ガチ百合ハーレム戦記
卒業、国王の最後
祭壇の間の天井にポッカリと開いた大穴。
そこは、つい先ほどまで豪華絢爛なエヴァーハル宮殿本城があった場所だ。
「ほぅ……」
ものの見事にすっきりと消えてしまった天井を見上げながら、国王はため息をついた。
「酷いものじゃ。800年の長きに渡って受け継がれてきた城が、このようなことに……」
「オ父サマ、オ城ノ、サイケン、デキマスカ?」
「なあに、アルメダよ。お前とこの祭壇さえあれば、出来ぬことなど何もないのじゃ」
そう言って国王はふぉっふぉと哂った。
「アルメダよ、少々無理をしてもかまわん。取り急ぎ、下々の者達から魔力をかき集めるのじゃ。大防壁の儀は一時先送りして、まずは本城を再建する」
「オ父サマガ、オ城ヲ、直サレルノデスカ?」
「そうじゃよ。ワシの魔力をもってすれば、城の構築などあっという間なのじゃ」
国王とアルメダは、早くも今後の話を始めていた。
どこか呑気な様子でに語らっている国王達を、エイダとギリアムが地に膝をついて見上げる。
二人の目に映っていたものは、紛れも無く勝者の余裕であった。
「わはははっ、流石でございます、国王さま!」
ゴーンが嬉々として前に出る。
「おお、ゴーンよ。無事であったか」
「もちろんでございます。国王さまの偉業を見届けるまでは死ねませぬ!」
「ふぉふぉふぉ、城が壊れてしまったから、ちと先延ばしになるがのう」
エイダはギュッと拳を握り締めた。
これで本当にもう、何もかもが終わってしまったのか?
他になにか打つ手はないのか?
必死にその怜悧な頭脳を回転させるエイダだったが、その頭の良さが、かえって絶望的な状況を明白にしてしまうのだった。
「くっ……!」
まさにチェックメイトだった。
エイダ達のキングは、もはや完全に詰んでいた。
「リーン……」
エイダは力なく、祭壇の上で横たわるリーンを見る。
つま先から頭のてっぺんに至るまで、全ての魔力・気力・体力を放出しきって、もぬけの殻だ。
これ以上は、どう踏ん張っても戦えないだろう。
それは、一目見ただけで明らかだった。
「…………えっ?」
だがその時、エイダの瞳に、信じ難いものが映った。
それは、リーンの右手だった。
「…………親指が」
「…………立っておる」
ギリアムも気付いたようだ。
全てを放出しきってすっからかんなはずのリーンの身体。
だが、その右手の親指だけが、グッと天を突き刺しているのだった。
――いいぞ、グッドだ!
つまりそれは、そういうメッセージなのだが……。
「!?…………そういうことでしたかっ!」
その親指の形の意味に気付いた瞬間、エイダの胸の奥に希望の火がともった。
いやむしろ、それは勝利への確信とさえ言って良いものだった。
「ギリアムさん!」
「うむ、エイダよ」
二人は同時に頷いた。
まだ戦いが終わっていないことを確認するように。
「キングでキングを詰むことはできん。そうだな、エイダ」
「はい、そうなのですっ!」
ギリアムはしかと頷くと、ゴーンに向かって医法術をかけた。
『フリア・パラリス!』
-全身麻痺-
「あうっ?!」
完全に不意をつかれたゴーンは、速やかに全身麻痺の状態に陥った。
そして、その場でガクガク震えながらバタリと倒れる。
「なんじゃ? まだやるつもりなのかの?」
国王がそんな二人を睨みつけてきた。
「そなたらの王は倒れたのじゃ。これ以上、無駄に足掻いてどうする?」
「無駄な足掻きではないのですっ、国王のおじさま!」
「国王よ、この勝負、あなたの負けだ。キングは大抵、クイーンにやられる」
「なんじゃ……? とち狂ったか、お主ら」
国王は、何ともやる気のない表情で言う。
正直なところ、国王は随分と消耗しているのだ。
出来れば今すぐベッドに横になりたいほどに。
そんな調子なので、今の国王には、エイダ達の言っていることが、ただの戯言にしか聞こえない。
「もっとも……今、キングの側にあるのは、クイーン(女王)ではなく、プリンセス(王女)なのですが」
「この際どちらでもよかろう?」
「そうですね、どっちも女の子なのですっ」
エイダ達が、なにやらチェスになぞらえてあれこれ言っているが、国王にはさっぱり理解できない。
「ええい、さっきからわけのわからんことを! もうさっさと終わらせて寝るのじゃ!」
国王はエイダとギリアムを抹殺するべく、その足を踏み出した。
だが、その国王を引き止めるようにして、アルメダが国王の袖を掴んだ。
「お? なんじゃ、アルメダよ」
「オ父サマ、オ疲レノ、ゴ様子」
「ふむ、今日はちと堪えたわい」
「ワタシガ、癒シテ、差シ上ゲマス」
「ぬ?」
「横ニナッテ下サイ――――“おとうさま”」
「なに……?! ぬおわ!」
――トンッ!
