ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア517~551



(517)
 ルイ「……な、なんだ?」 一同沈黙。カズノリ「に、人間のほとんどは愚かだから、だ、誰か頭のいい人が、し、し、指導してあげなきゃ、い、いけないって考えだけど……」 ルイ「そうなのか? なんだかムカッとする考えだな。アホはアホなりに考えてやってるしんだし」 リン「うーん、私は政治の話とかさっぱり」


(518)
 カズノリ「つ、続きを読んでみよう」 カズノリの提案で一同PCに目を戻す。思いがけないキーワードに、みな少々恐縮している。ゲン「特権集団による権力の独占は、往々にして公共の利益に反する決断を生む。もっとも、これは一般論だが。RT@ミギノウエ:貴方の考える愚民思想の問題点は?」


(519)
 ミギノウエ「@ゲン:個人の管理能力を超えた今日の情報氾濫が、市民生活を混乱させている事実があります。それを防ぐための一元的管理は、検討されて然るべきでは?」 ゲン「@ミギノウエ:その混乱を乗り越えることでのみ人は進歩する。一方監視が作る仮初めの平穏は、いずれ利権の温床となり社会を蝕むだろう」


(520)
 ノルコ(ゲンお爺さん、なんだかとっても難しいお話してる……) ノルコはそう思ったが、その一方で。ノルコ(……でも何となくわかる気がする) とも思った。カズノリ「ど、どうやらミギノウエさんは、げ、ゲンお爺さんのポリティクスに、興味を持って、り、リプライしてきたんだね」


(521)
 ルイ「いやまてよ、何となく対立してるように読めないか?」 リン「うんっ、私もそう思う!」 そして一同はさらに読み進める。ミギノウエ「@ゲン:ではプライバシー問題はどうします? バイオツイッターは個人情報の秘匿性を奪いました。取り戻すにはセキュリティー団体による管理が必要です」


(522)
 ゲン「@ミギノウエ:プライバシーという概念は不変ではない。時代によって変化する。現在のような相互監視社会において、プライバシーは一種の贅沢品であるし、過剰な保護はかえって猜疑心を深め、人々を孤立させる」 ミギノウエ「@ゲン:隠し事が人々を孤立させると言うのなら、いずれ人は服すら着られなくなります」


(523)
 ルイ「そりゃただのあてつけじゃないか! やっぱちょっと変だぞこのミギノウエって人」 リン「服は着ないわけにいかないよ……」 カズノリ「ん? ん?! つ、次のツイート!」 ゲン「@ミギノウエ:世の中には、一家そろってスッポンポンという方々もおる。いずれ人類がみなそうなる可能性は否定できまい」


(524)
 ノルコ(……確かにいるけれど) いわゆる裸族と呼ばれる人々であるが、まさかそんな切り替えしをするとは。みんな、自分ならこんな質問された時点で無視を決めてしまうだろうと思っていた。ルイ「凄いね、ノルコのひい爺さん」 リン「で、でもすっぽんぽん?! えー?」


(525)
 ノルコ(そういえば……) 以前、こんな事件があった。プライバシーの保護を訴える過激な人たちが、無作為に抽出した人々の入浴シーンをネット上にばら撒いた事件。そうすることで、人々のプライバシー意識に火をつけようとしたのだ。今の世の中、その気になればこんなことも出来てしまうのだ、と。


(526)
 無論、隅々まで相互監視の行き届いたツイート社会において、彼らの行動は見逃されるものではなかった。すみやかに晒し上げられ、社会的な制裁を受けた。件の入浴シーンは、発信元から末端までくまなく検索され、完全に消去された。全てバイオツイッターを使ってたどれるので、労力はそれほどかからないのだ。


(527)
 晒された側の人達は「別に恥ずかしいとかはない」と主張。晒そうとする側が逆に恥を晒して懲りるという、相互監視社会らしい決着がついた。ルイ「服を着ることが常識じゃなくなるって、あるのかな?」 リン「お、大昔はみんな裸だったんだろうけど」 カズノリ「つ、続きを読もう……」 少年は顔を赤らめていた。


