ガチ百合ハーレム戦記
激突、王の意地
困ったのう、などと言いつつも、国王は余裕綽々の表情だった。
白髭を手でさすりながら、ニコニコと年寄りじみた笑みを浮かべている。
周囲にはもうもうと煙が立ちこめ、エイダ達やゲンリがどうなっているのかもわからない。
いまリーンは、国王と一対一の状況にあった。
「やっぱり単純な魔法しか使えないんだな」
「ふぉふぉ、その通りじゃ、良く気付いたのう」
リーンはクラクラする頭を必死に回転させて、会話による時間稼ぎを試みた。
「面倒な魔法は、みな魔術師どもに任せておったからの。ワシにはこの膨大な魔力による攻撃力、そして防御力さえあればよかったのじゃ。それで大体うまくいったのじゃ」
「そんでもって今ピンチなわけだろ? ものぐさはするもんじゃねえな」
「確かにのう。睡眠魔法の一つくらいは覚えておけばよかったか」
「いまさらだな」
「ふぉふぉ、まあよい、せっかくの機会じゃ、何か小話でも聞かせて進ぜようか」
「いいねえ。オレが王さまになった時の参考にさせてもらうぜ」
「ふぉっふぉっふぉ」
リーンの状態が少しずつよくなってきた。
まだ視界がグルグルまわってうまく目の焦点をあわせられないが、立っていられないほどではない。
リーンは、黄金の棺の陰から立ち上がると、その棺の蓋に手を置いた。
「アルメダはここで生まれたのか」
「そうじゃよ」
リーンは棺の蓋を引っくり返す。
そこには人間が一人すっぽりと入れるくらいの空間があった。
「どっちも中身はからっぽじゃ」
「なんで二つあるんだ……?」
「予備じゃ」
「ふーん」
どことなく胡散臭さを感じつつも、リーンは視線を戻した。
祭壇の周囲にたちこめていた噴煙が晴れてきて、国王の背後にアルメダの姿が浮かび上がった。
「アルメダ……」
リーンは目を細めて彼女を見る。
五つにわかれてグルグルとまわっているアルメダの姿は、もはや黄金色には輝いていなかった。
一切の生気を失ったその姿は、もはや人形ですらなかった。
そこに立っていたものは、かつてアルメダと呼ばれていた人物の影でしかなかった。
「しばらくすれば元の煌びやかな姿に戻る。今は魔力の貯蔵量が低下しているだけなのじゃ」
「アルメダは……アルデシアのみんなを心の底から大切に思っていたんだ。それもただの設定だったのか」
「そうじゃ。アルメダは効率良く人心を掴むことを目的に設計された。だれもが心酔せずにはいられない、清らかなる美の化身としてな」
「そんなことをして何とも思わなかったのかよ、おっちゃんは!」
「罪の意識を問うているのかのう? そのようなものはさらさらないのじゃ。良心など、国王の職務を遂行する上では、邪魔者でしかないからの。ふぉっふぉっふぉ」
国王は子供のように無垢な笑顔を浮かべながら言う。
「国を治める者に問われる資質は、いかに非情になれるかということじゃ」
リーンは根気よく国王の話しを聞くことにした。
こうして気分良く喋っていてもらえば、それだけ回復のための時間稼ぎになる。
「かつて、エヴァー湖の水が湧かなくなったことがあった」
そして国王は、昔話を始める。
「その時に、一人の村娘を湖の生贄に捧げた。国全体を救うために、一人の人間を犠牲にしたのじゃ」
「ああ、聞いたことがあるぜ」
それは、リーンがエリィから聞かされた話だった。
「リーンよ。もしそなたが王だったら、その時どうしたかね?」
「…………」
そんなことは、答えるまでもなかった。
国を救う方法がそれしかないのであれば、是非も無い。
「当時、娘を生贄に捧げることを決断した王は、国中から非難を浴びたと言う。そして、生贄となった娘は聖人として崇められるようになった。真に苦しい決断をしたのは王なのに、その心苦を労うものは殆どおらんかったのじゃ」
「人の上に立つ者の定めだぜ」
「ふぉふぉふぉ、わかっておるではないか。民衆の怒りを被るのも国王の仕事、人の命などいちいち気にしておったら、身がもたんのじゃ」
「ああ、わかるぜおっちゃん」
