ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア879~903

(879)
 ノルコは白目をむいてしまったが、ヤマオは気にせず語り始めた。ヤマオ「あまり時間もないから手短にね。まずはノルコちゃん」 そう言ってヤマオはノルコの方に向き直った。ノルコは何とか白目むき出し状態から回復する。ヤマオ「ミギノウエという人を知っているよね。実はあの人、僕の知り合いなんだ」


(880)
 ノルコ「ふ、ふぅ~ん……」 ノルコはもう大して驚かなかった。驚くという感覚がマヒしていたのだ。ノルコ「そ、それで?」 ヤマオ「それだけっ」 そっけなくそう言うと、ヤマオは今度はホウに対して向き直った。ヤマオ「次はホウさん」 ホウ「ふっ、耳の穴かっぽじってよーく聞いてさしあげようじゃないか!」


(881)
 ヤマオ「GPTLは体によくないんだよー?」 ホウ「そんなこと、言われるまでもないことさ。それで?」 ヤマオ「それだけっ」 またしてもそっけなくそう言って、ヤマオは二人から視線をはずした。ヤマオ「じゃあ、もう出よう。人がきちゃうから」 ヤマオはそれ以上何も言わず、トイレの扉を開けた。


(882)
 まぶしい光がトイレの中に差し込んできた。ヤマオはトイレから一歩踏み出すと、両耳をつまんでログインした。ノルコもそれに続いてログイン。ホウは髪をかきあげて無い耳に光を当てた。ホウ「そして君はもう呟かないんだね?」 ヤマオは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべた。


(883)
 ノルコはヤマオに聞きたい事が溢れんばかりだったが、ログインした以上は呟くことが出来ない。ただヤマオの横顔を見つめ、その表情の奥にある彼の意思に思いを馳せる他にないのだった。ヤマオはそのまましばし空を見上げていた。何かを呟こうかと迷っているように、ノルコには見えた。


(884)
 ノルコ(ヤマオ君……本当はもっとつぶやきたいのかな?) ヤマオ君の一声は、きっと私のつぶやき一万回分の重みがあるに違いないと、ノルコは思わずにはいられなかった。ヤマオ「……」 ヤマオ君がわずかに口を開いたように、ノルコには見えたのだが……。ノルコ(やっぱり気のせい?)


(885)
 ヤマオがノルコの方を向いた。その表情には、いつもと同じ微笑が浮かんでいる。そしてやはり後光がさしているようにみえる。ノルコ(……!!) その瞬間ときだった。ノルコ(……そうか、わかったよヤマオ君) ノルコの表情の変化に気づいたヤマオは、なんとも満足げな表情を浮かべ、そして何も言わずに去って行った。


(886)
 通行人1「おい、たしかこの辺だ」 通行人2「あっ、いたぞ、ヤマオ君だ!」 彼らはヤマオが公園の中で突然ログオフした理由を探りに来た人達だ。有名になると、ろくにログオフも出来ない。ヤマオはその人達の前を、軽く会釈をしてから通り過ぎた。二人の男は、ただ呆然とヤマオを見送った。


(887)
 ノルコ(ヤマオ君はきっと、大勢の人に注目されることの意味を教えてくれたんだ) ノルコは無意識に空を見上げていた。そして思った。日本中、いや世界中から注目されるなかでつぶやくということは、もしかすると、大空に向かってつぶやくのと同じことなのかもしれない、と。


(888)
 ホウ「……やれやれ、つまりはGPTLを見るなという警告か。一体彼は何者なんだろうね?」 ヤマオが何者なのかはノルコにはわからない。もしかしたら宇宙人かもしれないし、弥勒菩薩の化身かもしれない。未来からの使者かもしれない。ただ一つ間違いなく言えることは、ヤマオ君は友達だということだ。 


(889)
 ホウ「ところでノルコ君、ミギノウエというのは?」 そんなのは私の頭の中を読めばいいでしょ! とノルコは思う。ホウ「今の僕はGPTLの恩恵がまったくないんだ」 ノルコ(心を読めないってこと?) ホウ「そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」 ノルコ(どっちなの!?)


(890)
 ホウ「ああ……どうしよう。GPTLの使えない僕なんてただの変質者じゃないか」 ノルコ(自覚してたんだ?!) ホウ「こんな状態じゃ誰も救えやしない。また昔の僕に逆戻りだ」 ノルコ(そんなことはないんじゃ……) ホウ「ああ困った。ずっと未来を読める前提で生きてきたから。今僕は何をしていいかわからない」


(891)
 ノルコ(とりあえず家に帰ったら?) ホウ「ああああー、今夜のおかずは何だろう! それさえもわからないなんて!」 ノルコ(ちなみに我が家はアジフライなのです) ホウ「ああああー、ムズムズする! いやクサクサか? むしろウサウサなのか?!」 ノルコ(う、ウサウサ?)