アルメダは国王の足を蹴って、その場に尻餅をつかせた。
「なにをするのじゃ!? アルメダ!」
「オ父サマヲ、癒スノデス――――私ノ全テデ」
「なんじゃとっ!?」
アルメダは国王の腹にまたがると、凄まじい力でその体を押し倒した。
国王はいま大変弱っており、一方アルメダは、祭壇から魔力の供給をうけている上に、その肉体を人体の限界まで酷使することが出来る。
魔力、体力ともに、完全に国王を上回っているのだ。
「やめるのじゃ! アルメダ! このようなことは命令しておらん!」
「ワタシニハ、何ヨリモ優先シテ、オ父サマヲ愛スルヨウ、設定サレテ、オリマス」
「ならばその設定を解除するのじゃ!」
国王は右手を振りかざして、アルメダの再設定を行おうとした。
だが、その時に出てくるはずの青白い文字列が、どうやっても出てこない。
「祭壇ノ機能ガ、一部破損シテオリマス。再設定ハ不可能デス」
「なんじゃとー!!?」
国王はその事実に愕然とした。
「――はっ!」
そして気付いた。
リーンが最後に、玉砕覚悟の一撃を放ってきた、その真の理由を。
「あの……小娘ええええええ!!」
「オ父サマ、リラックス、リラックス」
リーンは始めから、国王を倒そうなどとは思っていなかったのだ。
祭壇の機能にある程度のダメージを与え、なおかつ国王を可能な限り消耗させる。
それだけで良かったのだ。
あとは、アルメダがやってくれる。
リーンは、そう信じていた。
「オ父サマ」
天使のような笑顔を浮かべて、アルメダは国王に、その胸のうちを告げた。
「ワタシハ、オ父サマシカ、愛セマセン」
男も女も愛することの出来ない体にされてしまった。
だが、父親たる国王だけは例外だった。
「お、おおお……何をする気じゃ……!」
「ダカラドウカ、コノ想イヲ遂ゲサセテ下サイ」
と言って、怪しく国王を誘うアルメダ。
その天使の笑顔の裏側には、誰も愛せない体にされてしまったことの、恨みつらみがこもっているようだった。
「やめるのじゃ! アルメダァァァァ!」
国王はありったけの魔力をかき集めて、アルメダの体めがけて放射した。
――バババババババババッ!!
極太の光線が、アルメダの全身を焼く。
だが。
「ゴ安静ニ……オ父サマ」
アルメダの全身は、黄金色のオーラによって守られていた。
祭壇の本体たるアルメダは、祭壇から魔力の供給を常に受けており、なおかつその保護をも受けている。
現状、アルメダを破壊できる者は誰もいないのだ。
アルメダが纏う黄金のオーラは、国王が放った一撃を丸ごと全部押し返した。
「グワアアアアアアアア!!」
――ジュババババババー!!
祭壇の上に閃光が走る。
結果として国王は、自らが放った光線に焼かれて、さらにその身体を痛めつけることになった。
力を消耗しきった今、国王はその全てをアルメダに委ねざるを得ない状況だ。
「オ召シ物ガ、ボロボロデス、オ父サマ」
「ぬ、ぬおおおおぉぉぉ……」
「デモ、丁度良イデスワ」
「やめるのじゃぁぁぁぁ……」
いまだかつて無い戦慄が国王の背に走る。
ブルブルと、まるで狼に睨まれた子羊のように、国王はただひたすら震え上がる。
――ビリビリビリー!!
