ドラゴン トランスフォーマー

フッフール

第2章 「そのとき」のおとずれ

(4)大迫力、甘やかしの最終デート


 規則正しく躍動してとても温かいミウを抱き、逆にしっかり抱かれてそんな感じでいた。
 するとずっと寝不足だったのと甘くぬくぬくの信頼感のおとずれで気がゆるみ、うつらうつらしてしまった。太陽活動の一時停止からどれくらい経ったのだろうか。いまだ竜貴の目は闇色しか伝えてこない!
「……ま、まだ、太陽は、戻ってない?」
「起きたのかな? まったく、寝ていても騒々しいとは、わたしは今後、悩まされそうだぞ」
「う、うーん。そう?」


 つまり「イビキ」がうるさかったってことだ。頭がクリアになってきたところで、ミウがウロコの太い腕の具合を変え、頭をおおうようにしてくれていた手もどける。途端、まばゆい太陽の光が目に飛びこみ、すべて夢だったという「オチ」をほうふつとさせた。


「……やっぱり僕はミウたちの観察対象であってテストの対象でもあってカミなら……そうそう、イビキ“も”ひどかった?」
「こらこら、ダメだぞ。なにげなーく核心部分をたずねても、答えられないんだぞ!」


 緩やかなマズルを向け、またも並ぶ牙をイーとみせつけてきたミウは、よくみまわせば、すでに竜貴自身の暮らす街中にまで、やって来ていた。
 まさか目的地がココだなんて、考えてもいなかった。地球にはもっともっと見るべきところや観光スポット、(小声で)デートスポットなどたくさんある。なのにどうしてミウは、この身の生活圏内を選んだんだ? それにあの太陽の活動一時停止に、街の人たちは何を思ったのだろう?
 竜貴の疑問はそのままに、ミウは翼の大きなあおぎで砂地の公園へ向け、着地体制へ入ってしまう。太陽とエイリアン、ふたつの騒動がどのように報じられているのかわからない現状、こんな格好を人の目に触れさせるのは危険だ。
 しかし急降下したミウは、ご近所さんのいる街なかの公園中央へ降り立ってしまった。
「あ!」と声をあげたのは、長髪に白系のワンピースが好みな、同じ建物の若い女性だった。色白で美貌ながら存在感がうすいので通称「幽霊さん」と呼ばれている女性たが、今回は違う。
「竜貴くん、とうとう買っちゃったのね? あーぁ。結婚も自宅も捨てちゃった?」
「え、ええっと。そう。そう! 全部、捨てて買っちゃったんだよ!」
 思い出したけれど、現在は昔、描かれていたような未来世紀だ。とくにロボット技術が進歩しつづけ、個人秘書的なロボットの普及期にさしかかっていた。そこには、忌避なる技術なのかもしれない遺伝子操作技術が加わり、人造の「生きる」パーツすら使われている。
 国際法で脳だけは、研究開発が禁止されているため(どこもムシしているだろうけど)、おぎなう形でデジタル技術、そう、高性能なコンピュータ技術がロボットへ組みこまれていた。
 各メーカはさまざまな生き物の姿をモチーフにした超高価なロボットを発売し、幽霊さんはミウをそのひとつ「ドラゴン型」と勘違いしているらしい。
 ここへ、話を難しくするように、二足でどっしり降り立った小型ドラゴンのミウが口をはさんでくる。そこに厳ついドラゴンの笑顔はない。
「自宅はまだしも、結婚を捨てた? ならリュウキは、わたしも捨てるのかな?」
「あははははは」
 とりあえず竜貴は大手を振るい、笑ってごまかし、まだ「このロボットは」調整中なんだと言い訳をした。しかも狙われた“獲物(この身)”は、まだまだ逃してもらえないようだ。急ぎ竜貴は話題を「エイリアンの侵略行為」について変えた。
 すると今度は幽霊さんが口元に手を当てて、小さく笑う。
「あれ、フェイクニュースだって報道されてるわよ。それにあんなチャチな2D映像、今どき誰も真に受けないってば。けど……」
「けど?」
「沿岸部には避難指示が出てるわね。海底火山が大噴火したって話よ」
 どんな映像も造れる時代、さらにはネットワート網の完ぺきなコントロールすらできる時代、ある程度までは情報の完ぺきな隠ぺいは可能だ。
 だけど太陽の一時停止のような天変地異はムリなはず。竜貴はさきほどの太陽活動の停止についてたずねてみる。
「別に……なにもなかったわよ?」
「えっ! そ、そんな! なにもなかった? あんなに寒くて雲が凍りついてメチャクチャだったのに?」
「どこがメチャクチャ?」
 幽霊さんは、まさしく虚ろな目つきでこちらをみつめ、小首をかしげた。竜貴が辺りを見まわせば、この街に目立った被害や混乱の跡はみられない。いったいどうなっているんだ? スマートフォンをいじっても、それらしい情報はみつからない。
 侵略するほどのエイリアンなら「下等動物」に幻覚をみせつけることくらい、たやすいだろう。しかし、さっそく興味津津と寄ってきた近所の子供たちへやさしく、たわむれるミウの姿を目にすると、相手がそんな凶悪だとも思えない。だますにしても、規模も何もかも大きすぎる。
 たわむれる男女大小の子供たちをどかすため、竜貴はとりあえずの言葉を口にした。口にして自分自身でも奇妙なことに気づく。
「ほらほら。もうオヤツの時間だろ?」
「お腹、ぜんぜん減ってないよぉ」との子供たちの無邪気な反応だ。自分もあまり食べ物を口にしていないのに、空腹感すら起きない。真実を知ってしまったがゆえの緊張感が、そうさせているのか?


「さぁリュウキ。晩ご飯は何にするのかな? 買い出しに行こうぞ」
「買い出し……。買い出しぃぃぃぃ?」


 いつもどおりミウがこちらをリードしてきた。深く考えすぎかもしれないし、情報を探るためにも、ここは「だまされた」ふりをしておくのが得策だ。
「このまま行くかな、リュウキ?」
 ちょっと顔をあげる竜貴。苦しそうなトランスフォームはあまり見たくないけれど、さすがにこのままじゃ目立ちすぎると思う。
 対し小型な身なりがさいわいしてか、高級な反重力カーを見る目くらいにしか、行きかう人の視線が来ないミウは、流線形のマズルをちょんと寄せてきた。湿り気が生々しいドラゴンの瞳は、ちらりと周囲へ向けられる。
「……セキュリティー・カメラがいっぱいだぞ。それでもトランスフォームやっちゃうのかな?」
「いや、やめておこう。ところで大津波は――」
「リュウキ、好物は何かな? 手料理の知識は、アイナ……いえ、わたし、大丈夫だぞ」
 ミウはあの大事故で神隠しに遭い、地球へ導かれ、密林の中で過ごしていた。そしてこの自分に、料理の知識はからっきしだ。
ミウは「アイナ」と口をすべらせたようだが、その人物と何らかの接点がある。もしくは、例の「吸収」行為までしているのかもしれない。
 こう考える竜貴だったが、かなりマニアックとなろう小型ドラゴンの手料理、その魅力には負けた。善は急げというし、腹は減っても減っていなくても戦なんて、できぬなのだ。
 もし半ば誇大妄想的に、いいや、幼児的発想かもしれないけれど、頭をめぐらせた「カミなら」という言葉のテスト対象が自分なら、あえて日常生活をみせつける方がいい。人類が高度なロボットを受け入れ始めたように、異なる者との共存共栄を示す、礎となれるかもしれないから。
 まずは近所の大型スーパーまで買い出しに行ったものの、奇異な目で見られるのは避けられなかった。ただミウの小型ドラゴンという厳つい姿が効き、難癖をつけてくる相手はいない。微妙な反応だ。
 商品が入り乱れるスーパー内をミウがズシンズシンとねり歩き、竜貴は妙なところに感心してしまう。常々、圧倒的なパワーを持っていても、それをやさしく発揮できることこそ、真心だと確信していた。ミウはそれをリアルにやってのける。
「へぇ。大きなウロコの手で……生タマゴまで割らずに、つまめるんだね」
「わたしの手の器用さは、なでなでされたリュウキはよく知ってるはずだぞ?」
「ゴホッ、ゴホゴホ」
 咳払いでごまかす竜貴だったが、清算のとき、自分は無一文だと思い出した。旅費等で今月は使いすぎ、電子クレジットは月の利用限度額に達してしまっている。
「まずいよミウ? どうしようか?」
「……リュウキはわたしと出会ってから、短期間で依存度が大きくなってきたかな?」
「もっとシンプルに言えよ。ミウを頼ってるんだ。それだけ信頼してるってこと。同じ“頼”って漢字を使うくらい、それは表裏一体なんだよ」
「ふーん、……なるほどだぞ」
 しばし意味深に、考えこむそぶりをみせていたミウだったが、金属質の爪の間から見慣れぬ古い硬貨っぽい物を出してきた。今どき硬貨なんてあり得ないけれど、スマートフォンの検索鑑定機能によれば、たいそうな値打ち物だった。
「おや? 測定のバグか?」
「……」
 炭素を使った年代測定機能は、うまく働かないようで、かなりでたらめな値を表示していた。これはありえない……。まぁ「放射性炭素年代測定」だなんて舌をかみそうな機能は、スマートフォンのなかでもオマケ中のオマケなのだろう。
 竜貴は記念に不思議な硬貨一枚だけ、着つづけている作業着のポケットへしまった。ミウによれば「D/H」変換のたまものだというが、その意味までは問いかけなかった。きっと物を生みだす魔法とひとしいものに違いないから。