アルメダがホムンクルスだった件については、はらわたが煮える思いのリーンだったが、いま国王が言っていることに関しては不思議と納得していた。
王という立場は、そういうものなのだろうと以前から想像していたのだ。
「民草というのはどうしようもないものじゃ。どんなに与えても満足せず、本質から目を背け、わがまま言いたい放題のくせに、いざとなったら権力にすがろうとする。本当に、人間とは嫌な生き物よ」
そう言って国王は寂しげな目をした。
リーンはどこかで見たことのある目だと思った。
「ワシはほとほと、人間というものが嫌になったのじゃ」
「そうかい。それはご愁傷さまだ」
その国王の目は、かつてリーンが自らの父親にみた目だった。
あの何もかもに失望したような色を、リーンは再び国王の目に見ることになったのだ。
「それで、その人間に失望しちまった王様が、最後に一体何をやらかそうってんだ?」
すると国王は、だまって天を指差した。
リーンはその指差された方向を見上げる。
そこには空気口のようなものがあるのか、一筋の光が零れてきていた。
「天、じゃ」
「天?」
「そうじゃ、ワシは天人になろうと思う」
「はぁ?」
リーンは首を傾げた。
国王が大防壁を作ろうとしていること。
アルメダという肉人形を作り出して魔力をかき集めていること。
それらと天人になることとの関係が、頭の中で像を結ばない。
「どうすれば天人になれるか知っておるかの? リーン」
「…………はっ」
そういえば、とリーンは思う。
どこかでそんな話しを聞いた。
たしかエリィが言っていたのだ。
湖の生贄になったおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんが、今は天人になって地上の人々を見守ってくれている、と。
「良いことをすればいいのか?」
そんな単純な話だろうかと疑問に思いながら、リーンは答える。
「ふぉふぉ、ざっくり言えばそういうことじゃな」
「だったら良い王様になれよ! みんながビックリするような偉業を成し遂げてみろよ!」
「やっとるじゃろて」
「はあぁ?」
「大防壁を築いたり、大陸の治安を保ったり、しておるじゃろうて」
と言って国王はフゥと一つため息をついた。
「小娘にはわからんかもしれぬが、戦争のない平和な期間を保つことほど困難なものはないのじゃ。これを偉業といわずしてなんと言うのじゃ」
「ぐむむ……そういうことかよ。でもちょっとまて、おっちゃんが死んだ後はどうするんだよ? そこんとこ全然考えてなさそうだったから、俺たちは叛乱を起したんだぜ?」
「失敬な。ちゃんと考えておったわい! 公にはできなんだが」
「どーするってんだよ?」
「アルメダを再設定して、適当な婿を貰うのじゃ。そしてアルメダに、その婿の洗脳をさせるのじゃ」
「洗脳だって!?」
それはつまり、貰ってきた婿養子をお飾りの王にするということだった。
「そうじゃ、洗脳じゃ。そして新たな王に、この祭壇の管理を引き継がせるのじゃ。この祭壇がある限り、アルメダの跡継ぎはいくらでも作り出せる。そのアルメダの跡継ぎ、つまり新王女を、新王とアルメダの娘として育てるのじゃ」
「な……!」
予想だにしなかった国王の壮大な計画に、リーンは言葉を失った。
「そして時が流れて王が老いたら。また新たな婿を外部より迎えて洗脳をほどこす。そうして永遠に、アルメダのコピーがアルデシア大陸の実権を握り続けるのじゃ」
国王はそう言って、満足そうにコトコトと哂った。
「ワシはこのようにして、この世界を、アルデシアを完成させる。もう二度と戦争はおきぬ。叛乱もおきぬ。どこまでも平和と秩序で満たされた、完璧な世界となるのじゃ! ワシはその礎を築いた者として、天界への道を登るのじゃあ! ふぉーっふぉっふぉっふぉ!」
「なんてこったぜ……」
ついに己の野望を吐露した国王。
あとはリーンを抹殺するだけである。
国王の全身から殺意が滲み出す。
リーンは腰を落として身構えた。