(892)
 ホウ「……ごめんよ、君に言ったってどうしょうもないね。まだツイート直らないのかい? うち来てGPTL見るかい?」 ノルコは目を閉じ耳を塞ぎ口をつぐんだ。ホウ「見ざる言わざる聞かざるかい? ふっ、まさに人が到達しえる最高の境地じゃないか。オールインワン」 ノルコ(ホールインワン?)


(893)
 ホウ「ふふふ……なんだか君を見てて元気が出てきたよ。君はつぶやきを失ったのに、そんなにも明るく今を生きているだね。僕も見習わなきゃね」 ノルコ(なんだかムズ痒いわっ) ホウ「ああ、人は未来が見えずとも、前を向いて生きていけるのだろうか……」 ホウはそのまま、力なく歩き去っていった。


(894)
 何をそんなに落ち込む必要があるんだろう? とノルコは思う。ノルコ(未来が見える方がどうかしてるの……) そして今のノルコは国会議員で、考えることが山ほどある状況だ。ノルコ(気にしていられないわ) ということで、余計なことは後回し。ノルコ(……でも、ミギノウエとヤマオ君が知り合いってどういうこと?)


(895)
 どの程度の知り合いなのだろうか? 親しいのか? ただ顔を見知っているだけなのか? また、何のためにそのことを伝えてきたのか。ノルコ(わからぬ……) でもまあ、そのうちわかるだろう。ノルコはそのくらいに考えて、それ以上深く追求することをやめた――もとい、やめることを自らの意志で選択した。


(896)
 山林の奥で発見された意識不明の人物が目を覚まし、自らカスガイ・トシオと名乗って、子と妻がいることを告白するのが、今日から一週間後のことである。しかし、それをまだノルコは知らない。知ろうと思えば知ることが出来ることだったが、ノルコは自らの意志でその可能性を放棄した。つまり、ヤマオのことを気にしなかったのである。


(897)
 カスガイ・トシオが光情報生命体であり、宇宙全天に遍在する種族『光文明』の端末素体であることを、ノルコはもう一生知ることはない。ヤマオが彼と地球人女性との間に生まれたハーフであることも、地球人に情をよせてしまったトシオを更正するために派遣されたエージェントこそがミギノウエであることも、一生知るよしはない。


(898)
 人知れず地球圏に侵入した光情報生命体、もといエイリアン。その存在に、ホウは危うく気づきかけたのだ。故に光文明は、彼の下にヤマオを派遣した。ヤマオはどういうわけか、その工程にノルコを巻き込んだ。それは光文明にとってイレギュラーな事態であり、現在その意義が全力で検証されているところだ。


(899)
 光文明の目的は人類と友達になることである。しかし彼らからすれば、人類はまだ相当に幼い。ゆえに対話が可能になるまで人類の成長を見守るというのが、彼らのポリシーだった。しかし、こともあろうか、その幼い文明の生命体に恋して、子供まで作ってしまった端末素体が発生した。これにより彼らのポリシーは大きく動揺する。


(900)
 光文明は現在、そう遠くない時期に自分達の存在が地球人に知られるだろうと予期している。そしてその事態を可能な限り先延ばししようと、持てる知能を結集させている。幸い、ホウとノルコの二名は無力化できたようだ。しかしいずれその時は来るだろう。彼らの存在は、ヤマオという名のかすがいを通して、にじみ出てしまうのだから。


(901)
 たとえヤマオが宇宙人だったとしても、友達であることには変わりない。ノルコが心の中でそう宣言してくれたことは、光文明にとってこの上ない喜びとなった。おそらく、ここ数億年の間で一番の喜びであったろう。彼らは最大限の自制を保ちつつも、やはりどこかで浮き足立ってしまった。地上の光に、揺らぎが生じるほどには。


(902)
 ノルコ(……ん?) なにか光ったような気がした。よく見れば、体の周りにキラキラと、光の粒子が踊っているようだった。ノルコ(あれあれれ?) 目をゴシゴシこする。やっぱりキラキラしたものがまとわりついている。ノルコ(なんだろう、なんか不思議だな……) キラキラはまもなく消えてなくなった。


(903)
 ノルコは再び歩き出した。ポカポカといい天気で、自然とアクビが出てしまった。ノルコ(はしたないふわぁぁ~) 帰ったらちょっとお昼寝して、それからまた皆のご意見ツイートを読もう。そんな他愛も無いことを考えつつ、ノルコは歩く。彼女が今まさに世界の中心にいるということは、知る由もないことだし、知る必要もないことだった。





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