ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア309~345



(309)
 その日の夕食、アフレルは大好物のガンモドキをモシャクシャほお張りながらビールを飲んでいた。アフレル「こんなにたくさん入れてくれるとは思わなかったよ!」 喜びいっぱいの表情のアフレル。ヨコ「え? それほどでもないのよ?」 微妙な微笑のヨコ。ノルコ(お母さん何かあった?)


(310)
 ヨコ「そういえばあなた。今日の面接はどこに行ったの?」 アフレル「牛を見に行ってたんだ」 牛? みんなそう思った。 アフレル「親父の紹介でね、見てくるだけでもいいからってさ」 ヨコ「牧場を見学してきたの?」 アフレル「うん。あと、ちょっとカウボーイ的なことをね」


(311)
 そう言うとアフレルは、動画ファイルを起動して食卓の上に投影した。ワク「カウボーイ?!」 ヨコ「あらホント」 のどかな牧場の光景だった。動画の中でアフレルは、手綱を引いて牛を引っ張り出しているところだった。アフレル「これが結構大変なんだ。なかなか言うことを聞いてくれなくて」


(312)
 牛を引っ張るというより、引っ張られているアフレル。それを見て牧場主さんがゲラゲラ笑っている。ヨコ「これじゃどっちが牛だかわからないわ」 アフレル「えー? そう?」 ヨコ「それで受かったの?」 アフレル「来たけりゃ来いって言われたけど断った。思った以上に大変な仕事ってわかったから」


(313)
 ヨコ「そう……」 夫がカウボーイというのも悪くないかと思っていたヨコは、少し残念に思った。アフレル「あっ!」 その時なんと動画の中で、1頭の牛が放尿を始めてしまった。アフレルが飲んでいるビールと同じような色をしている。お食事中にこれはいけない。アフレル「うわー、あー」


(314)
 ワク「ライク・ア・ビアー!」 アフレル「ワク、それは言っちゃいけない……。ごめんよみんな」 そう言って動画を消すアフレル。ヨコがポツリと一言。ヨコ「牛さんはいいわねえ、どこでもおトイレできて」 ノルコ(ん?) その一言にノルコは、何となくピーンときてしまったのだった。


(315)
 ノルコ(お母さん、きっとおトイレで困ったことがあったんだ) トイレにツイッターを設置してはいけないという法律がある。そのせいか「トイレで起こった犯罪は世間に知られることがない」という都市伝説が広まっているのだ。おかげで公衆トイレは、何となく使いにくい状況だ。


(316)
 ノルコは厚揚げをモジュモジュしながら思う。学校のトイレも使いにくいのだ。世の中にはトイレに行くとからかわれるという理由で我慢し続けて、腸閉塞になってしまう子もいる。さらに問題なのが、仮にトイレを覗かれたりしても、そのことを訴える手段がないということだ。


(317)
 ノルコ(でも、いつ誰がどれだけ使ったか、なんてことが全部記録されちゃうのもいやだ) これは根の深い問題だとノルコは思った。アフレル「どうしたノルコ? 難しい顔して」 言われてハッと気づいて、おもむろに首を振るノルコ。お食事中に何てこと考えてたんだろう。ノルコ(はしたないっ)


(318)
 ノルコは食器をキッチンに返す時に、母が昼に拾ってきたという赤いバラのTLを調べた。ノルコ(あっ……) 購入者はツイッター協会のおばさん。この間会ったあの人だ。ノルコ(ということは) 高確率でホウさんが絡んでるはずだ。そうノルコは推理した。何だか気分がゲンナリしてきた。


(319)
 ノルコは自室に戻りつつ考える。お母さんのトイレの話ととホウさんの間に因果関係があるのだとしたら、それは一体どういう状況だろう? ノルコ(あの赤バラ……もしかしたらホウさんがお母さんに上げたのかも?) ほぼ正解といえる推理。しかし、それとトイレとの因果関係は?


(320)
 ノルコ(お母さんがトイレから出た直後に、ホウさんがお母さんに赤バラを渡した?) そこまでノルコは考えて、やっぱりワケがわからないなと思った。ホウの動機がわからない。なぜお母さんに赤いバラを? 赤いバラってどんな時にプレゼントする? ノルコ(あああ!)


