ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

潜行、秘密の祭壇

 本城正面門の土台の上で、スヤスヤと眠っている近衛兵達。
 鎧姿の者達がそろって昏睡しているその光景は、まるで死屍累々の戦場跡を思わせた。


 その前に並んで立つ、リーンとエイダ。


「さてどうっすかな。放っといていいもんか」
「このままだと、魔物ちゃん達に食べられちゃうのです」


 と言って二人が振り返った先には、昏睡してい兵士達を見てよだれを垂らしている、魔物の女達の姿があった。


――ゲヘヘヘ、タベテ、イイ?
――スエゼン、スエゼン。


「やべえな、このままじゃ近衛兵がただのやられ兵士になっちまうぜ」
「魔物ちゃん達も、ただのやり魔物ちゃんになってしまうのですっ!」


 寝込みを襲ってやりたい放題。
 このまま何も手を打たずに本城に乗り込めば、リーンは国王になった後の貴重な戦力を二つも失うことになる。


 そこに、ギリアムが提案してきた。


「怪我をした者がおるようだ。手当てをしたい」
「そうだな、魔物達の手当ても出来るのか?」
「問題ない。人間も魔物も同じ医法術で治療できるのだ」


 その時ちょうど、遅れてやってきた医法師達が、10名ほど中庭に入ってきた。


「じゃあ頼むぜ!」
「うむ、みなにやらせよう」


 ギリアムは視線で医法師達に合図を送る。
 するとみな、次々と負傷者達の治療を始めた。


――オオ、チリョウ、ウレシイネ!
――ワタシモ、ワタシモ!


 そこで思いも寄らぬことが起きた。
 魔物達の関心が、医法師達による傷の手当てに移ったのだ。
 怪我をしてない者までが、怪我をした振りをして医法師達に群がり寄る。


「うほっ、こりゃあ願ったり叶ったりだ」
「魔物ちゃん達のことは、医法師のみなさんにお任せするのです」
「よーしっ、じゃあ元気そうな奴らを集めて乗り込むか!」


 と言ってリーンは、自ら人選をすべく、中庭に向かって足を踏み出した。
 すると横から、ゲンリが声をかけてきた。


「リーン、提案があります」
「なんだ? ゲンリ」
「ここは、少数精鋭で乗り込むべきかと思います。なにせ、相手はあの国王なのですから」
「うーん、言われてみれば確かにな。まだ奥の手を残してるかもしれねえ」
「私も嫌な予感がしてなりません。大勢で行くと、それだけ大きな被害がでる可能性があります。それに、国王の口からなにか重大な事実が明かされるかもしれません。後々のことを考えると、情報の機密のためにも、ここは少数で行くべきだと思います」
「ふーむ」


 リーンはあごに手をそえて考え込んだ。、
 すでに、リーンが国王になったあとの算段が始まっているのだ。


「そうだな。何が起るかわからねえ。無駄も被害も出したくないしな」
「はい。国王が本当に弱っているのなら、それこそ少人数でことたりますし」
「わかった、そうしようぜ」




 * * *




 そして、本城に突入する部隊の編成が決められた。




「エイダはまだまだ元気なのですー」


 大陸第二の魔力の持ち主、白色呪術士のエイダ。
 Lv?? 水属性


 
「はばかりながらわたくし、最後までリーンを支援させていただきます」


 リーンの専属魔術師、灰色魔術師のゲンリ。
 Lv57 光属性


 
「国王とは、一度話しをつけておかねばなるまい」


 医法師団の長、白色医法師のギリアム。
 Lv75 人属性


 
「こりゃ、魔王だって倒しに行けそうな編制ぜ」


 次期国王(予定)、勇者リーン。
 Lv48 炎属性


 
 以上の四名である。


 
 * * *


 
「魔力を使い果たしてなければ、ワレも行くのだが」
「アトのコトは、マカセルノデース」


 マジスとルーザに後の事を頼んで、四人は本城へと乗り込んだ。
 青水晶のような光沢を放つ正面門を押し開けると、その向こうに、目も眩むほどに豪華絢爛な大ホールが現れた。