(528)
 ゲン「@ミギノウエ:こう考えればどうか。生まれたままの姿を保護すべき個人情報と捉え、裸になったり裸を表現したりしてはいけない、という決まりを作ったとする。それで個人のプライバシーが守られるのだろうか? 私たちはただ『裸を表現する自由』を特定団体に奪われただけではないだろうか?」


(529)
 ゲン「@ミギノウエ:決め事というものは、だいたいが人から自由を奪う。バイオツイッターによる情報拡散は自然現象として不可逆であるから、それを制限しだしたら際限がない。世の中は際限なく窮屈になり、行動は自ずから決定され、人々は自由意志を失うだろう。それは良くない事と私は考える」


(530)
 ミギノウエ「@ゲン:貴方は今、自由意志という言葉を使われましたが、この相互監視が隅々まで行き届いたツイッター社会にだって、はたして自由意志があるのかどうか。僕たちは今、裸を表現するどころか、夕食の献立を考えるにしたって、世の中の目を気にしなければなりませんよ? 行動は自ずから決定されつつある」


(531)
 ゲン「@ミギノウエ:自由とは何もかもが思い通りになることとは違うと私は思う。問題は相互監視ではなく一方監視。一方監視の行き着く果ては独裁であり、果ては全人類の愚民化だ。そもそもバイオツイッターが無ければ監視はないのか?」


(532)
 ミギノウエ「@ゲン:少なくとも昔は、夕食時の会話まで衆人監視の下におかれることはありませんでした。今はその気になれば地球の裏側のご家庭の内情まで瞬時に調べられる。果たしてこのままでいいのでしょうか? 相互監視下における自由は気球みたいなものだ。全ては世の中の空気次第です」


(533)
 ゲン「@ミギノウエ:人は本質的に、衆人監視の下で生きるものだと私は思うが……。自由を気球と比喩することは、言いえて妙と思う。バイオツイッターが無くとも、近くに一人でも他者がいれば、それは監視されていると同じこと。我々はみな、相互監視という名の空気に漂う、一隻の気球なのかもしれん」


(534)
 ゲン「@ミギノウエ:少し、昔の話をしよう。私はかつて完全なプライバシーを保った生活を体験したことがある。完全な個室で一人で暮らし、外に出るときもネットに出るときも、完璧な匿名性が保たれていた……と思っていた。実際は、監視カメラや通信ログなどで、常に誰かが監視していたわけだが」


(535)
 ゲン「@ミギノウエ:自由気ままと実感できる日々も、やがて終わりが来た。バイオツイッターの爆発的な普及によってだ。推進派と反対派が激しくせめぎ合い、血生臭い事件もおきた。しかしその抗争は不思議な構造をもっていた。推進派も反対派も、『個人の自由を守る』ことを旗に掲げていたのだ」


(536)
 ゲン「@ミギノウエ:推進派は相互監視を広めることで世の中を公平にしようとした。隠し事や不正が出来ない社会でこそ、人は真に自由になれると考えた。反対派は、個人が内面的な秘密を持てる事こそが自由であるとし、それを守ろうとした。本音と建前を、外向きと内向きを、あくまでも仕切ろうとしたのだ」


(537)
 ゲン「@ミギノウエ:まさしくそれは、自由とは何かを定義するための闘争だった。正直、いまだ私には判断がつかない。みなバイオツイッターは便利だからと言って導入しているが、私は確かな判断がつくまではと導入していない。この歳になってもまだ、自由とは何なのかわからないのだ」


(538)
 ゲン「@ミギノウエ:ただ一つ、確信を持って言えることが一つだけある。それは、情報の拡散は不可逆であるということだ。どんな隠し事もいつかはばれる。完全なセキュリティーは存在しない。いずれ遠い時の彼方、私達は全てを共有し、魂だけの姿になって生きているやもしれん。ただ一つの、情報の塊として」


(539)
 ミギノウエ「@ゲン:そこが幸せな場所とは、僕には思えませんね。出来ればそうなって欲しくないとさえ思いますよ。それは自由というより単体化。情報共有の終局は人類の単体化ですよ、そんなの良いわけがない……それはきっと、滅亡と同義だ」


