フォーレン エンジェル

illusion

第3話 煉獄の聖女

街路樹の立ち並ぶオフィス街の並木通りの歩道を、檻村詩織は歩いていた。
清楚で可憐な雰囲気の漂う、まるで天使の生まれ変わりのような少女。
純銀の貴金属のように、自尊心が強く高潔で、気品に溢れている。
揺るぎない正義感と信念を持ち、その瞳の奥には聡明さと強い意思の込められた凛とした輝きが宿っている。
明るい髪と、中等科の制服が、循環するソーサリーで白銀に光り輝いている。

檻村詩織は、慈愛と献身に生命を捧げ、灼熱の正義の炎を燃やす煉獄の聖女である。
檻村詩織は、人々を救済し、守護することにより、希望と未来を紡ぐ楽園の旋律を奏でている。

誰かの事を救いたい。
誰かのことを守りたい。
善良な人々、女性や子供たち、弱い人々、彼らの事を救いたい、守りたい。
純粋な気持ちでそう思う。
でも今は、それ以上に、彼女のことを、リカのことを救いたい。護りたい。
リカは現在いま、どうしているだろうか?
最近いつも、彼女のことばかり気になってしまう。
彼女もいま、自分と同じように、強烈な戦慄と張り詰めた糸のような緊迫感を覚えながら、この都会まちを彷徨い歩いているだろうか?
あるいはもう、すでに敵と遭遇して一戦交えているのだろうか?

私の親友、冬河莉架。
私の盟友であり、戦友であり、
最高の親友、冬河リカ。
戦いの時はいつも冷酷で、残酷な魔女の仮面を被る。
けれども本当は誰よりも純粋で、誠実で、心優しい。
私より一つ年上とは思えない程
精神的に未熟で、幼くて、か弱くて、まるでガラス細工のように今にも壊れてしまいそう。
彼女は私が守ってあげなきゃ駄目なんだ。
そう思ってた。

ソーサレスには、通常の人間にはない、不思議で特殊な感覚にして降魔術ソーサリーがある。
人間や悪魔精霊フューリズなどの
思念や妄執、 特に強烈な殺意や憎悪などの感情を、感知し、解析する降魔術、思念探知(シンフォニー・レーダー)である。
その降魔術、特殊感覚は、人の心の中を解読し、位置情報までも探索できる。
人間を殺戮し、虐殺するために現出した悪魔精霊、フューリズは、人間の憎悪や嫉妬、恐怖などの妄執や思念が渦巻く邪悪なる源泉である。
フューリズは悪魔精霊フューリズ旋律シンフォニーと呼ばれる、邪悪な思念と妄執の悪魔の心臓の鼓動を奏でている。

比較的、人気ひとけの少ないオフィス街を歩きながら、詩織は違和感を覚えていた。
たしかに、悪魔精霊の旋律、魔物の中枢神経から漂う思念や妄執はこの付近からするのに、魔物の姿が何処にもない。
なぜー?

殺さないで--
「えっ?」
女性の声とともに、詩織は、濃霧の中にいた。
真っ白で何も見えない。
まるで、白昼夢のようである。
殺さないで-
再び、女性の声がする。
「お願い、助けて」
詩織の脳裏に、ある女性の姿がよぎる。
それは、運命の足跡である。
一人の女性の人生の縮図、今まで生きてきた軌跡が思念となって、あるいは映像や音声となって、詩織の思考こころ
のなかに流れてくる。

幼年時代、少女のころ
中学生時代、高校生時代
制服姿で級友たちと語らい、屋上で 弁当を広げて昼食を食べた。
文化祭や体育祭、京都への修学旅行
大学生になり、カフェでウエイトレスをしている。
そして、恋人と遊園地での楽しいデート。
女性の思い出や記憶が、詩織の意識の中で、走馬灯のように流れていく。

