ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア1241~1265

(1241)
 GPTLを見て意識を失ったノルコは、その後すぐ保健室に運ばれた。保険医のジェネ先生が、ノルコの生体データを調べている間、ヨコはツイッター協会のチカコにGPTLのことを問い合わせていた。チカコ「昨日までホウの部屋にあったのに……電池も抜いておいたんですよ? どうして……」


(1242)
 いままでホウがGPTLのせいで深刻な状態に陥ったことはない、というチカコの言葉だけがヨコにとっての救いだった。ヨコ「ひとまずGPTLは厳重に保管してあるので……これからは危険物として扱った方がいいかもしれませんね……」 チカコ「本当に申し訳ありません!」 ヨコ「いえ、チカコさんは悪くないわ」


(1243)
 ジェネ「終わりました。ノルコちゃんは大丈夫です」 その場に居たヨコと校長先生、そして連絡を受けていたチカコとアフレルも、ホッと胸をなでおろした。ジェネ「でも一体何を見たんでしょう……」 といってGPTLを格納してあるジェラルミンケースをチラリと見る。ヨコ「だめですよ! 危険ですから!」


(1244)
 アフレル「とにかく、無事でよかった。でも国会はもう」 ヨコ「ええ、棄権票ってことになるでしょうね……」 コウチョウ「なんということだ!」 トイレ法は全ての審議日程を終え、議決投票前の休憩時間に入っていた。水面下では、決議に向けた最終調整が進んでいた。


(1245)
 トイレを監視している人のことを、トイレの中から見ることが出来る。この『中から外が見えるトイレ』という概念がもたらされたことで、議会では慎重派が密かに増えていた。もしここで、ツルの一声があれば……もしかすると結果がひっくり返るかもしれない状況だった。ノルコ(……うーん) しかし少女は眠り続けていた。


(1246)
 ノルコ(……う、うー……まぶしい……うごけない……ここ、どこ……?) 少女はいま、真っ白な空間に漂っていた。なにも見えない、なにも聞こえない。どこまでも続く、まっさらな空間。ノルコ(……わたしどうなっちゃうの?) ノルコが不安を感じ始めたその時――チュンチュン――どこからともなく、鳥の声が――。


(1247)
 チュンチュン、チュンチュン……ピィピィ、コココ、コケー! カァカァカァ、カー、チュンチュン、ピ、ピー! ピーヒョロロー、コケッコケー! ビービーギャーギャー、ギャーッコギャーコ、カッコウ、カッコウ、ホーホーホーホー、ホー、ホケキョ! チュンチュン、ジイジイ、グワッグワッ、クエー!


(1248)
 バサバサバサバサ――。世界中の鳥達がいっせいに羽ばたき、彼方へと飛んでいった。気づけばノルコは緑あふれる丘の上に寝そべっていた。頭の下に柔らかいものがある。誰かに膝枕されているような感覚だ。そのまま見上げた先に、色濃く葉を茂らせた緑樹があり、そこから無数の木漏れ日が振り注いでいた。


(1249)
 風が吹き、花びらが舞った。麦わら帽子が飛んでいった。それを見て、ノルコは大きく瞳をひらく。長く豊かな黒髪が、ふわりと風に踊っているのだ。「ああ、飛んで行っちゃった、やだなあもう」 ノルコ(……だれ?) 「お、目が覚めたか?」 ノルコに膝枕をしてくれている女の人……それは。


(1250)
 ノルコ「お、おばあちゃん!?」 と口にして、それが不適切だとすぐさま思う。ノルコ「あっ、でも!」 「あはは。おばあちゃん、って呼んでもらえる前に、私死んじゃったからね」 そこにいたのは他ならぬその人、ノルコの曾祖母、イズミ・ミチコだった。ノルコ「え、ええ! えええー!?」


(1251)
 ノルコ「ここ、どこ?! ノルコ死んじゃったの?!」 それを聞いてミチコは「にいー」と笑った。ミチコ「ううん、迷い込んだだけだよ? キミはあそこから落っこちてきたんだ」 そういって指差した先には、なにやらモヤモヤとした渦巻空間があった。ミチコ「誰が扉をあけたのかな?」


(1252)
 ノルコ「み、ミチコおば……お姉さん!」 ミチコ「おばあちゃんでもいいんだよ?」 ノルコ「お姉さん! お姉さん! お姉さん!」 ミチコ「うふふ、ありがとっ」 ノルコ「ずっと会いたかったの! ミチコお姉さんに!」 ミチコ「うんっ、私も会いたかったよ。ノルコ」


(1253)
 ノルコはガバッと起き上がり、ミチコの胸に飛び込んだ。真っ白なワンピース。暖かい感触。夢じゃないみたいだけど、夢みたいだった。ノルコ「元気だった? 困ったこととかなかった?」 ミチコ「うん、全然元気だったよ」 ノルコ「ちゃんと美味しいもの食べてる? グッスリ眠れてる?」


