長い首を曲げ、ドラゴンなりの笑顔をたむけてくる。
「知性と知性の出会いなら、これがごく普通かな」
 鋭い牙も、やさしく握ってくれている厳つい手のウロコも輝かせ、ドラゴン姿のミウはあっさり言ってのけた。ごく普通……か。しかしミウたちは、こちらを軽々と抱き支える圧倒的なパワーも、姿を変える能力も人類なんて凌駕してしまっている。
 こんな場合、たいていは圧倒的なパワーの持ち主が「併合」「保護」などと、詭弁を使って侵略するのが常だ。そう思っていた。これから先、まだわからないし、ある意味、この身は今なおミウにリード(支配?)されてしまっている。
 けれど、密着した竜貴の肌とミウのウロコを通じて伝わってくるのは、魔物的な冷やかさではない。


「ねぇミウ。ひとついい?」
「なに? わたしのスリーサイズかな? バストサイズかな? リュウキはエロいぞ」
「あのな! それって全部、変身できるから意味ないよ!」


 言い変えしたところミウは、「変身」という言葉は魔法みたいだから「トランスフォーム」との言葉を使ってほしいと口にしてきた。竜貴はこれがヒントになって、次の問いかけがうかぶ。
「魔法じゃないのか……。れっきとした科学ってことか。じゃ、僕たち人類はどうして“カミ”に目をつけられたんだい?」
「この星、地球の発見は誰かの差し金みたいだけど、トランスフォーム技術の扉を自力で開いたからだぞ」
「僕らは変身できないよ」
「トランスフォームって言うんだぞ。わからないのかな?」
 スマートな雌竜・ミウいわく、人類が遺伝子操作というカミの変身ワザを自在にあつかえるようになったから、人類自身がカミとなれるかテストする意味合いが出てきたという。
 つまり「生き物」を自在にデザインできうる技術の見極めだろう。だとしたら、もしカミ相応の身分にふさわしくないと判断されたら、人類はいったい――。
 まさしく、木星の衛星で発見された異・生命体も、ベースとなる材料こそ違っていたものの、人類をふくむ地球上すべての生き物と同じように、遺伝子配列を持ち、その4種類の塩基配列の組み合わせにより、生命体とし構成されていた。
 生き物・異生命体、そして予想されていたエイリアンもすべて、水素と酸素が結合して水へと変わるみたいに、この宇宙の物理法則として、遺伝子配列が“命”を産む構造のベースになっていると論じられていた。
 幸か不幸かこの推論は、間違っていなかったらしい。
 案の定、遺伝子の操作技術は、カミのみわざだったのだ。すでにマンモスは復元されて動物園に居るし、恐竜の復元も進んでいると聞く。すると竜貴には、疑心暗鬼の念がわいた。
「ミウが……人類へのテストを始めさせたの?」
「違うぞ。わたしたちには光速突破、つまりはワープかな。それ、できないから」
「えっ?」
 うわずった声で驚いた竜貴は、先遣隊を呼び寄せたのがミウでないとわかり、ちょっとだけ安心してしまった。破壊的な活動を引き起こさせたのは、ミウ自身じゃない――
 しかし自分たちが実験した「ワームホール」の技術は、ワープ技術実験と言ってよく、さらにその結果、ミウを「神隠し」的に導いてしまった。ともあれ、さまざまな超技術をあやつる完ぺきな種族は、宇宙がいくら広くても皆無に近いのだろう。
