上京して一人暮らしを始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった
幼馴染の追求
 入学式の後、俺は家に帰り、夕食の準備をしつつ、天使のような女性の笑顔をずっと頭の中で思いだしていた。
高本は裏があるって言ってたけど、そういう風には見えなかったんだよな……
「ちょっと、大地!鍋!」
あのサークルに入れば、彼女ともっと仲良くなれるのかな? そしたら、もっと知ることが出来るのだろうか?
「大地! 火! 火止めて! 鍋からお湯溢れ出そう!」
ふと誰かに大きな声で言われ、我に返る。
下を見ると、鍋からスープが沸騰して噴きこぼれそうになっていた。俺は慌ててコンロの火を止める。少し鍋からスープがこぼれたものの、なんとか大事には至らず、ほっと胸を撫で下ろした。
「あぶねぇ、あぶねぇ……」
「大地大丈夫、ぼおっとしちゃって? なんかあった?」
部屋の方へ視線を向けると、いつの間にかテレビを見ながらくつろいでいる春香が、心配そうに俺を見つめていた。
「あれ? お前なんで俺の部屋にいるの?」
「はぁ!? まったく……」
春香は呆れかえったように、大きなため息をついた。
「だから、お昼に連絡して『また、昼寝させて』って聞いたら、『いいよ』って言ってくれたから、駅で待ち合わせして、部屋で寝かせてくれたって言ってるじゃん。ホントに頭大丈夫? あんた、今日これ聞いてきたの三回目だよ!?」
さすがに春香も、説明するのが億劫になっていたのか、少々不機嫌そうな表情をしていた。
「あ、そうだった。悪い」
「ホントに大丈夫? 何かあったの?」
「いや、別に何でもないよ」
俺は誤魔化すように、手早くスープ用の器を用意して、出来上がったスープを鍋から器に二人分注ぎ、机に持っていく。
「はい、完成。ちょっと煮込みすぎちゃったけど」
「おいしそう!」
完成したポトフを春香の目の前に置くと、目をキラキラとさせて、器に入ったポトフを眺めている。どうやら、機嫌を取り戻してくれたみたいだ。
俺はキッチンへ一度戻り、二人分のお茶碗に白米をよそる。
「あ、水入れるね」
春香が机の前から立ち上がり、食器棚にしまってあったお箸とスプーン、コップを二つ取って、水道でお水をコップに注ぎ、机へ持っていった。
もう既に俺の家に何がどこにあるか配置が分かっているところ、流石は幼馴染春香といったところだ。
「サンキュー」
二人分の食材を机に置き、お互いに向かい合って座り、手を合わせ「いただきます」の挨拶を済ませて夕食を食べ始めた。
春香はスプーンでスープを救い、ふーふーと二、三回冷ましてから口に流し込む。
ごくりとスープを飲みこみ、しばし下を向いて真剣な表情を浮かべていたが、ふっと顔を和らげて微笑んだ。
「うん、美味しい」
「よかった」
俺はほっと胸をなでおろす。
すると、ちょうど付けていたテレビに、昼間行われた大学での入学式の様子が映し出されていた。そして、画面が切り替わり、井上綾香の囲み取材の映像が映し出される。
「へぇー、井上綾香も大学入ったんだ。あれ? ってかこれ、大地の大学じゃない?」
春香はお茶碗を持ちながら、テレビの画面を見て尋ねてくる。
「え? あ、うん。そうだけど……」
「何その薄い反応、もしかして知ってたの!?」
「知ってるというか……」
俺は白米を口に入れ、よく噛んで飲みこんでから答えた。
「授業今度一緒に受けるって約束してるし」
俺が当然のように答えると、春香は目を魚のように見開いて、ぎょぎょっというような表情をした。
今から魚の豆知識をそのまま披露しそうな勢いだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!??」
だが、豆知識を披露するわけでもなく、春香は突然大声を出して叫んだ。おかげで、耳がキーンとする。
「ちょ、うるさい。近所迷惑!」
俺は耳を塞ぎながら春香に向かって言うと、春香はそれどころではないといった様子で机をバンっと叩いて、前のめりになりながら言葉を続ける。
「いや、なんで! どういうこと!? なんで大地があの井上綾香と一緒に授業受けることになってんの!?」
前のめりになって聞いてくるので、春香の顔が目の前にある。荒い吐息がかかりそうなお互いの距離に、俺は思わず顔を逸らす。
「いやぁ、色々とあるんだよ」
「説明して」
春香は逃げるのを許さないというような口調で、むくっと頬を膨らませて俺に説明を要求してくる。
「わかったから! 説明するから! とりあえず落ち着け」
これ以上顔を近づかれたら、色々と意識しちゃいそうな気がしたので、俺は根負けして春香に井上綾香との関係性を説明する羽目になってしまった。にしても春香さん、ちょっと威圧感強すぎませんかね。
◇
観念した俺は、食事をしながら一昨日起こった出来事を、一から春香に説明した。
「なるほどね、つまり説明会で偶然隣に座ってたのが井上綾香で、その時に仲良くなって、一緒に授業受けようってことになったと……」
「まあ、そんな感じだな」
「はぁ……なんでそれを一昨日の時点で言ってくれないの?」
春香は少し落胆したような表情で言ってくる。
「いやぁ、芸能人だし言わないほうがいいのかなって。それにほら、春香その日機嫌悪かったし」
