ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア364~393



(364)
 窓辺からあふれ出す陽射しがダイニングテーブルを照らしている。テーブルの上にはバターと蜂蜜の瓶。キッチンから漂ってくるは香ばしい匂い。ヨコ「もう少しで焼けるからね、ホットケーキ」 ノルコ(!?) チカコさんもホットケーキを作ってた。これは何か関係があるとノルコは思った。


(365)
 ノルコはテーブルについて、コップにミルクを注いで一口飲む。ノルコ(ふうー) 牛乳を飲むと気分が落ち着くのは何故なんだろうと、ノルコはしばし思いを馳せる。そしてダイニングがとても静かなことに気付く。ワクは? ヨコ「ワクはお友達の家でご馳走になるんだって、いいわねー」


(366)
 ワクが日曜日に友達の家に居座る。ノルコ(毎週恒例のアレか) アレとは何か。それはまた後の話。それより家の中が静か過ぎて落ち着かないノルコは、ひとまずテレビをつけてみた。JPN48000の特集でもやってないかな? テレビ「お昼のニュースです」 どうやら期待は外れたようだ。


(367)
 テレビ「今国会において法案が提出されていました、公衆洗面所におけるツイッター常設に関する法律、通称『トイレ法』の集中審議が週明けから始まります」 どうやら政治関連のニュースらしい。ノルコ(トイレ法?) また訳のわからない法律を作ろうとしているなー、とノルコは思った。


(368)
 ヨコ「できたわー、ちょっと作りすぎちゃった」 ヨコがお皿の上に三段重ねになったホットケーキを持ってやってきた。ノルコの隣の席に座ってナイフで八等分にする。ヨコ「トイレ法ねえ、これってなにげに切実な問題よね」 ヨコはテレビを眺めつつ、ため息を一つついた。


(369)
 ノルコは聞きたくても聞けないことがたくさんあったが、どのみちつぶやけない身なので黙ってホットケーキをパクパクと食べた。ヨコ《ねえノルコ、ここだけの話なんだけどね》 ヨコは形式的にあたりを見回してから、そっとDMを送ってきた。ヨコ《……実はね、お母さんナンパされちゃったの!》


(370)
 ノルコはもう少しで舌を噛んでしまうところだった。ひとまず眉間にシワを寄せて困惑の意を伝えておく。ヨコ《シックなスーツに身を包んだ、若い紳士だったわ。ねえノルコ、お母さんどうしたらいいと思う?》 シックなスーツに身を包んだビバーチェ、もといホウ。ノルコはプッと噴出してしまった。


(371)
 ヨコ《ちょっとノルコ! お母さんは本気でノルコに相談してるのよっ》 ノルコはペコリと頭を下げて謝った。ヨコ《まあ、お母さんの気持ちはもう決まってるんだけど、ノルコにも話しておきたいと思ったの。ノルコももうすぐ大人にになって、お母さんみたく殿方に声をかけられるようになるから》


(372)
 お母さんの自身満々な所は是非とも見習いたい。そうノルコはいつも思う。ヨコ《1、一度だけデートする。2、すげなくことわる。3、お友達になる》 ヨコはそう言いながらホットケーキの切れ端を選択肢代わりに置いていく。ノルコはうーんと考えるふりをした。本当はもう決まってるんだけど。


(373)
 ノルコは3番のホットケーキをフォークで刺し、そして口の中に放り込んだ。モグモグ、おいしい。ヨコ《うん! ノルコなら3番を選んでくれると思った!》 そう言いつつ、ヨコは1番と2番のホットケーキを食べてしまった。ヨコ《やっぱりね、こういうご縁は大切にしないといけないわ!》


(374)
 お母さんはやっぱり魔性の人だ。ただそこにいるだけで男の人を苦しめてしまう。ノルコは素直にそう思う。そして自分もその血を受け継いでいるのだなとしみじみ実感し、未だ小さな胸の奥でフツフツと女の魔性をたぎらせたのだった。ヨコ《ノルコに相談したら、お母さん何だかすっきりした!》


(375)
 ――その頃。アフレルは、妻と娘がホットケーキを囲んで不適な笑みを浮かべていることなど露にも思うことなく、面接先の研究施設を見渡していた。アフレル「なんて大きい施設なんだろう」 クサヨシ「ふふふ。これが人類最後の砦、ガンバール研究基地の全貌だよ」 アフレル「人類最後の……砦!」


(376)
 館山市から車で30分、南房総の先端に位置するは野島岬。そこから太平洋に突き出す形で全長2km、幅60メートルの滑走路が延びている。その付け根には巨大な巻貝を思わせるフォルムの施設が建っている。巨大ロボット研究所兼対悪性地球外生命体迎撃基地、通称「ガンバール研究基地」である。


(377)
 アフレル「現実感がない……」 アフレルは研究基地の近くの高台の公園にきていた。先ほどクサヨシ氏に基地の中を案内してもらったのだが、体育館ぐらいの建物に格納されている「巨大な鉄の手」やら、一機で100トン超の出力を生み出すロケットブースターやらですっかり目が眩んでしまった。


(378)
 クサヨシ「もし、悪意を持った地球外生命体が侵略してきたら、あの滑走路から我らがガンバールロボが出撃し、持てる力を奮って戦うことになるのだ」 アフレル「うわあ……」 そのガンバールロボは現在開発中でバラバラになっているが、完成すれば全長80メートルを超える巨大ロボとなる予定。


