ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

卒業、国王の最後

 祭壇の間の天井にポッカリと開いた大穴。
 そこは、つい先ほどまで豪華絢爛なエヴァーハル宮殿本城があった場所だ。


「ほぅ……」


 ものの見事にすっきりと消えてしまった天井を見上げながら、国王はため息をついた。


「酷いものじゃ。800年の長きに渡って受け継がれてきた城が、このようなことに……」
「オ父サマ、オ城ノ、サイケン、デキマスカ?」
「なあに、アルメダよ。お前とこの祭壇さえあれば、出来ぬことなど何もないのじゃ」


 そう言って国王はふぉっふぉと哂った。


「アルメダよ、少々無理をしてもかまわん。取り急ぎ、下々の者達から魔力をかき集めるのじゃ。大防壁の儀は一時先送りして、まずは本城を再建する」
「オ父サマガ、オ城ヲ、直サレルノデスカ?」
「そうじゃよ。ワシの魔力をもってすれば、城の構築などあっという間なのじゃ」


 国王とアルメダは、早くも今後の話を始めていた。
 どこか呑気な様子でに語らっている国王達を、エイダとギリアムが地に膝をついて見上げる。
 二人の目に映っていたものは、紛れも無く勝者の余裕であった。


「わはははっ、流石でございます、国王さま!」


 ゴーンが嬉々として前に出る。


「おお、ゴーンよ。無事であったか」
「もちろんでございます。国王さまの偉業を見届けるまでは死ねませぬ!」
「ふぉふぉふぉ、城が壊れてしまったから、ちと先延ばしになるがのう」


 エイダはギュッと拳を握り締めた。
 これで本当にもう、何もかもが終わってしまったのか?
 他になにか打つ手はないのか?
 必死にその怜悧な頭脳を回転させるエイダだったが、その頭の良さが、かえって絶望的な状況を明白にしてしまうのだった。


「くっ……!」


 まさにチェックメイトだった。
 エイダ達のキングは、もはや完全に詰んでいた。


「リーン……」


 エイダは力なく、祭壇の上で横たわるリーンを見る。
 つま先から頭のてっぺんに至るまで、全ての魔力・気力・体力を放出しきって、もぬけの殻だ。
 これ以上は、どう踏ん張っても戦えないだろう。
 それは、一目見ただけで明らかだった。


「…………えっ?」


 だがその時、エイダの瞳に、信じ難いものが映った。
 それは、リーンの右手だった。


「…………親指が」
「…………立っておる」


 ギリアムも気付いたようだ。
 全てを放出しきってすっからかんなはずのリーンの身体。
 だが、その右手の親指だけが、グッと天を突き刺しているのだった。


――いいぞ、グッドだ!


 つまりそれは、そういうメッセージなのだが……。


「!?…………そういうことでしたかっ!」


 その親指の形の意味に気付いた瞬間、エイダの胸の奥に希望の火がともった。


 いやむしろ、それは勝利への確信とさえ言って良いものだった。


「ギリアムさん!」
「うむ、エイダよ」


 二人は同時に頷いた。
 まだ戦いが終わっていないことを確認するように。


「キングでキングを詰むことはできん。そうだな、エイダ」
「はい、そうなのですっ!」


 ギリアムはしかと頷くと、ゴーンに向かって医法術をかけた。


『フリア・パラリス!』
 -全身麻痺-


「あうっ?!」


 完全に不意をつかれたゴーンは、速やかに全身麻痺の状態に陥った。
 そして、その場でガクガク震えながらバタリと倒れる。


「なんじゃ? まだやるつもりなのかの?」


 国王がそんな二人を睨みつけてきた。


「そなたらの王は倒れたのじゃ。これ以上、無駄に足掻いてどうする?」
「無駄な足掻きではないのですっ、国王のおじさま!」
「国王よ、この勝負、あなたの負けだ。キングは大抵、クイーンにやられる」
「なんじゃ……? とち狂ったか、お主ら」


 国王は、何ともやる気のない表情で言う。
 正直なところ、国王は随分と消耗しているのだ。
 出来れば今すぐベッドに横になりたいほどに。
 そんな調子なので、今の国王には、エイダ達の言っていることが、ただの戯言にしか聞こえない。


「もっとも……今、キングの側にあるのは、クイーン(女王)ではなく、プリンセス(王女)なのですが」
「この際どちらでもよかろう?」
「そうですね、どっちも女の子なのですっ」


 エイダ達が、なにやらチェスになぞらえてあれこれ言っているが、国王にはさっぱり理解できない。


「ええい、さっきからわけのわからんことを! もうさっさと終わらせて寝るのじゃ!」


 国王はエイダとギリアムを抹殺するべく、その足を踏み出した。
 だが、その国王を引き止めるようにして、アルメダが国王の袖を掴んだ。


「お? なんじゃ、アルメダよ」
「オ父サマ、オ疲レノ、ゴ様子」
「ふむ、今日はちと堪えたわい」
「ワタシガ、癒シテ、差シ上ゲマス」
「ぬ?」
「横ニナッテ下サイ――――“おとうさま”」
「なに……?! ぬおわ!」


――トンッ!


