ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア904~934

(904)
 時計の針が15時を回ったその時、突然アフレルはクサヨシに肩を叩かれた。どうやらツイッターを使わないで話がしたいようだった。その時クサヨシは、とても切羽詰った表情をしていたのだ。アフレル(な、なにごとだろう……) クサヨシは何も言わず、ただ自室に向かって歩みを進めた。


(905)
 アフレルはクサヨシの自室に招き入れられた。クサヨシの部屋は和風な趣で、戦国時代の茶室を思わせるような作りになっていた。掛け軸には【人は人なり】と、なかなかの達筆で描かれていた。アフレル(ど、どうするんだろう……ドキドキ) クサヨシはアフレルに座布団をすすめ、自らも座した。


(906)
 アフレル(……え、ええっー!) クサヨシは何も言わずにログオフした。クサヨシ「君もログオフしてくれないか、大事な話がある」 アフレル(え、えええ! じ、自室で二人っきりでログオフって、そ、それは!) 男同士であっても、そういうことをする際はログオフするものだが……。クサヨシ「……何か勘違いしてないか?」


(907)
 アフレルはあわててログオフした。そして、アフレル「か、勘違い? 何のことですか?」 と、とぼけた。クサヨシ「ふむ、ならば良い。実はとてもとても大変なことになったんだよ、アフレル君」 アフレル「な、なんです? まさか宇宙人が見つかったとか言わないですよね?」 クサヨシは口元にニヤリとした笑みを浮かべた。


(908)
 アフレルの頬に冷や汗がつたった。アフレル「……ま、まさか本当に」 クサヨシ「そうだ。本当に見つかったのだ。しかも大変なことに……」 アフレル「……なんです?」 クサヨシ「アフレル君。宇宙人の反応はね……君の娘さんの、すぐ近くでおきたんだ」 アフレルの表情が一瞬にして凍りついた。


(909)
 アフレル「ここの人たちが悪戯好きなのは良く知ってますけど、さすがにその冗談は無いですよ?」 アフレルは目がマジになっていた。その眼光の険しさは、クサヨシでさえ息を詰まらせるレベルだった。 アフレル「なんでわざわざノルコのそばに現れなきゃいけないんです?」 父は怒っていた。


(910)
 クサヨシ「それはわからない……、ただこの白衣に誓って言わせてもらおう。こんな笑えない冗談を私は言わない。反応が出たのは事実だ」 アフレル「……すみません」 クサヨシ「いいんだ。私だってまだ半信半疑なのだから」 クサヨシは開発用の情報端末を取り出した。クサヨシ「この端末は、私のPTLだけに繋がっている」


(911)
 アフレル「PTL?」 聞きなれない単語だったが、それはホウがパーソナルタイムラインと呼ぶもののことだった。クサヨシ「バイオツイッターを駆動させているソースコードのようなものだ。暗号化された個人の思考情報と言い換えても良い。バイオツイッターの中核をなすものの一つだ」


(912)
 クサヨシ「PTLは個人の無意識のコードであると同時に、全人類の集合的意識に対する《影》でもある。私自身のPTLを利用することで、全人類の無意識的感覚を利用できるのでないかと私は考えた」 アフレル「そんなプログラムを作っていたんですか? たった2時間たらずで」 クサヨシ「うむ」


(913)
 アフレル「その端末を見せてもらっていいですか?」 クサヨシ「もちろん」 アフレルは端末を受け取る。画面には宇宙人との接触が疑われる人物がリストされており、その最上位にノルコの名前があった。アフレル「ほんとだ……」 クサヨシ「私も驚いたよ、こんな結果がでるとは」


(914)
 アフレル「なんだかよくわかりません……どういう基準なんです?」 クサヨシ「人間が地球上で生きていて、おおよそ経験するはずもない経験をした者を抽出している」 アフレル「その経験って具体的にはどんな経験なんですか?」 クサヨシ「その選定に私自身のPTL情報を利用しているのだ」 


(915)
 アフレル「そのPTLというのは、本人にもわからないように暗号化されているから……」 クサヨシ「そうだ。私にもなんだか良くわからない」 アフレル「うーん……」 クサヨシ「ともかく君の娘さんが、通常では経験しえない体験をしたらしい。そのことは間違いないのだ。心当たりはないかね?」


(916)
 心当たりもなにも、アフレルはもうずいぶんノルコと会話をしていなかった。アフレル(娘の今の状況も把握していないなんて……僕は父親失格だ) クサヨシ「君の娘さんは最近、国会議員に選ばれたようだが、それについては何か話していないのかい?」 アフレル「……え?」


(917)
 アフレルの頭の中に、クサヨシの言葉が幾度も反響した。国会議員に選ばれた? ノルコが? 国会議員に選ばれた? ノルコが? え? クサヨシ「……まさかとは思うが、知らなかったのかい?」 アフレルは頭の中が真っ白になった。ヨコの浮気現場(勘違い)を目撃した時から、色々なものが吹っ飛んでしまっているのだ。


(918)
 アフレル「少し、時間をください……。家族とちょっと話してみます……」 クサヨシ「うむ、それがいいだろうな。心ゆくまで団欒すると良い。なんなら休みを取ったらどうだ?」 アフレル「いえ、それには及びません……では、失礼します」 クサヨシ「ああ」 アフレルはクサヨシの部屋を後にした。


(919)
 アフレルは近くのムーブウォークに乗ると、すぐさまTLを開いて家族のTLに目を通した。そしてトイレ法のことを知り、ヨコがノルコに日本の政治システムの説明をしたことを知り、ワクがガンバールフェスタで好成績を収めたことを知った。無我夢中で目を通していたので、アフレルはうっかり基地の端っこまで来てしまった。


