ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

委員長の真なる願望を予想してみた

「いや、無理すんな。勢いで言っちまったけど私が悪かったからムキになんなよ。恵の言う通りクラスメイトの前だぞ? これでほんとうに下手でもそうでなくても、急にみんなの前で一人熱唱とか社会的に死亡するじゃねぇか。ホント辞めとけってっ」


「えっマジで?超ドMじゃん!」


 歌う宣言をした僕が目立つよう教卓へと向かおうと立ち上がったところ、けしかけてきたはずの加藤菜々子がオロオロと僕の蛮行を止めようとしてきた。そして何故か加賀恵は嬉しそうな声を上げている。


 僕はそんな二人の反応を無視して教室の前の教卓に歩いて行く。そして、教師ポジションで教卓に手をつき、教室を見渡した。
 ほぼ常時キレ気味である加藤菜々子のボリュームがデカかったこともあって、さっきまでのやり取りを聴かれていたらしくクラスメイト達は僕やヤンキー女二人組をチラチラ見てざわざわとしている。


「え、あいつマジで歌うの?」「ヤベェ」「ていうか加藤さんって音痴なのが恥ずくてサボってたんだ。……なんかちょっと可愛くない?」「20点台はやばくね?」「俺最低50点台」「50点もヤベーだろ」「あいつ誰?つーかアホだろ」


……加藤菜々子はクラスメイトの面前で一人熱唱は社会的に死ぬと仰られていたが、自分の音痴をクラスメイト全員に大声で喧伝していた彼女は死んでないのだろうか。「大丈夫ですかー! 加藤菜々子さーん! 」と心の中でアナウンサー風に問いかけながら彼女の方にチラリと視線を配った
「いっそのこと一思いに殺せぇ……っ!」


 周囲のざわめきは当然加藤菜々子にも届いている。彼女は両手で顔を覆って絞り出すような叫び声を上げていた。どうやらあれだけ大声を出していたクセして、まさか周りに会話を聴かれてしまうとは考えてなかったらしい。本物のバカである。


 そんなバカ女を隣で眺めながら大笑いしている女が一人。ブレないなぁ本当に。人生楽しんでそうでなによりである。ただモノホンのビッチっぽいんだよなぁ。そうじゃなければメッチャタイプなのに。


 さて、歌下手には2種類いる。自分が音程を外してることに気づいていない歌下手と、音程を外してることには気づいているけど何故か修正が出来ないタイプの歌下手。自覚があっても音痴のままというところで、後者は救いようがないと思う。そして僕は後者のタイプである。


「えー。藤崎仁と申します。僕は大変音痴であり、このままでは合唱祭でみんなの足を盛大に引っ張ること間違いなしです。ので、これから休み時間の度に課題曲を歌って少しでも練習していこうと思う所存です。歌が得意な人からはアドバイスしてくれたりだとか、正しい音程で歌ってくれたりしてもらえたら幸いです。皆さんのお耳を穢してしまいますが、どうか海よりも広大な心で許してください。では……」
んん。と喉のチューニングがてら咳払いを少々。僕は顔を覆って悶えている加藤菜々子の方を見た。そして、歌い出した。


「幼い微熱を~」


 彼女に歌ってみろと言われて思いついたことがある。
 合唱練習を中止にしてもループは終わらなかった。つまり、橘恵美がこのループの犯人だった場合、彼女は合唱練習を中止にしたいと思っていたわけではないんじゃないかということだ。
 彼女が望んでいたのはむしろその逆で、合唱祭を成功に導きたい、現状を打破したいというのが彼女の想いだったのではないかという予想が浮かんできた。


 僕は何の迷いもなく、合唱練習を中止にしようと行動した。でもよくよく考えればそれは問題を先送りにして、今をやり過ごすだけに過ぎない。いつか先送りにした負担を彼女がまた被る時がやってくるのだ。


 僕は問題の根本の部分である不真面目でふざけ放題なクラスメイトをどうにかしようとは思わなかった。
 橘恵美の負担を減らそうなんて思いもしなかった。
 電子ピアノを運ぶことさえ手伝おうとは思いもしなかった。


 僕は一番知っていたはずなのに。繰り返すループの中で、同じように記憶を持っている人がいれば……と何度も嘆いた僕が一番わかっていたはずだったのに。   
 誰にも頼れず、孤独に戦い続ける苦しさを。
 苦しさを分かち合う味方が一人でも居ればという込み上げてくる渇望を。


 そのことに気づいたから、僕は歌うことにした。下手だからこそ、本来練習しなくても良い休憩時間だからこそ歌う。 歌って、合唱祭を成功させたいと思ってるのが橘恵美一人だけじゃないことを示したい。君の味方が少なくとも此処に一人居るということを示したい。だから歌った。
 クラスメイトになんだこいつという目で見られるが、何度も奇天烈なことをやってきた僕にとってはもはやいつものことだ。一番どころかフルで歌ってやったぜ。



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