「ヌわあああああああ!!」
アルメダは国王の腹に跨ったまま、その服を破り捨てた。
主に下半身の部分を中心に。
国王の大事な部分が、完全に露出する。
アルメダは、その白魚のような指先で、限りなく優しい手つきで、国王の陰部を愛撫した。
「ノオオオオォォォォー!!」
「今コソ、私ノ全テヲ、捧ゲマス……」
どこへともなく投げられたアルメダの呟き。
「リーン……」
それは間違いなく、リーンに向けて贈られたものだった。
* * *
エイダとギリアムは、祭壇の上で繰り広げられる痴情を、ただ黙って眺めていた。
「これが、リーンとアルメダ姫の覚悟なのですね……」
そう言うエイダの瞳には涙がたまっていた。
リーンとアルメダは、国王を倒して世界を変えるために、自分達の一番大切なものを捨てたのだ。
「リーンは、アルメダ姫が国王のおじさまだけは愛せることを、逆手にとったのです」
エイダは溢れる涙を拭いつつ言う。
「そしてお姫様も、リーンのために全てを捧げる覚悟をしたのです。あの、小さな体にこめられた魂で」
ギリアムは、ずっと泣きっぱなしのエイダの肩を叩いた。
「エイダよ。我々にその覚悟を止める資格はない。女の貴君には辛いだろうが、ここは黙って見届けよう」
「……グスッ、はいなのです。せめて目をそらさず、最後まで見届けるのです……!」
* * *
マジスたちが、口をポカンと開けて、大穴の上から祭壇の間を覗き込んでいた。
マジスは手で目を覆っていた。
「これは……見るに耐えぬ……」
「オオ、ハゲシイ……」
下半身すっぽんぽんの国王と、その上にスカートを広げてまたがるアルメダ。
そこから少し離れた場所で、親指を天に向けて横たわっているリーン。
大穴の上からでも、その様子ははっきりと確認することができた。
――なんだなんだ。
――ドウナッテイルノデス?
――みんな、落ちるなよ……?
中庭に退避していた者達が、次から次へと穴の下を覗き始めた。
――う、うわぁ!
――ヤッテマスワー!!
ある者は嗚咽とともに目を背けた。
ある者は頬を赤らめてその光景に見入った。
――そんな……お姫様が……!!
――ハッ? ハアアーン!?
人間の女の中には泣き咽ぶ者もいた。
魔物の女の一人が、興奮しすぎて気を失った。
雨乞いの儀式で発生させた雨雲は、徐々に晴れつつあった。
かつて、見せしめとして国王に溶かされてしまった、あの魔物女も、きっとこの空のどこかで見ているだろう。
自らが作り出した人形の娘に貞操を奪われる、老いた国王の姿を。
「国王様……現役だったんだ……」
誰かがポツリ、そう呟く。
* * *
この世で最も冒し難いものは何か。
それは、国王の権力である。
ならばこの世で最も冒してはならぬものは何か。
それは、王女の操である。
この二つを冒せるもの。
それは天の導き。
時のいたずら。
そして、勇者の剣とその力強き意志のみ――。
後世にまで語り継がれる、詩の一節である。
その元種となった歴史上の事実は、その後、誰の口からも語られることなく、歴史の闇の中にひっそりと葬り去られた。
* * *
全てが終わったとき
空はすっかり晴れ渡っていた。
「シクシク……シクシク……」
さわやかな日差しが、遥かな天より降り注ぐ。
陽の光に満たされた祭壇の上では、国王が三角座りをしてすすり泣いている。
その背にぴったりと寄り添って、黄金色の王女が、聖母のような微笑でまどろんでいる。
――チュンチュン
どこからともなく小鳥が飛んできて、うつ伏せに倒れているリーンの頭の上にとまった。
「…………んん」
そして勇者は目を開く。
鉛のように重い体に鞭打って、その首を少しだけ持ち上げる。
「ああ…………」
その視界に、全てが終わったことを知らせる光景が飛び込んできた。
国王の背に寄りかかるアルメダは、とても満ち足りた顔をしていた。
「……勝ったな、アルメダ」
ただそれだけ言ってリーンは微笑んだ。
喪失と達成。
やるせなさと満足感。
相反する感情をその胸に抱いて。
「……よっこらせと」
やっとの思いで身体を起し、その場にどかりと腰を下ろす。
そしてしばし、幸せそうに眠るアルメダと、悲壮感に満ちた国王の後ろ姿を眺めていた。
「あっ……そうだ」
何となく気になって、リーンは、ポケットの中からレベルモノクルを取り出す。
そして、国王に向けて覗き込んだ。
老人 男
Lv1 人属性
レベルモノクルにはそう記されていた。
「やっぱりな、おっちゃん」
リーンは、なんともみすぼらしいことになってしまった老人のステータスを確認しつつ、ぽつり、感慨深げに呟いた。
「あんたは人間だったんだ」
と。