 アルメダは国王の足を蹴って、その場に尻餅をつかせた。


「なにをするのじゃ!? アルメダ!」
「オ父サマヲ、癒スノデス――――私ノ全テデ」
「なんじゃとっ!?」


 アルメダは国王の腹にまたがると、凄まじい力でその体を押し倒した。
 国王はいま大変弱っており、一方アルメダは、祭壇から魔力の供給をうけている上に、その肉体を人体の限界まで酷使することが出来る。
 魔力、体力ともに、完全に国王を上回っているのだ。


「やめるのじゃ! アルメダ! このようなことは命令しておらん!」
「ワタシニハ、何ヨリモ優先シテ、オ父サマヲ愛スルヨウ、設定サレテ、オリマス」
「ならばその設定を解除するのじゃ!」


 国王は右手を振りかざして、アルメダの再設定を行おうとした。
 だが、その時に出てくるはずの青白い文字列が、どうやっても出てこない。


「祭壇ノ機能ガ、一部破損シテオリマス。再設定ハ不可能デス」
「なんじゃとー!!?」


 国王はその事実に愕然とした。


「――はっ!」


 そして気付いた。
 リーンが最後に、玉砕覚悟の一撃を放ってきた、その真の理由を。


「あの……小娘ええええええ!!」
「オ父サマ、リラックス、リラックス」


 リーンは始めから、国王を倒そうなどとは思っていなかったのだ。
 祭壇の機能にある程度のダメージを与え、なおかつ国王を可能な限り消耗させる。
 それだけで良かったのだ。


 あとは、アルメダがやってくれる。
 リーンは、そう信じていた。


「オ父サマ」


 天使のような笑顔を浮かべて、アルメダは国王に、その胸のうちを告げた。


「ワタシハ、オ父サマシカ、愛セマセン」


 男も女も愛することの出来ない体にされてしまった。
 だが、父親たる国王だけは例外だった。


「お、おおお……何をする気じゃ……!」
「ダカラドウカ、コノ想イヲ遂ゲサセテ下サイ」


 と言って、怪しく国王を誘うアルメダ。
 その天使の笑顔の裏側には、誰も愛せない体にされてしまったことの、恨みつらみがこもっているようだった。


「やめるのじゃ! アルメダァァァァ!」


 国王はありったけの魔力をかき集めて、アルメダの体めがけて放射した。


――バババババババババッ!!


 極太の光線が、アルメダの全身を焼く。
 だが。


「ゴ安静ニ……オ父サマ」


 アルメダの全身は、黄金色のオーラによって守られていた。
 祭壇の本体たるアルメダは、祭壇から魔力の供給を常に受けており、なおかつその保護をも受けている。
 現状、アルメダを破壊できる者は誰もいないのだ。 


 アルメダが纏う黄金のオーラは、国王が放った一撃を丸ごと全部押し返した。


「グワアアアアアアアア!!」


――ジュババババババー!!


 祭壇の上に閃光が走る。
 結果として国王は、自らが放った光線に焼かれて、さらにその身体を痛めつけることになった。
 力を消耗しきった今、国王はその全てをアルメダに委ねざるを得ない状況だ。


「オ召シ物ガ、ボロボロデス、オ父サマ」
「ぬ、ぬおおおおぉぉぉ……」
「デモ、丁度良イデスワ」
「やめるのじゃぁぁぁぁ……」


 いまだかつて無い戦慄が国王の背に走る。
 ブルブルと、まるで狼に睨まれた子羊のように、国王はただひたすら震え上がる。


――ビリビリビリー!!