メモリーズ・イリュージョン
ソーサレスの特殊感覚にして降魔術
思念探知シンフォニー・レーダーを逆手に取った狡猾な降魔術である。
記憶の模倣メモリーズ・イリュージョンは、人間の記憶や思い出などを解析処理し、編集し、より色彩豊かに映像化して、音声を吹き込み、鮮明化する。
さらにはソーサリーを掛けた人間の思念の周波数をより増幅し、感情や記憶だけでなく、映像や音声として変換してソーサレスの思考回路、脳内に流し込み、幻想を見せる降魔術である。
1人の人間の記憶を、願いや想いなどといった感情までもすべて理解するというのは、それは一人の人間の意識を共有するということであり、それは一時的に魂を融合させるようなものである。
詩織は目眩を感じ、錯乱しそうになった。
雲の中にいるような濃霧が晴れ、そこからゆっくりと、悪魔精霊フューリズの輪郭が見えてきた。
先程リカが対峙した魔物フューリズと同様に、回転楕円形の軟体生物がベースとなり、それに頭部のあるべき位置に巨大な眼球が付いていて、背中からは8匹の歪な姿をした邪悪な大蛇、邪龍たちが蠢めいている。
側面に羽根はついていないが、変わりに巨大な植物の花びらがいくつも生えてきている。

さらに、その前方に、氷のような2メートル以上もある半透明な水晶が姿を現した。
不定形なそれは、鋭利な輪郭と美しい輝きを放つ。
そしてその内部には白いスーツを着た先程の女性の姿。
女性は水晶に閉じ込められたまま、眠っている。
2匹の邪竜の口内から、鎖が吐き出された、その鎖が水晶に絡みつき、がんじがらめにする。
詩織は、その意味を充分過ぎるほど理解した。
「そんな-」
魔物は、水晶を盾にするようにして身を潜めている。
「お願い、私を見逃して。私を殺さないで。
私はただ、生きていたいだけなの」
その女性の声は、思念となって、詩織の心の中に流れ込んでくる。
それは悪魔精霊に操られてる女性の声なのか、女性自身の声なのか、それはわからない。
悪魔精霊の体躯が、ゆっくりと薄白に光り輝く。
降魔陣が道路に出現する。
おそらく、次元転位の降魔術、ディメンション・ディソロケーションを詠唱する気なのだ。
まずい、別の次元階層へと脱出されれば、もはや自分たちには魔物の位置情報と次元領域を特定できなくなり、逃走されてしまう。
そうなれば、また別の物質次元階層に転位され、標準次元階層などで再び大勢の人間が殺戮され、為すすべもなく大量虐殺されるだろう。
しかし、今攻撃を仕掛ければ、水晶の中にいる女性を巻き添えにしてしまう。
誰かの過去の記憶、思念を感知し、受容し、そして認識するということは、極限まで親近感を持つということである。
それは単純に、赤の他人だとか、血縁関係ではないとか、単なる知り合いしかないとか、そういう問題ではない。
ヒトの生命は尊い。
そのことを微塵も感じず、一蹴できるのは、それはもう相当の強靭な精神力の持ち主か、冷酷非情な悪魔くらいである。

人質と脅迫は、常人より崇高な精神、慈愛心を持つ傾向の強い  ソーサレスの、その弱点をついたフューリズの常套手段である。
その性質を常人の魔女以上に多く持つ詩織には、まさに効果抜群だった。

どうすればいいの

-ズドォォーン
突然、悪魔精霊フューリズと内部に女性がいる水晶の目の前の空間で、
聖炎の烈光(ホーリネス・リンケージレイ)が炸裂し、大爆発が起きる。
悪魔精霊の眼前には、魔導のオーロラ・カーテンが貼られている。
悪魔精霊フューリズは、魔導のオーロラ・カーテンを貼るために、次元転位の詠唱を解除せざる終えなかった。
詩織が背後を見ると、そこには、前方の降魔陣ソーサリー・サークルに手を伸ばした冬河リカが立っていた。
「どうして-?」
どうして私を殺そうとするの?
女性がそう言いかけた瞬間。




「うふふふふっ」
リカが、冷たい嘲笑をあげる。
「えっ?」詩織が、絶句する。
「どうして笑っているの?
何がおかしいの?」
女性が思念で語りかける。

「だっておかしいじゃない。私達は知り合いでも何でもない。
まったくの赤の他人なのよ。同じ魔女  ソーサレスの盟友ならともかく、
どうして私が、生命までかけて、そんな女性の事を助けなくちゃいけないのよ-」