 そうこうしながらミウとともに、パラソルが鮮やかなオープンカフェでひと息入れた。
 ここでもミウのリードがつづき、彼女は大きなパフェを「ひとつ」だけ注文した。竜貴は淡々と、レジ袋をウロコのウロコの腕にぶら下げたパワフルなミウの様子をうかがう。
「パフェ、そ、そんなに食べるの?」
「あら、なに言ってるのかな? いっしょに食べ合いをするのが“コイビト”なのだぞ」
「待って! よりによって、こんな目立つところで?」との抗議も滾るようなドラゴンの鋭い目に、ひとにらみされて封じられる。道行く人たちは、ほほ笑みをたむけてくれるが、なんだかミウがあえて目立つ行為をし、その動向を「テスト」しているように感じられた。勘ぐりすぎか?
 すぐ大盛のパフェがやって来て、竜貴は最初のひと口をゆずった。ハムッとパフェの上部をなめとったミウは、またも牙を並べてニンマリしてくる。


「どうぞ、リュウキ。これは間接キスになるのかな~~♪」
「う、うん?」


 竜貴はとぼけた声を出したが、ミウに完全に出しぬかれた形だ。これは「カミ」のテストと、さっぱり似つかわしくないものの、彼女の野性的な匂いに気が高ぶってくる竜貴は、まわりくどいやり方に嫌気がさした。これで「コイビト」の証明は終わりにしてしまおう!
「ミウ? ウロコの鼻先がクリームだらけだよ。ほら」
 丸いテーブル上に身を乗りだし、竜貴は呼びかけた。ちり紙を出すとミウのウロコの鼻先は、無警戒に伸ばされてくる。竜貴はさざめくウロコを両手でガガッと抱きこみ、ミウの強い弾力の口先へくちびるを重ねた。舌がウロコをかすめる。
「……ん、んんぅ、ミウは、人間みたい。塩味がする」
「ん、ふはぁ。研究者を気取ってもぉ、ダメだぞ」
 悔しいかな、恋する行為は先読みされていたようで、彼女はゴツゴツした感じの手でこちらの頭をなで、口づけに妖しく応じてくる。ウロコ表面の柔らかい部分で、こちらをついばむよう、ぎゅっと口先を押し付けてきた。
ふわぁと野性味とパフェの甘さ、そしてミウ固有の匂いと感触が口の中に広がってくる。
「あ……んんっ、んぁぁ」
「んんぅ……くちゅり、ぬちゅ」
 うねって柔らかなドラゴンの長い舌が、探るように知らしめるように竜貴の中へ伸ばされてきた。唾液でしっとりとしていて挿入にも違和感はない。しかしまたも先手をとられ、リードされている竜貴は狼狽してしまう。


(こ、これは――)


 ここまでのキスは竜貴にとって未経験だった。興奮と緊張で自然と体が震えてしまう。だがミウ・ドラゴンも嗜虐心をそそられたのか、恋愛の「テスト」をやめる気配はない。
 むしろエスカレートしていき、ドラゴンの舌が無抵抗な竜貴の口内をかき回し、蹂躙し始める。竜の舌は人間と違い、うねるヘビのように長く、自由もきく。ミウの超絶な舌はこちらの舌に絡みつき、さらに先端がノドの奥まで「責め」てきた。
「どうかな? 人間だと、こんなことできないぞ」
「んっ、んぁぁぁ」
 きっとどこかでミウは舌使いまで、情報を得ている。恍惚となって理性が飛びそうな竜貴は「んんぁ、あぁ、う、うん」と言葉をうまくカタチにできない。口の中を一方的に蹂躙されている――。
 まるでこの自分の舌は“獲物”で、ドラゴンの舌はそれを狩るハンターのよう。ネバネバと濃い唾液をまとう舌は、ぎっしりこちらの舌を絡めとり、じゅるじゅると唾液がしたたるのも構わず、大きな口と小さな口同士が重なり合った。
「はっ、ふ、ふはぁぁ」
 息が苦しくなってきたところで、柔らかいウロコの口先が離れた。すると陽に照らされ、ねっとりとした唾液が糸を引いて伸びる。
 まばらな通行人は「ロボット相手に、ねぇ」といったふうの一瞥を食らわせてきてるけど、自分はもっともっとスゴいお相手を……見目にとらわれず求めていた。初めてかもしれない脈打つ体のほてりは、冷めることを知らない。
「はぁ、はぁっ、ミウ……?」
「なにかな?」
「も、もう一回」
 ぽろりと竜貴の本音がもれてしまう。ミウは竜・ドラゴンの大きめな厳つい手を使い、こちらの髪をわしゃわしゃなでた後、「ならあの姿の方がいいかな?」と洗面所かどこかへ「トランスフォーム」しに行こうとした。
「あの姿」とはアイドル顔負けな「ポニーテール姿の人間女性アイナ」のことだ。もちろんその方が自然だし、妙な気を使うことも少しはなくなる。でも確かに起こったあの太陽の事件のとき、この身を護ってくれたミウの姿に、竜貴は好感を寄せていた。
 そうだ。ミウのこの姿に慣れてきたうえ、あえて、同族じゃないという一線がある方がいいとさえ考えていた。だから竜貴はあわてて、ミウの太い腕をぐぐっと掴む。
「待ってよ。このままで……いいよ」
「……。予想どおりでよかったぞ」
(なっ。予想どおり……だって?)
 竜貴の考えていた言葉と違い、当のミウは長めの首を安堵したように、ぐるりとまわした。もしかしたらこれは共存共栄できるかどうかの単なる「テスト」なのかもしれない。こう考えた途端、息苦しいほどに切なかった竜貴の心の温度が下がりだす。
 実験用モルモットが、どう反応するか見定める「テスト」のいっかん。そこに感情の入りこむスキ間など存在しない……。
「やっぱり……やめておこう」
 つぶやくとミウは瞳を見開き驚きの声を荒げた。金属質の爪先はこちらの頭をなでまわしていたから、データ取りのための演技にすら思えてしまう。ただ竜貴の反応は、ミウも予想できていなかったらしい。
「え、どうしてかな? いまさら恥らっても遅いぞ、リュウキ」
「う、うん」と中途半端な生返事になった。
 対して、うむを言わさぬ口ぶりのミウ。やはり小柄であっても雌であっても、伝記伝承上のドラゴンの強面でにらまれると、格の違いを感じさせられてしまう。どんなに知性が発達しても、進歩していたとしても、容姿という俗物的なものには、それなりの威力がある。
 じゅる、じゅるじゅる、はむはむ。
 吸うような甘噛みするような音が聞こえ、見るとパフェの大半がミウの口に入っていた。彼女は何事もなかったかのように、ひと言、甘い甘い誘惑の言葉をかけてくる。
「さ、リュウキ? あーんするかな?」
 竜が、ドラゴンが、正体はエイリアンが! ……器用な口先を使い、口移しでどろりどろりとなったパフェを食べさせてくれようとしている! 半開きのマズルから、ネトネトになったクリームが垂れて筋となっていた! こんな破廉恥な誘惑に勝てる「オス」などいない!