(321)
 ノルコ(お母さん、ナンパされたんだ!) そして母はそのバラを受け取って帰ってきたのだ。これは由々しき事態。そう思ったノルコは、何が何でもホウさんとコンタクトを取らなければと思った。しかし。ノルコ(ホウさんにはリプライを飛ばせない……) 直接会って話すしかない……いや。


(322)
 青年ホウには不思議な能力がある。あのGPTLとかを見たせいで、人の心を読めるようになったらしい。心が読まれてしまうのは、正直言気分の良いものではないが、ならばそれを逆手に取ることも出来るはずだ。ノルコ(私達の平和な食卓を……乱さないで!) ノルコは目を閉じ、強く念じた。


(323)
 《ビヴァーチェ》 どこからともなくそう聞こえてきた気がした。ノルコ(私のお母さん美人だから気持ちはわかるけど、お願いだから変な気を起こさないでっ!) ノルコは10回くらいそう念じてから目をあけた。ノルコ(伝わったかな?) それを確かめるためにも、明日ホウさんに会いに行かないと。


(324)
 ノルコ(お母さんの様子をもう一度確かめておこう) ノルコは一階に下り、キッチンへと向かう。ノルコ(……こっそり) 入り口の影から母ヨコの姿を覗うノルコ。ヨコは食器を洗っている。いつもと様子は変わらない。ノルコ(あっ) キッチンから赤バラが消えているのを、ノルコは見逃さなかった。


(325)
 ノルコ(まだ生き生きしてたのに……なんで?) ノルコはそこでハッと気付く。隠蔽したのだ――と。ヨコ「ん?」 ヨコに気付かれた。ヨコ「なあにノルコ。ご飯足りなかった?」 ノルコは首を横に振って、その場を後にする。アフレル「おっ、ノルコ」 その時ちょうど、父が風呂から出てきた。


(326)
 スウェット姿で頭から湯気を立ててるアフレルは、どうやらノルコが微妙な表情をしていることに気付いたようだ。ノルコはマズいと思い、顔を伏せる。どう切り抜ける? ノルコ(……そうだ!) ノルコはお腹を押さえてモジモジした後、ダッシュでトイレに駆け込んだ。ノルコ(セーフ!)


(327)
 もちろんお腹なんか痛くない。というか、けなげ美少女はウ○コしない。ノルコは便座に腰掛けたまま、しばし考え込んだ。ノルコ(こういうときはどうしたらいいんだろう? お母さんが浮気するかもしれない……誰に相談するこもできない) というかつぶやけない。ノルコ(……こまったな)


(328)
 ノルコはリビングのTLにアクセスする。ヨコとアフレルが会話している。というか、普通に声が聞こえてくるのだけど。アフレル「また明日も面接だから、早くに出かけるよ」 ヨコ「そう? 朝ごはんなん時にする?」 アフレル「ううん、5時にはここを出るから。移動しながら食べてくよ」


(329)
 ヨコ「そんなに早く?」 アフレル「そうなんだ。南房総の先まで行くからね」 ヨコ「結構遠いわね。受かったとしても通えるの?」 アフレル「出社はたまにでいいんだ。あとは殆ど自宅でできる。また研究職なんだけど」 ヨコ「そう、受かるといいわね!」 アフレル「え? う、うん。がんばるよっ」


(330)
 ノルコは手を洗ってトイレを出た。自室に戻りつつ思う。お母さんの様子がやっぱり変だ。何となく、お父さんと話したくないみたい。会話を出来るだけ早く切り上げようとしている感じがする。ノルコ(お母さん……まさかとは思うけど) そうしてノルコの不安な一夜は更けてゆくのだった。 


(331)
 そして翌朝。現在8時半。今日は日曜日なのでワクは朝寝坊している。結局、朝の4時に起きてアフレルのお弁当を作ったヨコは、ソファーの上ででうつらうつらしている。一人でイチゴトーストを食べたノルコは。ノルコ(好機!) そう心の中で気合を入れて、家を飛び出して行った。


(332)
 ツイッター協会に行って、ホウに会って確認して帰ってくる。ただそれだけだ。スムーズに行けば10分で行って帰って来られる。しかし。ノルコ(どっちだっけ……) 住宅地の隘路は思いのほか複雑だったりする。バイオツイッターの地図機能を使っていたにも関わらず、ノルコは少し迷ってしまった。


(333)
 ノルコ(勝手に出かけたって、お父さんに怒られる!) ノルコは血の気がサーっと引く思いで、まるで迷路のような戸建住宅の細道をさまよっていた。すると。「おはよう!」 ノルコは喉から心臓が飛び出すかと思った。後ろを振り返ると。ホウ「来るんじゃないかと思っていたよ、ビヴァーチェ!」


(334)
 ノルコは内心ホッとしたが、それを顔に出すわけにはいかない。ノルコ(確かめなきゃ!) そしてジッと相手の顔をにらむ。昨夜の祈りが届いたなら、ホウは何らかのリアクションをしてくるはず。ホウ「そんなに僕の顔が気になるかい?」 と言って髪をかき上げ、無い耳を見せてくる。ノルコ(あれれ?)


