フォーレン エンジェル

illusion

第5話 嗜虐的

薄青に光り輝く長い髪をなびかせて、リカが、ゆっくりと道路に着地した。
光の絹がほどけるように、花びらのように散った魔物の虹色の陽炎をみたリカは、はあっ と一息溜息をつく。
いつしか暗い靄のような霧は晴れ、あたりは普段の日常へと引き戻されていく。

パァァァァーッ
自動車のクラクションの鳴り響く音と、そして遠くから聞こえるサイレンの音が通り過ぎていく。
突然、道路上に、オーロラのカーテンような円柱状の光の膜が出現する。
円柱形の上辺と下辺にはそれぞれ降魔陣が展開している。
その円柱状の光芒のカーテンが、3つ、4つと次々と出現する。
円柱形の光芒が消滅すると、中から複数人が出現した。
この世界にある、何十万、何百万もある多重次元階層のどれか一つから次元転位してきた魔女(降魔士)たちである。
修道服を着た女性、金属製と同じ強度の合成繊維の服を着た科学都市の人達、そして、聖域と呼ばれる楽園の衣服を着た人達。
「相変わらず、来るのが遅いわね。もう終わったわよ。せいぜい、後始末くらいは、ちゃんとやってよね。」
リカはそう捨て台詞を吐くと、彼等を尻目にゆっくり歩いていく。
「冬河さん、大丈夫ですか?」
修道服の女性が、切り裂かれたリカの左手首をみて心配する。
リカはその言葉を無視して黙って歩き続ける。
「何だよ、あいつ、愛想のない奴だな」
聖域からきた男性が呟く。

「リカ‼︎」
詩織が彼女を小走りで追い駆けながら、呼びかける。
「リカ‼︎待ってよ リカ‼︎どこにいくの?」
リカは後ろを振り返ろうともせず、彼女を無視して歩いていく。
「行かないで、少しは話を聞いて‼︎」
詩織はそれでも、しつこくリカに食いつく。
「ついて来ないで。今日は疲れたのよ。早く帰って眠りたいわ。」
リカは詩織のほうを振り返ろうともせず、まるで邪魔者を追い払うように横着に答える。
「さっき、あの女性を見殺しにして、自分一人で悪魔精霊フューリズに仕掛けて行ったでしょう。
私があの人を救うって誓約したのに、悪魔精霊も私の手で必ず打ち破るって約束したのに、どうして私のことが信用出来ないの?!」
つまらない理由をつけて話しを逸らそうとするリカを、詩織は一蹴して話を続けた。
「それに、あの女性が(神界の)契約を受理してるって、いつ気がついたの?
(悪魔精霊が)顕現して物理化までしてるのに、なぜもっと早く教えてくれなかったのよ!」

詩織は今まで溜まっていた不満を晴らすように、堰を切ったように話し始めた。
リカは、それでも詩織の方を振り返ろうともせず、彼女を無視して黙って歩いて行く。

悪魔精霊の基礎構造は、本来、物質ではない。
非物質次元階層を循環する、憎悪や妄執などの精神と思念が渦巻く振源である。
そして、悪魔精霊は、消滅と終焉の願望を持つ人間を選別し、その邪悪な心を持つ人間と精神を融合(リンク)する。
人間の精神や人格、記憶の中に、悪魔精霊の振源が浸透し、同化することを、神界の契約と呼ぶ。
神界の契約を受理した人間は、その精神や魂に、悪魔精霊の心臓エンジェル・コアと呼ばれる憎悪や妄執などが渦巻く振源が植え付けられる。
悪魔精霊の心臓が植え付けられた人間は、徐々に精神を侵食され、精神と人格が憎悪と妄執で破綻し、最後は顕現して、肉体の構造までもが物質化した悪魔精霊に生まれ変わる。
それは、仮に人の姿をしていても、同様である。それは他者を欺くために偽装した虚飾の姿に過ぎない。