 これから先、地球がどうなろうと太陽が停まろうと、この身はミウに食べられてみたい――。


「はむぅ」
「んふ、れろぉ」
 口同士をくっつけると、どろどろ状態のパフェを、あの長い舌でミウが流しこんでくる。舌ですくわれ、また、押し出している感じだ。どろりどろりとほぼ粘っこい液となった食べ物を竜貴は、むしゃぶるよう食べさせてもらった。
「どうかな?」と、余裕の貫録をみせつけてくるミウ・ドラゴン。
「はむ、あーむ。れろれろ。おいし」
 そして竜貴の興奮度が頂点になってきた、そのとき、その瞬間!
 ズドドドドドォォォ!
 空を斬る音が建物をびりびり震わせ、次にこの街のアンテナタワーがこっぱみじんに粉砕される。粉々の破片は雨のごとく一帯へ降りそそいだ。時代が進んでも、おさまらないテロ事件発生か? アンテナタワーがやられてしまっては街の通信系すべてはダウンする。
(こ、これは……?)
 戦いでは最初に通信網を制圧するのが鉄則であり、そのため相手、敵(?)はミサイルらしき強力な破壊力を持つ兵器を使った。テロにしては規模が大きすぎる。
 濡れていた口元を竜貴はさっと手でぬぐいミウへ、うたがいの強い視線を浴びせた。ミウは人より大きく三角形状の頭を左右に振っている。コイビト同士だったときの甘いカケラも吹き飛ぶ。
「ち、違うぞ。わたしたちじゃないぞ!」
「……たち?」と竜貴は顔をしかめ、彼女の言葉じりをとらえた。すぐさま、しかも「たち」という仲間ありきの言葉で応じてくるなんて、ミウは陰で通信かデータ収集か、なにかをしていた恐れもあった。
 どんなにやさしく、カミの遣いだと言い、甘やかすようにふるまっていても、しょせんミウたちはエイリアンなのだ。ミウは懸命に無実だとうったえかけてくるけれど、竜貴の心はささくれ立ち、痛切な響きをともなうミウの声も耳に入らない。
 その迷いがアダとなる――。
「ウガォ!」
 ミウの痛々しい咆哮と同時に、目がくらむ閃光がほとばしり、小型なドラゴンの体を襲った。光線兵器は彼女のわき腹付近のウロコを散らし、わずかに体の色と似た緑の体液をしたたらせる。
 狙いはミウ、いいや、いよいよ世界的規模で侵略しているエイリアンへの抗戦が始まった可能性もあった。地球側はせいぜい、その場しのぎくらいはできるだろう。だけどミウの内緒話が真実だとしたら、太陽活動はやがて停まり、とても虚しい勝利となる。
「……ん? うぐぇぇ」
 竜貴は急に激しいめまいを起こし、よろめいた。猛烈な刺激臭のするガスか何かが、どこからか噴射されているのがわかる。レジスタンス(?)は行きかう人、仕事する人、遊ぶ子供、その他、無差別に無慈悲に容赦なく、きついガスの餌食にさせていた。
 死を前にすると、人間の五感は研ぎ澄まされるという。竜貴の五感が、向けられた強い殺気をくみとった。狙いは自分と、こちらを真摯に見つめ返すミウだ。彼女は目で「逃げよう」と合図してきている。しかしそれが「正解」なのか、疑問は消えない。
「ぼ、僕はまだ……」
「バヤやろう!」


 猛っているけれど若々しい声が、空から一直線に割りこんできた。そのまま閃光の餌食になりかけた竜貴をダイブし、押し倒す。いっしょに地面を跳ね、すぐ頭上を凶悪な光線兵器がつらぬいていった。間一髪!
 ダイブしてきたお相手は少年っぽい身なりだが、竜と人を合わせたような風貌だったため、竜貴はつかの間、ミウ「たち」の仲間が加勢にやって来たのかと思った。
 しかし短く「俺はローガ」とぶっきら棒に自己紹介した竜人(?)には、地球人くささが残るし、あのダイブで彼の細かなウロコがはがれたのか、そこから人間たる赤き血潮をにじませている。なにより命の恩人、否、竜人がこのローガだ。


「ローガ? 助っ人してくれるのか?」
「ま、場合によりけりだな」


 より人の姿と大きさに近い竜、ローガはこのドラゴン、そう、ミウは最後のとりでに近い存在で護り抜かないと、それこそ太陽の活動一時停止を待たず、地球は滅ぶという。
「なっ、ローガ? その太陽の話はどこで知って……」
「あとであとで! 地下道へ逃げこもう」と、張りつやのある声で急を伝えてくる。だが竜貴は、時間がないのは承知で再度、ミウのドラゴン体形のボディーから顔、そしてうっすら濡れた瞳を見上げてみつめる。
「わたしを……何も聞かずに護ってくれるかな? それとも……ここで、お、お別れするかな?」
「……」
 全人類を敵にまわすかもしれない選択肢に、竜貴は答えられなかった。ただ、ひとときでも夢と思い出を作ってくれたミウへの恩義は、返すべきだ。口はつぐんだまま、竜貴は「逃げよう」とうなずき、走り出した。
 災害用のシェルター代わりにも設計されている地下道は、ミウの体をも収容する余裕があった。竜貴ら一行は、小柄ながらドラゴン姿のミウや、人間とは明らかに違う格好の竜人ローガを見ても一切、驚く気配すら起こさない人々の間をぬい、居所のかく乱作戦に出る。しかしまたも頭を疑念がよぎった。


(まわりのみんな、どうして冷静なんだ?)


 外を映すモニタが多い多目的エリアまで駆けぬけ、そこで竜貴は、ありえない飛行体を目にしてしまう。夕焼け迫る空を舞い、おそらく攻撃をしかけたのは、自国の航空部隊そのもの――。
「ぎゃぁぁぁ!」
 ド、ドズン! ミシミシミシ!
 最悪なのは何らかの目的を達成するのに、手段をまったく選んでいないこと。自国の街なのに……、自国民なのに刺激ガスと同じよう、無差別攻撃を展開しているのだ。建物は破損のち倒壊し火炎の嵐に包まれていく。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 逃げまどう無辜の人々へも、攻撃は容赦ない。複数人がまとめて燃えあがった。レーザ砲らしき兵器で跡かたすら残らないほど、バラバラに惨殺されていた。攻撃軍は、どこからかエイリアンが「トランスフォーム」できる身だとの情報を得ていて、疑わしい者はすべて「殺処分」している!
「ぐえぇっ!」
 ある子供の体が真っ二つに裂け、脳髄をぶちまけ、一帯に血だまりを作った。吹き出した臓器の一部はピクリピクリと脈打っている。
「こ、こんなの、ひ、ひどすぎる!」
 絶望のうめき声をもらす竜貴に対して、異端なる「ふたり」は黙りこくったままだ。きっと、なにかを知り、なにかを隠している。その直後。
 真上で弾薬がさく裂したのか、地下道の照明がちらつき、消えた。つづけざま怒涛の衝撃にみまわれ、不意を突かれた竜貴は側壁に体を打ちつけ、前後不覚におちいった。それでも人類側の攻撃は淡々とつづく。


