ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

新王、就任する

 エヴァー歴895年。
 蛍虫の月、第一週のニ、炎の日。


 リーンは見事、第56代国王ジニアス・エルムス・エヴァーハル2世を撃破し、第57代国王の座についた。
 その戦いは熾烈を極め、エヴァーハル宮殿本城は跡形も無く倒壊。
 城の主塔が崩落する様は、多くの住民達に目撃された。


 『蛍月の変』と後に呼ばれるこの事件の報せは、瞬く間にアルデシア全土に広がり、密かに反攻の機を伺っていた各地の有力者達を大いにざわめかせた。


 突然の国王の交代劇に人々は動揺する。


 新しい王とはどんな人物なのか?
 税率は上がるのか下がるのか?
 徴兵されてしまった家族は戻ってくるのか?
 よもや、再び戦争が起るのか?


 それら人々の不安を鎮めるべく、新王リーンは思い切った手を打った。
 自分が清廉潔白な王であることを示すため、また同時に、巨大な力を持つ王者であることを知らしめるため、アルメダ姫の写真の機能を人々に明かしたのだ。


『あーあー。みんな聞こえるかー。俺が新王のリーンだ!』


 なんと、アルメダの写真そのものから声を発して。


『国王のおっちゃんは、アルメダの写真を使って、みんなの会話をこっそり聞いていたんだ』 


 写真の向こう側から突然響いてきた王の声に、大陸中の人々が目を剥いて驚いた。
 監視されていたことに激怒する者も当然いたが。
 だが多くの人々は、むしろその斬新な情報伝達手段と、新王が15歳の女であることに、強い関心を持った。


『国の秩序を守るために、仕方なくやってたらしいんだけど、やっぱ良くないよな、こそこそやるのは! 俺はもっと、みんなの力を信じた国づくりをしていきたいと思っているんだ』


 それとなく旧国王を庇いつつ、自らの国家観を語るリーン。
 人々はそれを聞いて、世の中は確実に変わるだろうと、期待に胸を膨らませた。


『アルメダの写真は好きな所に張りなおしてくれ。捨てちまっても構わねえけど、これからはその写真を通して大事なことを連絡するから、取っといた方が良いと思うぜ? あと、こっそり悪いことしようとしている奴がいたら、写真を通して俺に教えてくれ。他にも困ってることとかあったら、遠慮なく言ってくれよな。できる限り手を回すからよ』


 旧国王らが、監視装置として使っていたアルメダの写真は、こうして目安箱と掲示板を兼ねたものとして、広く使われることになった。


 その他にもリーンは、旧国王がボケ始めていたことや、宰相ゴーンに操られていたこと、大防壁には魔物の侵入を阻止する効果は殆どないことなど、多くの秘密を暴露していった。
 その上で、これからは議会を中心にして国を動かしていくつもりであることを明言した。


 さらにリーンは、国民へのプレゼントとして、税率を大きく引き下げた。
 これは商人階級を中心として、圧倒的な国民の支持を得るに至り、後にアルデシア全土に未曾有の好景気をもたらすことになる。


 唯一の懸念が国家財政だったが、これは兵役を徐々に減らすことで解決できる見通しだ。
 国家予算の実に6割が軍事費に消え、残り3割が汚職に消え、国民に還元される分はただの1割にも満たなかった状況が、アルメダの写真を活用することで、一気に改善されたのである。


 だがそれでも、いくつかの地域では執政官が放逐さた。
 国家として独立した勢力が、エヴァーハル王国に反旗をひるがえしてきたのだ。
 軍の最高指揮官たる新王リーンは、大陸各地に配置してあった王国軍を動員して速やかにこれを鎮圧するも、多くの兵士達の命が失われた。
 そしてリーンは、その重い責任を背負うこととなった。


 こうして、激動の一月が過ぎていった。


 暦が蛍虫の月から稲穂の月へと移り変わるころ、ようやくリーンは枕を低くして眠れるようになった。


 
 * * *


 
 本城跡地の地下。
 祭壇の間。


 外城の内部は、ようやく瓦礫の撤去が済んだばかりで、まだあちこちに生々しい戦いの痕跡が残っていた。
 いくつかの建物は半壊したままで、雨水などが入らないよう布で覆ってある。
 地面には飛来した瓦礫によってえぐられた穴が無数に空いている。
 祭壇の間の大穴はぽっかりと空いたままで、補修のための足場が組み上げられている。