「リーンよ。そちはいわば人柱じゃ。その命は、諸侯の叛乱を未然に防ぐために使わせてもらおう。完璧なる世界の礎となる名誉とともに、安心して死に行くがよい! どうじゃ? 嬉しくて声も出ぬか? それともやはり、聞かない方が幸せじゃったか?」
「嬉しくもねえし、幸せでもねえ!」
リーンの頭はもうすっかりと元通りになっていた。
景色はグルグル回るのを止め、思考も感覚も元通りになった。
体はもはやどうしようもないほどにボロボロだが、ひとまず剣を振るうことは出来そうだ。
リーンはスプレンディアの切っ先を国王に向けた。
「あえて言うなら、間違ってるぜ!」
「ふお? 間違ってるとな?」
「そうだ! おっちゃんは一番大事なところを間違ってる!」
「ふぉふぉふぉ、言うてみい」
「天はおっちゃんなんかのために道を開かない。なぜならおっちゃんは人間に絶望しているからだ。人間に絶望している奴が、人間のために一体どんな良いことをしてやれるってんだ!」
「ワシは魂を悪魔にささげてまで、こうして世のために尽くしておるではないか」
「その考え方は古臭いぜ! どうしておっちゃん一人が、みんなの幸せとか、世の安寧とかを決め付ける!?」
「古臭い……じゃと?」
「そうだ、おっちゃんは古臭いんだ。こんな湿気た部屋に篭ってないで、たまには広場にアイスクリームでも食いに行けばいいんだ。みんな自分なりに考えて、おもしろおかしくやろうとしてるんだ。おっちゃん一人だけが、世界のことを考えているわけじゃないんだ!」
「ふぉふぉふぉ。つまりそなたはこう言いたいのじゃな? 民草どもはいずれもっと賢くなって、王などいなくとも平和にやっていけるようになると?」
「そうだ! んでもって、そうなるためには、おっちゃんみたいな上から目線で幸せ押し付けてくる奴が一番邪魔なんだよ!」
リーンはスプレンディアを振り上げる。
「おっちゃんが力で世の中を支配している限り、俺たちはこれ以上良くなれねえ。だからぶっ倒す!」
「ふぉふぉふぉーっ!」
国王は一際盛大な声でリーンをあざ笑った。
「それは夢じゃ! リーンよ。そのような理想を抱いた者は、いずれそれが上手く行かないことを知って絶望し、ワシのようになるのじゃ! そなたがこのワシのように、人間に絶望していく様が、手に取るようにわかるわい!」
「そうなったらそうなったでかまわないんだ!」
「ふぉっ?」
なおもリーンは反論する。
その全身から意志の波動がほとばしる。
国王は、その白髭を揺らしながら、わずかに一歩あとずさった。
「人間に絶望したオレを倒すために、また新しい勇者が立ち上がってくれる! オレはそう信じる!」
リーンはこれまでの人生でこれ以上はないというほどに、強く言い切った。
「人間ってのは、そういう生き物なんだ!」
絶望に染まらない希望はない。
いずれ全ての光は闇に飲まれる。
だが、そんな真っ暗闇の絶望の中でも、絶えず希望の光を点そうと足掻き続けるのが人の魂。
リーンは、そんな人間の営みを、何よりも強く信じようと思ったのだ。
「最後通告だおっちゃん」
リーンの目には一切の曇りがなかった。
一言いってやりたくてうずうずしていたその言葉を、いままさに国王にぶつける。
「隠居しろ!」
人間界の光と闇。
その比喩たるリーンと国王が、今まさに、その意志をぶつけ合う。
「お断りじゃ! ケツの青い小娘が! このワシに説教こくなど一億万年はやいわ!」
「おれは説教は大きらいだ!」
「なら黙っておれ!」
「言いたくなくても言わなきゃいけないこともあるんだ!」
「ワシは天人になるんじゃー!」
「なれねーっつってんだろ! 隠居しろ!」
「なるんじゃー!」
「駄々こねてねーで、大人しく隠居しやがれ!」
「いやじゃいやじゃー! ワシはワシのやりかたで世界を完璧にしてやるんじゃー!」
赤子のように駄々をこね始めた国王に、いよいよリーンは堪忍袋の尾が切れた。
「もう頭きたぜ! ぶっころしてやるクソジジィ!」
「喝ーーーーーーー!!!」
大喝とともに、国王の全身が閃光をはなった。
「うおおぉ!?」
――ゴオオオオオオッ!