 (5)竜人ローガという名のミュータント


 攻撃の地から、はるか彼方、他国の都市部地下に再建されている超粒子加速器施設では、帰郷をめざす神隠し「エイリアン」が権限を持つ者を数名、吸収していた。現在はガタイのいいボブの身に「トランスフォーム」している。
 黒い肌と立派な体格のボブは、簡単に引き出せる記憶を使ってコンピュータの端末をあやつっていた。電波を放ち、最果ての母星より加速装置の指標にできる数値情報は、数百年かけて受信していた。こちらの発信を元にしたのだろう先遣隊のおとずれや、地球の今後などボブの知ったことではない。
 血まなこでボブは、数値データの検証を行っている最中だった。しかし化けた素性がバレるかもしれないほどの、雄たけびを荒げてしまう。
「くそやろぉ! 時間軸のことまで考えていなかったぜ」


 自分たち種族は、まだワープ(光速突破)技術は獲得していない。この施設で瞬間移動に近い方法を使い、故郷に戻ったとしても、それは自分が地球への「神隠し」に遭ってから数百年後の世界になる。それでは「あのとき」からのやり直し、とはならない。昔に帰れない。
 古き当時の遺留物でもあれば、先遣隊の技術力も借り、ワームホールの出口を当時の時間、そう、出口とする先の時間軸を、昔の世界へ変えられるかもしれない。ふとボブが吸い取った記憶をまさぐると……、ふふ、あった。
『浦島太郎』
 自身のおかれた状況は、この物語とそっくりなうえ、遠き国の雑貨店で遺留物を「D/H」変換でカタチにした同族がいる――。それさえ手にできれば、データの補正ができ、問題は解決するはずだ。そのためになら忌避事項など、恐れるに足らぬ。
 豪華な役員室でボブは、ちょうど手ごろに働けそうな駐車中の反重力カーへ腕を張り「クローン・トランスフォーム」の重力子とヒッグス粒子の入り混じる力場をみまった。かの惑星でバケモノの肉体を吸収しておいてよかった。
 文字どおり「複製」の意味を持つクローン技術。と同時に狙った相手を強制トランスフォームさせ、吸収しておいたその肉体を疑似的に再生するもの。生き物として、命を持つ生命体として、受ける側の倫理面や尊厳などまるでムシした無法なワザだ。
「くっ……ぐぐぅ、あ、あと、……わずか!」
 グボッ、ボキリ!
 伸ばした腕の骨が砕け、折れる音が響く。強靭そうなボブの体であっても、ワザを使う負荷でおかしくなってしまうかもしれない。だが悪魔の落とし穴である神隠しを食らった自分が、元居た場所への帰郷を願って何が悪いのだ?


「俺は……奪われた、じ、時間を、取り戻すだけ!」


 異次元の力場を食らった反重力カーの原形はすでになく、飛び散った骨格に体液を躍動させる臓器がまとわりつき、肉塊はぐちゅぐちゅと醜い音を立てて変形していた。不定形の骸骨と絡まる臓器ではなく、あと少し、筋肉とともに整形する必要がある。
(まぁ整形してやっても、見た目はあまり変わらんな)
 クローン・トランスフォームさせられた相手は、地球流にたとえればガーゴイルとキメラ生命体を合わせたような、まさしくバケモノになり変わっていた。したたり落ちる粘液は、絶え間ない。その身が動くたび、ねちょりねちょりと粘液の音がした。
 皮膜の翼を持つが虫そっくりであり、四足肉食獣を思わせる格好だが、コブや半壊したような頭が、長い首から3つ生えている。そういえば『フランケンシュタイン』という寓話も存在するが、まさしく、それの動物版といっていい見た目をひろうしていた。この種族は服従させられた相手には、忠義を尽くす。
「ごぉ……主人、さまぁぁぁ」
「よーし」と荒い息のボブは力を抜き、ガーゴイル・キメラのバケモノに厳命をくだした。バケモノはさっそうと飛び立っていったものの、この体は限界を超えて駆使してしまった。倒れて救急搬送でもされたらマズイ。
 ボブから吸収した肉体の情報は捨てて、エイリアンは女性上役へのトランスフォームをスタートさせた。みるみるマッチョな体から、スレンダーでシルバーブロンドな壮年女性の姿へ変わっていく――。




 息はまだできるし、破滅的な攻撃音は静まっている。しかし竜貴は目を開けて現実を直視するのに、おびえていた。だから芝生のような場へ横たえられた体はそのまま、しばらく自身の気配すらこらす。悲しげな「ふたり」の声は聞こえてくるけれど……!


「オレの村、壊滅しちゃったよ、たぶん。でも……自業自得だね」


 少年っぽさの濃い声の主は、竜と人のハーフ的存在だったローガのもの。それに応じる野太い声ながら、おだやかで柔らかみを持つ声はミウのもの。
「ごめんだよ。わたしたちも正式にファースト・コンタクトしていれば良かったかな。カミかどうかなんて関係なく、命を差別してしまったぞ」
「だからってオレたち人類は、こんなミウさんたちを拒否っちまって……」とローガの声が嘆くよう、うわずってくる。ローガの話ぶりでは、人類はこの自分も半信半疑な「エイリアンの侵略」を迎え撃ってしまったのだろう。
 やさしげな口調は変わらず、ミウは間をあけたあと「不干渉の定め」について語っている。これは人類も定めている。これは、自国と同等程度の技術を持っていない国へは、「技術流出や移転禁止」と言って、輸出が制限されたり、干渉しなかったりするのと、まったく同じこと。


「わたしは太陽が危うい今、テストを急ぎすぎたかな。街のエミュレーション(模倣)まで行ってしまったぞ」
「な、なに! 街の……エミュレーションだって?」


 思いもよらぬミウの言葉に、竜貴はたぬき寝入りから転じ、ガバっと飛び起きてしまった。
 ここはまばらに木々が生える静かな丘陵で、街の残骸や人々の遺体すら、なにもない広大な土地だった。
 ともかく竜貴が内容を問い正すと、この身の記憶をたよりにホログラム映像を超えた技術で、ミウはニセモノの街へ、わざと誘導したのだという。だから人類側は、エイリアンのたくらみか何かだと考え、エミュレートされた街をこっぱみじんにした……いいや、できたのだ。
 だって本当の人間はひとりも住んでおらず、すべて「模倣」されたものだったのだから。街の人の妙な反応もこれで理解できた。
「なんだよ? お前、気づいてなかったのか?」
「ま、まぁ……な」
 いきなりタメ口のチャレンジャーは竜人ローガで、ミウの大きな手に慰められているのに、強気な姿勢を崩さない。「ふたり」の接し方を見て、胸になにかクルものがあったけれど、彼の自己紹介と荒っぽい行為に、驚かされ消えていく。
「オレ、ミュータント(突然変異種)なんだ。姿がリュウキのコ・イ・ビ・トに似てるのはさ、偶然じゃないだろうな」
「いや待て、お前いったいどこまで、今回のことを知って――」
「まーまー」
 異国人のはずなのに、言葉はペラペラだし……。どうやら竜人の姿のときは、いろいろな能力が使えるらしい。
 さらにローガは、人間にはない竜の尾をぶうんと振るい、真顔になってミウの顔を見上げる。だけど肝心なことには答えない。
「うちの村に来てもらえれば、その……カミとかテストとかさ、パスしてたかもな」
「うーん……。そう、か」
 細かなウロコをゆらすローガは、自身のその姿が村で受け入れられ、共存共栄できていると告げたかったのに違いない。だが当のミウは、まるで表情を変えず、真剣な面持ちでパクっと大きな鼻先を開いた。
「ローガさん? あなたのその体は、ゲノム・コーディネートの産物とは、違うのかな?」
 竜の顔なりに困った表情をうかべるローガに、竜貴は助け舟を出してやった。
「つまり、その姿は人工的に作ったのかって、訊ねてるんだよ」
「違う。このオレがロボットに見えるか?」
「その考えも違う」とひと言、竜貴は何気なく突っこんだつもりだった。他愛のない会話になるはずだった。ところがミウは、ウロコが引き締まっていくピシピシ音が聞こえるほど、姿勢も表情も真摯なものへと変えていく。
「人間はゲノム・コーディネートで知的生命体を、誕生させられないのかな? つまり、あなたたちはカミではない……な。わたしたちはこれ以上、定めを犯さぬよう、早急に立ち去らなければならないぞ」
「ちょっ、そ、そんな待って――」
 同等の知性を持つか、同等に暮らしていけるか、それよりミウが重視していたのは、人類の問題として同じ根を持つ「技術格差」だったということだ。 


 ならどうしてこの身と、コイビトになったり、ニセモノの街を作ってみたり、まわりくどいテストをしているんだ? 結局のところ、地球の文明が滅亡しても、模様で再現できるかどうかのテストに過ぎなかったのか――?