「リカ、聞いているの‼︎」
詩織は彼女が自分のことを無視したことに苛立ちを覚えたせいもあり、リカの手首を乱暴に掴み、引き寄せて、捻り上げて強引に振り向かせる。
さっき悪魔精霊に切り裂かれたリカの左手首の裂傷に詩織の固い爪が食い込む。
傷口が再び開き、ダラダラと鮮血が流れ落ちる。
彼女の手首を掴んだ手に生暖かい感触が伝わる。
刹那、詩織の胸が痛む。
「つッ」
リカが苦痛でほんの少し顔をしかめる。
「 ちょっと、何するの、詩織。痛いでしょう。離して頂戴」
「嫌よ。リカがちゃんと私に説明してくれるまで、離さないわ‼︎」
詩織は平静さを装いながら冷や汗を流すリカを、睨みつけながら拒否した。
「リカ、私たち、出会ってから、まだ数十日しかたってないわよね。
一緒にいる期間はまだ短いけど、それでも 気持ちはお互いにほんの少しだけど通じ合ってると思っていた。だけどそれは、私のただの思い込みだったの!」
詩織は純粋に、誠実に、透明な瞳と心でまっすぐに見つめてくる。
まるで真冬の雪のような静寂さの中にかくれた、灼熱の炎のようなその瞳の中に宿る凛とした輝きで、リカの瞳を真っ直ぐに見つめてくる。
そこには余計な虚飾や駆け引き、計算や狙いは何もない。
まるで透明な春の雪解けの、川のせせらぎのように、自分自身の陰謀や深淵の闇を鏡のように反射してしまう。
だからリカは、自分の胸のうちを、心の裏側を見透かされそうで、怖くなった。
陰謀、虚飾、罠-
これから始める悪魔の計画-


見知らぬ人間など救う必要などない。
彼女はさっきこう言い放った。
戦いの時の彼女は、冷徹鋭利で、冷酷で、残酷で、計算高く生命の価値さえ天秤にかけられる。
でも今の彼女は、怯えにも似た弱々しい表情を見せる。
春の雪解けの氷のように、儚く、脆い。まだ幼さの残る、か弱い少女である。
まるで美しい白い花(ユリ)を、思わず手折るような、そんな感覚を覚えてしまう。

同性の自分でも、思わず魅了され、ハッと息を飲むような美しさ。
それはまるで、神の彫刻品、天使の模造品。
あるいは、天使を堕天させる(おとしめる)悪魔じみた美しさ。
恋愛感情とは違う、もっと崇高で芸術的な美しさ。
そんな彼女への同情と憐れみと、いっそ壊してしまいたいという偏執的な感情が交錯する。

