合同籠球マネージャー

さばりん

第7話 コーチ就任

航一に梨世たちのことを頼まれてしまった。
俺は帰り道、車椅子の車輪をゆっくりと動かしながら航一に言われたことを考えていた。
確かに、航一の言うことも一理ある。自分がプレーをしていない状態で客観的に他の人がバスケをやっている姿を見ると、自分だったらこうするのになぁ、などとインスピレーションを働かせていたことはある。しかし、今回の場合はコーチの打診であり、俺がどうこうよりも客観的に見たうえで総合的な判断や練習メニューを考えたりするなどの能力が必要になってくるのだ。俺にそんなことが出来るのだろうか?

そんなことをあれこれ悩みながら帰宅していると、いつの間にか俺は、梨世たちが練習をしている地区センターに足を運んでいた。まあ、帰宅途中に地区センターはあるわけだし。別にちょっと寄ってみたよ、みたいなノリでいいのかな??べ、別に練習している姿を見たくてわざわざ寄り道したわけじゃないんだからね??

自分自身にそう言い聞かせつつ、俺は地元の地区センターへと足を踏み入れた。

どうやら体育館の半分を梨世たちが使用しており、残りの半分は町内会の卓球チームがコートを使っているようだった。

俺は体育館の入り口に足を運ぶと、そこには梨世を含む3人の姿があった。どうやら準備運動を終えたところみたいだ。

気付かれないように様子をうかがっていると、どうやら練習内容はボールを使ったシュート練習から始まり、2対1やディフェンス基本的な練習を行っていた。そして次に、1人の選手からパスを受けとって、そこから1対1の練習が始める。どこにでもあるような練習メニューであったが、やはり3人しかいないと試合形式の練習が出来ないため味気あじけないような感じになってしまっている。1対1もやはり公式戦を行っていないためか怠惰な感じになってしまっている。

俺はだんだんと彼女たちの練習風景に苛立ちを覚えていた。気が付いた時には。

「あ、もうなんでそこ一気に抜きに行かないんだよ。」
「どうしてディフェンスも最後流してやるんだよ」
「パスもそんな弱いパスじゃ試合では全部つながらない」

などと独り言をぶつぶつと言っていた。

俺はこの苛立ちをどこかにぶつけたい、そんな気持ちになっていた。そして、ふとこの感情について気が付いた。

『あれ?俺なんで今苛立っているのだろう?』

そんなことを思ったのだ。この苛立ちは他の人のプレーを見ていて、自分が出来ない悔しさからきた苛立ちではなかった。俺は彼女たちの練習風景を見て、生ぬるい練習をしていることに苛立ちを覚えているのだ。そこに自分がプレーをしたいという感情は一切なかった。そのことに気づき、彼女たちの練習に再び目を向ける。

彼女たちの表情は真剣そのものであり、見えない目標に向かって懸命にバスケットを練習して上手くなろうという気持ちを前面に出したプレーであった。それは、バスケットが本当に好きでなければ出来ないことである。

その姿を見ていた俺にもう一つの感情が芽生えたのだった。

『彼女たちに試合を経験させてあげたい。』

初めての感情であった、今まで試合に出れる状況が当たり前の環境の中でバスケットをやってきた俺にとっては、彼女たちの気持ちや苦労など知る由もなかった。
だが、今彼女たちの練習を見て実感したのだ。男子バスケ部の練習に参加させてもらえてもゲーム形式の練習は出来ない。時には男子バスケ部のマネージャーとしてこき使われる。けれどもそれでもバスケをやりたい。そういう苦悩を彼女たちは乗り越え、ここでもがき苦しみながらもいつの日か試合ができることを望んでバスケットをやっている。

だからこそ、俺は彼女たちを試合に出場させてあげたい、そういう思いが強く心に刻まれた。

そして、ふと昔の思い出が頭に蘇ってくる。それは、あの川沿いの公園で、俺と航一が梨世に熱心にバスケットを教えて上達させようとしていた時のことだった。

俺は、はぁと一息ため息をついて口角を上げる。
簡単なことだったのだ、分析とか練習メニューがどうこうよりも彼女たちをもっと上手くさせて、試合に出させてあげたい。その気持ちさえあれば、コーチなんて簡単にできてしまうのだ。

