合同籠球マネージャー

さばりん

第6話 戦友の一声

木曜日の放課後、夕日が差し込みオレンジ色に染まる教室で、再試験を明後日の土曜日に控えている俺と梨世は、最後の追い込みにはいっていた。さすがに試験二日前ということもあり、梨世も珍しく学校でテスト勉強に励んでいた。渡辺と倉田は練習前に買い物をしたいとのことで教室にはおらず、残っているのは俺と梨世の2人だけだ。俺は日ごろの行いもあり、再試験は問題なさそうだが、梨世のほうは学年最下位レベルの成績なので正直危うい。再試験で各科目40点以上の点数が取れないと、夏休み中に特別補習が待っている。それだけは梨世もなんとか回避したいと思っているらしく、他の人には目もくれず集中して試験範囲の練習問題を必死に解いていた。

俺が一息ついている時に考えていたのは、もちろんこないだのコーチ依頼の件だった。梨世からの提案は女子バスケットボール部のコーチになってほしいということであった。しかし、俺は一つに落ちない点があった。

『公式戦に出られないバスケットチームのコーチをしたところで何が出来るのか』

もちろん今の3人を、一選手として基礎技術向上という面ではコーチがいたほうが上達するだろう。だか、所詮はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
部員が3人だけでは、そもそも試合にも出れる状況でもないのだ。そんなチームとしても成り立っていない部のコーチをして何になるのかと。

俺がそんなことを考えているうちに梨世が区切りのいいところまで一段落したようで、『んー』と言いながら大きく両手を上に挙げて反るように伸びをしている。
こいつ意外と胸あるんだな…と、どうでもいいことを見ていると梨世が声をかけてきた。

「今日はこの辺までにしておこう!この後練習もあるしね。」
「おう、そうか。」
「えへへ」

ニコニコと満面の笑みを浮かべている。勉強が一段落したという達成感とこのあとの練習の楽しみからかとても嬉しそうである。
お互いに帰り支度を始める。梨世はいつものスクールバックの他にもう一つ手提げ袋を持って来ていた。どうやら今日の練習で使う練習着などが入っているらしい。眺めていると梨世が帰り支度を終えたところであった。

「今日はこのまま私練習いくんだけど…大樹はどうする??」

梨世が少し緊張した表情で問いかけてくる。

「俺は…今日は帰るわ。」
「そっか…一人で帰れる?」
「平気だ、心配すんな」

梨世は一瞬残念そうな表情をしたもののすぐに笑顔で俺に言った。

「それじゃ、また明日!」

梨世は教室を出て昇降口へと向かっていった。

「さてと、俺も帰るか」

俺も机に散らばっていた勉強道具を鞄にしまい。教室をあとにした。





昇降口へ向かう途中、体育館へ続く連絡通路の近くを移動していると、体育館のほうからボールの音や大きな声が聞こえてきた。どうやらバスケ部が練習をしているらしい、俺は音がする方向を少し眺めつつ、再び車いすを漕ぎ出す。

すると反対側から向かってくる二人の男の姿があった。俺はその二人の姿を確認すると毎日のように見ていた光景がそこにはあった。

コーチの相沢さんと航一が話しながらこちらへ向かって来ていた。どうやら体育館へ向かう途中らしい。

俺はバレないように下を向きながら二人と気付かれないように出来るだけ端のほうに寄り車いすを進めた。しかし、車いすで学校に登校している生徒など自分以外にいるはずもなく、目立ちやすいため、向かってくる二人はすぐにこちらの存在に気付いた。そして、相沢さんが驚いたような表情を浮かべこちらへ駆け寄ってくる。

「大樹じゃないか…よかった、学校にはもう復帰したんだね」
「相沢さん…まあ、はい」

俺はあまり乗り気でないような口調で受け答えをした。

相沢さんはバスケットボール部のコーチであるが、うちの高校の教員ではない。そのため、生徒の情報などは中々伝わらないのが現状なのだ。

「膝の状態はどうだ?」
「はい、何もしていなければ痛みはもうありませんが、踏み込むとまだ厳しいですね、片足で立つのがやっとって感じですかね。」

俺は相沢さんにけがの状況と現状を話した。そうかそうかと感心している様子の相沢さんを尻目に後ろのほうの航一を見る。
航一は俺と目があうと、少し驚いた表情をしてふいっと顔を逸らす。
あの日以降俺、と航一はこんな感じでぎくしゃくした日々が続いている。誰のせいでもないのだが、やはりお互いに思うところがあり、教室の廊下で会ったとしても「よう」と挨拶程度しか交わさなくなっていた。