国王の体を中心にして竜巻が発生した。
爆煙がもうもうと立ち込めていた祭壇の間に突風が吹き荒れ、一気に視界が晴れていく。
消耗しきった姿のエイダとギリアムが、リーンの視界に飛び込んできた。
「ゴーンよ!」
国王は宰相にむかって叫んだ。
「その男を血祭りにあげよ!」
リーンが祭壇の下に目をやると、そこにゲンリとゴーンがいた。
ゲンリはグッタリとしていて、その首をゴーンに掴み揚げられている。
「ゲンリ!」
「り、リーン……」
ゲンリの服はボロボロに引き裂かれていた。
見るも無残なその姿だが、それでも力の篭った目でリーンを見ている。
「リーンよ。祭壇から降りるのだ。そうすればあの男には楽な死をくれてやろう」
「いけません……リーン!」
ゲンリの弱弱しい叫びが祭壇の間に響く。
リーンはギリリと奥歯を噛む。
「もし嫌だというのなら、そちがその気になるまであの男に地獄の苦しみを与えようぞ」
「……好きにしやがれ」
「なぬ?」
リーンは、迷わずゲンリを見捨てる決断をした。
ここは迷うべきではないと、リーンの魂が告げていた。
「オレは国王になる女だ! このくらいの犠牲、なんともないぜ!」
「うむう……」
予想外に強靭なリーンの意志を知って、国王は眉をしかめた。
そして祭壇の下で首をつかまれているゲンリは、したたかに笑みを浮かべていた。
「そうです……それで良いのです……」
ゴーンの腕に、紫電の雷がほとばしる。
国王は拷問の執行を宰相に告げる。
「やれ、ゴーンよ!」
「はっ、国王さま。覚悟せよ、ゲンリ!」
直後、魔術師の脳髄に滝のような電撃が流し込まれた。
――ギャアアアアアアアー!
ゲンリの絶叫が、祭壇の間にこだました。
白髭を手でさすりながら、ニコニコと年寄りじみた笑みを浮かべている。
周囲にはもうもうと煙が立ちこめ、エイダ達やゲンリがどうなっているのかもわからない。
いまリーンは、国王と一対一の状況にあった。
「やっぱり単純な魔法しか使えないんだな」
「ふぉふぉ、その通りじゃ、良く気付いたのう」
リーンはクラクラする頭を必死に回転させて、会話による時間稼ぎを試みた。
「面倒な魔法は、みな魔術師どもに任せておったからの。ワシにはこの膨大な魔力による攻撃力、そして防御力さえあればよかったのじゃ。それで大体うまくいったのじゃ」
「そんでもって今ピンチなわけだろ? ものぐさはするもんじゃねえな」
「確かにのう。睡眠魔法の一つくらいは覚えておけばよかったか」
「いまさらだな」
「ふぉふぉ、まあよい、せっかくの機会じゃ、何か小話でも聞かせて進ぜようか」
「いいねえ。オレが王さまになった時の参考にさせてもらうぜ」
「ふぉっふぉっふぉ」
リーンの状態が少しずつよくなってきた。
まだ視界がグルグルまわってうまく目の焦点をあわせられないが、立っていられないほどではない。
リーンは、黄金の棺の陰から立ち上がると、その棺の蓋に手を置いた。
「アルメダはここで生まれたのか」
「そうじゃよ」
リーンは棺の蓋を引っくり返す。
そこには人間が一人すっぽりと入れるくらいの空間があった。
「どっちも中身はからっぽじゃ」
「なんで二つあるんだ……?」
「予備じゃ」
「ふーん」
どことなく胡散臭さを感じつつも、リーンは視線を戻した。
祭壇の周囲にたちこめていた噴煙が晴れてきて、国王の背後にアルメダの姿が浮かび上がった。
「アルメダ……」
リーンは目を細めて彼女を見る。
五つにわかれてグルグルとまわっているアルメダの姿は、もはや黄金色には輝いていなかった。
一切の生気を失ったその姿は、もはや人形ですらなかった。
そこに立っていたものは、かつてアルメダと呼ばれていた人物の影でしかなかった。
「しばらくすれば元の煌びやかな姿に戻る。今は魔力の貯蔵量が低下しているだけなのじゃ」
「アルメダは……アルデシアのみんなを心の底から大切に思っていたんだ。それもただの設定だったのか」