 城内では、多くの作業者による修復作業が続けられていた。


「ふむふむ」


 大穴の脇の足場に立って、リーンは祭壇の間を見下ろしていた。
 無駄に豪華だったエヴァーハル宮殿本城は、瓦礫も撤去されて綺麗さっぱり跡形もない。


「だいぶ片付いたな!」


 と、一人うなずいて、リーンは足場を下っていく。


 リーンは相変わらず皮の胸当てを装備して、腰に小剣を吊るしているだけの粗野な服装だった。
 国王らしい雰囲気を出すために、緋色の外套を羽織ってはいるが、その姿はどうみても流れ者の剣士でしかなかった。
 もし王冠を被っていなかったら、だれも国王だとは認めてくれないだろう。


 革靴の底で板を鳴らしながら階段を下りていく。
 下では、ギリアムを始めとする医法師団が、祭壇の調査を進めている。
 リーンがやってきたことに気付くと、ギリアムはすぐに現場を離れて迎えにやってきた。
 彼の隣には、近衛兵長シャルロッテの姿もあった。


「おいーすっ」
「まあまあこれは、ハレンチの王様。ご機嫌麗しゅう」


 ベージュ色のお洒落なガウンを身に纏ったシャルロッテは、リーンを見るなりそう言ってきた。
 金縁の眼鏡がキラリと光る。


「むむっ、ハレンチなんかじゃないぞ? 今のオレには、赤百合王っていう立派な二つ名があるんだからなっ」
「何が赤百合ですか! 所詮は同性愛の歪曲表現。私はあなたが王だとは、けして認めませんわ」
「ホント相変わらずだなぁ、シャルロッテおばさまは」


 面倒くさそうにぼりぼりと頭をかきながら、リーンは言う。
 シャルロッテには引き続き近衛兵長をやってもらっているが、いまだ王様とは認めてもらえてない。


「そう邪険にするなシャルロッテよ。我々が思っていた以上に、新国王は良い仕事をしてくれているのだから」
「それは周りの人材が優秀だからですわっ」


 そう言ってプイっとギリアムから顔を背けるシャルロッテ。
 だが、その二人の距離はとても近いのだった。
 まるで、肩が触れ合わんばかりだ。


「我々が持てる力を存分にふるえるのも、リーン国王の寛大な采配あってのことなのだぞ?」
「それはつまり、お飾りの王だということですわっ」
「少しはリーンの魂に目を向けてはどうかね、シャルロッテよ」
「私は医法師ではないので、魂とやらについてはわかりませんっ」


 いつの間にか二人は、リーンそっちのけで押し問答を始めた。


「やれやれ……」


 リーンは肩をすくめつつ、二人から離れる。
 そして、祭壇の最上段に向かって歩いていく。


「まったく、妬けるぜー」


 二人はいつの間にか、仲睦まじくなっていたのだ。


 国王との一戦の後、目を覚ましたシャルロッテは、国王の敗北と本城の崩壊を知った。
 そしてすっかり意気消沈し、自分を裏切ったギリアムへの憎しみをも忘れて、ただひたすら自室に引きこもってしまった。
 近衛兵団を束ねられる者はシャルロッテをおいて他になく、リーンとしては、何とかして彼女に指揮をとってもらいたかった。
 そこでギリアムが一肌脱ぎ、単身、シャルロッテの説得に挑んだのだった。


 実は二人には、知られざる過去があった。
 若き日の二人は、どうやら相思相愛の関係にあったらしいのだ。


 だが当時、ギリアムは医法師界の中でも特に期待されていた青年であり、シャルロッテに至っては、すでに国王の側近となることが決まっていた。
 二人の想いは、けしてかなう事のない運命にあったのだ。


 幸い、ギリアムの説得は成功し、シャルロッテは自室から歩み出てきた。
 そしてしぶしぶではあるが、近衛兵団の指揮することをリーンに約束したのだ。


「やきぼっくりが何とやらか」


 祭壇の一番上まで昇って、後ろを振り返るリーン。
 そこにはギリアムにぴったり引っ付いてはなれないシャルロッテの姿があった。
 一体ギリアムがどうやってあの老騎士を説得したかはわからないが、恐らくは相当に一肌脱いだのであろう。
 そのことを想うと、リーンの喉の奥から得体の知れない笑いが込み上げてくるのだった。


