ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア787~815



(787)
 スイングドア。押しても引いても開く、扉というよりはただの中仕切りに近いような代物。アフレル(なんでギンザにこんな西部劇なお店が?) しかし、やけに威圧感のある入り口だった。中には荒くれどもがたむろしていて、よそ者は容赦なく厄介ごとにまきこまれてしまうような。そんな威圧感だ。


(788)
 アフレル(……ふっ、まぁそれも面白いかもね) いつ東京湾の魚のエサになってもいいような心境だったアフレル。その扉のかもし出す威圧感など、今の彼にはどうでもいいものだった。手で開けて入るのも芸がないなと思ったアフレルは、そのドアを背中で押し開けた。しかし千鳥足がからまって、転げるように突入してしまった。


(789)
 そしてそのままゴロンと倒れこむ。古びた木の床がギシギシとなった。バーへの進入方法としては、おそらく最低な部類に入るだろう。アフレルは恐る恐る顔をあげた。マスター「おやまあ」 カウボーイハットを被った老年のマスターがグラスを磨いていた。マスター「とんだよそ者のおでましですな、ほほほ」


(790)
 マスターはそのまま無言でグラスを磨き続けた。アフレルはその姿をボーっと見つめた。店内はとても狭く、テーブル席が二つだけあってあとはカウンター。椅子の代わりに丸太の横木が取り付けられている。アフレル(あの横木、座りにくそうだなぁ……) アフレルはしばらく目をぱちくりとさせていた。


(791)
 マスター「お座りになったらどうです?」 アフレル「……はい」 言われてアフレルは立ち上がる。そしてカウンターの前の横木をまたいで座ろうとした。マスター「ああ、またがなくてもいいです。こちらに背中を向けて結構」 アフレルは何もいわずにそれにならった。カウンターの反対側を向いて座り、上体だけマスターの方を向く姿勢だ。


(792)
 アフレル「なんだか変な感じだ」 マスター「慣れるとこれが中々イケてるんですよ? 今のあなたはさながら、さすらいガンマンです」 はあ、しかし残念ながら僕のピストルは折れていますが……とアフレルは心の中で呟いた。マスター「失礼ですが、お金はお持ちですか?」 アフレル「……え?」


(793)
 予想外の言葉だった。この国の貨幣は、アフレルが生まれるずっと前になくなったのだ。マスター「その様子だとお持ちではないのですね。ログインもせず、お金も持たず。冷やかしもいいところですな」 アフレル「……でもお金なんて、今時どうやって手に入れるんです?」


(794)
 マスター「おや、ここにございますが?」 そういってマスターはレジから一万円札を取り出した。福沢諭吉の絵が描かれている。アフレル「!? 本物? 初めて見た……」 マスター「まあ無理もありません。私が子供の頃はまだ使えたのですがね。時代の流れとは恐ろしいものです」 アフレル「はあ……」


(795)
 アフレル「この店ではまだお金のやりとりを続けているんだ……。お金なんて遺残国債の処理をするだけのものと思ってた」 マスター「まあ、おままごとみたいなものですよ。昔を偲ぶ者達のね。何か飲みますか? つけておきますよ?」 アフレル「つ、つけ?」 マスター「貸しにするということです」


(796)
 アフレル「お、お任せします」 マスター「かしこまりました」 マスターはそう言って大きめのグラスを取り出した。スコッチを注ぎ、水で割る。最後に氷を一個浮かべる。マスター「どうぞ」 なんの変哲もない、ただの雑な水割りだった。冷えてもいない。のどが渇いていたアフレルは、一気に半分ほど流し込んだ。味も薄かった。


(797)
 アフレル「貸しって、お金で返せばいいんですか?」 マスター「ええ、どんなことをしてでもお金を手に入れてください。もしくは今すぐログインしてください」 アフレルは「……ぐぐ」とひとつ唸ってから。アフレル「……必ずお返しします」 と答えた。 マスター「ほほ。よほどログインしたくないんですね」


(798)
 アフレルはそれ以上なにも言わず、店内をちまちまと眺めながら水割りを飲んだ。店の内装はおおよそ木製だ。しかも、朽ちた廃屋から拾ってきたような、小汚い木材ばかりだった。店内をほのかに照らすランタンからは、油の匂いがもれている。アフレル「ケロシンの火か……」 マスター「よくおわかりで」


(799)
 アフレル「油はしょっちゅうさわってるから」 マスター「なるほど」 アフレル「ここの木材はどこから集めてきたの?」 マスター「そこかしこから」 アフレル「この水割りおいしいね」 マスター「それは何より」アフレル「マスター、トイレ借りていい?」 マスター「そちらです」


(800)
 アフレルはトイレに入り、ゆっくりと放尿した。ずいぶんと溜まっていたようで、いつまでたっても途切れなかった。生まれてこの方、こんなに長く放尿したことなどないというくらい、ゆっくり時間をかけて用をすませた。トイレを出るとマスターがお絞りをくれた。マスター「水道がないもので」


(801)
 アフレル「マスター、外の馬ってマスターの?」 マスター「ええ、趣味で飼っています」 アフレル「とても綺麗な目をしていた」 マスター「馬ですから」 アフレル「乗ったりするの?」 マスター「ときおり」 アフレル「ところでマスター寡黙だね」 マスター「それほどでもございません」