「そうじゃ。アルメダは効率良く人心を掴むことを目的に設計された。だれもが心酔せずにはいられない、清らかなる美の化身としてな」
「そんなことをして何とも思わなかったのかよ、おっちゃんは!」
「罪の意識を問うているのかのう? そのようなものはさらさらないのじゃ。良心など、国王の職務を遂行する上では、邪魔者でしかないからの。ふぉっふぉっふぉ」
国王は子供のように無垢な笑顔を浮かべながら言う。
「国を治める者に問われる資質は、いかに非情になれるかということじゃ」
リーンは根気よく国王の話しを聞くことにした。
こうして気分良く喋っていてもらえば、それだけ回復のための時間稼ぎになる。
「かつて、エヴァー湖の水が湧かなくなったことがあった」
そして国王は、昔話を始める。
「その時に、一人の村娘を湖の生贄に捧げた。国全体を救うために、一人の人間を犠牲にしたのじゃ」
「ああ、聞いたことがあるぜ」
それは、リーンがエリィから聞かされた話だった。
「リーンよ。もしそなたが王だったら、その時どうしたかね?」
「…………」
そんなことは、答えるまでもなかった。
国を救う方法がそれしかないのであれば、是非も無い。
「当時、娘を生贄に捧げることを決断した王は、国中から非難を浴びたと言う。そして、生贄となった娘は聖人として崇められるようになった。真に苦しい決断をしたのは王なのに、その心苦を労うものは殆どおらんかったのじゃ」
「人の上に立つ者の定めだぜ」
「ふぉふぉふぉ、わかっておるではないか。民衆の怒りを被るのも国王の仕事、人の命などいちいち気にしておったら、身がもたんのじゃ」
「ああ、わかるぜおっちゃん」
アルメダがホムンクルスだった件については、はらわたが煮える思いのリーンだったが、いま国王が言っていることに関しては不思議と納得していた。
王という立場は、そういうものなのだろうと以前から想像していたのだ。
「民草というのはどうしようもないものじゃ。どんなに与えても満足せず、本質から目を背け、わがまま言いたい放題のくせに、いざとなったら権力にすがろうとする。本当に、人間とは嫌な生き物よ」
そう言って国王は寂しげな目をした。
リーンはどこかで見たことのある目だと思った。
「ワシはほとほと、人間というものが嫌になったのじゃ」
「そうかい。それはご愁傷さまだ」
その国王の目は、かつてリーンが自らの父親にみた目だった。
あの何もかもに失望したような色を、リーンは再び国王の目に見ることになったのだ。
「それで、その人間に失望しちまった王様が、最後に一体何をやらかそうってんだ?」
すると国王は、だまって天を指差した。
リーンはその指差された方向を見上げる。
そこには空気口のようなものがあるのか、一筋の光が零れてきていた。
「天、じゃ」
「天?」
「そうじゃ、ワシは天人になろうと思う」
「はぁ?」
リーンは首を傾げた。
国王が大防壁を作ろうとしていること。
アルメダという肉人形を作り出して魔力をかき集めていること。
それらと天人になることとの関係が、頭の中で像を結ばない。
「どうすれば天人になれるか知っておるかの? リーン」
「…………はっ」
そういえば、とリーンは思う。
どこかでそんな話しを聞いた。
たしかエリィが言っていたのだ。
湖の生贄になったおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんが、今は天人になって地上の人々を見守ってくれている、と。
「良いことをすればいいのか?」
そんな単純な話だろうかと疑問に思いながら、リーンは答える。
「ふぉふぉ、ざっくり言えばそういうことじゃな」
「だったら良い王様になれよ! みんながビックリするような偉業を成し遂げてみろよ!」
「やっとるじゃろて」
「はあぁ?」