(335)
 私の心を読めるのなら答えてくれるはず。ノルコは念じた。ノルコ(お母さんに何かしたの?!) するとホウは少しうな垂れた様子で、一つため息をついた。ホウ「昨日ね、ユウタ君が家に帰っちゃったんだ。寂しくなるよ」 ユウタ君とは、協会で会ったあの少年のことだが。ノルコ(とぼけてる?!)


(336)
 ホウ「君は僕に聞きたいことがあってここにきた」 ノルコは首を縦に振る。ホウ「だが僕はそれに答えることが出来ない」 ノルコは首を傾げる。ホウ「なぜならそれは、僕の極めてプライベートな部分だからだ」 ノルコはその場で地団駄を踏んだ。ホウ「そして君は今、不公平を感じている」


(337)
 そっちはプライベートとか言っておきながら、こっちが考えていることはお見通しではないか。そんなの不公平だ。ノルコはそう思って地団駄を踏んだのだ。はしたないとは思いつつも。ホウ「君も、その気になればなんだってわかるはずだ。僕が全てを管理しているわけじゃないんだから」 なんとも意味不明だ。


(338)
 ホウ「君は恋をしたことがあるかい?」 ノルコはドキリとした。そう改まって聞かれてみれば、ノルコは未だ誰にも恋をしたことがなかった。ホウ「恋とは不思議なものさ。お互いの気持ちと気持ちが合わせ鏡みたいに向き合って、どこまでも互いの姿を連ねていく。果てしが無い。ビバーチェ」


(339)
 ホウ「僕が君の心を読めたとしても、僕が僕の心を読めない限り、僕は何も掴めやしない。つまりはそういうことだ」 ノルコはホウの言葉をただ黙って聞いていた。お母さんとのことがどうとか言う以前に、その言葉には強い説得力があるように思えたのだ。そして自分にとって大事な言葉であることも。


(340)
 ホウ「さあ、そろそろ帰らないと、きっと大変なことが起こるぞ」 ノルコはギクリとしてその場でたじろいだ。ノルコはホウに何か一言いいたかった。でも呟けないのだ。ノルコは奥歯を強くかみ締めてウンウンと唸ってみたが、鼻で空気がヒューヒュー言うだけだった。ホウ「ふふ。また今度だ!」


(341)
 ノルコは家に帰ってソーっと中に入る。ワク「ホウェア?」 寝ぼけたワクが突っ立っていたので、ノルコは反射的に「シー」と唇に指をあてて黙らせた。リビングのソファーでは、母がまだすやすやと眠っている。ノルコはホッと内心ため息をついて、自室へと戻っていった。


(342)
 ノルコは学習机の引き出しからゲンお爺さんのPCを取り出した。そして起動させている間に考える。先ほどのホウの話をまとめると、やはりホウはお母さんに恋をしてしまったようだ。そして合わせ鏡の例え話から察するに、その顛末はホウにもわからないのだろう。ノルコ(ますます厄介だわ)


(343)
 『GPTLは世界の全てを僕に教える』 ホウが言っていたあの言葉はウソなのだろうか。ノルコはふとそう思う。GPTL、グロス・オブ・パーソナル・タイムライン、神のTL。そんな良くわからないものに取りこまれてしまった人が、今私のお母さんに恋してる。ノルコは気が気じゃなかった。


(344)
 まずはGPTLについて知らなければならない。ノルコはゲンお爺さんのPCでそれを調べることにした。キーワード検索機能を使って「GPTL」の単語を含むツイートを片っ端から調べていく……つもりだったが。ノルコ(無い……全然) GPTLという言葉は、どこをどう探しても見つからなかった。


(345)
 まるで何か大きな存在によって、言葉そのものが隠されてしまっているようだった。ノルコは薄ら寒い気分になってきた。ノルコ(そうだ!) あの管理人のおばさんなら知ってるかもしれない。ノルコは思いつくや否や、ツイッター協会の管理人、トキワ・チカコさんのプロフィールを検索した。





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