「なんだよ、もうコーチとしての気持ちは元々心の中に持ってたんじゃねーか」

そんなことを独り言でつぶやき。お俺は体が勝手に動き、車いすを押しながら梨世達の元へと向かっていた。

「練習がぬるい!!」

そして、気が付いた時には強い口調でそう言い放っていた。3人はこちらを振り向き驚いた表情を見せた。

「大樹…」
「来てくれたんだね!」

俺は車いすを漕ぎながらコートの中に入り3人の前で止まる。

「練習がぬるい。それで試合する気あるのか!」
「試合って…私たち3人しかいないのよ」

倉田が呆れたような口調で言ってきた。

「だから、それをいい訳にするなって言ってるんだ!試合に出れないのと練習がぬるいのは関係ない!」

なおも強い口調で言い放ち、俺はコートのフリースローラインあたりに車いすを漕いで行く。

「梨世。ボール貸せ」
「え、あ、うん。」

梨世はボールを俺に手渡した。女子用のボールなので少し小さいが、俺はボール感触を一度確認し足元に置いた、そしてすっと車いすから体を立ち上がらせようとする。

「ちょっと大丈夫!?」

梨世が慌てて駆け寄ってくる。

「心配すんな」

俺は梨世に吐き捨てるように言葉を放ち。立ち上がる。
俺は右足に重心を置きながら立ち上がると足元に置いたボールをもう一度拾い上げた。

「心配するな、俺のこともお前たちのことも…」

そういって俺はすうーっと息をはいてリングを見つめる。問題ない感覚は狂っていない、いける。
俺は右足だけで立つ状態になり右足の膝を曲げてボールを構え。スッっとフリースローラインからシュートを放つ。きれいな放物線を描いたそのシュートは一直線にリングへ向かい、きれいに突き刺さった。

ダムダムとゴールに吸い込まれたボールがバウンドしながら手元へ戻ってくる。それを再び足元で拾い上げると俺は3人のほうへ振り返り、自信満々な表情で言った。

「お前たちは、何も心配する必要なない。俺が必ずお前たちを公式戦の舞台に立たせてやる。だから、お前たちはそれを目指して安心して懸命に日頃の練習をやれ。男子バスケ部のおこぼれ部員ではなく。女子バスケットボール部員として誇りを持ってプレーしろ、それだけでいい。そのための環境は全部俺がなんとかする!」

俺が決意表明をすると梨世は目をパチクリさせながら確認する。

「それって…私たちのコーチになってくれるってこと?」
「あぁ、そういうことだ、だからあんなぬるい練習はもうするな、俺がみっちりお前たちを強くしてやる!」

梨世たちは驚きの表情をしていたが次第に笑顔を見せて各々が言葉をかけてきた。

「大樹くん…」
「そう…」
「大樹…」

一人だけ目をウルわせながらこちらに飛びついてきた

「大樹!!!!」
「うわっちょ、梨世!!!」

俺は抱き付かれた衝動で片足立ちしていた体のバランスを崩し、梨世と共にコートへ倒れた。

「ありがとう、大樹!!」

倒れながらも梨世は涙を流し喜びながら感謝の意を込めている。

「わかった、わかったから、離れろ!」

汗ばんだ梨世の匂いと梨世の甘い柑橘系の香りが両方俺の頭の中を巡っており、男子高校生に取ってはいろいろと刺激が強い。ってかなんで女の子の汗ってこんなにいい匂いするのと思いつつ。はっ!っと我に返った梨世が顔を赤らめて。

「うわぁ、ごめん大樹!私何も考えずに・・・」
「本当だよ…」

梨世は小声で訪ねてくる

「私…汗臭くなかった…」
「いや、そんなことねぇけど…」

ごめんなさい嘘つきました、めっちゃいい香りを堪能してました、はい。

「あのーお二人さーん」

はっと我に帰り残りの二人の存在がいることを思い出す。

「ホントあなたたちは…」

倉田さん睨まないで怖いよ。
若干あきれ返った表情で俺と梨世を睨み続けている倉田と苦笑している渡辺であった。
俺は梨世に支えられながら再び片足で立ちあがり。二人のほうへ体を向けた。

「まあ、そのなんだ…改めてコーチとしてよろしくな」
「うん、よろしくね!」
「こちらそこ」

二人とも、先ほどとは違う明るい表情で答えてくれた。

「よーし、じゃあ円陣組もう!」

梨世が意味不明なことを言い始めた。

「はぁ、なんでだよ?」
「え?だって、大樹コーチ就任の記念と川見高校女子バスケットボール部、活動正式始動の意味を込めてっていう感じ??」
「お、いいねぇ、やろうやろう」

渡辺が梨世の提案に乗ってくる。

「いいのかそれ?」
「ま、悪くないんじゃない?」

珍しく倉田までもが梨世の意見に賛同した。
俺は小さくため息をつき。仕方ねぇなという表情をしながら

「じゃあ、やるか」

と賛成した。

「よーし、じゃあみんなこっち来て!」

渡辺と倉田が俺の元へ近づいてきて四人で円陣を組む。俺は男子と円陣を組んだことがあるが女子三人と男子一人の円陣は初めての経験なので少し緊張する。あと、女の子のいい匂いが・・・とどうでもいいことを思っているうちに梨世が掛け声をかけるのであった。

「では、瀬戸コーチ就任と川見高校女子バスケットボール部本格始動を記念して~」
「川見~!!」
「ファイ・オー!!」

こうして川見高校女子バスケットボール部コーチとして就任した瀬戸大樹は、新たなバスケットボール人生の第一歩を踏み出すのであった。

          

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