 腕を組んだ竜貴がうつむき、重い空気に包まれたときだった。ローガは場違いに明るいふるまいをみせてくる。ぶわっと竜人の片翼を振るった。
「オレの研究してるとこ、あるんだよ。実は人間が誕生させた、そこのマザー・コンピュータが超ヤバイって話なんだ。もしかするかもよ?」
「もしかする……。ね、ねぇ、ミウ? このまま立ち去られたら、僕も人類も自然淘汰されてしまう。もう一度、テストの機会を与えてくれないだろうか?」
「いやだぞ」
 容赦ないミウの返事に竜貴は凍りつき、震える足を支えながら、ローガの細長い顔を見やった。けれどミウの返事にはつづきがあった。
「わたしの手料理をあーん、してもらうまでは、……だぞ」
 テスト内容についての探りを微妙に、かわされた気がするもののローガが駄々っ子のように場を乱し、雰囲気も変えてしまったので、真剣な会話はいったん打ち切りとなる。
「そういやオレ、ハラペコで太陽うんぬんより前にさ、お陀仏になりそう」
「あのローガ。太陽の磁極が入れ換わるって話、どこで仕入れたんだ?」
 ふたたび疑心暗鬼の念にとらわれる竜貴。腹も減ったし、腹も立てている。ローガは降参とばかり、人より角ばった感じの両腕を天へ向けた。
「オレの能力。強い思念や考えは読みとれるんだ。だからこの国の言葉もペラペラだろ?」
「その能力とやらは、距離が離れていても使えるのか?」
 あのとき、まだローガの姿は影も形もなかった。それに人間の脳波の強さなんて、たかが知れている。ローガは今も相手の記憶を読みとって、行動しているのか? あれこれ迷い、竜貴は渋い面持ちを作った。転じて笑顔のローガは片方の手のひらに、こぶしを打ちつける。
「ま、ま、リュウキ。深く気にすんなって。シワが増えるぞ。それより今日は、ちゃんこ鍋みたいだぜ」
「鍋?」
 ふと我に返って見やると、小さな岩棚や石ころを使い、ミウが鋭いカギ爪を包丁代わりに、野菜を刻んでくれていた。サクッ、サクッ、サクッとリズム感が心地いい。準備は進んでいたらしく、ドラゴン・ミウが平たい岩へパンチしたのか、半円形にえぐれて、鍋代わりにできそうだった。
 そんなミウはひととき、しあわせにしてくれるウロコをゆるめた美顔をちらり、こちらへたむけてきた。
「さっきも言ったとおりだぞ、リュウキ」
 こうなるとこれから頼りになりそうだけど、今だけはローガの存在が”ジャマ”になる。ニヤニヤしながらこちちらを見ているからだ。竜貴が不満げに、にらむとローガは腰に竜人の手をやり、ふくれっ面で応じてきた。
「大丈夫。オレ、口は堅い方だからさ」
(おいおい、さっきマザー・コンピュータのこと、あっさりバラしたばかりじゃないか!)
 ミウは火に属す存在だったというべきか、あんなに甘美だった口でふっと、炎のブレスを吹きつける。こんな芸当もできる口だった、そのうえカギ爪だけで包丁に匹敵する。こんな身なんて簡単に追い払うことができた。でもミウはそんなこと、しない。
 本当にコイビト同士と想ってくれているのか……? ミウがドラゴンの姿であろうがなかろうがエイリアンだろうが、その心は純真で愛くるしいほどやさしく、見惚れてしまう。
 こうして、つつましやかな丘陵の夜食会が始まった。岩の大鍋にゆらゆらと温かな湯気が立ち上る。さすがにハシも皿もないけれど、さいわいにして紙コップがあった。すくって直に食べる、なんとも、な品位だが、ミウのまさしく「手・料理」は程良い塩味がきき、おいしい。
「ミウ? 調味料まで買ってたんだね?」
「いや、買ってないぞ。わたしのウロコは塩味がすると、リュウキはさっき言っていたぞ」
「ええっ、じゃ、この味。も、もしかして?」
「そうだぞ」
 ミウは暗がりをも照らすほどの瞳をぱちくりさせ、いくどかうなずいた。彼女は自らのウロコを調味料と化し、使っていた。しかしどうして塩味だったのかは、……考えるのはやめておこう。何も知らないローガは、さも愉快そうにこちらをみつめてくる。
「あーぁ、リュウキ。ミウさんを求めるように見とれちゃってさ。お前を護ったのはこのオレなんだぜ。おかげで汗だくだ」
「汗って言うなっ」との突っこみに今度はローガが、わけがわからないとばかり、目をぱちくりさせていた。他方のミウは、ぶくぶく沸騰するちゃんこ鍋から、器用な口先で具を口にふくむと、こちらの顔をジッとみつめてくる。
 そんな彼女の視線には「あーんしないつもりかな?」という怒気ともとれるイガグリさながらの感情が混じっていた。不意にミウはその口をくちゅくちゅやりだした。


「だな、リュウキ? 人類は摂氏四二度以上の物は、ダメだったな」
「ミウ、体温の限界と混同してるよ」


 こうは伝えたもののミウはその気、まんまんだ。しかし、おしゃべりなローガの目の前で、その行為はマズイ。こんなうれしいような絶体絶命を救ったのは、またもローガの能力だった。
「んっ! 地面をつたって……反重力小型カーといっしょに“調査隊”が来てる!」
「えっ、そ、そうなのか? このままじゃマズイ。ふたりとも早く身を隠して!」
 急いで対処しないと、あの街での惨事がリアルな世界で引き起こされるかもしれない。竜貴は小さめな竜人と、小型とはいえドラゴン姿のミウへ鋭く合図した。




 あの幻影の街があった、夜の丘陵を反重力小型カーで登る、私服調査隊のメンバーは、怪しい影をみつける。メンバーのうち、若い横山優は幻影だったとしても、あんなにもひどい攻撃には嫌悪感を抱いていた。それでも自身の職務はまっとうする。
「あななたちは……、ここでキャンプしていたのですか?」
「はい」と、まじめ腐った態度で大峰竜貴と名乗った相手が答えた。自分も身分を示した横山は、あきあきする程くりかえした事務的なやり取りをつづける。
「この辺りでドラゴンや竜人、その他、正体不明生物を目撃しませんでしたか?」
「いいえ」
 少し汚れた作業着姿の竜貴青年は、異国人ふうな顔つきから、特殊そうな服まで着こんだクリクリ頭の少年を見た。その次に一瞬、見上げるような動きをし、転じて真横に並ぶ、やはり異国情緒あふれるポニーテール姿のスリムな人間女性に目をやる。挙動は不審だ。
 しかも竜貴青年と同じ作業着をまとう背の高い女性も、「いいえ」と流暢に言った。だが横山は、離れから美しいルックスの女性のところまでつながる、人外のものとしか思えない「足あと」「地面のへこみ」を見つけてしまう。
 同時に、竜貴青年もそれを見つけたらしく、顔色がみるみる青ざめていく。そんな相手を安心させるため、あえてぎこちない笑みを作った横山は今後、情報交換の約束をとりつけたのち、最後にひと言だけ訊ねた。