(920)
 アフレル「げげっ、ここどこ!?」 そこは人気のまったく無い、廃倉庫のような場所だった。アフレル「はあ~……」 アフレルは頭を抱えた。どうして僕はこんなに間抜けなんだ。自分自身に呆れて言葉もでなかった。アフレル(こんなんだから、奥さんを知らない男に取られちゃうんだ……)


(921)
 引き返す気にもならず、アフレルはしばしそこに佇んだ。彼はけして間抜けというわけではない。ただ並外れて集中力が高いため、それ以外のことが目に入らなくなってしまう傾向があるだけだ。ひとまず気分を落ち着けて、状況をしっかりと把握できれば、大抵のミスは取り戻せる。


(922)
 アフレル(……ここは試作品の投棄場なのか) よく見ると、暗がりの中にガンバールのパーツが見え隠れしている。長さ15mの巨大なバールまで横たわっていた。アフレル(もったいないな) そこはとても静かな場所だった。ここなら案外、落ち着いて家族と話せるのではないかとアフレルは考えた。


(923)
 アフレル「ヨコ、今なにしてる?」 ヨコ「あらあなた。今ね、チカコさんとお茶しているのよ?」 アフレル「チカコさん?」 チカコ「あら、ヨコさんの旦那さん? 始めましてー」 ヨコ「チカコさんはお菓子作りの達人なのよ?」 アフレル「そ、そうなんだ。いいなあ、僕もなんだかお腹すいてきちゃったよ」


(924)
 ヨコ「あなた今、休憩中なの?」 アフレル「うん、そうなんだ。ちょっとみんなの様子が気になってね」 ヨコ「そう……。ところでノルコがね」 アフレル「うん知ってる。国会議員に選ばれたんだよね。僕も今、法案を読み込んでいるところなんだ。ノルコは今なにしてる?」 ヨコ「お昼寝してるみたい。疲れてるのよ」


(925)
 アフレル「そうか……。頑張って勉強してるみたいだしね、政治のこと」 ヨコ「あなた、あんまり驚かないのね。私なんか驚いてしばらくなにも言えなくなっちゃったけど」 アフレル「ん? そうかな。これでも結構驚いたんだけどな」 ヨコ「ふぅーん」 嘘ではないが、つい先ほどのことだ。アフレル「うんうん」


(926)
 ヨコとアフレルのリプライを聞いていたチカコが、微妙な二入の間の空気を察して話しにわりこんできた。チカコ「ご主人は単身赴任なんですってね。家族と離れて寂しくありませんこと?」 アフレル「ええ? そりゃあ寂しいですよ」


(927)
 ヨコ「えー? ホントに? 仕事に我を忘れてたりしない?」 アフレル「そ、そんなことないよっ」 そんなことありありだった。チカコ「うふふ。家庭のことを忘れるくらい楽しい仕事なんだったら、それは良いことじゃないですか」 ヨコ「まったくだわ。私にも半分分けて欲しいくらいね!」 アフレル「ううっ」


(928)
 アフレルは流石にいじけてしまった。アフレル(……人の気も知らないで) しかし、すぐに気を取り直す。今のアフレルは、超重要な懸案事項を抱えているのだ。アフレル「いやでもさ、ノルコのことがとにかく気になるんだよ。いまノルコつぶやけないから、離れていると調子とか様子とかわかりにくいからさ……」


(929)
 チカコ「うんっ、それはご主人とっても心配だと思う!」 ヨコ「それもそうねえ」 アフレル「何かこう、疲れてるとか塞ぎ気味とか挙動不審とか、なってない?」 ヨコ「国会のことで煮詰まってるようではあるわね。でも、気持ち的にどうこうってことはなさそうよ?」 アフレル「ならいいんだけど……でも心配だな、国会議員かぁ……」


(930)
 ヨコ「大丈夫よ。私もちゃんと見てるから。……あ、でも強いて言うなら」 アフレル「な、なに?」 ヨコ「あなたが単身赴任する前の日の夜だったんだけど、ノルコ、お風呂でのぼせちゃったのよね。そんなこと今まで一度もなかったのに」 アフレル「え? お風呂?」 アフレルはその夜のことを思い起こす。


(931)
 アフレル(そういえば、テレビを食い入るように見ていたな……確か弓道講座) ヨコ「お風呂でなにか考え事でもしていたのかしらね? 本人に聞こうにもノルコつぶやけないし」 アフレル「まあ……そうなんだよなあ」 ヨコ「でもきっと、もうすぐ治ると思うから、そしたら聞いてみるわ」 アフレル「うん、頼むよ」


(932)
 そこでアフレルはいったん会話を切り、そしてその場を後にした。アフレル(お風呂で考え事してた? じゃあなんでその後、テレビの弓道講座に見入っていたんだろ……? なにか変じゃないか?) アフレルはさらに記憶を探り、テレビを見ていた時のノルコの様子を詳細に思い起こそうとした。


(933)
 アフレル(……なんとなく、目の焦点がテレビに合ってなかったような気がする……はっ!!) そこでクサヨシの言葉とリンクした。クサヨシ『宇宙人の反応はね……君の娘さんの、すぐ近くで起ったんだ』 アフレル「せ、せん……!?」 咄嗟にアフレルは口を塞いだ。宇宙人に聞かれてはまずい。アフレル(洗脳された!?)


(934)
 もう一刻の猶予もなかった。光情報体の宇宙人に、自分の娘が洗脳された可能性がある。傍から見ればバカげた妄想に聞こえるかもしれないが、わずかでも可能性がある限り、最悪の事態を想定して行動せねばとアフレルは考えた。アフレル(どうすればいい……!) 高鳴る胸を抑えつつ、アフレルは猛ダッシュでムーブウォークを駆けていった。





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