ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア665~690

(665)
 そのころアフレルは、仕事を午前中で切り上げて、呟音市へと向かう電車の中にいた。アフレル(……やっぱり一度帰らないとダメだ) ヨコの態度がどう考えてもおかしい、そのことがずっと頭からはなれなかったのだ。アフレル(僕は一度、ヨコに怒られる必要があるんだ……きっと) 


(666)
 アフレルはこう考えていた――ヨコは僕の単身赴任のことを良く思っていなくて、本当は言いたいことが沢山あるのだけど、ノルコやワクのいる前での口喧嘩はしたくない、だからずっとニコニコ笑って我慢しているんだ――と。アフレル(……腹をわって話し合わなきゃいけない。それも、ちゃんと直接会って)


(667)
 アフレルの手にはエイリアン漬けが入った紙袋が握られている。子供達が学校から帰ってくる前に話しを済ませて、そして何も気兼ねすることなく、みんなで夕食を楽しもう。お土産話もいっぱいしよう。アフレル(就職して二日目で休暇とっちゃったけど……でも家族の方が大切だ) 複雑な思いを乗せて、電車はカタコトと進んでいく。


(668)
 夫が家に戻って来るなど思いもしないヨコは、優雅な昼食の真っ最中。程よく火の通った石鯛のムニエルに舌鼓を打っていた。ヨコ「とっても美味しいわ。こんな素敵なお店、どうやったら予約できるの?」 ホウ「直に会って交渉したんです。僕はツイッターが使えませんからね」


(669)
 ホウ「不便じゃないかと良く言われるけど、こういう時は別ですよ。やっぱり、本当に熱意を伝えたいと思えば、直接会って話すのが一番ですからね」 ヨコ「まったくその通りだわ。私達はバイオツイッターに頼りすぎているのかもしれない」 ホウ「まあ、生まれつき備わってるんですし」


(670)
 ホウの年齢は19歳と聞いている。ヨコは実際に会ってみて、想像した以上に大人びた青年だと思った。老成していると言って良いくらいだ。ヨコ(いったい、どんな人生を送ってきたのかしら……) 話題もツイッターのことになっている。ヨコは、今こそ彼の過去について尋ねる時だと感じた。


(671)
 ヨコ「ホウ君も、元々はツイッターを使えたんでしょう? なんとか元に戻すことは出来ないのかしら?」 ホウ「難しいですね。アンインストを使われましたから。僕の中にはまだ、アンインストの分子が生きていて、リインストしようとすると拒絶反応が起こるんですよ」 ヨコ「まあ……」


(672)
 ホウ「でもいいんです。僕はツイッターは失ったけど、その代わり、こうして貴女に出会うことができた」 突然の告白に顔を赤らめつつもヨコは―― ヨコ「前向きなんですね」 ――と言葉を返した。 ホウ「ええ、このとおり髪がボサボサで、後ろが良く見えないものですから」 ヨコはその微妙なユーモアにくすくすと笑った。


(673)
 ヨコ「私、ホウ君のユーモア好きよ? なんというか、ツイッターで育った人にはないセンスがあるみたい」 ホウ「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいな!」 ヨコ「でもきっと、色んな苦労があったんでしょうね……」 ホウ「ええ、それはもう! でも今の一言で吹き飛びましたよ」


(674)
 ヨコ「ほんとに? もし良かったら、何か話してくださらないかしら。少しでもホウ君の身なってあげられればと思うの……」 そう言ってヨコは、真摯なまなざしでホウを見つめた。ホウはその視線のために、座ったまま昇天しそうになった。ホウ「ああ……今日は僕の人生最良の日だ」


(675)
 ホウは、幼少時に耳を切り落とされた時のことを話した。ヨコはショックで、食事の手が止まってしまった。ホウ「しかし正直なところ、僕の中には悲しみも怒りもなかったんです。なんというか、まるでそれが当たり前の出来事だと思えた。きっとこの運命は、僕自身が選んだものなんだと」


(676)
 ホウ「協会に拾われた僕は、それから何年も外に出ませんでした。でもそれは塞ぎこんでいたからじゃない。僕には心を静かにして考える時間が必要だったんですよ。それも、とても長い時間が」 ヨコ「まあ……私には想像すら難しいことだわ。きっと三日と経たずに気がおかしくなってしまう」


(677)
 ホウ「もしそんな状況に陥ることがあったら、僕はいつでもスープとガンモドキを持って飛んでいきますよ」 変てこなジョークだったが、ヨコは思わず吹き出してしまった。張り詰めていた空気が、一瞬にしてほぐれたようだ。ヨコ「うふふ、でもどうしてガンモドキが必要だってわかったの? あの時」