「竜貴さんは“伝説の”ドラゴンたちを信じますか?」
「はい。伝説上の……」


 確固たる返事に、冒険心をくすぐられた横山は、この近辺が立ち入り制限区域だと知らせ、街外れまで送ることを提案した。クリクリ頭の少年も、あどけなさに力強さを感じる顔つきで腕を振るい、指を鳴らした。
「そりゃいいね。空、飛んでいく手間が省けるってもんさ」
「ロ、ローガ!」
 鬼の目つきで竜貴青年が叱咤し異国の少年は、しゅんとしている。笑いとばした横山は、ボディーチェックののち出発だと告げた。そしてストレスに弱そうな青年、竜貴を安心させるよう、武器等の所持検査だと付け加える。
「ったく、リュウキは心配性だ。胃潰瘍になるぜ」とは呆れ顔のローガ。
「では……簡易検査を」
 横山はひとりひとり薄い箱型の機械を使い、簡単なチェックを進めていく。この少年は問題なし。竜貴青年も非武装。
「ローガ、お前のせいでご飯がノド、通らなくなるんだよ」
「そうなのかな。やっぱりリュウキには、あーんが必要みたいだぞ」
 そしてクスクス笑う、麗しいスタイルに緑色の髪と瞳をした異国女性は……。
「あれれ!」
 まったく予想していなかった「放射性炭素年代測定」機能がアラームを鳴らし、横山は驚きの声を荒げた。顔をしかめた竜貴青年の生唾を呑む音が、はっきり聞こえてくる――。




 その頃、誰もいない瑠璃色をした空を進み、じょじょに竜貴、そして「ミウ」への距離を縮めていくガーゴイル・キメラのバケモノは、高速飛行をつづける。ゆがみのある外骨格と奇怪な3つの首があぶくを散らし、声を張った。
「ぐふぅ。待っ、ていろ。移動、して、も、ムダだぁぁ」
 主人の忠実なしもべと化したバケモノにとって、本当の犠牲者が出ようと出まいと関係ない。主の厳命を果たしさえすれば、永遠の命とともにふたたび安らげる。ためらいも、とまどいもないバケモノは、研ぎ澄ました野生の感覚が示す方へ、狙いを定めて突き進む。奴らを殺るときは近い。


 (6)竜貴と「彼」のカ・ン・ケ・イ


 横山さんに送られてから、ふもとの街で反重力レンタカーを竜貴は借りた。
 竜貴は、独り、夜明け近くのハイウェーを運転し、どんどん複雑になってくる問題に、頭を悩ませていた。メディアの報道関係をみまわしても、規制というより恐ろしいほどの修正がかけられていた。
 ドラゴン似のエイリアンたちはUMA(未確認生命体・新種)である点こそ認められたけれど、すべて追い払われ調査中ということになっている。AI技術は自我こそまだ持たないが、画像処理と認識処理にブレイクスルーをもたらした。
 あの「エイリアン」に類するバーチャル・ネット空間上の情報は、自動的に認識し「表現の自由化論争」で大きく、もめたものの結局は現状フェイクニュースあつかいで自動削除されているようだ。
 いつもどおりの街並みと目立った混乱のない街の静けさが、返って不気味だ。そのうえ、この身、自分たちだけが問題のキーを握ると考えれば考えるほど、きついプレッシャーで悪寒さながらのゾクゾク感すら覚える。


「ふん。案の定、太陽についても……情報なし、か」


 人類の祖先は地球や、太陽の磁極反転現象には何度も遭遇している。地質学として歴史をひもとけばわかるが、「生き物」は、そのたびに絶滅はしていない。一日もかからず、磁極反転現象が収束したらしいこともあるからだ。
 ミウも今後、太陽活動の一時停止がつづき人類は、……と話してたが断定はしていなかった。だったら一時停止がわずかな間で済む可能性だって、大いにありうる。しかし、その裏付けとなれる情報がないまま、楽観的なカケにでるのはあまりに無謀だろう。
 調査隊だった、あの横山さんは太陽活動が一時停止した事件を「体験」していた。
 ただ、ボクシングのジョブみたいに、お互い探り合いをしても、それ以上のことは本当に「未知の世界」らしかった。つまり、さっぱり聞き出せなかった。集まってくる情報が断片的だったり突発的だったり、変に削除されていたり、そんな内容は混乱をまねくだけだ。
 人類とこの文明がカケにでられるほどの「前向き」な情報が欲しい! そう願う竜貴だったが情報を得る方法すら見当もつかないし、突発的な問題は現在ここにもある。
「ガラガラガラ、グガアァァァーー!」
 クリクリ頭の異国少年ローガの大イビキだ。この一大事に、のん気なものだと思う。自分だったら胃を悪くしたまま、朝まで目パッチリだ。
 同じく横の座席ではスレンダーで少し細身でポニーテールがかわいい女性、アイナ姿のミウがやはり目をつむっている。食べ物を粗末にするのはよくないぞ、とのお小言といっしょに、あのちゃんこ鍋をひと呑みしてしまった張本人だ。実はかなりハラペコだったに違いない。
「くそっ。ローガはまだ少年だし、ミウは地球人じゃないし! 運転免許持ちは僕だけ」と竜貴は、自動運転化されていても動かす際には免許必須で、ドライバーにも注意義務が課せられている点を、うらめしく感じた。でも急がないと事態を刻一刻と進んでいる。
「リュウキ、……大丈夫かな?」
 こわばった竜貴の肩に、透けるような白さの「人肌」をしたミウ、今は可憐な女性姿のアイナがそっと手をかけ、もみほぐしてくれる。彼女は眠っていなかったのか……。
 ミウが「蘇生エミュレート」してこうなったアイナについて、調査隊の横山さんも「アイナの病気のせいできっと機能がバグってる」と言った。その病を治療しに、とにかくローガ本人の研究を行う、この国の研究拠点へ「忖度」で向かっていた。
「アイナへは完ぺきなトランスフォームをしたぞ。だから身体検査してもバレること、ない。リュウキは心配しすぎかな」
「完ぺき……か。この世にそんなものって、あるのか?」
 自問した竜貴は考えをめぐらせた。この女性アイナこそ、研究中だった宇宙のエネルギー密度のゆらぎがまねくらしい「神隠し」現象の犠牲者といえる。ミウたちの星への「宇宙の落とし穴」に、はまり、向こう側へ行きついてしまったのだから。
 しかし幸か不幸かアイナは、当時は不治の病に侵され、先がない身だったという。なので人類も一部の人がやっているような体の冷凍保存。これよりはるかにすぐれた「H/D」変換だったか?
 それを行ってアイナは肉体をミウに吸収してもらい、ミウの中で眠り、未来世界で蘇生できたのだ。ふと目の前のアイナは、しゃべり方もしぐさもミウのままだと気づき、アイナの精神はどうなっているのか問いかけてみる。途端、肩をもんでくれていた親しげな手が、ヤケドでもするように離された。
「あぁっ! ええとぉ。あたしはアイナです。翻訳は彼に手伝ってもらっているけれど、は……、初めましてぇ♪」
「初めまして」と会釈する竜貴。
 改めて白い手の細指を持つアイナと、握手をかわす。妙な気分だ。さすがに単なる情報の吸収ではないようだ。現在はミウがアイナの精神を前面にし「言葉の翻訳」だけサポートするとの芸当を、彼がやっているのだ。ん?


