ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

星野みおという中学生



「あ、あのありがとうございました! ほ、本当にかっこよかったです」


公園から少し離れた裏路地、そこでは小学生達から感謝の言葉が溢れていた。特に気の弱そうな子の感謝っぷりがすごい。目をキラキラさせて、ファンになったんじゃないかってくらいだ。


「別に、そんなに大したことじゃ……」


としどろもどろに彼女は答えた。そう、彼女だ。感謝されてるのは僕ではなく液体窒素さんだった。
あの時の彼女は正真正銘のヒーローだったんだから仕方ないさ。小学生達にとっても僕にとっても。


「あの、やっぱり髪の毛の色とか、強さに関係あるんですか!」


気弱そうな女の子はそんなアホみたいなことを尋ねていた。いや、こういうのが小学生らしいのかな。


「いや、多分ないと思うけど……」


絶対ないから断言してあげてくれ。見ろ、気弱そうな子の目の輝きが増したぞ。これで彼女が小学生にして髪を染めたらどう責任を取るんだ。将来ハゲるかもしれないんだぞ。


「ありがとう!」「ホントにありがとうございました!」とみんなが口々にお礼を言いまくって、小学生達は無事に日が沈みきる前に帰っていった。


藤島瑠璃子でさえ、液体窒素さんには目を輝かせて「ありがとう!」なんて素直な感謝をするもんだから気持ち悪い。


そうして、残ったのは僕たちだけだ。つまり二人きり。


気まずさがマックスだったので、僕は公園に帰ろうと足を踏み出すと、液体窒素さんも連動してるかのように動き出した。


帰り道が一緒だから仕方ないっちゃ仕方ない。僕たちはその後も付かず離れずの距離を保って無言で歩き、公園に着いた。


おかしなことに、液体窒素さんもアパートを素通りして公園にいる。
彼女はブランコに腰を下ろした。どうも居座る気のようだった。


「とりあえず座れば?」


と、彼女は自分の隣のブランコの鎖をジャラジャラと揺らす。言われた通りに座ってみる。が、特に彼女の言葉が続くわけではなかった。


つまり、現状を打破するには僕から何か話かける必要があった。なら迷うことはないだろう。彼女には言わなきゃいけないことがあるのだから。


「今日はその、ありがとう」
「別にあんたを助けようとしたわけじゃないから」
「だからこそだよ。あの3人を助けてくれてありがとう」


 僕がついでだったとしても助けてくれた事実は変わらない。助けてもらったら、ありがとうだ。例えケンカ中で、気まずかったりしても。


「まぁその、あんたも頑張ってたと思うよ」
「結果はお察しだったけどね。」
「私はお母さんが護身術習ってたから。それで、ちょっとああいうのの扱いが上手かったっていう、それだけ」


お母さんというと、僕を娘と間違えたおっちょこちょいのあの人か。見た感じだと温厚そうだったから、そんな人があんなえぐい金的攻撃を教えたというのは想像できない。
しかし護身術ねぇ……。僕は地面を苦悶の表情で転げ回っていた高校生達を思い出した。


「君に喧嘩を売らなくて良かったや」
「喧嘩を売らなかったんじゃなくて、私が買わなかったってだけでしょ」


そう嫌味を返して、また僕らの周囲を沈黙が支配する


「ごめん」


それは僕ではなく、彼女の口から発せられた言葉だった。怒らせてしまったことをどう謝ろうかと思案していたのに、まさか彼女の方から謝られるとは思わなかった。というか、彼女が謝罪という概念を持っていたということに僕はなによりも驚いた。


「ほら私、昨日急に怒っちゃったでしょ。だからその謝罪」
「君が怒っちゃったっていうか、あれは軽率な話題を振った僕が怒らせたんだと思ってたけど」


あの一件は僕が戦犯だと思ってた。その言い方じゃあ、まるで彼女の方に非があるみたいだ。
「まあそうなんだけどね。」


そこは否定しないらしい。


「でも、普通は怒るようなところじゃなかったと思うからさ」


僕はあの時確か、彼女の将来について尋ねた。それが、彼女にとっては触れられたくないことだったらしい。


「あのさ、聴いてほしいことがあるんだけど、いい?」
「そりゃあもう」


許可を取る理由が分からない彼女の問いに、僕はすぐに頷いた。


「私さ、中学デビューしたかったんだ」
「よく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらって良い?」
「……私中学デビューしたかったの」


聞き間違えかなと聞き直すと、少し恥ずかしそうに彼女は同じことを言った。……マジか。


「私って地味な奴だったんだ。勉強だけはできるけど、それだけ。無口で、友達も居なかったし。そういう自分が嫌でさ。髪を染めて、メガネをコンタクトにして、中学からは頑張ろうって思ってた。きっと変わってみせるって」