(540)
 ゲン「@ミギノウエ:まだ人間はそこまで極端な状況にはないよ。何のためにトイレがあると思っているのかね。一人で思索にふけるくらいの自由は、まだいくらでも残っている。なんなら部屋のTLを外すなり、いっそログオフするなり、好きにすればよい。人はいまだ試行錯誤の最中」


(541)
 ミギノウエ「@ゲン:ログオフなんてとんでもない! そんなことしたら慈善団体が心配して部屋に乗り込んできますよ! 世の中おせっかいな人がいっぱいいて、ありがた迷惑なことです……まったく。僕は部屋TLをつけてませんが、それだけでも色んな人から怪しまれるんですよ?」


(542)
 ノルコ達はゲンとミギノウエのやりとりを眺めながら、首をひねっていた。難しい話のようで、実はとても身近な話のようだ。リン「確かにー、部屋のTLってつけるのが当たり前になってるね」 ルイ「つけないと逆に怪しまれるんだよな。あの部屋で何かコソコソ変なことしてるぞっ、て」


(543)
 カズノリ「く、空気、ってやつ、だね」 リン「そうそう、空気空気」 世の中、空気というものは法律以上に生活を拘束している。ノルコ(だからトイレのツイッターは「禁止」ってことになってるのかな?) トイレにまでTLつける空気が流行ったら世界は終わりじゃないかと、ノルコは根拠なく思った。


(544)
 ゲン「@ミギノウエ:怪しまれるとて、それを選ぶのもその人の自由だと私は考えるがな。先ほども言ったが、情報の拡散は自然現象として不可逆であるし、相互監視化も後戻りできない所まで来ている。我々は状況に従ってこれからを考えていく他あるまい。本当の自由とは何か、考えていく他あるまい」


(545)
 ミギノウエ「@ゲン:自然現象として不可逆ですか。その果てにある理想の社会は、一つの巨大な村みたいなものなのでしょうか。誰もがみな村の全てを知っていながら、空気を読んで見てみぬふりをするような。……少なくとも僕達はまだ悩む自由を持っている。ちょっと考えて見ます。フォローしても?」


(546)
 この後、ゲンの「勝手にするよろし」の一言で、二人のリプライ合戦は終わっている。ルイ「どういういきさつでフォローしてんだか」 カズノリ「さ、さんざん言い合って、ぎゃ、逆に仲良くなったって感じ、かな?」 ノルコ(そうれはどうかな……そういえば、何のために集まってたんだっけ?)


(547)
 リン「ところでね、あの単体化っていうのはなんのことなのかな? あの辺のやりとりがよくわからくて」 カズノリ「う、うーん。じ、人類単体化、ってのは、え、SF小説とかで、よ、よくある、し、シチュエーション」 ルイ「みんな同じような人間になっちゃうってアレだろ?」


(548)
 カズノリ「う、うーん、そうだな、た、例えるなら……」 その後、カズノリは『おばちゃん』と『引きこもり』を例に挙げて説明した。もし世の中が、空気の読み合いに長けたおばちゃんだらけになっても、逆に名無しの引きこもりだらけになっても、みんな同じようになるという意味で単体化してしまう、というようなことを。


(549)
 ルイ「んで、結局どっちも嫌だねって結論?」 カズノリ「い、いやぁ……」 リン「ミギノウエさんはー、プライバシーを守るための管理を誰かやったほうが良いって言ってー、ゲンさんはそれに反対してー、ミギノウエさんはわからなくなってしまってー、悩む自由があるんだー、って結論じゃない?」


(550)
 なぜか一同、ヤマオ君の方を向いた。ヤマオ君はしばしジーっとリンを見つめた後、一度だけウンと首を縦に振った。ルイ「うー、よくわかんねー。んで、結局私らは何がしたかったんだっけ?」 カズノリ「ん?」 リン「あっ!」 ルイ&リン&カズノリ「あー!!」 そして一同、今度はノルコの方を向いた。


(551)
 ノルコ(……そうだった) ミギノウエ氏をブロックすべきか否かという話だった。ノルコ(……どうしよう) リン「リンはー、別にブロックしなくていいと思うのー」 ルイ「ん、まあ、悪い人じゃなさそうだぜ?」 カズノリ「ちょ、ちょっと困った人かも、し、しれないけど」 というわけで結論は出たようだ。





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