 天上には恐ろしく巨大なシャンデリアが五つ吊るされていて、赤絨毯と大理石で構成された室内をくまなく照らしている。
 壁には歴代国王の等身大の肖像画が幾つも飾られていて、城内へと侵入した四人に、厳しい視線を差し向けてきている。
 大ホールの両翼には、ゆるやかな曲線を描く階段が取り付けられていて、それぞれが居住区画へと続いている。
 そして真正面には、大人が10人ならんで登れるほど幅広の大階段がある。
 その階段を昇った先がバルコニーのようになっている中二階で、その奥に謁見の間へと続く金の装飾がされた大扉があった。


 四人はそわそわと、大ホールにしつらえられている調度品類に目をやりながら、大階段の真ん中を昇って行った。


「この先が、本城の謁見の間です」


 大扉の前まで来た時、ゲンリが言った。


「通常、来賓が国王と謁見する際には、外城の玉座が使われます。本城の玉座が使われることは極めて稀。私もまだ入ったことありません」
「エイダもないよー」
「私も一度しかない。医法師長に命ぜられた際の、ただ一度きりだ」
「よっぽどのことがないと使われねーんだな」


 エヴァーハル宮殿本城は、まさに聖域の如き場所だった。


「んじゃ、入ろうぜ」


 リーンは金の装飾がされた大扉を押し開く。


「んお?」


 謁見の間は思いのほか地味な作りだった。
 正面ホールの絢爛さに比べれば、まるで地下牢のように陰気な雰囲気だ。
 鉛のように重い色調の石で構成され、壁、床、天井ともに、相当に年季が入っていた。
 縦に長い作りの部屋の床には、いちおう赤い絨毯が敷かれているものの、ひどく使い込まれているようで所々がむしれている。
 照明として使われているのは、いかにも原始的な松明の炎で、部屋の両壁に等間隔に設置されている。


 けして明るいといえない室内だが、なぜかその奥、玉座の周辺だけは、まるで太陽のような輝きでみたされていた。


「おおっ」


 その輝きの発生源は、王女アルメダだった。
 アルメダは、リーン達が自分に気付いたことを認めると、その蓮の花のようなドレスの裾をつまんで、優雅に一礼してきた。
 リーンは、謁見の間にアルメダと二人の侍女しかいないことを確認すると、抜いてあったスプレンディアを鞘に収めた。


「アルメダ!」


 そして小走りで玉座に駆けて行く。
 他の三人もそれに続く。
 アルメダは玉座の傍らに立ち、穏やかな微笑を浮かべていた。


「アルメダ、ついにここまできたぜっ」
「お疲れさまでした、リーン。そしてみなさん。よくぞ近衛兵団を打ち破られました」
「まあ、殆どギリアムのおっちゃんのお陰だけどな」


 と言ってリーンは、新たに仲間に加わったのギリアムに視線を送った。


「決断が遅れに遅れてしまったこと、深くお詫び申し上げる、アルメダ姫」


 ギリアムはその場に膝をついて頭を下げた。


「よくぞ私達についてくれました、ギリアム医法師長。どうぞ、お立ちください」
「はっ……」


 ギリアムが立ち上がったことを確認すると、アルメダは今度はエイダに向き直った。


「エイダさんですね」
「はいなのですっ、お姫様。あんまりにも可愛くてビックリしちゃいました」
「うふふ、ありがとう。エイダさんには、長い間、地下室暮らしを強いてしまいました。国王になりかわり、お詫び申し上げます」