そこは、つい先ほどまで豪華絢爛なエヴァーハル宮殿本城があった場所だ。
「ほぅ……」
ものの見事にすっきりと消えてしまった天井を見上げながら、国王はため息をついた。
「酷いものじゃ。800年の長きに渡って受け継がれてきた城が、このようなことに……」
「オ父サマ、オ城ノ、サイケン、デキマスカ?」
「なあに、アルメダよ。お前とこの祭壇さえあれば、出来ぬことなど何もないのじゃ」
そう言って国王はふぉっふぉと哂った。
「アルメダよ、少々無理をしてもかまわん。取り急ぎ、下々の者達から魔力をかき集めるのじゃ。大防壁の儀は一時先送りして、まずは本城を再建する」
「オ父サマガ、オ城ヲ、直サレルノデスカ?」
「そうじゃよ。ワシの魔力をもってすれば、城の構築などあっという間なのじゃ」
国王とアルメダは、早くも今後の話を始めていた。
どこか呑気な様子でに語らっている国王達を、エイダとギリアムが地に膝をついて見上げる。
二人の目に映っていたものは、紛れも無く勝者の余裕であった。
「わはははっ、流石でございます、国王さま!」
ゴーンが嬉々として前に出る。
「おお、ゴーンよ。無事であったか」
「もちろんでございます。国王さまの偉業を見届けるまでは死ねませぬ!」
「ふぉふぉふぉ、城が壊れてしまったから、ちと先延ばしになるがのう」
エイダはギュッと拳を握り締めた。
これで本当にもう、何もかもが終わってしまったのか?
他になにか打つ手はないのか?
必死にその怜悧な頭脳を回転させるエイダだったが、その頭の良さが、かえって絶望的な状況を明白にしてしまうのだった。
「くっ……!」
まさにチェックメイトだった。
エイダ達のキングは、もはや完全に詰んでいた。
「リーン……」
エイダは力なく、祭壇の上で横たわるリーンを見る。
つま先から頭のてっぺんに至るまで、全ての魔力・気力・体力を放出しきって、もぬけの殻だ。
これ以上は、どう踏ん張っても戦えないだろう。
それは、一目見ただけで明らかだった。
「…………えっ?」
だがその時、エイダの瞳に、信じ難いものが映った。
それは、リーンの右手だった。
「…………親指が」
「…………立っておる」
ギリアムも気付いたようだ。
全てを放出しきってすっからかんなはずのリーンの身体。
だが、その右手の親指だけが、グッと天を突き刺しているのだった。
――いいぞ、グッドだ!
つまりそれは、そういうメッセージなのだが……。
「!?…………そういうことでしたかっ!」
その親指の形の意味に気付いた瞬間、エイダの胸の奥に希望の火がともった。
いやむしろ、それは勝利への確信とさえ言って良いものだった。
「ギリアムさん!」
「うむ、エイダよ」
二人は同時に頷いた。
まだ戦いが終わっていないことを確認するように。
「キングでキングを詰むことはできん。そうだな、エイダ」
「はい、そうなのですっ!」
ギリアムはしかと頷くと、ゴーンに向かって医法術をかけた。
『フリア・パラリス!』
-全身麻痺-
「あうっ?!」
完全に不意をつかれたゴーンは、速やかに全身麻痺の状態に陥った。
そして、その場でガクガク震えながらバタリと倒れる。
「なんじゃ? まだやるつもりなのかの?」
国王がそんな二人を睨みつけてきた。
「そなたらの王は倒れたのじゃ。これ以上、無駄に足掻いてどうする?」
「無駄な足掻きではないのですっ、国王のおじさま!」
「国王よ、この勝負、あなたの負けだ。キングは大抵、クイーンにやられる」
「なんじゃ……? とち狂ったか、お主ら」
国王は、何ともやる気のない表情で言う。
正直なところ、国王は随分と消耗しているのだ。
出来れば今すぐベッドに横になりたいほどに。
そんな調子なので、今の国王には、エイダ達の言っていることが、ただの戯言にしか聞こえない。
「もっとも……今、キングの側にあるのは、クイーン(女王)ではなく、プリンセス(王女)なのですが」
「この際どちらでもよかろう?」
「そうですね、どっちも女の子なのですっ」
エイダ達が、なにやらチェスになぞらえてあれこれ言っているが、国王にはさっぱり理解できない。
「ええい、さっきからわけのわからんことを! もうさっさと終わらせて寝るのじゃ!」
国王はエイダとギリアムを抹殺するべく、その足を踏み出した。
だが、その国王を引き止めるようにして、アルメダが国王の袖を掴んだ。
「お? なんじゃ、アルメダよ」
「オ父サマ、オ疲レノ、ゴ様子」
「ふむ、今日はちと堪えたわい」
「ワタシガ、癒シテ、差シ上ゲマス」
「ぬ?」
「横ニナッテ下サイ――――“おとうさま”」
「なに……?! ぬおわ!」
――トンッ!