(678)
 ホウ「僕には未来が見えるんです……と言ったら信じてくれますか?」 ヨコ「ええ、もちろん。なんだかホウ君の言うことなら何でも信じちゃいそうな気分よ」 ヨコはホウの不思議な能力についても、チカコさんから話を聞いていた。ヨコ「だって、こんな素敵にエスコートされたことなんて、今までなかったくらいなんですもの」


(679)
 ホウ「気に入って頂けてなによりです。でも、そんなにですか?」 ヨコ「ええ、まるで私のことも世の中のことも、何もかも知り尽くしているような感じだもの。その若さで、これだけのことが出来る人なんて、そうそういないわ」 ホウ「ああ……そんなに貴方に褒められたら、僕は……僕は……」


(680)
 ホウ「ビヴァーチェ!! クルミナーレ!! エウフォリカメンテ!!」 ホウは爆発したように立ち上がり、フロアをクルクル回りながら窓に向かっていった。ヨコ「えっ、えっ?!」 なんだなんだとざわめくフロアで、ヨコはただオロオロした。ホウ「今日は本当に良い天気だなー! イヤァァァホォォウ!!」


(681)
 ヨコはなんとかホウに付いて行って、席に連れ戻した。そして水を飲ませたりおしぼりを首にあてたりして、血の上りきった頭をなんとか冷やした。フロアが落ち着きを取り戻したころ、ホウは我に返った。ホウ「ああミセス、僕はとんだ失態を……」 ヨコ「ううん、いいのよっ。私が褒めすぎたのがいけなかったの!」


(682)
 料理はデザートに変わっていた。ジェラートの三種盛りだ。冷たくて甘酸っぱい一口が、二人のテンションを良い感じに冷ましてくれた。ヨコ「なんの話をしていたのだっけ……ああ、そうだわ、ガンモドキの話だったわね」 ホウ「はい……あれは、その、なんというか、なんとなくわかるんですよ」


(683)
 ヨコ「何となく、私がガンモドキを買い忘れることがわかったの?」 ホウ「そうなんです。そうしたら居ても立ってもいられなくなってしまって……」 ヨコ「不思議! 世の中にはまだ科学で説明できないことが沢山あるのね!」 ホウ「ええ今はまだ。でも、この僕の能力はまもなく解明されるでしょうね」


(684)
 ヨコ「まあ、そんなことまでわかるのね! 一体どこまで未来を見通せるの?」 古来より、高名な占術家は非常にもてることが知られている。未来を見る目を持つものに、人は本能的に魅かれてしまうようだ。今のヨコも、ちょうどそんな状態だ。ヨコ「私、ホウさんのこともっと知りたい!」


(685)
 その言葉にホウの顔は再び赤くなった。ヨコはしまったと思った。ヨコ「わ、私ったらなんてはしたない……気にしないでね?」 ホウ「は、はい……ゲフフン。どこまでわかっているのかというと、僕自身にもよくわかりませんね……、宇宙の終わりまでわかってる気もするし、一瞬先のこともわからない気もする」


(686)
 ホウ「思うに、未来が見えるのはきっと僕だけじゃないんですよ。誰もがみんな、未来を見つめる目をもっているんだ。誰かが未来を発見して、その未来を変えようとしてしまったら、きっと僕が見たはずの未来も変わってしまう。そうして少しずつ未来も変化していくんですよ」 ヨコ「……深い話ね」


(687)
 その時ちょうど、ジャンボジェットが一機飛び立った。ホウ「例えばあの飛行機、行き先は誰でも調べられます。つまり未来がある程度はわかっているといえる。でも誰かがあの飛行機の行き先を変えてしまうかもしれない。その時に、見えていたはずの未来は少し違ったものに変わってしまうのでしょう」


(688)
 ホウ「僕はたぶん、人より少しだけ未来がよく見えるだけに過ぎないんだ。きっとツイッターを失っていることが、その原因でしょう。僕にはツイッターを持っている人たちの行動が、自分とは関連性を持たない一つの塊として見える。そのことが、僕に未来を予見させるんですよ。おそらくは」


(689)
 ヨコ「なんだか、ホウさんが前向きな理由がわかった気がするわ。貴方は自分がどんなものを持って生まれてきたかを、ちゃんと理解しているのね。大人でもなかなか出来ないことなのに」 ホウ「ええ。きっと人は何かを失った分、何かをちゃんともらっている。でもそれに気づくには、人それぞれ時間がかかるんです」


(690)
 その後も二人は楽しく食事を続け、食後の紅茶まで飲み終えた。ヨコ「ごちそうさま、とても美味しかったわ!」 ホウ「僕も、楽しいひと時を過ごさせてもらいました……。ところで、このあとちょっと行ってみたい場所があるんですが」 ヨコ「あら、どちらに? あまり遅くならなければ」 ホウ「大丈夫、帰り道の途中です」





コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品