「な、なにっ? か、彼だと?」
「はい。そうですけれども……なにか?」
「なっ、なにかって……さ!」


 この時代、性のあり方は多様化したものの、この身は古き男女や雌雄のペアが望みだった。それにミウとはあんなに乱れ、破廉恥にディープキスから、その他モロモロまでしてしまっている。こぶしを作った竜貴は、マグマの煮えさかる怒髪天を突いた。
「彼はさぞかし武骨なんでしょうね、彼は。彼! 彼っ!」
 渋面を作り、ヤケ気味に告げる竜貴は「ミウ」との柔らかい呼び名の返上を求めようかと考えた。「彼」にはガルダダーンとかバハムートとかの方が、よほどふさわしい! 平気なつらをしておき、こちらをだましておいて……!
 応じて「彼」が化けたというかトランスフォームしたアイナは、しばし遠い目つきでぼんやりとした表情をうかべる。すぐさま催眠術さながらに言葉を並べてきた。
「わたしはリュウキの雌竜、ミウだぞ。アイナと出会ったときは“彼”である方が受け入れられやすいと思っただけ。トランスフォームできる者を性別で分けるなんて、ナンセンスだし古くさい考えだぞ」
「ふ、ふた股の件はどう説明するんだよ?」
 思わず竜貴は口走ってから、息をひそめる。アイナと彼との関係に、こんなにもジェラシーを抱くほど、自分は強烈なインパクトのミウへ惚れこんでしまっていた。そして、ふたたび意識が戻されたのだろうアイナが明るい真顔のまま、小首をかしげる。
「彼とあなたが恋人なら、あたしとあなたも恋人同士よ? ふた股なんかじゃなくて」
「おいよ、股がどうしたのさ?」
 いつの間にか、ニヤニヤ笑う少年姿のローガが横やりを入れてくる。服装はラフな安物だがこの国と時代に合うものへ、ローガの軍資金で買い直していた。竜貴は少年スポンサー様の頭を指先でこずく。
「お前はまだ寝てろ」
「痛たたっ。スポンサーを大切にしろよな。スマートフォンのAIも怒ってるじゃんか」
「怒る? なんだと?」
 作業着から竜貴は、あわててスマートフォンを取りだした。またあの機能、そう、対象物の年代測定がアイナに反応し「過去」を示している。価値ある古銭のたぐいは、アイナの持ち物だったのか?
 反対に、精神的に前面に「ミウ」が出てきていたとき、調査隊の横山さんが出した測定結果は「未来」を示していた。数世紀先の未来だったし、硬貨は数世紀前の反応だったので笑いとばしていたけれど、もはや測定結果がおかしいんじゃない。


 神隠しに遭うこと、それは仮説上、この世界のエネルギー密度が異常に高まった時空のトンネルに入るこむこと。そんなときトンネルの出口と入口の時間や年代、専門的に、時間軸が同じだとは限らないのだ。


 人類は宇宙の謎をとく大統一理論を求めており、今回の件は時空間に関する理解を助ける大きな手掛かりになりそうだ。だけど今はそれどころではない。自分の最大の宿願はなんだった? 「ミウ」であれ彼であれ、きちんと元の世界へ、元の星へ新設された施設を失敬してでも、送り届けることだった。
 もう一度、ワームホールを作るのさえ難しいのに、出口の時間軸をきちんと合わせるなんて芸当、夢物語だ。自在にあやつれるタイムトンネルを作るようなものだから。
「わたしのことはどうでもいい。そんな陰気なリュウキの姿、見たくないぞ」
「えっ?」
 こうミウっぽく話したアイナは、病的と思えるほど白い手で励ますよう、なぐさめるよう竜貴の背中をドラゴンたる勢いのまま、なでてくれる。ミウたちは、人類がITを理解して駆使するみたいに、たましいとも呼べる精神や意識、そのうえ記憶をも、あやつれるのは間違いない。
 過去、未来、過去、未来、この言葉が竜貴の頭をめぐり、迷いの泥沼へ落ちこんでいたところ、反重力小型カーが海底パイプトンネル内へ自動運転で進んだ。また……、そら恐ろしかったあのときそっくりに、太陽の日差しがなくなった。
 しかしこの場の空気を懸命に変えようと、アイナがパイプ状の海底トンネルを見やって両手を合わせるしぐさをし、驚いてくれる。アイナの気づかいが竜貴には見抜けてしまう。おしとやかな声が車内いっぱいに広がった。
「あたし……、このような未来世界、想像すらできませんでしたわぁ」
「こんなのまだまだ序の口さ」
 このときばかりはローガも、茶化すことなく姿勢を正し、それなりに応じてきた。ただローガの使った次の堅苦しい単語が、竜貴にインスピレーションをひらめかせる。
「それにさ。ホログラム動画と違ってしょせん未来の予測や想像なんて、難しいからな」
「未来、予測……」
 竜貴のアイディアは人類への壮大な、えこひいきだし、ミウの問題を先延ばしにする形だ。さらに一流とはいえないけれど、自分は技術者として、訊ねないわけにはいかない。
 昔から画像や動画のデータはぎゅーっと「圧縮」し(小さなサイズにし)て保存されるのが一般的だった。より情報量が増えたホログラム動画などはデータ圧縮技術の、たまものだといえよう。
 そのデータ圧縮技術では「過去」の情報と「現在」の情報から補完していき、「少し先の未来の情報を予測」するのだ。動画ならたとえば、この部分は次の画像ではこう変化すると、けっこうな確率で予測し、データ全体の保存量を減らす。
 要するにベースボールならピッチャーがボールを投げた過去があり、現在、ボールが進んでいる。未来予測技術では大胆にいえば、このボールがキャッチャーミットのどこにおさまるかを、計算で見抜いてしまうようなもの。
 ITとは違うけれどと前置きしつつ、竜貴はこのテクニックと考えをみんなへ伝え、途中で言葉を区切る。ゲーム世代のローガは除いても、アイナにとってITなんて魔法そのものみたいだし、ミウたちの間でも、こんな予測はやらないかもしれない。
「どう? 過去のアイナはここに居る。現在のアイナ、つまり子孫だね。子孫の記憶、このふたつから、未来の記憶を導きだす、予測するなんてこと、できるだろうか?」
 アイナはきょとんとして身動きせず、ミウの精神からは反応がない。唯一、頭に両手をやってリラックス体勢のローガが、場違いに元気な声で応じてくる。
「そっか! 太陽の磁極反転だっけ? それが短時間で済むとわかればさ、人類はうさんくさいカミのテストなんてもう、どーでもよくなるなぁ」
「悪いのは口だけだと思ってたのに……」との皮肉を使い、竜貴はローガをたしなめた。仮に、太陽活動の一時停止が一日で終わると、希望的観測をもってしても、ミウたちの助けがなければ、地球の生命体は壊滅的なダメージをこうむる。それに、これで一挙両得とはいかない――。
 だけど裏付けのある情報を持つのと、持たないのとではモチベーションだけでなく、対処方法も変わってくるのは違いない。
「リュウキ、わたしをまだ……信じてくれるのかな?」
「僕はミウを故郷へ送り返せないかもしれない。それなのに人間なんかへ力、貸してくれるの?」
 しばし「彼」の件を先延ばししていた竜貴は、ミウの問いかけへ、逆質問を投げかけた。まだまだミウが「彼」としてふるまう姿は想像したくないし、この点が、竜貴のわずかな不信感へつながっている。竜貴はおべんちゃらもウソも、つくのが苦手だった。
「あたしの……彼のことは、リュウキさんは信じられない。わね。そう……、よねぇ」
 まるでアイナは、ミウがすべてをコントロールしているかのように、しょんぼりうな垂れていった。「彼」のことはまぁ、あのとき自分自身とキスをまじえたと考えれば、割り切れるものもある。
 しかし竜貴はドラゴン姿のお相手が、唯一無二のコイビトだと信じ切っていたため、受けたダメージは大きい。さらにはふたたび、裏切られるようなことが起きるんじゃないかって、竜貴の心はおびえていた。ミウや「彼」の正体を知るまでは、なんとも納得しようがない。
 この間も反重力小型カーは海底パイプトンネルを抜け、明るい日差しのなかへ進み出た。抜けるような青空と、太陽のこんなに安定した状態は、いつまでつづくか予断を許さない。やおら、知識の魔物たるローガが身を伸ばし、会話の輪に加わってくる。


