ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア236~251



(236)
 ゲンお爺さんの最後のツイートは家族も知人もみんな知ってる。もちろんノルコも知ってる。ゲン「喜びは光、すべてに感謝」 麻酔でぼんやりとした意識の中、お爺さんは最後の力を振り絞ってそう呟いた。そして翌朝、静かに息をひきとったのだ。


(237)
 ノルコはゲンお爺さんのTLを遡っていく。お爺さんがツイッターを始めたのが12歳の時。それ以来のツイートが全て詰まっているので、どんなに頑張ってもその一部しか見ることが出来ない。よほど根気よくTLを遡らないといけない。だからお爺さんの若い頃のことは、誰にもわからないのだ。


(238)
 ノルコが聞いた限りでは、ゲンお爺さんはちょっとした論客だったそうだ。昔から社会問題に強い興味をもっていたお爺さんは、バイオツイッター移行期の混乱の中で精力的な活動を行った一人なのだ。ノルコ(昔はバイオツイッターなんてなかった) ノルコはその時代をうまく想像できなかった。


(239)
 時は2030年代。はじめ、バイオツイッターは海外の一部で、ひそかなブームを起こしているだけのものだった。しかし時の3大国、アメリカ、中国、インドにおいて本格的な普及が始まると、世界の情勢は大きく変わり始める。


(240)
 当初、日本やEU諸国では導入反対の声が大勢を占めていた。人が、従来の人としての形を失ってしまう。そんな危機感が強かったのだ。しかし経済活動にバイオツイッターが用いられるようになると、たとえ反対論を唱える人であっても、それを使わざるを得ない状況が生じてきた。


(241)
 バイオツイッターを導入するか否か。その問いに対するゲンの答えはこうだった。ゲン「導入は不可避な流れだ。だから賛成とか反対とか言ってないで、導入に向けたガイドラインを考えるべし」 そしてこうつけ加えた。 ゲン「しかし私自身は決してバイオツイッターを使用しない」 と。


(242)
 バイオツイッターは量子コンピューターによって開発された。大規模量子演算機が膨大な計算の末に導き出した究極のコミニュケーションツールで、その機能には未解明な部分が多々あった。ゲン「バイオツイッターは遺伝するかもしれない」 当初は一笑に伏されたその発言は、後に的中することとなる。


(243)
 『このままでは世界は、全ての人間が監視しあう究極の監視社会、ディストピアになってしまう!』 過激な反対勢力が活動をはじめ、世界のあちこちで血生臭い事件がおきた。それに対しゲンはこう反論した。ゲン「ツイッターによる相互監視を、オーウェル的な一方監視状況と同じに考えるのは間違いだ」 


ツイートピア(244)
 また、それと正反対の主張もあった。『体内ツイッターを使って全ての人間の行動を把握すれば、犯罪も事故も自殺も無くなる、活用すべきだ!』 それに対するゲンは。ゲン「特定の個人、団体に対して、監視する権限を許すべきではない。そういった強い監視は、より深い抜け穴を作るだけで意味が無い」


(245)
 自由で透明感のある意思疎通は、人の心を正しく明るい方向へと導くだろう。そんな性善説のような考えに基づき、ゲンはバイオツイッターの価値を認めていた。しかし、その副作用を十分知らないうちに見切り発車をするのは良くないという理由で、ゲン自身は使用を拒んでいたのだ。


(246)
 しかし実際に「遺伝する」というバイオツイッターの副作用が知られるのは、普及してしばらくたってからのことだった。後から知って深く後悔する者は後をたたなかったし、ゲン自身も深く反省したものだ。もっと明確に、反対の立場をとるべきだったのではないかと。


(247)
 ゲンとミチコの間に生まれたクメゾウは、バイオツイッターを持たぬ者として生まれた。ゲンはクメゾウが12歳になるまで体内ツイッターの使用を認めず、12歳の誕生日に決断させた。クメゾウはその日のうちにインスト薬を打った。もうバイオツイッターなしには成り立たない世の中だったのだ。


(248)
 クメゾウお爺さんからアフレルお父さんが生まれ、そしてノルコとワクが生まれた。ツイッターを体内に宿す者として。ノルコ(ゲンお爺ちゃんのつぶやきは、どれくらい今の歴史に影響しているんだろう?) ふとそんなことを考えたりするノルコだった。


(249)
 一般庶民のつぶやきが、世界の歴史を左右すると考えるのは難しい。しかし時にはほんのささやかな呟きが、多くの人の心意によって増幅され、無視できないほどの大きな力をもつことはありうる。ゲンのツイートの中にも、そんなツイートがあったのかもしれない。可能性は誰にも否定できないのだ。


(250)
 tweet_with_bravery――勇気をもってつぶやく。そんなゲンお爺さんの言葉を、ノルコは今ならわかる気がする。ノルコ(はうっ!) ビクっとなって振り返ると、ノルコの後ろにお父さんやお母さん、ワクもクメゾウお爺ちゃんもウメナおばあちゃんもいて、みんなでPCを覗き込んでいた。


(251)
 クメゾウ「パスワード知っとったんかい!」 ヨコ「こんな古い機械がよく動くわね」 アフレル「どうだい、友達とはしゃべれた?」 ワク「クール!」 ノルコはなんだか恥ずかしくなってしまって、PC画面をパタンと倒した。ウメナ「さ、ぼちぼち切り上げな。もうすぐお昼だよ」





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