「ふへへ、やばいね……」


 ニヤニヤと引きつる顔の筋肉を、リーンは両手で揉みほぐす。
 そして祭壇の一番上、黄金の棺が置かれている場所に目を戻した。


 そこには、黄金の棺が“三つ”並べて置いてあった。


 
 * * *


 
 御用農場の娘であり、湖の聖人エリィシェンの子孫であるエリィは、三つ目の棺の中に眠らされていた。
 宰相ゴーンの身柄を拘束した後に、リーンはジュアからその棺の場所を知らされた。


 祭壇の一番下の段に取り付けられている昇降階段をずらすと、そこに秘密の小部屋がある。
 その小部屋の中に、眠るエリィが収められた三つ目の棺が置いてあったのだ。


 エリィはすぐに医法師達の手当てを受けて目を覚ました。
 そして、リーンが実は女だったとうことを知って、「うわーい! お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃったのー!」と、びっくり仰天。
 命に別状はなく、怪我もなく、衰弱もしていなかったので、エリィはその日のうちに農場に帰されることになった。
 父親とエリィの再会にはリーンも立ち会ったが、それはそれは感動的なものだった。
 あの無骨な髭面の親方が、1オーンの先まで聞こえるほどに号泣したのだ。


 その一件が済んだ後、ジュアはエリィを誘拐した理由について、次のように述べた。


「ゴーンは、自らが天界へと帰るための肉体を欲していた。あの祭壇には、人間の魂を入れ替える機能もあったのよ。ゴーンはアルメダ姫の写真から集められた魔力を利用して、自分の魂を、エリィちゃんの肉体に移し替えようとしていたの。そうすることで、少しでも天界に近づこうと考えたのね」


 魂に与えられている可能性は、肉体という器によって制限されている。
 宰相ゴーンは、その肉体がもたらす魂の制約を、“魂変え”の儀式を行うことで取り払おうとしたのだ。
 ゴーンにとって、聖人の子孫たるエリィの肉体に乗り移ることは、天界に還るための最高の近道だったのだ。


「エリィちゃんが、あの湖の聖人エリィシェンの子孫であることはゴーンも知っていた。恐らく彼は、エリィちゃんに乗り移ることで、エリィシェンのような聖人になろうと考えていたんだわ」


 天へと帰る。
 ただ、それ一つの目的のために、ゴーンは国王に取り付いてあらゆる準備を進めてきた。
 民衆のわがままに翻弄される国王のために、力によって民衆を支配する方法を教えた。
 アルメダを中心とする祭壇の仕組みを公案し、自らの手で建造した。
 そしてジュアにエリィを誘拐させ、密かに祭壇の隠し部屋に幽閉した。


 アルメダを作り出すためだけなら、予備の棺は一つだけあればよかった。
 だが、魂変えには二つ以上の棺が必要になる。
 予備を用意するとすれば、必然、黄金の棺は三つ以上になるというわけだ。


 
 * * *


 
 リーンは三つ並んだ棺うち、真ん中の棺の前に立った。
 そして静かに蓋を外す。


「…………」


 そこにはエリィに代わって、アルメダ姫の体が収められていた。
 あの戦い以来、アルメダはずっと眠り続けたままだ。
 肉体の損傷は医法術によって回復させた。
 祭壇の機能も復旧したので、魔力も十分な量がアルメダの体に注ぎ込まれている。


 それにも関わらず、アルメダは一向に目を覚まさないのだ。
 むしろ、日に日にその輝きを失って、緩やかに朽ちていくようだった。


「アルメダ……」


 リーンはその手で静かにアルメダの頬を撫でる。
 何をしても目を覚まそうとしない愛しの姫君に、その胸の内を吐露する。


「俺はどうしたらいいんだ、アルメダ」


 だが、姫は何も答えない。
 柔らかな微笑を浮かべたまま目を閉じて、灰色にくすんだその素顔を微動だにさせない。


「俺はお前に、何をしてやれるんだ」


 リーンはしばし、その姿を眺めながら自問を続けた。















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