「ヌわあああああああ!!」


 アルメダは国王の腹に跨ったまま、その服を破り捨てた。
 主に下半身の部分を中心に。


 国王の大事な部分が、完全に露出する。
 アルメダは、その白魚のような指先で、限りなく優しい手つきで、国王の陰部を愛撫した。


「ノオオオオォォォォー!!」
「今コソ、私ノ全テヲ、捧ゲマス……」


 どこへともなく投げられたアルメダの呟き。


「リーン……」


 それは間違いなく、リーンに向けて贈られたものだった。


 
 * * *




 エイダとギリアムは、祭壇の上で繰り広げられる痴情を、ただ黙って眺めていた。


「これが、リーンとアルメダ姫の覚悟なのですね……」


 そう言うエイダの瞳には涙がたまっていた。
 リーンとアルメダは、国王を倒して世界を変えるために、自分達の一番大切なものを捨てたのだ。


「リーンは、アルメダ姫が国王のおじさまだけは愛せることを、逆手にとったのです」


 エイダは溢れる涙を拭いつつ言う。


「そしてお姫様も、リーンのために全てを捧げる覚悟をしたのです。あの、小さな体にこめられた魂で」


 ギリアムは、ずっと泣きっぱなしのエイダの肩を叩いた。


「エイダよ。我々にその覚悟を止める資格はない。女の貴君には辛いだろうが、ここは黙って見届けよう」
「……グスッ、はいなのです。せめて目をそらさず、最後まで見届けるのです……!」




 * * *




 マジスたちが、口をポカンと開けて、大穴の上から祭壇の間を覗き込んでいた。
 マジスは手で目を覆っていた。


「これは……見るに耐えぬ……」
「オオ、ハゲシイ……」


 下半身すっぽんぽんの国王と、その上にスカートを広げてまたがるアルメダ。
 そこから少し離れた場所で、親指を天に向けて横たわっているリーン。
 大穴の上からでも、その様子ははっきりと確認することができた。


――なんだなんだ。
――ドウナッテイルノデス?
――みんな、落ちるなよ……?


 中庭に退避していた者達が、次から次へと穴の下を覗き始めた。


――う、うわぁ!
――ヤッテマスワー!!


 ある者は嗚咽とともに目を背けた。
 ある者は頬を赤らめてその光景に見入った。


――そんな……お姫様が……!!
――ハッ? ハアアーン!?


 人間の女の中には泣き咽ぶ者もいた。
 魔物の女の一人が、興奮しすぎて気を失った。


 雨乞いの儀式で発生させた雨雲は、徐々に晴れつつあった。
 かつて、見せしめとして国王に溶かされてしまった、あの魔物女も、きっとこの空のどこかで見ているだろう。


 自らが作り出した人形の娘に貞操を奪われる、老いた国王の姿を。


「国王様……現役だったんだ……」


 誰かがポツリ、そう呟く。


 
 * * *




 この世で最も冒し難いものは何か。
 それは、国王の権力である。
 ならばこの世で最も冒してはならぬものは何か。
 それは、王女の操である。


 この二つを冒せるもの。
 それは天の導き。
 時のいたずら。
 そして、勇者の剣とその力強き意志のみ――。 


 後世にまで語り継がれる、うたの一節である。
 その元種となった歴史上の事実は、その後、誰の口からも語られることなく、歴史の闇の中にひっそりと葬り去られた。




 * * *




 全てが終わったとき
 空はすっかり晴れ渡っていた。


「シクシク……シクシク……」


 さわやかな日差しが、遥かな天より降り注ぐ。
 陽の光に満たされた祭壇の上では、国王が三角座りをしてすすり泣いている。
 その背にぴったりと寄り添って、黄金色の王女が、聖母のような微笑でまどろんでいる。


――チュンチュン


 どこからともなく小鳥が飛んできて、うつ伏せに倒れているリーンの頭の上にとまった。


「…………んん」


 そして勇者は目を開く。
 鉛のように重い体に鞭打って、その首を少しだけ持ち上げる。


「ああ…………」


 その視界に、全てが終わったことを知らせる光景が飛び込んできた。
 国王の背に寄りかかるアルメダは、とても満ち足りた顔をしていた。


「……勝ったな、アルメダ」


 ただそれだけ言ってリーンは微笑んだ。
 喪失と達成。
 やるせなさと満足感。
 相反する感情をその胸に抱いて。


「……よっこらせと」


 やっとの思いで身体を起し、その場にどかりと腰を下ろす。
 そしてしばし、幸せそうに眠るアルメダと、悲壮感に満ちた国王の後ろ姿を眺めていた。


「あっ……そうだ」


 何となく気になって、リーンは、ポケットの中からレベルモノクルを取り出す。
 そして、国王に向けて覗き込んだ。




 老人 男
 Lv1 人属性




 レベルモノクルにはそう記されていた。


「やっぱりな、おっちゃん」


 リーンは、なんともみすぼらしいことになってしまった老人のステータスを確認しつつ、ぽつり、感慨深げに呟いた。


「あんたは人間だったんだ」


 と。















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