(802)
 アフレルは水割りを飲みきった。マスター「おたばこは」 アフレル「吸いません」 マスターはグラスを下げてカウンターを拭き、代わりに小さなコップを置いて水を注いだ。アフレルは軽く会釈をした。アフレル「マスター」 マスター「なんでしょう」 アフレル「僕って困ったお客かな?」


(803)
 アフレルはマスターに言われた通り、カウンターに背を向けて座っていた。だからマスターの表情はわからないはずだった しかしアフレルにははっきりわかった。マスターが背後で、自信満々の表情を浮かべていることが。マスター「あなた様なぞ、困った客のうちには入りませんなあ」


(804)
 アフレル「む、まだまだ上がいるってこと?」 マスター「ええ。世の中には実に凄絶な困ったお客さん方がいる。他の客にからむ。延々クダを巻く。ずっと寝てる。大声で自慢話ばかりする。嘔吐する。ひたすらいちゃつく。ウーロンハイありませんかって聞いてくる。実に様々です」 アフレル「ウーロンハイ?」


(805)
 マスター「ええ。そして私が無いというと、『ちっ、ウーロンハイも置いてないのかよ!』と吐き捨てて帰ってしまわれる。本当に困ったお客さんですよ」 アフレル「……バーで飲むお酒じゃないよね」 マスター「まったくです。お子様用のミルクは出せても、ウーロンハイはお出しできません」


(806)
 マスター「いやしかし。せめて不満を心のうちに留めておいてもらえれば良いのです」 アフレル「え?」 マスター「思うことがあるのなら、言わなくともわかるもんです。それが、バーが寡黙な場所である意味だと私は考えておりますが」 アフレル「……マスター」 マスター「何かお作りしましょうか?」


(807)
 アフレル「お任せします」 マスター「かしこまりました」 そう言うとマスターは、アフレルの背後でそそくさと作業をはじめた。どうやらカクテルを作るようだ。アフレル(何作ってくれるんだろ?) アフレルは、もし自分がマスターだったら、何をこの客に作ってやるだろうかと考えてみた。




(808)
 二日酔いに気をつけなさいという意味でブラッディー・メアリー? もうすぐ12時ですよという意味でシンデレラ? 今の自分の姿はまさしくこれだという意味でソルティ・ドック? もうこれで最後だよという意味でXYZ? まだふてくされるには早いという意味でギムレット? あたって砕けろという意味でカミカゼ?


(809)
 マスター「どうぞ」 言われてアフレルはカウンターの方を向く。置かれていたカクテルグラスには、うっすらと青みのある液体が注がれていた。アフレル「……なんだろ?」 マスター「一息にグイっとやるタイプです」 飲み方まで指定されてる? どんなカクテルだろ? アフレルは言われるまま、一気にそのカクテルを飲み干した。


(810)
 アフレル「?!@☆~#$%&♪!」 瞬間、すさまじい刺激がアフレルの鼻腔を襲った。とにかく滅茶苦茶な味がした。アフレル「げほっ! げほぉっ! な、な、なんですかこれ!」 頭に酒気が駆け上がり、視界がぼやけ、平衡感覚がマヒしていく。相当に強いカクテルだ。マスター「アース・クエークでございました」


(811)
 アフレルはひったくるようにしてコップを取り、ゴクゴクと水を流し込む。しかし、アルコールで熱くなった胃袋は全然おさまらない。アフレル「ま、まさかこんなすごいのが……ゲフッ、ゲフッ」 マスター「元気でました?」 アフレル「むしろ死にそうですよ!」 マスター「またまたご冗談を」


(812)
 マスターが面白そうにヒッヒと笑ったので、アフレルは流石に危機感を覚えた。もう本格的にお帰りになったほうが良さそうだと立ち上がった。マスター「まだ後から効いてきますんで、お早めにタクシーを呼んだほうが良いですよ」 アフレル「そ、そそ、そうします……うう」 アフレルはしぶしぶ両耳をつまんだ。


(813)
 アフレル「ご、ご馳走様でした……」 マスター「はいお気をつけて。つけは2600円ですからね。ちゃんと手に入れてくださいよ、お金」 アフレル「は、はい……ヒック!」 何とかビルの外まで這い出たアフレルは、ツイッターにログインして車を呼んだ。車を待つ間、またあの二頭の馬が目に入った。


(814)
 馬は立ったまま眠っていた。鼻息がふうふう聞こえてくる。ふうふう、ふうふう アフレル(……ああ生きているんだな) その馬たちは、今そこで確かに生きていた。酔いにぼやけた意識のなかでアフレルは、何故かそう実感せずにはいられなかった。やがて車が来た。何とか体を押し込んで行き先を設定する。


(815)
 研究基地までは2時間近くかかるだろう。アフレルは後部座席にぐったり横たわり、そのまま目を閉じた。アフレル(……ああ、ひどい目にあった) 視界がグワングワンする。天と地が入れ替わる。アフレル「……お金どうしよう」 しかしそう呟くアフレルの頭の中からはもう、ヨコへの執着はすっかり消え去っていたのだった。





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