「オレさ、アイナさんの子孫、知ってるかもしれない」
「おいよ、ほんとかよ!」


 クリクリ坊主のローガいわく、アイナの子孫は大富豪であり、過去のご先祖にふりかかった災いを解明するべく、超粒子加速器施設の創設者となった。自分自身のようなスポンサーなんだと言い、あどけないドヤ顔をみせつけてきた。
 まさにこれは天のお導きだ!
「類は友を呼ぶ、か。僕はその施設をあつかえる技術者なんだ。今、休職してるけど、復職してから――」
 ここまで事態が進んだら、なにも隠す必要なんてない。あの施設のもうひとつの顔、いわずもがなワープ航行技術の基礎研究を進めていたこと、それらを竜貴はあけっぴろげに伝えていった。
「……僕はパイロットのライセンスも持ってるんだよ」
「自分自身が、ええっと、地球側の先遣隊になれるようにか?」とは、ごそごそ動きまわるローガ。
「まぁそうだな」
 ずいぶん苦労し散財したものの、それもこれもあの大事故の責務を果たすため。そしてこれらの実行にはスポンサーを、口説き落とすのが手っ取り早い。過去、現在、と情報を集めて未来予測もできるし、一石二鳥だ。ようやく少しツキがまわってきたか?
 こんな竜貴のとりわけ強い想いは、気まずくなっていてもコイビトとなってくれたミウを、故郷へ帰す願い一点にしぼられている。悪いけれど地球の未来は二の次だ。
「好かれてようといまいと、僕がミウを必ずしあわせな世界へ戻すんだ」
「わたしはリュウキが好きかな。それに今、とてもしあわせだぞ」
 またもアイナの姿を借り、竜貴にとっての「ミウ」が応じてきた。今、しあわせだなんて告げられると迷ってしまう。しかし、これはかりそめの状態。竜貴はわざと、つっけんどんにふるまった。
「それはそれは……雄々しく、たくましいお姫様」
「リュウキさん! 彼、本気でそう想ってるよ。あたし、わかるの」
 あぁ、また耳にしたくない単語「彼」を、アイナに怒るように言われてしまった。だが興奮させてしまったからか、アイナは両手を胸に当て、息苦しそうに大きく肩を震わせている。
「はぁっ、はぁっ、だ、大丈夫、です。これ、病気のせい、だから」
 運転席近くをごそごそやっていたローガは振り向き、珍しく現実的なことを口にしてきた。
「過去から来たアイナさんがどうかなっちまったら、未来予測も何もできないだろ。ほらさ、ちょっとリミッター解除しておいたぜ」
「おいこら待てローガ! これ、レンタカーだぞ。借り物だぞ! お前、勝手に改造しちゃったのか?」
「改良したんだよな、これが」
 その直後に反重力小型カーが、体をシートに押し付けるほどの加速を始める。搭載コンピュータが「法定速度を厳守してください」と警告を放つが、ローガの手でハッキングされたため、無意味な警告だ。
「ローガ! スピードオーバーで捕まるのは僕だぞ。違反金どうすんだよ!」
「地球の命運がかかった救急搬送だ。電子マネーくらいオレがどうにかしてやるさ」
 こちらの抗議なんて、屁にもとめない様子の少年ローガは、お金持ちのボンボンなのか、普通の生活でも危険すぎる手をあれこれ使っているのか、考えるだけで余計なストレスにつぶされそうになる。
「あのな、ローガ。この世はゲームと違うんだ」
「チート(ズル)ができる点は同じだろ?」
 ローガはまったく悪びれていない。そして竜貴のストレスは目的地が見えだしてから、より大きくなっていく。ローガが喫茶店さながら軽く告げた場所は、高くて輝ける建物が並び、複雑な外観をした施設だった。まさしく国立の研究所であり、ミリタリー色も強いところだ。異国人を連れ、しかも寿司の出前のように「受診に来ましたぁ」で済むようなセキュリティーレベルの所ではない!
「どーすんだローガ! このまま突っこんだら銃撃ものだぞ!」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、知らないのか?」
「うるさい!」とヤケ気味にどやし、叩きがいのあるローガの頭をポカリとやったとき。竜貴のスマートフォンから、ゆりかごをゆらす母のような、丸くておだやかな声が広がった。理由は覚えてないけれど、これはいつも身につけておけと言われていた道具のひとつ。そして内緒にしているが、きっと特殊なんだろうAIのいつもの声。


〈竜貴、感情をコントロールなさい。手はずは整えておきました。許可証を受けとって警備員の指示に従って〉


 なんだか竜貴の心に深く食いこむ声なうえ、その言葉どおり警備が厳重な正門を、半ば顔パス状態で通り抜けられてしまった。これってローガがまた――。
「オレ、そこまでの技術はないぜ!」
 転じて、蘇生エミュレートとやら、つまり実体化してから、少しずつ容態が悪くなっているアイナを見やり、同居するはずの「ミウ」もしくは「彼」のたましいへも眼力で問いかけた。
「あ、あたしにはココ、魔法の世界なのよぉ。な、なにもできないわ」とアイナは首を振った。
「リュウキ、わたしはキミができること以上のことはできないのだ」
 これは「彼」の言葉で、そりゃそうだろう。たとえ本人のクローンを作って記憶も同じくしても、クローンはしょせんコピーに過ぎない。ミウたちが「カミなら」と見定めている知能の改造をしなければ、超人にはならず単なるクローンだ。
 反重力小型カーが高く、まばゆい建物の間をぬって進むなか、竜貴はスマートフォンを片手に声を荒げる。ぶざまな質問になるけれど、一般的な映像通話を(意図的に?)オフにしている先ほどの相手には、いたしかたない。
「いつも思ってた。ただのAIじゃなさそうだし、あなたは何者ですか?」
〈すべて氷解するときがようやくおとずれます。竜貴、それまでお待ちなさい〉
「そ、そうですか」
 名前を呼び捨ててくるようだから、お相手は顔見知りに違いない。しかし竜貴には、まったく心当たりがない。
 そんななか白衣の医師や看護婦が「待機」していた建物前で、反重力小型カーはスムーズに停まった。すぐさま無反動タンカにアイナが乗せられ、光輝く透明アルミニウムの窓主体の建物の中へ運ばれていく。
「アイナさん、がんばって。すぐ終わるから」
「ありがとう、リュウキさん。リュウキさんも自分自身を励ましてねぇ」
 え、これ、どういう意味だろう? アイナの息苦しいなかの、うわごとかな? 心配だ。別に医療事故が心配なのではなく、ミウと離れるのが、いいや「野放し」にするのが不安なのだ。
 ともあれ、あの余韻の残るおだやかな言葉は正しく、手はずは整いすぎている。これがカミのおぼしめしなのか、判断はつかない。逆に、お釈迦様へ挑んだ孫悟空さながら、この身が手のひらで遊ばれているような気分が、ふたたびわきあがり、竜貴の心の具合はどうにも複雑だった。
「あなた方はこちらへどうぞ」
 身なりの整った職員に、竜貴たちは案内される。アイナの乱れた遺伝子再配置に、そう時間はかからないはずだが、ギブ&テイクの法則はどこででも適応されるらしい。しばらく待つ間、太陽活動について情報交換となるのだが、竜貴はイライラさせられるばかり。
 こちらはスキをうかがって、ローガが「超ヤバイ物」と教えてくれたマザー・コンピュータと接触しなければならないのに……。ミウが進めている「カミのテスト」も、そんなお相手のふるまいに、かかってくるはずだ。すべて丸ごと、ぶちまけてしまおうか?
〈竜貴。落ちついて。これを探しているんでしょう?〉


 ふっとスマートフォンから、またも大らかでいて母性的な声が放たれ、なにげなく手にすると、簡易ホログラムが投影されていた。そこに映されている物は、あ、あぁぁ――!
「……や、やっぱり」
 少年姿のローガが弱々しく首を振ってつぶやく声も、竜貴の耳には届かなくなってきた。そのまま竜貴は生涯初の、ほとんど気絶状態を体験し、アイナと同じ病棟へ無反動タンカで運ばれることになった。



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