 だとしたらミウ以外の何者かが、おそらく数百年ていどかけ、母星へ信号を放って今に至るのかもしれない。なんだかそこに悪意を感じるし、次世代型が稼働している超粒子加速器施設の、とくにワームホールに関する技術を奪われたら、たいへんだ。
 本当のカミの使者なのかわからないミウたち種族は、「ワープ」して活動範囲を一気に広くし、ますます文明の「バックアップ」に汗水たらすことになる。そして「バックアップ」されたものたちの運命は……!
「なにかな? わたし、汗はかいてない。キミはちょっと汗臭いぞ」
(しまった。口から言葉が漏れてたか……)
 陽気な調子を崩さないミウに対し、竜貴は生唾を呑み、どうにかポケットからスマートフォンを取り出した。その動画中継の内容は、竜貴の体をヒートアップさせる内容だった。電波の問題や放送の「バグ」ではない。
 先遣隊と称するドラゴンたち、もはや黙示録に出てくる「サタン」といえる連中が海岸沿いの人間から建物、その他、たとえれば「空間」そのものを「バックアップ」し、消滅させているのだ。
「バックアップ」されたものは、ゆらぎ、チラツキ、消えていく。あの異質な物が刺さった洋上を起点に地球自身も、連中の汚らわしい手でいじくりまわされているのだ。
「コレ、や、やめさせろーーー! ミウ、今すぐ!」
「そしたら津波でみんな死んでしまい、ここの文明も破壊されてしまうぞ」
「たましいを失うくらいなら、死んだ方がまだ報われる! これはていのいいエイリアンの侵略行為だ! 地球自身まで好きなように、いじくって!」
 声を大にし、竜貴は高速飛翔中に身をよじり、引きはがそうとした。ミウはますます剛腕で、はがいじめにするよう苦しいほど押さえつけてくる。
「……コイビトの目の前で、そんなに死にたいの?」
 一瞬、ミウの脅し文句かと思った。だが彼女の声色はか細く、憂いと悲嘆が入り混じった問いかけ調だった。竜貴は怒ったまま、皮肉を口にする。
「実験用モルモットをいたぶるのに、大義名分なんて要らないからな! しょせんはこの僕も」
「リュウキは、わたしの異種族初のコイビトだぞ。カミも知りたがっていた命題と――」
「カミが……何だと?」
 後半は空を切る轟音で聞きとれなかったが、ミウはまだ自分たちをコイビト同士だと信じている。いいや、わけがあって信じようとしている。そんなふうに竜貴は感じた。
「ミウ? あれらが文明の破壊じゃないと言うの? もし対等な関係のコイビト同士だと言い張るなら……」
 この言葉はミウがとがったウロコのマズルの、湿り気ある鼻先で、ほおに触れてとめてきた。これはキス? 突然の行為に竜貴は言葉を、ひっこめざるを得ない。
 そんなミウは温かい吐息まじりに、竜貴へ対してささやきかけてくる。
「リュウキ……ちょっと、耳を貸してくれるかな?」
「この大空で盗み聞きをする奴なんて、いないと思うけど、まぁ、そう言うなら」
 しぶしぶ身を伸ばした竜貴は、荒々しい呼吸が感じられるほどに顔を寄せ、ミウの内緒話につきあった。なのに小型ドラゴン体形のミウは、誰かが先乗りしていて裏で糸を引き……と、言い訳めいたことしか告げてこない。じれた竜貴は「どうして地球文明を侵略するのか?」とあえて鋭い調子で要点をうながした。


