ツイートピア

ナガハシ

ツイードピア167~184



(167)
 ノルコは家につくと、静かにドアを開けてソーっと中に入った。いま父に見つかったらきっと「殺すぞ!」と言われてしまう。ソーっと、あくまでもソーっと。 アフレル「おかえり、ノルコ」 居間からノッソリと父が現れた。ノルコはゾーっとした。


(168)
 アフレル「遅かったね」 そう言って父はノルコの肩を掴んだ。以前、ノルコが黙って門限をやぶった時、父アフレルはこう言ったのだ。アフレル「誰かにノルコを殺されるくらいなら、いま父さんが殺してやるぞ!」と。どんだけ心配したんだろう。


(169)
 帰宅が遅れた言い訳をしようにも、ノルコはつぶやけないのだった。小刻みに顔を振ってオロオロしていると、父は出し抜けにこう言った。アフレル「ヤマオ君がしゃべったんだってね!」 ノルコは一転して顔を縦にウンウン振った。ヤマオ君は本当に偉大だ。


(170)
 どうやらヤマオ君が七度目のツイートをしたことは、父アフレルが仕事探しを中断してしまうくらいの衝撃をもっていたらしい。ノルコの帰宅が遅れた理由もそれだと、すっかりアフレルは信じ込んでいて、変な人について行ったとは微塵も思ってないようだ。


(171)
 部屋に入ってすぐヤマオ君のTLを開く。相当なリプライがヤマオ君宛てにあったはずだが、それでもツイート数は七つのままだった。『おこわうまい』 ヤマオ君はこのツイートでノルコを助けてようとしてくれたのか? ノルコはヤマオ君に聞いてみたかったけど、残念ながら呟けないのだった。


(172)
 そのころ、耳のない青年ホウ(本名キナシ・ホウジ)は協会の詰め所でタブレット端末をいじっていた。調子が悪いようだ。ホウ「画質がとってもバルラッチョ」 おばさん「そりゃ何年前の代物だね」 9.5インチの薄型。ざっと半世紀前の代物だ。


(173)
 ホウはバイオツイッターを持っていない。そのため、こうして旧式のタブレット端末に、オリジナルの電子回路を組み込むという無茶な手法でもってバイオツイッターをエミュレートしているのだ。今日やっと協会のコネで量子オーバードライブ回路を手に入れて組み込んだところだ。ホウ「ビバーチェ!」


ツイートピア(174)
 ホウは設定を終えると、GPTLグロス・オブ・パーソナル・タイム・ラインを表示させた。全世界の人間の心の声が、おびただしい速度で流れていく。その様子はまるでナイアガラの激流のようだが、それでも前よりスクロールが滑らかになった感じがする。


(175)
 ホウ「クルミナーレ!」 イタリア語で絶頂を意味する言葉を発したのち、ホウは癲癇の発作を起こして気絶した。おばさん「もう、いわんこっちゃない」 おばさんは慣れた様子で、ホウの足を引っ張って部屋まで運んで布団をかけた。ホウはその布団の中で、ヌクヌクと眠りについた。


(176)
 おばさん「まあ頑張りなよ、私達の英雄さん」 そう言っておばさんは、耳のないホウの頭を撫でて退室する。ホウはムニャムニャ言いながら、まるで子供のような寝顔で眠っている。そして事実、彼はいま子供の頃の夢を見ていたのだった。


(177)
 ホウは捨て子だった。ホウを育てあぐねた両親は彼にツイッター削除のアンインストを打ち、万が一にも耳たぶクリックが作動しないようにと耳まで切り落とし、そして道端に捨てたのだった。彼は運良く協会に拾われたが、ツイッター能力は戻らなかった。


(178)
 子供の頃のホウは、ツイッターを失っていたためか、まったく他人と交流しなかった。ありとあらゆるコミュニケーションを拒絶し、部屋にこもって本を読むばかりだった。そしてある日、思いついたように古典電子技術の勉強を始めたのだ。


(179)
 おばさん(当時はお姉さんだった)をはじめ、協会の人たちはホウの変わりように困惑した。彼は彼が学ぶために必要なあらゆるツールを要求してきた。そしてやがてその意図がわかった。彼は彼なりの手段でツイッターを取り戻そうとしていたのだ。


(180)
 彼が古典的な電子機器によるツイートを取り戻したのは11歳の時だった。バイオツイッターのネットワークと、昔ながらのワールドワイドウェブの間に接続を確立することは、専門家でも難しいことだ。しかし彼は自力でそれを成し遂げたのだった。そして彼はさらに独自の研究を続ける。


(181)
 一人一人の人間をノードとして自然生成されているバイオツイッターネットワークだが、ホウはその中にコアとなる領域を見つけた。すべてのツイートが必ずその場所を通るというポイントだ。彼はその場所を「セントラル」と名づけ、そこに接続するためのプロトコルを作った。


(182)
 その過程でホウはパーソナルタイムラインを発見し、そしてまた神のTLとでも言うべきGPTLを発見した。そして、そのストリームを眼にした瞬間、彼の世界の全てが変わった。光が弾け飛び、鐘の音が鳴り響き、限りない幸福感と万能感に包まれたたのだ。


(183)
 ビバーチェ――イタリア語で「快活」を意味するその言葉が、ホウの口癖になったのはそれからのことだ。その後ホウは、自分で開発したGPTLディスプレイを使って、心に傷を持った多くの人を救ってきた。あたかも奇跡のように。それが彼が「英雄さん」と呼ばれる所以だ。


(184)
 ホウ「ううん……」 ホウは30分ほどで眼を覚ました。起き上がって軽く腕を回す。首をひねる。立ち上がって屈伸運動をする。ホウ「オゥィエイ」 どうやら調子が良いようだ。そして彼は、本来彼が知るはずもないその言葉を、最大限の確信をもって口ずさんだのだった。ホウ「おこわうまい」 ――と。





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