「また、なにかあったら練習を見に来なさい。僕はいつでも君を待っているから。」

相沢さんが優しい笑みで俺を見つめてくれている。
あぁ、この人は本当に優しい人だなと実感する。俺が退部届を提出したとき、相沢さんは俺の退部届を承諾しなかった。

「君は今気持ちの整理がまだついていない状態だ、これを受け取るのは今の僕にはできない」

そういわれ、退部届を返されたが、俺はそれを強引に突き出して断固として拒否したのだ。なので、今は退部に関しては保留という形となっており退部届は相沢さんが預かっている。

しかし、俺が退部届を提出したということはバスケ部員にすぐに広がり、大樹はバスケ部を退部したということで部内では結論付けられているらしい。だから、俺は辞めたことになっている・・・という扱いなのだ。

「そろそろ、練習に向かおうか航一くん」
「あ、はい」

航一が生返事を返す。軽い会釈をして相沢さんは体育館のほうへ向かっていった。それを追うように航一が俺の方を見つつ後を追う。航一とすれ違い、俺も昇降口へ向かうために車いすを動かすと同時に声をかけられた。

「なんで、俺や梨世に相談の一つもしないでてバスケ部辞めるなんて決めちまったんだよ…」
「…」

俺は言葉を発することが出来なかった。いや、むしろ返事をしたくなかったのかもしれない。俺は航一にも梨世にも一切相談せずに退部届を自分の意思で提出した。いや、あの時は自分の意思であったのかも当時を思い出してもわからない。そんな俺を気にもせず航一は言葉を続ける。

「俺は悔しかったよ、ずっと一緒続けてきた仲間が何も言わずにいなくなっちまうのは」

航一の声が少し震えている。

「だけど…俺はお前が・・・大樹がバスケが好きだってこと一番理解してるつもりだ。だから…」

航一のほうを振り返ると航一は震えながら黒のヘアバンドをした黒い髪の頭を掻きながら言い切る。

「だから…絶対バスケ部にお前を連れ戻す。それが俺の使命だから。たとえ・・・どんな形であれ」

俺は黒い髪の毛をくちゃくちゃと掻きたてて、ため息をついた。

「相変わらず、あきらめが悪い野郎だ」
「それが、俺の取り柄だからな」

自信満々に笑みを浮かべて俺の方に向けるまなざしはあの時と変わらない。真っ直ぐな瞳を向けた航一の姿であった。

それを見た俺はなぜかふっと笑いがこみあげてきた。そして、二人とも声を出した笑いあった。どうやらいつもの二人に戻れたみたいだ、この笑いはそんな安堵というか仲直りのような証の笑いだったのかもしれない。

航一は笑い終えると再び俺に向かって話し出す。

「今日の梨世たちの練習見に行かなくていいのか?」
「梨世から聞いたのか??」
「あぁ、コーチになってくれって頼まれてるんだろ?」
「まあな、でもやっぱりなんか気が乗らなくてな…」

明確な理由を説明せず曖昧にに俺は受け答えをする。しかし、航一は俺を後押しするように言葉を紡ぐ。

「ま、確かに気が乗らないのはわからなくもないが、あいつらのバスケットに対する姿勢。一度でもいいから客観的に見てみてやったほうがいいんじゃないか?」

確かに、俺は女子バスケ部が練習している姿をちゃんとは見たことがない。合同で練習することもあったが、その時は自分もプレーしたのでしっかりと練習を見ている余裕などはなかったからだ。

「それに、梨世もお前が見に来てくれたら喜んでくれると思うしな」
「余計なお世話だ」
「はは、そうかもな。まあでも、新たな発見があるかも知んねーし。少しでもいいから覗きに行ってあげな」

航一は俺を後押しするかのように梨世達の練習を見に行くことを進めてきた。

「おっと、いけね。こんな時間だ。じゃ、俺は練習いくからあとは梨世たちのこと、頼んだぞ!じゃあな」

そう言い残し航一は男子にしては少し長い黒髪を揺らしながら体育館のほうへと走っていった。

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