アルメダは国王の足を蹴って、その場に尻餅をつかせた。
「なにをするのじゃ!? アルメダ!」
「オ父サマヲ、癒スノデス――――私ノ全テデ」
「なんじゃとっ!?」
アルメダは国王の腹にまたがると、凄まじい力でその体を押し倒した。
国王はいま大変弱っており、一方アルメダは、祭壇から魔力の供給をうけている上に、その肉体を人体の限界まで酷使することが出来る。
魔力、体力ともに、完全に国王を上回っているのだ。
「やめるのじゃ! アルメダ! このようなことは命令しておらん!」
「ワタシニハ、何ヨリモ優先シテ、オ父サマヲ愛スルヨウ、設定サレテ、オリマス」
「ならばその設定を解除するのじゃ!」
国王は右手を振りかざして、アルメダの再設定を行おうとした。
だが、その時に出てくるはずの青白い文字列が、どうやっても出てこない。
「祭壇ノ機能ガ、一部破損シテオリマス。再設定ハ不可能デス」
「なんじゃとー!!?」
国王はその事実に愕然とした。
「――はっ!」
そして気付いた。
リーンが最後に、玉砕覚悟の一撃を放ってきた、その真の理由を。
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「オ父サマ、リラックス、リラックス」
リーンは始めから、国王を倒そうなどとは思っていなかったのだ。
祭壇の機能にある程度のダメージを与え、なおかつ国王を可能な限り消耗させる。
それだけで良かったのだ。
あとは、アルメダがやってくれる。
リーンは、そう信じていた。
「オ父サマ」
天使のような笑顔を浮かべて、アルメダは国王に、その胸のうちを告げた。
「ワタシハ、オ父サマシカ、愛セマセン」
男も女も愛することの出来ない体にされてしまった。
だが、父親たる国王だけは例外だった。
「お、おおお……何をする気じゃ……!」
「ダカラドウカ、コノ想イヲ遂ゲサセテ下サイ」
と言って、怪しく国王を誘うアルメダ。
その天使の笑顔の裏側には、誰も愛せない体にされてしまったことの、恨みつらみがこもっているようだった。
「やめるのじゃ! アルメダァァァァ!」
国王はありったけの魔力をかき集めて、アルメダの体めがけて放射した。
――バババババババババッ!!
極太の光線が、アルメダの全身を焼く。
だが。
「ゴ安静ニ……オ父サマ」
アルメダの全身は、黄金色のオーラによって守られていた。
祭壇の本体たるアルメダは、祭壇から魔力の供給を常に受けており、なおかつその保護をも受けている。
現状、アルメダを破壊できる者は誰もいないのだ。
アルメダが纏う黄金のオーラは、国王が放った一撃を丸ごと全部押し返した。
「グワアアアアアアアア!!」
――ジュババババババー!!
祭壇の上に閃光が走る。
結果として国王は、自らが放った光線に焼かれて、さらにその身体を痛めつけることになった。
力を消耗しきった今、国王はその全てをアルメダに委ねざるを得ない状況だ。
「オ召シ物ガ、ボロボロデス、オ父サマ」
「ぬ、ぬおおおおぉぉぉ……」
「デモ、丁度良イデスワ」
「やめるのじゃぁぁぁぁ……」
いまだかつて無い戦慄が国王の背に走る。
ブルブルと、まるで狼に睨まれた子羊のように、国王はただひたすら震え上がる。
――ビリビリビリー!!