「---」
詩織が、言葉をつまらせ、何も言えない。
「いいえ、仮に、その女性の生命の尊厳が貴重で、崇高なものだとしても、それ以外の、数千人、数万人
の圧倒的大多数の人達の生命にはかえられないわ。
人の生命を救うということは、足し算引き算などの、算数と同じ。
単なる数の論理にすぎない
-この世界に、絶対に必要な、かけがえのない人間などいない。
いるとすれば、それは、精霊の加護を受容し顕現した御使いたちの末裔である、私たち魔女  ソーサレスだけ。
どこにでもいる、愚劣な人間や、いや、掃いて捨てるほどいるような普通の人間なんて、ウジ虫どもと同じ、
別に彼女の一人くらい、死んだって構わないわ。」
「リカ-」
詩織が、悲しげに小さく彼女の名前を呟く。
魔物の思考回路が、困惑する。
今自分が戦っている相手には、付け入る隙がない。
ソーサリーなどを使用した物理面での戦闘もそうだが、精神の動揺を誘った心理面での駆け引きでも、冷酷に、冷徹鋭利に判断し、対処してくる。
自分たち悪魔精霊が人類を抹殺するために現出した 殺戮兵器なら、この相手は、悪魔精霊を狩るために顕現した
殺戮の魔女なのだ。

ファワァ-
リカの身体が、薄青に光り輝きはじめた。
次の動作モーションに移るためである。
聖炎の烈光(ホーリネス・リンケージレイ)などの遠距離降魔術か、接近して剣撃などの近接戦か?
いずれにせよ、記憶の模倣を利用した
心理戦は、この冷酷な魔女には通用しなかった。
リカの初動動作と降魔術の詠唱を敏感に感知した魔物が、リカより速く先制攻撃を仕掛けてきた。
悪魔精霊フューリズが邪竜の口内から熱線を4発発射する。
リカはそれを詩織とは反対方向の真横
へ跳躍して、道路を滑るようにしてかわす。
後方のビルで爆発が起きる。
魔物の熱線をかわし、体制を立て直たリカが、すぐさま反撃にでる。
左手を真っ直ぐに伸ばし、降魔陣を出現させる。そして、一連の流れるような動作と降魔詠唱の後、聖炎の烈光を発射させる。
水晶を縛りつけている鎖を咥えた邪龍の一匹が鎌首を動かすと、水晶が鎖に引っ張られ、移動してリカの烈光を遮る防御壁となる。
烈光が稲妻のように走りぬけ、  女性が閉じ込められている水晶で炸裂した。
爆発とともに、波のような光の飛沫が跳ね上がり、氷結のような水晶の表面にピキピキとひび割れが起きる。
「---」
それを見た詩織が顔色を変え、狼狽する。
「駄目よ‼︎リカ‼︎撃っては駄目!‼︎
少し待って‼︎リカ‼︎」
詩織がリカを制止しようと、慌てて声を絞りだして懇願する
悪魔精霊フューリズの背中から生えている八岐大蛇のような邪龍が、成長する植物のように伸縮自在にのびてきた。
その6匹の邪龍たちが、一斉にリカめがけて襲いかかってくる。
リカはバックステップで後方に下がりながら、前方から噛み付いてくる邪龍を左右横薙ぎの剣閃で弾いて、散らして、 別の角度、方向へと払いのけていく。
キィィーンと共鳴するような剣の響きとともに、火花が散る。
リカが8匹の邪龍の凶暴な顎門の攻撃を、すべて捌ききる。
切り裂かれた邪龍の首が、治癒して再生して動けるようになるまで、0・3秒ほど短いが時間がかかる。
その僅かな好機を逃さず、リカは再び聖炎の烈光を発射する。
烈光の流星弾が、直線距離を通って、水晶に炸裂する。
爆発が起き、水晶の亀裂が拡大する。
リカはまず、魔物の盾の役割りを果たしている、水晶を破壊し、障害物を取り除くという戦術を選択した。
もう、女性の生命と安全は、完全に度外視している。
女性を避けて聖炎の烈光を撃つつもりも、女性を救出するつもりも、全くない。
彼女の言動通り、あきらかにリカは魔物もろとも女性を殺害することを前提に戦っている。

「戦うのを辞めて!!りか!
あなたはもう、戦場から離れてい
て‼︎」
詩織が強い口調で言う。
「戦いは、ただ敵を倒せばいいという物じゃないわ!!
誰かの幸福や想いを踏みにじり、他者の生命を犠牲にしての勝利なら、何の意味もないわ!」
詩織が再び、声を絞り出して、前回以上に真摯に、切実に懇願する。
しかし、リカの耳には、心には届いていない。
いや、聞こえない演技をしている。
彼女のそんな偽善的な言葉など聴きたくないというふうに。

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