「この星はまもなく氷河期に入るの。すべての水は凍りつくぞ」
「ふふん。毎年、地球はミニ氷河期へ入るって言われているけどね。だから温暖化すればちょうどよくなるとも、ね!」
「……恒星、ええっとこのサイズの太陽だと推定で活動は数日、数か月、停止してしまうのが一般的……、だぞ」
「太陽の活動……停止」


 飛翔しながら、ミウはたいへんだぞとばかり、鼻先を押しつけ、またささやきかけてきた。まさしくこれが事実なら、地球は氷の星、いやいやそれ以上に気温は絶対〇度(マイナス二七三度)近くの宇宙空間の温度にまで下がって、文明は丸ごと全滅だ。
 ミウいわく太陽の磁極反転が起こるかららしい。これは地層を調べた科学者が、過去の地球でも何度も起きていると証明された事柄だ。磁石の北と南が入れ替わる現象のこと。理由はまだ解き明かされていない。
しかし太陽の磁極が間もなく入れ換わり、その際、活動停止するなんて、誰もいっさい警告してもいない内容。
「じゃあ先遣隊とやらは、津波まで起こして今、何してるんだ?」と鋭く竜貴。
「たぶん活動停止のブレ現象が起きるから。地球を守ろうとしてるんだぞ」
 ミウは言葉を、用心深く並べている気がした。そんな彼女は、ブレ現象、つまり前ぶれで地球が凍りつかないよう、地殻内部のマントルの熱を使い「一時しのぎをこころみて」いるという。
 地殻をつらぬく、掘削の際の津波発生はとめられなかったけれど、文明をいとなむ沿岸部は「バックアップ」で守ってみせると――。
「どうしてそれ、正直に言わなかったんだ?」
「リュウキは信じてくれるのかな?」
「……難しいな、すぐには」と、これが率直な感想だった。「エイリアン」という存在は、いわば自滅するような文明を本気で助けようとする、お人(?)良し集団なのだろうか? 自分たち人類なら、俗に言う「莫大なコストをかけてまで」見ず知らずの相手を救おうとはしない。
 これを竜貴がささやき返すと、小柄なミウの鼻先が左右に振られ、重なるウロコの感触が伝わってきた。そのまま熱っぽい口調で、ひと事、ミウはうったえかけてくる。
「コイビトはコイビトを見捨てない。夫婦は伴侶を見捨てない。そしてカミはカミなら見捨てない」
「人類はそこまで進んでは……」との言葉を竜貴はひっこめた。まさに天地創世とひとしい、火星のテラフォーミング化(地球化)を現在の人類は行い、過酷な火星環境に適合できる遺伝子組み換えの新種微生物を土壌へ移植している。
 一部では、これは「神」をも恐れぬ蛮行だと揶揄されていたものの、人類はパンドラの箱を開いたのだ。それを、カミに認められたという文明に発見された。人類はカミが使う力を、解明し行使している。
 だけどミウは「カミなら」との言葉を使った。もし違うなら、どうなるんだろう?
 昔の物語に『西遊記』というものがあって、登場人物の孫悟空は神にひってきする力を身につけていた。ところが孫悟空は自制のきかない暴れ者だったので、神は「神の閑職」を与え、それ以上の勢力拡大を穏便に封じようとした。
 人類はそんな「孫悟空」かどうか、テストされているのか? なんらかのテストでは一般にサンプルは、ランダム(適当)に選んだものを用いるのが原則だ。もしかして、こんな自分がそのサンプルとされて――!
「ミウ?」
「ごめんかな。これより先はお願いなの! まだ、……まだわたしに訊ねないで!」
 息をもらしたミウが「トランスフォーム」するときより苦悶にみちた声色で嘆願してきた。なので竜貴は、深い詮索ができなくなった。ただひとつ、ミウの話がうそ偽りばかりではなさそうだと感じる出来事がスタートした。
「まっ、まさか……!」
「たぶん今は一時的なものかな。太陽活動停止のブレ現象。大丈夫。わたし、リュウキを凍らせないぞ!」
 叫ぶミウの能力をもってすれば、チャームや幻覚作用、さらにはニセ光景でのだまし打ちなど、簡単にできると思う。だけどスマートフォンの映像はCGではなさそうだし、こんな人間ひとりをだますのに、ここまでの「コスト」はかけないはず。
「た、太陽の光が……あぁ、うすらいで……どんどん。……世界がよ、夜になった」
「……残念だけど、そうじゃないな」
 バキン! バキ、バババキン! バリン!
「こ、ここ、今度は何だ……?」
 竜貴が言葉を失うなか、氷が砕け散るのに似た音が聞こえだした。アラレ混じりの雲間へ突っこんだのかと思いきや、ぜんぜん違う! 大空にうかぶ雲そのものが急低下し始めた気温のため、凍りついていたのだ!
「間に合わなかった……」と、うつむくミウ。この身を包んで護るような格好をとってくれているけれど、凍りついた雲へぶつかるショックは大きい。中継映像もなにもかもが闇色に支配され、そんな世界が、まもなくおとずれるかと思うと竜貴の絶望感は、はかり知れなかった。
 くもり空だった地域は、凍りついて凶器と化した雲の落下を、まともに食らう。ちょっとした街の上空だった竜貴は、それをモロに目にすることになった。
ガラスや氷が砕ける音、建物の破壊音、凍った大きな雲は道路に容赦なく陥没していく。
 ズズズ……、ドゴーン!
 エネルギー供給管が突然の切断に、なすすべなく壊され火花を散らして炎を噴き上げる。途端、大爆発を引き起こした。反重力カーも巻きこまれて吹き飛ばされ、コントロール不能になり、さらなる惨事をぼっ発させる。そんな爆発の赤黒い光だけが、闇の世界で不気味に輝いた。
 いたるところからキノコ雲状の爆煙が立ちのぼるが、熱気はまったく感じられない。むしろ逆だ。上空から見る街路樹は、この距離からでもわかるほどに氷結しだしていた。あらゆる水蒸気や空中の水分が白く凍りついていく――。