「ヌわあああああああ!!」
アルメダは国王の腹に跨ったまま、その服を破り捨てた。
主に下半身の部分を中心に。
国王の大事な部分が、完全に露出する。
アルメダは、その白魚のような指先で、限りなく優しい手つきで、国王の陰部を愛撫した。
「ノオオオオォォォォー!!」
「今コソ、私ノ全テヲ、捧ゲマス……」
どこへともなく投げられたアルメダの呟き。
「リーン……」
それは間違いなく、リーンに向けて贈られたものだった。
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「これが、リーンとアルメダ姫の覚悟なのですね……」
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リーンとアルメダは、国王を倒して世界を変えるために、自分達の一番大切なものを捨てたのだ。
「リーンは、アルメダ姫が国王のおじさまだけは愛せることを、逆手にとったのです」
エイダは溢れる涙を拭いつつ言う。
「そしてお姫様も、リーンのために全てを捧げる覚悟をしたのです。あの、小さな体にこめられた魂で」
ギリアムは、ずっと泣きっぱなしのエイダの肩を叩いた。
「エイダよ。我々にその覚悟を止める資格はない。女の貴君には辛いだろうが、ここは黙って見届けよう」
「……グスッ、はいなのです。せめて目をそらさず、最後まで見届けるのです……!」
* * *
マジスたちが、口をポカンと開けて、大穴の上から祭壇の間を覗き込んでいた。
マジスは手で目を覆っていた。
「これは……見るに耐えぬ……」
「オオ、ハゲシイ……」
下半身すっぽんぽんの国王と、その上にスカートを広げてまたがるアルメダ。
そこから少し離れた場所で、親指を天に向けて横たわっているリーン。
大穴の上からでも、その様子ははっきりと確認することができた。
――なんだなんだ。
――ドウナッテイルノデス?
――みんな、落ちるなよ……?
中庭に退避していた者達が、次から次へと穴の下を覗き始めた。
――う、うわぁ!
――ヤッテマスワー!!
ある者は嗚咽とともに目を背けた。
ある者は頬を赤らめてその光景に見入った。
――そんな……お姫様が……!!
――ハッ? ハアアーン!?
人間の女の中には泣き咽ぶ者もいた。
魔物の女の一人が、興奮しすぎて気を失った。
雨乞いの儀式で発生させた雨雲は、徐々に晴れつつあった。
かつて、見せしめとして国王に溶かされてしまった、あの魔物女も、きっとこの空のどこかで見ているだろう。
自らが作り出した人形の娘に貞操を奪われる、老いた国王の姿を。
「国王様……現役だったんだ……」
誰かがポツリ、そう呟く。
* * *
この世で最も冒し難いものは何か。
それは、国王の権力である。
ならばこの世で最も冒してはならぬものは何か。
それは、王女の操である。
この二つを冒せるもの。
それは天の導き。
時のいたずら。
そして、勇者の剣とその力強き意志のみ――。
後世にまで語り継がれる、詩の一節である。
その元種となった歴史上の事実は、その後、誰の口からも語られることなく、歴史の闇の中にひっそりと葬り去られた。
* * *
全てが終わったとき
空はすっかり晴れ渡っていた。
「シクシク……シクシク……」
さわやかな日差しが、遥かな天より降り注ぐ。
陽の光に満たされた祭壇の上では、国王が三角座りをしてすすり泣いている。
その背にぴったりと寄り添って、黄金色の王女が、聖母のような微笑でまどろんでいる。
――チュンチュン
どこからともなく小鳥が飛んできて、うつ伏せに倒れているリーンの頭の上にとまった。
「…………んん」
そして勇者は目を開く。
鉛のように重い体に鞭打って、その首を少しだけ持ち上げる。
「ああ…………」
その視界に、全てが終わったことを知らせる光景が飛び込んできた。
国王の背に寄りかかるアルメダは、とても満ち足りた顔をしていた。
「……勝ったな、アルメダ」
ただそれだけ言ってリーンは微笑んだ。
喪失と達成。
やるせなさと満足感。
相反する感情をその胸に抱いて。
「……よっこらせと」
やっとの思いで身体を起し、その場にどかりと腰を下ろす。
そしてしばし、幸せそうに眠るアルメダと、悲壮感に満ちた国王の後ろ姿を眺めていた。
「あっ……そうだ」
何となく気になって、リーンは、ポケットの中からレベルモノクルを取り出す。
そして、国王に向けて覗き込んだ。
老人 男
Lv1 人属性
レベルモノクルにはそう記されていた。
「やっぱりな、おっちゃん」
リーンは、なんともみすぼらしいことになってしまった老人のステータスを確認しつつ、ぽつり、感慨深げに呟いた。
「あんたは人間だったんだ」
と。
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