ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

借りたものは返す~星野先生の場合~

「こんばんは。最近よく来てますね」


 いつぞやと同じように、僕は夜の公園にたたずんでいた星野先生に声をかけた。前回と違って、今回は偶然ではなく、僕が自発的に彼女に出てきたわけだけど。


 最近、僕が今まで気づいていなかっただけの可能性もあるが、放課後あの公園に星野先生がたまに出没するようになった。いつも、僕はそれをベランダから見ているわけだが、今日は勇気をふり絞って彼女に話しかけることにしたのだ。


「ええ、こんばんは。まあほら、この時期はここに来るのが習慣みたいになってたから」


 そういえば、以前そんなことを言っていた気がする。もう随分と前のことのような気がしてしまうけれど。


「んん。そ、そのもしよかったらだけど、これを……」


 咳払いをした星野先生がなにやら肩にかけたカバンをごそごそと漁って、こちらに差し出してきたのは、駄菓子屋に売っているうまい棒の詰め合わせだった。


 一瞬なんだろうこれと頭にはてなが溢れたが、普通に考えるとこれは、世間一般でいうところのプレゼントというやつではないだろうか。


「ほら!8年前はたくさん世話になったから。そのお返しにと思って。さすがにこれはないかなって思ったんだけど、私、君が好きなものをそれしか知らなかったから」


 僕はなにも言ってないのに、彼女はあたふたと両手を胸の前で振って、まくし立てた。いや、「なんだこれー?」ってまぬけな顔はしてたのかもしれないけど。


「いや大丈夫ですよ。ふつうにうれしかったですし。ただその、こんな偶然もあるんだなと驚いていたっていうだけで」


 そう言って僕は、懐からあるものを取り出した。


「これは……キャベツ太郎ね」


 これもいわゆるプレゼントというやつで、渡した理由も彼女とだいたい同じである。


 僕も僕は服やら、毛布やら色々と8年前の星野先生に世話になりっぱなしだったわけだけれど、僕はなんのお返しもしていないのである。凍死を回避できたのは彼女のおかげと言っても過言ではない。


 小学生達に貸してもらったお金も、僕の食費やら、銭湯代やらに使用されたわけだが、そもそもあのお金だって贈り物用にと貸してもらったのだから、本来そのとおりに使うのがスジってもんだろう。と、僕は思ったわけである。


……まさか彼女が同じようなことを考えているとは夢にも思わなかったが。


「以前、うまい棒はいらないって言われたので」
「それって8年前のことじゃない……。今は…っていうか、あの時も本当は嫌いってわけじゃなかったんだけどね」


 お互いに駄菓子を交換して立ち尽くすというアホみたいな状況に、どちらからというわけでもなく、僕と先生は笑いだした。


「ホントに好きなのね、駄菓子。ありがとう。おいしくいただくことにする」
「はい。僕もそうします」


 その日はそれで帰ったけども、それから僕たちはたまに、あの公園で放課後に、駄菓子を交換するようになった。


……なんでそんなことになったのかはいまだに謎だけども。たぶん星野先生もわかってないだろう。




 
 毎回あの公園で僕らは普通に会って、普通の話をして、普通に帰る。特別なことはなに一つ起こったりしない。


 それでも少しずつ、僕と先生の関係は依然とは変わりつつある。それは、8年前の僕らの関係とは、また違うものなのだろうけど。


……結局のところ僕は、駄菓子も、お返しというのもただの口実で、ただ彼女と話す機会を作りたかったというだけだったのかもしれない。


 そう考えると、僕の目論見は部屋で一人ガッツポーズを決めてしまうくらいには上手くいったと言えるだろう。



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