「大丈夫だぞ。わたしにはまだ、温かいくらいだから。リュウキ、キミの震えをとめようかな」
「……あ、ありがとう」


 竜貴は正直に応じた。この先、この光景、未来、すべてが怖くなってしまった。そのうえ単純に、寒さで体が小刻みに震えていた。何か裏があるのだとしても、ミウの気づかいと行為はありがたいもの。
 ますますぎゅっと抱き寄せてくれるドラゴンの腕、体をなでるミウの手、そして彼女の肉体そのものへ、竜貴は心から甘えすがるよう身を押しつけ、あずけ、生き物の温もりを求めた。ミウもそれを拒まず、竜貴と触れあって体温を分けてくれる。
 死者の国へ迷いこんだかのような、闇空の飛行はつづいた。絶望感をただよわせながら、絶対的なミウの護りの中で……。




(ぐふふ。今しかない!)
 若い警備員は「皆既日食だ!」と騒ぎ立てるバカ者たちの間をぬい、指先にある金属質の爪を伸ばした。そのまま、再建された超粒子加速器施設入室の権限を持つ者へ、背後から抱きつく。グッと握った手の爪に力をこめ、血ごと遺伝子の「バックアップ」をとった。
「キ、キミ! な、なにして――」
「……ぐふふ。悪く思うな」
 シルバーブロンドの女性職員はこちらに気づいたが、手遅れというもの。四〇〇年前の「神隠し」の被害者こと、若い警備員はH/D変換も同時に行った。
 この世界の人間どもも行うアナログデジタル変換と原理は同じだが、これは質量をデジタルへ変換する行為だ。
 つまり相手はこちらへ吸収され、質量(体)「H」を失う。だがD/H変換を使えばすぐに情報から素材に戻せて「トランスフォーム」する際のもどかしい苦労や時間は簡略化できる。体を吸いとって素材(H)がそろっているわけだから、それらを再構築するだけなのだ。
「ぐふふ。もうすぐそんな物もすべて消え去る、か……」
「あぁ、ま、まずい。このままだと氷と寒さでやられるぞ! みんな、建物の中へ!」と野太い誰かの声。
 自身の言葉を打ち消すヒステリックな声が響き、群衆はあわれなモルモットのごとく逃げ隠れし始めた。「トランスフォーム」を終えている元、警備員は一同にまぎれ、あわてふためく演技をする。
 あとは時間の問題だが、設備を稼働させられる最低限の人員の「バックアップ」をせねばならない。神隠しに遭った「エイリアン」はさっそく吸収した女性の記憶をまさぐった。
「ボブ? ひと段落したら、あたしのオフィスへ来てもらえるかしらぁ?」
「承知いたしました……が、ひと段落しますかねぇ?」とヒゲもじゃ大男のボブが応じてきた。こいつは施設稼働に必要な人員のひとり――。




 竜人姿の少年ローガは、電波発信のあった拓けた密林近くで拾った小枝を投げる。反重力ジープしか停まっておらず、実につまらない。侵略エイリアンたちに、この自分の姿をみせてやればいいんだろう? それで解決なんだろう?
 大きさは人なみ、二足で歩くけれど緑色をしたウロコの体表と、皮膜も多い翼を生やす竜人ローガの細長いマズルが動いた。
「あーあ、ここはハズレ。普通、コ・イ・ビ・ト・同士ならドライブで動きまわるもんだろ」
 わざわざ田舎村の故郷から旅立ったのに、すでに使命感を失っているローガは、どこか近くのドラゴン似エイリアンにみつかれば、目的達成だと使命の「省略」をもくろんでいた。でも全部ハズレ。ミウというエイリアンもいない。電波が放たれた反重力ジープを追ったのだが、誰ひとりいない。
「リュウキってやつ。大胆なんだな。こんなときに得体のしれない相手とデートだもんなぁ」
 ローガが独りつぶやいたとき、ライトを消すかのように辺りが闇に包まれた。敵襲か! 
 ほぼ真っ暗闇のなか、ローガは方々へ腕を突き放つ。すると波動さながらの塊が飛び出て、大小の木々をへし折った。うちひとつは放置されている反重力ジープに命中。
 ひどい衝撃でジープは爆砕し、水素燃料が怒りの炎をあげる。ただ霜が降りてきた妙な寒さのなか、ローガを支える温かい炎の役割を果たした。
「悪い! これも敵のしわざだ。相手がジープの弁償を拒否ったら……」
 肩を震わしながらも、ローガはまた腕を突き放った。乾いた音を立てて、木がへし折れたものの、憂いをともなうローガのうっぷんは晴れない。こんなことになった事情聴取するためにも、リュウキとターゲットの「ミウ」を追撃せねばならないから。
「オレは血なんて吸わないけど、首を洗って待ってろよ!」

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