「それはそうだけど……なんか、私が信用されてないような感じがしてなんかショック」
「いや、そうは言ってないだろ」
「そうだけど……私、そんなに口の軽い女じゃないんだけどな?」
むすっとした表情で俺を見つけてくる春香。そんなに泣きそうな表情されてしまうと、流石に申し訳なくなってくる。
「わ、悪かったって……」
俺が謝ると、春香は深いため息を吐いた。
「はぁっ、まあいいや、とりあえず状況は理解できた」
「おう」
俺はようやく質問攻めから解放され、ほっとして残っていたポトフのスープを飲みほした。
「それにしても……なるほどねー」
今度は、春香がニヤニヤとしながらじっと俺を見つめてきた。
「なっ、なんだよ?」
「いやぁ? なるほどね~っと思って」
春香はからかうようにニヤリとしながら、何か納得したような表情を見せていた。
「何がなるほどね~だよ」
「いやぁ、だってあんな綺麗な美人が知り合いなら、ぼっと物思いにふけっちゃうのも仕方ないなぁと思いまして?」
どうやら春香は、俺が今日ずっと物思いにふけっている原因が、井上綾香だと勘違いしているみたいだ。
「あぁ、それはまた違う理由だけどね」
「え?」
「え?」
しばしお互いに見つめあったまま沈黙が続く。その沈黙を破ったのは春香の方だった。
「へ、へぇー。違うんだ、じゃあ何があったのかな?」
春香は口角を上げて笑顔を作りながら、再び俺に質問を投げかけてきた。しかし、今度は目が笑っていない。
俺は目線を下の方に逸らして、お茶を濁すように言い訳をする。
「いや、別になんでもいいっ……」
「何があったのかな?」
あ、やべぇ。これ完全に春香キレてるやつだ……。
俺は恐る恐るもう一度春香の方を向くと、先ほどと表情一つ変えず。もう逃がさないわよ? という威圧感たっぷりの状態になっていた。
俺は顔を引きつらせながら
「わっ、わかったよ、話すよ……」
とまたも観念しするしかなかった。
◇
今日の出来事を春香に話す。
「へ、へぇー。じゃあ、その《《天使のような女性》》に大地は《《一目ぼれ》》しちゃったんだ」
今度は先ほどの件よりも、さらに怖い口調で、しかも、《《天使のような女性》》と、《《一目ぼれ》》のところだけ強調されて問いただされる。
「そんな……感じです」
俺は、もう為す術がなく正直に話すしかなかった。
「それで、その《《天使のような女性》》はどんな感じに可愛いのかな??」
春香は眉をヒクヒクさせながらさらに質問を続けてくる。
「いや、どんな感じって言われても、表現が難しいといいますか……」
俺がどう表現しようか戸惑っていると、春香が追い打ちをかけてくる。
「あるでしょ、例えば誰に似てるとか?」
春香は目を大きく開けて、机においてあった箸を力一杯に掴んで握りしめ、プルプルと手を震わせている。やめて、箸折れちゃうから。
春香に言われて、俺は考える。
タイプの女性に似ている顔かぁ……
俺は今日会ったときの天使のような女性の笑顔を頭の中に思い浮かべる。
あのあどけなさが残った表情は……
「まあ、強いて言うならお前に似てるな」
「はへっ?」
なんだその反応……可愛いなおい。
俺が心の中でそう突っ込むと、春香は一瞬ポカンという表情をしていたが、みるみると頬が真っ赤に染まっていく。
「はぁ!? 何調子いいこと言ってんのバカ……!」
「いや、単純に思ったことを口にしただけなんだけど……」
春香は顔を真っ赤にさせて俯きながら、先ほどとは打って変わってぼそっとした口調で聞いてくる。
「それって、私の顔が好みってこと……?」
「ん? あ、いやぁまあ言葉の綾って言うかなんというか。まあ、素材自体はいいと、思ってるぞ……?」
俺が少し気恥しくなりながらそう述べた。
「そっか……」
春香は小声でそう答えた後、しばらく俯いたまま黙ってしまった。なんだかむずかゆい時間がしばらく続いてしまったが、春香は一つ咳払いをして調子を取り戻す。
「まあ、私のことはいいとして。とにかく、ひとつ私から言えることは、その女絶対に猫かぶってるわよ」
「いや、そうは思えないんだけどな」
「いいや、絶対そうよ。全くあんたは本当にそういう女に騙されやすいんだから。前付き合ってた先輩だって、そういうタイプだったでしょうに」
「いや、先輩とその人は違うだろ」
「いーや、同じだね。結局大地が不幸になるだけだよ」
そう言って、鋭い眼光を向けながら、春香はズビジっと俺を指さして言い切った。
「とにかく、そのサークルに入るの私はおすすめしない。これは、幼馴染としての忠告よ!」
春香は俺に指さしながらそう宣言して一気に食事を食べ終えると、そそくさと帰っていってしまった。
春香と高本、女性陣二人にあの天使のような女性に裏があると言っていた。
これは、女子には分かる何かオーラのようなものが放たれているのだろうか?
けれど、たとえそれが幼馴染や友達からの忠告だったとしても、俺の心の中ではすでに答えが決まって、この気持ちを抑えられることは出来ない。
それに、俺の中では先輩と付き合っていた時も、騙されていたとは思っておらず、いい思い出としてしか残っていないのだから。
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