「大防壁を築いたり、大陸の治安を保ったり、しておるじゃろうて」
と言って国王はフゥと一つため息をついた。
「小娘にはわからんかもしれぬが、戦争のない平和な期間を保つことほど困難なものはないのじゃ。これを偉業といわずしてなんと言うのじゃ」
「ぐむむ……そういうことかよ。でもちょっとまて、おっちゃんが死んだ後はどうするんだよ? そこんとこ全然考えてなさそうだったから、俺たちは叛乱を起したんだぜ?」
「失敬な。ちゃんと考えておったわい! 公にはできなんだが」
「どーするってんだよ?」
「アルメダを再設定して、適当な婿を貰うのじゃ。そしてアルメダに、その婿の洗脳をさせるのじゃ」
「洗脳だって!?」
それはつまり、貰ってきた婿養子をお飾りの王にするということだった。
「そうじゃ、洗脳じゃ。そして新たな王に、この祭壇の管理を引き継がせるのじゃ。この祭壇がある限り、アルメダの跡継ぎはいくらでも作り出せる。そのアルメダの跡継ぎ、つまり新王女を、新王とアルメダの娘として育てるのじゃ」
「な……!」
予想だにしなかった国王の壮大な計画に、リーンは言葉を失った。
「そして時が流れて王が老いたら。また新たな婿を外部より迎えて洗脳をほどこす。そうして永遠に、アルメダのコピーがアルデシア大陸の実権を握り続けるのじゃ」
国王はそう言って、満足そうにコトコトと哂った。
「ワシはこのようにして、この世界を、アルデシアを完成させる。もう二度と戦争はおきぬ。叛乱もおきぬ。どこまでも平和と秩序で満たされた、完璧な世界となるのじゃ! ワシはその礎を築いた者として、天界への道を登るのじゃあ! ふぉーっふぉっふぉっふぉ!」
「なんてこったぜ……」
ついに己の野望を吐露した国王。
あとはリーンを抹殺するだけである。
国王の全身から殺意が滲み出す。
リーンは腰を落として身構えた。
「リーンよ。そちはいわば人柱じゃ。その命は、諸侯の叛乱を未然に防ぐために使わせてもらおう。完璧なる世界の礎となる名誉とともに、安心して死に行くがよい! どうじゃ? 嬉しくて声も出ぬか? それともやはり、聞かない方が幸せじゃったか?」
「嬉しくもねえし、幸せでもねえ!」
リーンの頭はもうすっかりと元通りになっていた。
景色はグルグル回るのを止め、思考も感覚も元通りになった。
体はもはやどうしようもないほどにボロボロだが、ひとまず剣を振るうことは出来そうだ。
リーンはスプレンディアの切っ先を国王に向けた。
「あえて言うなら、間違ってるぜ!」
「ふお? 間違ってるとな?」
「そうだ! おっちゃんは一番大事なところを間違ってる!」
「ふぉふぉふぉ、言うてみい」
「天はおっちゃんなんかのために道を開かない。なぜならおっちゃんは人間に絶望しているからだ。人間に絶望している奴が、人間のために一体どんな良いことをしてやれるってんだ!」
「ワシは魂を悪魔にささげてまで、こうして世のために尽くしておるではないか」
「その考え方は古臭いぜ! どうしておっちゃん一人が、みんなの幸せとか、世の安寧とかを決め付ける!?」
「古臭い……じゃと?」
「そうだ、おっちゃんは古臭いんだ。こんな湿気た部屋に篭ってないで、たまには広場にアイスクリームでも食いに行けばいいんだ。みんな自分なりに考えて、おもしろおかしくやろうとしてるんだ。おっちゃん一人だけが、世界のことを考えているわけじゃないんだ!」
「ふぉふぉふぉ。つまりそなたはこう言いたいのじゃな? 民草どもはいずれもっと賢くなって、王などいなくとも平和にやっていけるようになると?」
「そうだ! んでもって、そうなるためには、おっちゃんみたいな上から目線で幸せ押し付けてくる奴が一番邪魔なんだよ!」
リーンはスプレンディアを振り上げる。
「おっちゃんが力で世の中を支配している限り、俺たちはこれ以上良くなれねえ。だからぶっ倒す!」
「ふぉふぉふぉーっ!」
国王は一際盛大な声でリーンをあざ笑った。