「うふふっ、あなたも、本当に執念深いわね。」
リカは静かに冷笑すると、観念して言葉を吐き出した。
詩織と対決し、気持ちを打ち明ける覚悟を決めたのだ。
「じゃあ言うけど、あなたは、あの女性を救おうとして、それでどうなったの?
悪魔精霊が顕現した、あの女性に殺されかけたんじゃないの?」
リカはゆっくりと、静かに言葉を紡ぐ。
「それは、あなたが悪魔精霊を消滅させる為に、水晶クリスタルもろとも彼女を打ち砕こうとするから」
詩織が反論する。
女性を殺害しようとするリカから彼女を守ることに意識と精神を費やして、自分は足元を救われた。
自分は、リカの放つ灼熱の烈光を遮る盾になったために、精神を浪費して、疲労の果てに悪魔に魂を売り渡した女性に背中を刺されそうになった。
そう言いたかったのだ。
「違うわ、記憶の模倣メモリーズ・イリュージョンとまやかしの慈愛と慈悲に幻惑された( 心奪われた)あなたが、冷静さと自制心を奪われたからよ。」
悪魔精霊に都合よく編集され、映像化された女性の過去と経験を、詩織は女性への同情と親近感という旋律をつけて、思念として心と脳裏に流し込まれた。
それらはまやかしの慈愛や慈悲となって、純粋で心優しい聖女の精神を浸食し、幻惑する。
「あの場所で、あの時点で確実に悪魔精霊を抹消させておかなければ、この惨劇は今以上に増大して、さらに何万、何十万もの被害者が続出することになる。」
悪魔精霊とは、ある意味自然災害のようなものである。
周囲の大気や気流を飲み込んで増大する竜巻のように、悪魔精霊は繰り返される殺戮と処刑による人々の断末魔の恐怖と絶望を糧に、どんどん増長し、強大になっていく。
「だから、私が絶対に悪魔精霊を抹消するって-」
詩織があせり、戸惑いながらも、強気な発言をする。
「うふふッ  絶対?」
リカが口元に手を置いて、冷笑しながら詩織に問いかける。
「はっ 」
詩織が息を飲んで口を紡ぐ。
リカの冷笑と絶対?その単純な一言、問いかけに、詩織は気づいた。
自らの精神の動揺と焦りに。
「女性も救って人々も救う。凄い自信ね。さすが最初から檻村の強大な叡智と資産、権力を受け継いでいる楽園のお姫様は違うわよね。」
リカが、皮肉と侮蔑にも似た憐憫を込めて、彼女を嘲笑する。
「な、何ですって?」
詩織は顔を少し赤くして、言い返そうとするが、上手く言葉がでない。
「女性が(神界の契約を)受理して(悪魔精霊に)精神を侵蝕されている時でもそう、平常心を保って、冷静に感知すれば、悪魔精霊フューリズの旋律(思念)《シンフォニー》
を感知する機会なんて幾らだってあったはずよ。
彼女はもう、あなたに襲い掛かるずって以前から、最初にあなたが記憶の模倣メモリーズ・イリュージョン
を見ていた時点で、すでに悪魔精霊に魂を売り渡していたのよ。」
神界の契約を受理した人間は、悪魔精霊の心臓、つまり、憎悪と妄執の振源に精神を侵蝕され、時間をかけて振源と同化する。
当然滅亡と終焉、憎悪と妬みなどの妄執は時間とともに強くなり、思念や振幅の旋律を奏でる。
「そんは理由はずはないわ。そんなの嘘よ。」
詩織はあくまで否定する。
あの女性が最初から神界の契約を受理していた。
それは、リカの仮説に過ぎない。
自分は、確かにあの女性の精神の旋律、思念の振幅を感知し、心を読んでいた。
だが、詩織には自信がなかった。
それだけ、リカの判断には説得力がある。
「仮に、百歩譲ってリカの言ってることが真実だったとして、それならなぜ、もっと早く私に教えてくれなかったの?
それならそうと、私に伝えるべきだったわ。」
「うふふっ、言ってどうなるの?
どうせあなたは、(神界の契約を受理した)女性が、悪魔精霊の心臓 (妄執と憎悪の震源)によって徐々に精神を汚染され、破綻して顕現(物質化)するのを阻止するため、一刻も早く女性を救おうと、自身の危険も鑑みず強引に撃ってでる無謀な暴挙にでたでしょう。」
「はっ-」
詩織が息を飲んで口をつむぐ。
その今のリカの言葉で、詩織はようやくすべてを理解した。
自分自身の常軌を逸した精神状態に。
過剰な慈善心と同情心によって、均衡の崩れた精神状態。
その中での無謀な判断ミスと失策。
先程の戦いのように、人質を取られた状況での戦いは、防戦一方の非常に不利な戦いになる。
人質を盾に取られた時点で、それは敵にとって絶対的な防御壁となり、こちらは容易に打つ手が限られてくる。
となれば、敵の攻撃を躱しつつ、防御しながらの持久戦となる。
つまり、敵の体力、精神力を奪い取る消耗戦に持ち込む。
そうして、あわよくば敵の失策を狙い、機会を待つ。

しかし、これが、時間制限付きだと事情が異なる。
つまり今回のように、人質に時限爆弾
(悪魔精霊の心臓)が仕掛けられていて、タイムリミットが設定されている状況である。
今リカが説明したように、神界の契約をした人間は、時間とともに記憶と人格を悪魔精霊の心臓(震源)に塗り替えられ、最後は精神的にも悪魔精霊に乗っ取られて、顕現して魔物として物質化する。
一度顕現して悪魔精霊として物質化した人間は、もう元には戻らない。
修復はほぼ絶望的である。
仮に人の姿をしていても、ただそれだけである。
魔物には変わりない。
つまり、女性を救出には、女性が顕現して、物質化するまでの数分間のうちに決着を付けなければならない。
ただでさえ、人質となった女性を傷付けずに、悪魔精霊を抹消することすら、非常に困難である。
それに加えて、女性が顕現するのも阻止しなければならない。
時間制限つきとなれば、この戦いで生き残るのは極めて困難だと言わざる終えない。
後者の女性を救済するという選択肢は、道義上の問題抜きにすれば、まずありえない。
勝敗の確率のみで考えれば、まず論外である。また正義感や慈愛心を天秤に掛けても、到底とるべき選択肢ではないだろう。
だがもし仮に、あの戦いの最中、女性が神界の契約を受理してると知った際、自分は冷静に、正義と現実を考慮して、女性の生命を諦め、彼女を殺害して悪魔精霊を駆逐することに専念できただろうか?
時間制限つきの、即断即決が求められる、しかも記憶の模倣メモリーズ・シンフォニーで幻惑されて、自分の思考回路の配線さえ狂わされている尋常ならざるあの状況で、冷静沈着に、的確な判断を下せただろうか?
リカの言う通り、慈愛と献身に生命を捧げ、危険を顧みず 悪魔精霊に向かって撃ってでなかっただろうか?
詩織には判らない。

「フォーレン エンジェル」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く