ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア1079~1098

(1079)
 ミギノウエはベーグルを袋から取り出すと、自分では食べずに、ベンチの下に置いた。どこからともなくニャーニャーと猫が集まってきて、パクパクとベーグルを食べ始めた。アフレル「シュールだ……」 ミギノウエ「この子達は我々の忠実なサーヴァントです」 アフレルは気が遠くなってきた。


(1080)
 アフレル「宇宙人は食事をとらないの?」 ミギノウエ「いえ、とろうと思えばとれます。この体は人間とまったく同じように機能させることができる。しかし我々は本来、この星にいてはならない者。エントロピーへの影響を可能な限り少なくするため、食事はとるふりだけしています。排泄もしません」


(1081)
 アフレル「でも、僕の子供達にはちょっかいを出している。ゲンお爺さんにだって」 ミギノウエ「人類を滅ぼすわけにはいきませんからね」 アフレル「いまなんて?」 アフレルは耳を疑った。アフレル「人類が滅ぶ?」 ミギノウエ「はい。トイレ法が可決されれば人類は滅亡します」 そんなバカな。


(1082)
 ミギノウエの言うことはまったくもって不可解だったが、アフレルが我慢してその言葉を飲み込み、さらに質問を返した。アフレル「じゃ、じゃあ、法律を作ろうとしている人を何とかすれば良いんじゃないの?」 ミギノウエ「いいえ、一度法案を提起させた上で否決する必要があるのです」 なぜに?


(1083)
 ミギノウエ「今、ミタ・セイ氏の活動を制限することは可能です。しかしそれではいずれ、トイレ法を考え付き、実行しようとする者が現れる。トイレ法という概念そのものが否定されないかぎりはね」 アフレル「うむむ、でも仮にノルコが反対したとしても、否決される保障は……」 ミギノウエ「明日になればわかりますよ」


(1084)  
 ミギノウエ「ここから先は独り言になります。聞きたければ聞いてください」 そう前置きして、ミギノウエは語り始めた。ミギノウエ「この宇宙の彼方に、地球と良く似た青い星があったんです。そこでは生命が繁栄し、やがて発達した中枢神経を持つ8本足の生物が、その星を支配するようになりました」


(1085)
 ミギノウエ「8本足の生物達は宇宙の物理法則を学び、高度な通信手段を発明しました。それはちょうど、この星のバイオツイッターと良く似たものだったんです。8本足の生物は、やがて全ての情報を共有しあうまでになりました。それこそ、誰がいつどれだけ排泄行為をしたか、ということまでも」


(1086)
 ミギノウエ「さら8本足の生物は、自分達の肉体の限界さえ乗り越えようとしました。彼らはさらに宇宙の物理法則を学び、ついに自らの精神を『光そのも』に変えることに成功しました。そして彼らは光の波となって、大宇宙に飛び出したのです。長い、長い旅がはじまりました」


(1087)
 ミギノウエ「数億年の時が流れました。しかしある日のこと、8本足の生物だった者達は重大な事実に気づいたのです。彼らはあまりに情報を共有しすぎたために、誰が誰なのかがわからなくなってしまっていたのです。自分と他者を区別することが出来ない状況に陥ってしまったことを知り、彼らは戦慄しました」


(1088)
 ミギノウエ「彼らは何としてでも『他者』を取り戻したいと考えました。しかし、あまりにも情報が共有化されてしまっていたので、もはや彼ら自身の力だけでは『他者』を作り出すことが出来なくなっていたのです。残る道は一つしかありませんでした。そう、自分達以外の文化的生命を発見することです」


(1089)
 ミギノウエ「さらに長い時を彷徨いつづけ、彼らはとうとう、自分達のふるさとと良く似た、生命あふれる星を発見したのです。それがここ地球でした。しかしその時はまだ、地球には知的生命と呼べるものは存在しませんでした。彼らは、この星に知的生命が育まれることを祈りつつ、その時が来るのを待ちました」


(1090)
 ミギノウエ「やがてアフリカの奥深くの森から、二足歩行をするサルの一種が旅立ちました。サル達が道具を使用し、壁画を描き、火を操るようになったその時、彼らの喜びは最高潮に達しました。そこには夢にまで見た『対話可能な他者』がいたのですから。しかしまだ、一方的に監視するだけの状態でしたが」


(1091)
 ミギノウエ「もと8本足の生物達、彼らが最も恐れたこと、そして今も恐れ続けていることがあります。それは、人類が自分達と同じ過ちを犯し、『他者』を失ってしまうのではないかということです。それは文化的生命としての『滅亡』と同義であることを、彼らは身を持って知っているのです」


(1092)
 ミギノウエ「ゆえに、今は光と化した8本足の生物達は、人類が自分達のようにならないよう、最低限の干渉をおこないながら、人類が自分達と対等に向き合えるようになるまで見守ろうと、決心したのです。本来ならばその時が来るのは、もっとずっと先のことになるはずでした」


(1093)
 ミギノウエ「しかし、彼らは少しお節介が過ぎたようです。しかも彼らと人類の間に、子供まで出来てしまいました。その子を通して少しずつ彼らの存在感が漏れ出してゆき、そして先日、一人の少女の部屋TLが壊れていたことがきっかけで、とうとう自分達の正体を隠し通すことが出来なくなってしまったのです」


(1094)
 ミギノウエ「その時点で、僕たちは詰んだのです」 アフレル「…………」


(1095)
 ずっと三人称複数で語っていたミギノウエは、最後に一人称複数で物語を結んだ。アフレル「その……少女の部屋TLというは、ノルコの部屋のTLのことなんですね」 ミギノウエはただ黙ってうなずいた。ミギノウエ「我々も、量子の世界までは観測できません。まったくの不意打ちでした」


(1096)
 そのまま二人は、しばし公園の真ん中で佇んでいた。お互い何を口に出していいかもわからなかった。これから何がどうなるかは、それこそ『神のサイコロしだい』といったところだ。アフレルの中には、ミギノウエの話を信じるという選択も、信じないという選択もなかった。


(1097)
 瞬間、アフレルの脳裏に疑問がよぎった。――なぜ、ログオフもせずにこんな話を――。だれが聞いているかわかったもんじゃないのに。本当に自分達の存在を隠す気があるのか? アフレル(そうか……) 答えははっきりしていた。彼らはもう、全てをアフレル達に委ねたのだ。数億年の旅路の果てに見つけた、人類という名の『他者』に。


(1098)
 アフレル「いまはまだ、何もいえません……」 アフレルはミギノウエの目を見て言った。アフレル「あなたの話が、とても興味深いものだったという以外には」 アフレルがそう言うと、ミギノウエは微かに笑った。ミギノウエ「明日になれば」 アフレル「ええ、明日になれば」 二人はそう確認し合った。





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