無口、友達がいないってのは予想通りだが、地味というのは想像できなかった。男子高校生を撃退するっていう時点で、結構ぶっ飛んでると思うけども。


「それは……すごいな」


僕は素直にそう思った。自分から他者に歩み寄るというのは、簡単にできるものじゃあないということを僕は知っているから。


「でも、なんか髪の色で先輩に目をつけられちゃったみたいでさ。それを撃退しちゃったんだ」


彼女が絡んできた先輩をちぎっては投げている姿が容易に想像できた。だって虎ぐらいなら撃退できそうだし。


「それが失敗だったのかな」と彼女は苦笑いした。


「そしたら、もう学校中から腫れ物扱い。結局、それで何にもない奴が頑張っても無駄だったってことなんだなって気づいた」


「それはなんというか……」


簡単に言えば運がなかったのだろう。しかし、どうにも僕は言葉に詰まってしまった。彼女の努力の結果を、そんな簡単な一言で言い表したくなかったのかもしれない。


「それで色々どうでも良くなっちゃったの。今とか、未来とか。私、何にもないから。だから、それが私が将来について聞かれて怒っちゃった理由の……半分。なんだか、現実をつけつけられたような気がしたから」


「僕もごめん。何にも知らないくせに、答えにくいようなことを聴いちゃって」


そもそも、ほぼ初対面だというのに将来のことを聴く方がおかしかったのだから。


「それが、怒っちゃった理由のもう半分かな」


そう言って彼女は僕を指さした。そう言えば、彼女は将来のことを聴かれたのは怒った理由の「半分」だと言っていた。つまりあと半分があるわけだ。で、つまりどれだ。


「もういいやって諦めた。もう歩み寄るのはやめて、もう誰も歩み寄ってこなくたって良いってそう思った。喋るのもやめて、もう話しかけられたくなんてないから髪の色もそのままにして。その内、学校にもあんまり行かなくなって。殻に引きこもるってやつかな」


彼女は下を向いて、地面を足で軽く蹴った。ブランコが弱々しく揺れて、鎖がギーギー軋む音がもの悲しげに響く。


「それなのにさ、殻の中までズカズカ踏み込んできた奴がいたわけ。もう諦めたのに。……そんなことされても、どうしたら良いか分かんないでしょ。だから、よく分からなくなって怒った。だから急に怒っちゃってごめんってこと。話は、終わり」


話し終えた彼女は、ブランコから立ち上がった。


……実は僕は、彼女が昔の自分に似ているじゃないかだなんて思っていた。
誰かと仲良くなんて馬鹿らしいと思ってて、周りに興味が無かった自分と。
でも、違った。僕はズルと言っても良いようなきっかけが無ければ、きっとずっと殻にこもったままだった。


でも彼女は自分から踏み出そうとしたのだ。結果は……失敗だったかもしれないけど、変わろうと一歩踏み出したのだ。
そんな勇気ある彼女と、自分だけじゃ何にもできなかった僕なんかを一緒だと思うなんて、勘違いも甚だしかった。


僕には仲良くなりたいって本気で思わせてくれる人達がいて、それを気づかせてくれた環境があって。でもきっと、彼女にはそれが無かったのだ。


……そんなのってあんまりだ。勇気を出したはずの彼女の方が恵まれないだなんて馬鹿げてる。
なら、僕が彼女が殻を破るためのきっかけになれないだろうか。自意識過剰かもしれないけど、そう思ってしまった。


思えば僕がこの時代の彼女に関わったのは偶然と、少しばかりの罪悪感と責任感だった。僕は彼女を通して、ずっと星野先生を見ていたのだ。


でも今になってようやく目の前にいるのが、今も未来も諦めてしまった不器用で優しい中学生の女の子だということに気づいた。


僕はこの少女がまた一歩踏み出すための力になりたかった。未来がどうとかじゃなく、今僕の目の前にいる、中学生の少女の為に何がしたいとそう思ったのだ。


「僕も無口だと思ってたから、こんなに話してくれて、ちょっと驚いた」
「それは……ほら、私なりの、歩み寄りってやつだから……」


彼女は顔を僕の反対に向けて、ボソボソっとつっかえながらそう言った。顔は見えないけど、色の変わった耳を見れば恥ずかしかったんだろうなってことはわかった。


やっぱり彼女は僕とは違ってすごいのだ。僕が何をするわけでもなく、彼女はもうしっかりと前を向いていた。本当に、自意識過剰だったなと僕は思わず笑ってしまった。


「あんまりにもあんたがしつこいから、諦めたのを、諦めたの!」


笑った僕が気に食わなかったのか、スネを蹴られた。
僕を蹴る時にこちらを向いた彼女の顔は、その耳と同じ色になっていた。



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