(1254)
 ミチコ「キミは心配性だな。ちゃんと食べてるし、眠ってるよ。そうそう、この間ノルコが作ってくれたカボチャ団子も食べたんだ。とても美味しかったよ」 ノルコ「食べてくれたの!?」 ミチコ「もちろん、ゲン君もとても良く出来てるって、パクパク食べてたし」 ノルコ「え? どこにいるの!?」


(1255)
 ミチコは丘のふもとを指差した。ミチコ「ゲン君なら、あそこで畑を耕してる」 ゲンはふもとの畑で耕運機を押していた。エンジンの音がドドドドドと響いてくる。ミチコ「ゲン君、こっちに来るなり『畑はどこだ』って言ったのよ? 信じられる? わたし庭を作って、家をきれいにして、何十年も待ってたのに」


(1256)
 ゲンは亡くなった時より若くなっているように見えた。腰が伸びていて、青い作業服を着ていて、力強く耕運機を押していた。ゲンはノルコに気づくと、帽子を脱いでヒラヒラと振ってきた。ミチコ「ゲン君もこっち来なよー。ひ孫が遊びにきたんだよー?」 ゲンは表情を変えずエンジンを切ると、ゆっくりこちらへ向かってきた。


(1257)
 ノルコは辺りを見渡した。丘の上に大きな木が立っていて、すぐそばに可愛らしいログハウスが建っている。丘の上いっぱいに、色とりどりの花が咲き乱れていて、木のこずえで鳥達が絶え間なくさえずっている。そこはまさに夢のような場所だった。ノルコ「まるでユートピアだ……」


(1258)
 ゲン「いかんぞノルコ」 ゲンがすぐそばまで来ていた。それはノルコにとって、とても懐かしい声だった。ゲン「いつまでもここにいては」 ミチコ「もう、ゲン君ったら。もう少し優しいことを言ってあげられないの?」 そういってミチコはぷくり。でもノルコには、その厳しさすら懐かしかった。


(1259)
 ノルコは走っていて、ゲンの足元に抱きついた。お爺さんのシワシワの手がノルコの頭にのせられた。言葉の厳しさとは裏腹に、その手はとても優しかった。ノルコ「ごめんなさいお爺ちゃん。間違って来ちゃったの」 ゲン「困った子だ」 ノルコ「元気だった?」 ゲン「……もう死んどるよ」


(1260)
 ミチコ「ゲン君そんな……」 ゲン「だが事実だ、早くかえれノルコ、お前はまだ生きている」 厳しく突き放されたノルコは、肩を落としてゲンから離れた。ゲン「行って成すべき事を成せ」 そう言われて、何故だか涙がこみ上げてきた。絶対に甘やかしてはくれない、ゲンお爺さんは、やっぱりゲンお爺さんだった。


(1261)
 ミチコ「あいかわらず厳しいね。でも確かに……あまり長くはいちゃいけない」 ノルコ「うん、わかってる、わかってるよ……グスン」 ゲン「答えはみんな、お前のなかにあるぞノルコ。自分を信じて進めばよい。お前にはもうそれが出来るのだから」 そしてゲンは微かに笑顔をみせた。ゲン「大きくなったな、ノルコ」


(1262)
 その時、ノルコの体がフワリと浮き上がった。ノルコ「え……え? もう終わりなの!?」 ミチコ「うん、早く行かないと、大変なことになるよ」 ゲン「間に合わなくなる」 ノルコ「そんな……」 ノルコの体はどんどん浮き上がっていって、やがて上空にある渦巻の近くまで上昇した。


(1263)
 ミチコ「がんばるんだよ! 応援してるからね!」 ノルコは必死に手を伸ばすも、二人の姿はもう遥か遠くだった。ノルコ「お爺ちゃん! お婆ちゃん! 会えて嬉しかったよ! またいつか会おうね!」 ミチコ「うん、またいつかね!」 ノルコ「きっとね!」 そしてノルコは渦に飲まれていく……。


(1264) 
 ノルコ「あ! まって! 一つ聞きたいことがあったの! ねえ! そっちの世界には……トイレってあるのー!!?」 しかしその叫びは、時空の狭間に吸い込まれてしまって届かなかった。最後にノルコは、ゲンとミチコが笑顔で手を振っている姿を見た。二人はパクパクと口をうごかして、ノルコに何かを伝えているかのようだった……。


(1265)
 ノルコはパチリと瞳を開いた。まっさらな光に続いて、ヨコとジェネ先生の顔が飛び込んできた。ノルコ「うわあああーー!」 すかさず飛び起きて、時計で時刻を確認する。議決投票まであと5分……間に合った! ノルコは渾身の力でツイートを放った。ノルコ「トイレ法は、ダメええええええええええーーー!!!」





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