 と言ってアルメダは、その華奢な体を折って深く頭を下げた。


「気にしなくてよいのですっ。ゆっくり本も読めたし、チェスもいっぱい指せたのですー」
「そう言っていただけると、助かります」


 一通り挨拶を終えると、アルメダは後ろに控えている二人の侍女に向かって言った。


「後は大丈夫です。二人は下がっていてください」


 青灰色のローブで頭からつま先までをすっぽりと覆った二人の侍女は、表情を変えずにうなずくとそのまま謁見の間を後にした。


「ではみなさん、ついてきてください。お父様のところに案内します」


 一行はアルメダに続いて玉座の後ろ側の壁に向かう。
 そこには、王室の紋章が入った赤い幕が幾重にも下ろされている。


 アルメダは、その赤い幕を、ガラス細工のよなその細腕で手繰り上げていく。
 リーンもそれを手伝う。


「おっ!」


 すると、赤い幕の向こうに、地下へと続く長い階段の入り口が現れた。


「お父様は先ほど、宰相とともにこの下に行かれました」
「いったい何があるんだぜ?」
「それは私にもわかりません。ただお父様は、魔力の殆どを使い果たしていました。それだけは確かなことです」
「何はともあれ、行ってみないとな」


 リーンはスプレンディアの握りに手を添えながら、鋭い眼差しで周囲を警戒しつつ階段を下りていった。


 階段は狭くて、二人以上が並んで歩くことが出来なかった。
 リーンの後ろにゲンリとギリアム、その後ろにエイダとアルメダ姫という隊列で進んでいく。
 照明の類は一切無い。
 本来ならば、真っ暗で足元も見えないはずなのだが、どういうわけか、アルメダの体が先ほどから黄金色に輝いていて、それが照明代わりになっていた。
 階段は、アルメダの体から放たれる光が届かないほど遠くまで続いていた。


 しばらく下りたところに踊り場が設けられていて、そこから階段は折り返しになっていた。
 そこからさらに、先が見えないほどに続く階段が伸びていた。
 リーン達は気を緩めることなく、根気良くその長い階段を下りて行った。


「やはり、新しい施設のようです」


 ゲンリが階段通路の壁を手で触りながら言う。


「本城の謁見の間は、建国当時のままの姿であると聞いています。実際、見た感じもそうでした」
「すげー年季がかってたもんな」
「はい。ですがこの階段は、まるで新品です」


 リーン達が階段を下る時に鳴る音は、高くて乾いた音だった。
 新築したばかりの建物特有の、あの落ち着きのない匂いまで感じられた。


「国王は一体何をしておられるのだ……」


 ギリアムが低い声で言う。


「それをいまから突き止めにいくんだぜ」
「うむ……」


 やがて、階段の終わりが見えてきた。
 下りきった先の右側に、大人が一人ようやく通れるくらいの、低いアーチ門が設置されている。


「ただならぬ魔力を感じるのです……」


 エイダの首筋には鳥肌が立っていた。


「国王の……じゃねえよな?」
「そうなのです。人の温もりを感じない、どこまでも冷え切った魔力なのです。こんなのは初めてなのです」


 エイダが青い顔をしているのを認めたリーンは、やはりただならぬものがこの先にあるのだと確信した。


 そしてついに、一行は階段を下りきった。


「……そーっ」


 リーンはアーチ門の向こう側を、そっと覗き込んだ。
 他の四人は息を潜めてその様子を見守る。


「…………おお?」


 リーンの目に映ったもの。
 それは、どこまでも果てしなく広がる、巨大な薄暗い空間だった。
 かすかに霧がかったような暗闇、とでも表現すればよいのだろうか。
 その空間は、どこまでも闇によって支配されていた。


 城の間取り図と、メイリーによる地下水路の調査結果にもとづけば、ここはそこまで広い空間ではないはずである。
 だが、その霧がかった暗闇が、四方の壁と天井の存在をくまなく覆い隠して、まるで大陸の果てのその先に広がる、真っ暗な虚空のような空間を生み出しているのだ。


 リーンはゆっくりとアーチ門をくぐった。
 続いてゲンリとギリアムが入ってきた。
 エイダとアルメダは、まだ門の手前にいる。


 一行は、しばらく呆けたように、その巨大な闇空間を眺め回していた。


――ふぉっふぉっふぉっ………。


 そこへにわかに、国王の哂い声が響いてきた。


 


 





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