(379)
 アフレル「でもまだ未完成なんですよね?」 クサヨシ「我々がその気になれば4時間以内に組み上げ出撃させられる。設計上の3%ほどの戦力しか発揮できないが」 アフレル「倒せるんですか?!」 そうアフレルが問うと彼は。クサヨシ「ふふふ……無理に決まっているだろう?」 と、自身満々に答えた。


(380)
 クサヨシ「だってアフレル君、宇宙空間を何万光年も渡ってこれるほどの生命体だぞ? 今の人類がどう『さかしま』になったって、勝てるわけがないじゃないか」 と言っておきながら自信満々である アフレル「じゃ、なんで作ってるんです? 面接受けに来た僕が聞くのもなんですけど……」


(381)
 クサヨシ「アフレル君、君はそんなことも調べないで我らが研究基地の門を叩いたのか」 アフレル「はい、そうなんです」 クサヨシ「ふふ、君が来たタイミングから察するに、我々が求人を出した瞬間に飛びついたのだろう、時間にして今から2時間前だ」 アフレル「まさしく!」


(382)
 アフレルは本当は別の研究所の面接を受ける予定だった。しかし行きの電車の中で求人検索をしている際、「巨大ロボット開発の研究員募集」の文字をついうっかり発見してしまい、即効で食いついて、受けるハズだった面接を蹴ってまで、ここガンバール研究基地を訪れたのだった。


(383)
 第5次火星開発選抜の3次審査を通ったアフレルの実績が評価され、こうして飛び込みの就職面接と相成ったのだが、十分な予備知識を蓄える余裕などあるわけがなかった。クサヨシ「まあいい、立ち話もなんだ、そこに座りたまえ」 アフレルは促されるまま、近くにあったアヒルの遊具にまたがった。


(384)
 クサヨシは白衣をサッと翻すと、音も無くアヒルの隣のカエルにまたがった。スプリングの足を使って前後にギッタンギッタンするアレだ。クサヨシ「倒せるアテのない宇宙人への対応として、巨大ロボットを建造するのは何故か。君の質問はそういうことだね?」 アフレル「はい、そうです」


(385)
 クサヨシ「ではその質問をそのまま君に返すとしよう。何故だと考えるかね?」 アフレルはハッと息を飲んだ。つまりこれは口頭試験なのだ。アフレルはいま試されている。アフレル「はい、僕が考えるにその理由は……」 アフレルは一息おいて宙を見やる。遊具が僅かに傾いだ。アフレル「心意気です」


(386)
 クサヨシは常時険しいその表情を僅かに緩めて言った。クサヨシ「心意気とね? その真意は?」 アフレル「はい、つまり勝てないからといって戦う気持ちまで捨ててしまう訳にはいかないからです。そんなことでは全ての宇宙生物に見下されてしまいます。さらに僕たち人類の尊厳を自ら放棄することにもなります」


(387)
 クサヨシは黙って耳を傾けている。アフレル「悪意ある侵略者から地球人類の尊厳を守る。その目的のために持てる力を結集することの意義は、実際とても大きいのではないでしょうか」 アフレルは自分の考えを言葉にするたびに、目の前の非現実的な研究基地の光景が、ごく当然のもののように思えてきた。


(388)
 アフレル「さらに、最先端の技術を集結し、科学の可能性を追求するための絶好の場となり、御施設で開発された技術は、僕たちの生活の中に確実に生かされていくはずです。そして何より……」 クサヨシはもうかなり満足げな表情だ。 アフレル「子供達が喜びます!」 クサヨシ「ハッハッハ!」


(389)
 クサヨシ「うむ、ほぼ合格と言っていいだろう。子供が喜ぶか。言われて見ればそういう意義もあったな」 アフレル「では……」 クサヨシ「さっそく本部に通達しよう。また一人、我が秘密基地に
熱い野郎が加わったとな!」 アフレルはグーッと胸の前で拳をにぎりしめ、そして天に突き上げた。


(390)
 クサヨシはカエルの遊具をギッタンギッタンしながら続ける。クサヨシ「君はこれまでの経歴から、有機化学の応用に精通しているようだ。現在、油圧駆動系の開発部隊に不足がある。さっそく明日から現場に加わって欲しい。開発資料は全て公開されている。膨大な量だが君なら処理できると信じている」


(391)
 アフレル「明日からですか?」 クサヨシ「善は急げというではないか。何か問題が?」 アフレル「僕は呟音市に住んでいるので、引越す必要があるんです」 クサヨシ「基地のB2に寮がある。すぐにでも手配できるぞ。完全個室で共同の温泉もあるのだ」 アフレルは正直困った。家族にどう説明しよう。


(392)
 クサヨシ「時間が必要かね?」 確かに時間が必要だった。しかし巨大ロボットの開発なんてなかなか出来ることじゃない。一瞬の躊躇も許されないとアフレルは直感していた。アフレル「いいえ、大丈夫です。明日から出向いたします」 クサヨシ「よろしい。では本日はこれにて終了、また明日だ!」


(393)
 クサヨシはカエルの遊具からエレガントに飛び降りると、そのままスタスタと歩いて基地へと戻っていった。アフレルはその背が見えなくなるまで目礼を続け、再びアヒルに跨る。どっと疲労が押し寄せてきた。アフレル(単身赴任……) 遠い水平線を眺めつつ、アフレルはしばしボーっと佇んだ。





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