「それは夢じゃ! リーンよ。そのような理想を抱いた者は、いずれそれが上手く行かないことを知って絶望し、ワシのようになるのじゃ! そなたがこのワシのように、人間に絶望していく様が、手に取るようにわかるわい!」
「そうなったらそうなったでかまわないんだ!」
「ふぉっ?」
なおもリーンは反論する。
その全身から意志の波動がほとばしる。
国王は、その白髭を揺らしながら、わずかに一歩あとずさった。
「人間に絶望したオレを倒すために、また新しい勇者が立ち上がってくれる! オレはそう信じる!」
リーンはこれまでの人生でこれ以上はないというほどに、強く言い切った。
「人間ってのは、そういう生き物なんだ!」
絶望に染まらない希望はない。
いずれ全ての光は闇に飲まれる。
だが、そんな真っ暗闇の絶望の中でも、絶えず希望の光を点そうと足掻き続けるのが人の魂。
リーンは、そんな人間の営みを、何よりも強く信じようと思ったのだ。
「最後通告だおっちゃん」
リーンの目には一切の曇りがなかった。
一言いってやりたくてうずうずしていたその言葉を、いままさに国王にぶつける。
「隠居しろ!」
人間界の光と闇。
その比喩たるリーンと国王が、今まさに、その意志をぶつけ合う。
「お断りじゃ! ケツの青い小娘が! このワシに説教こくなど一億万年はやいわ!」
「おれは説教は大きらいだ!」
「なら黙っておれ!」
「言いたくなくても言わなきゃいけないこともあるんだ!」
「ワシは天人になるんじゃー!」
「なれねーっつってんだろ! 隠居しろ!」
「なるんじゃー!」
「駄々こねてねーで、大人しく隠居しやがれ!」
「いやじゃいやじゃー! ワシはワシのやりかたで世界を完璧にしてやるんじゃー!」
赤子のように駄々をこね始めた国王に、いよいよリーンは堪忍袋の尾が切れた。
「もう頭きたぜ! ぶっころしてやるクソジジィ!」
「喝ーーーーーーー!!!」
大喝とともに、国王の全身が閃光をはなった。
「うおおぉ!?」
――ゴオオオオオオッ!
国王の体を中心にして竜巻が発生した。
爆煙がもうもうと立ち込めていた祭壇の間に突風が吹き荒れ、一気に視界が晴れていく。
消耗しきった姿のエイダとギリアムが、リーンの視界に飛び込んできた。
「ゴーンよ!」
国王は宰相にむかって叫んだ。
「その男を血祭りにあげよ!」
リーンが祭壇の下に目をやると、そこにゲンリとゴーンがいた。
ゲンリはグッタリとしていて、その首をゴーンに掴み揚げられている。
「ゲンリ!」
「り、リーン……」
ゲンリの服はボロボロに引き裂かれていた。
見るも無残なその姿だが、それでも力の篭った目でリーンを見ている。
「リーンよ。祭壇から降りるのだ。そうすればあの男には楽な死をくれてやろう」
「いけません……リーン!」
ゲンリの弱弱しい叫びが祭壇の間に響く。
リーンはギリリと奥歯を噛む。
「もし嫌だというのなら、そちがその気になるまであの男に地獄の苦しみを与えようぞ」
「……好きにしやがれ」
「なぬ?」
リーンは、迷わずゲンリを見捨てる決断をした。
ここは迷うべきではないと、リーンの魂が告げていた。
「オレは国王になる女だ! このくらいの犠牲、なんともないぜ!」
「うむう……」
予想外に強靭なリーンの意志を知って、国王は眉をしかめた。
そして祭壇の下で首をつかまれているゲンリは、したたかに笑みを浮かべていた。
「そうです……それで良いのです……」
ゴーンの腕に、紫電の雷がほとばしる。
国王は拷問の執行を宰相に告げる。
「やれ、ゴーンよ!」
「はっ、国王さま。覚悟せよ、ゲンリ!」
直後、魔術師の脳髄に滝のような電撃が流し込まれた。
――ギャアアアアアアアー!
ゲンリの絶叫が、祭壇の間にこだました。
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