ガチ百合ハーレム戦記
突破、白銀のかんぬき
城の中に、もう一つの城が建っている――。
エヴァーハル宮殿の構造を簡単に言えばそうなるだろう。
外側の城が、無骨な鉛色の石で出来た要塞だとするならば、内側の城は大理石から削り出した芸術作品だ。
正五角形の居住棟は、通常の建物に換算すれば15階建ての高さがあり、全ての部屋の前に、精緻な彫刻をあしらったベランダがついている。
その居住棟の真ん中から、天を突くような高さの主塔がそびえ、一番高い部分が球根型の赤い屋根になっている。
つい先ほど、国王が大出力の魔法を放出した場所だ。
リーンはその主塔を右手に見ながら、本城周辺の敷地を走っていた。
「一体何人住んでるんだよ、あの城」
「今は国王とアルメダ姫のお二人だけですな」
「少な!」
その気になれば千人でも二千人でも暮せそうな規模の建物だった。
実際、有事の際には兵士達の最後の砦になる。
数千人の兵で立て篭もった状態で、一年以上もたせることの出来る設計だ。
居住棟の周囲には、それを守るようにして無数の塔が建っている。
だが、その多くは城の装飾品として建てられているものだ。
見張りや、高所からの迎撃などにも使えるが、そもそもの作りが華奢なので、実用性はあまりない。
万が一、空を飛ぶ魔物が大量に飛来してきた時くらいにしか使い道はないだろう。
それとは逆に、居住棟からやや離れた場所に建っている、低くて太い塔は実用的な塔だった。
見るからに堅牢で、そう簡単には破れそうにない。
実際、塔のような円筒形の建物は衝撃に強いのだ。
五角形の居住棟の頂点にあたる位置に建っている、その五つの要塞塔は、白くてつるリとした外壁を持っている。
上部には円錐形の雨よけがあり、その下がギザギザの銃眼防壁になっている。
敵が侵入してきた場合、そこから魔法なり弓矢なりを一方的に打ち込んで撃退するのだ。
「見張りはいないのか?」
「あの塔は魔術師団の管轄なので大丈夫です」
マジスに言われて納得したリーンは、安心してその要塞塔を横切った。
もし他国の軍隊が、正攻法でエヴァーハル宮殿を攻略しようと思えば、そこには何重もの障害が立ちはだかることになる。
第一に、エヴァーハル城下町の狭い街路を抜けて、いくつもの運河橋を渡らなければならない。
これだけで相当に難航するだろう。
もしそれに成功したとして、次に待つのは城の敷地を広く囲む防壁だ。
敷地の中にはエヴァーハル主力軍が駐屯しているので、抜けるには相当な兵力が必要になる。
さらにそれを突破した次は、外城たる巨大な城壁の攻略にあたらなければならない。
城壁の上から雨のように降り注いでくる矢をしのぎながら、極厚の石壁に穴を開けなければならないのだ。
これら一連の作戦を成功させたとしても、その先にはさらに、精鋭部隊による迎撃が待っている。
そして極めつけが国王の大魔力。
もはや通常兵力でエヴァーハル宮殿を陥落させることは不可能なのだった。
「こういうのを獅子身中の虫っていうんだろうな、魔術師長のおっちゃん」
「ファファファ、まさにそうですなぁ」
内部叛乱だけが、唯一の懸案事項と言えたが、それにも対策が練ってあった。
近衛兵団、魔術師団、医法師組合の三つに権力を分散することで、全ての力が一斉に叛乱を起すことを難しくしていたのだ。
今のところ、リーンの側についてくれているのは魔術師団だけである。
正直なところ、このままでは勝ち目が無い。
「見えてきました、あの離れの中に、ハーレムに続く階段があります」
「随分とこじんまりしてるんだな……」
マジスが示した先には、庭園に囲まれた小さな離宮があった。
天上の館を思わせるような、真っ白な石で作られている。
一階建てで、アーチで支えられた深い日除けがある。
暑い日などに、昼寝をして涼むのに丁度良さそうな施設だった。
リーン達は周囲に目を配りながら、その離宮へとかけこんだ。
白い布で顔をすっぽりと覆った女が二名、離宮の掃除をしていた。
「……ひっ!」
「……なにごとっ!」
女達はリーンの姿をみると、驚いて後ずさった。
「お仕事ごくろーさんだぜ、そんな格好で暑くないかい?」
突然の侵入者に、どう対処して良いかわからない女たちは、ただその場でうろたえている。
マジスが彼女達を安心させるように言う。
「これより少々騒がしくなる。だが、建物の中に隠れていれば安心だ。そこの部屋に鍵をかけて隠れていなさい」
女達はプルプルと震えながらも、言われたとおり離宮の部屋の一つに入っていった。
「なんであんなにビビッてるんだ?」
「貴公が初めての侵入者だからですな」
「そうなのか?!」
「はい、いままで盗人一人として侵入を許してませんからな、この城は」
説明を聞きつつ、リーンは離宮の中に進んでいく。
そして掃除をしていた女達が白い布を被っていた理由を想像する。
おそらく彼女らは、ずっとこの城の中にいるのだろう。
職務以外の一切の自由を奪われて、奴隷のようにこきつかわれているのだ。
「酷い場所だぜ」
自分が国王になったら、もっと使用人達を自由にしてやろうとリーンは思った。
* * *
離宮の奥の階段を下る。
飾り気のない壁と階段がどこまでも続く。
明かりが無くて暗いので、マジスがその手に金色の光りを点して、階段の中を照らしてくれていた。
白色魔術師 男
Lv78 金属性
リーンの持っているレベルモノクルはマジスのものなので、もちろん彼のレベルを調べることが出来る。
一体どんな魔法を使ってくれるのか、リーンはワクワクと期待していた。
金属性は希少性を意味する属性。
マジスの使う魔法は、きっと見たことも聞いたこともないようなものだろう。
階段を下りていくと、徐々に通路が明るくなってきた。
突き当たりにある扉が、強烈な輝きを放っている。
「なんだ?」
「扉のかんぬきが光っておるのです」
明かりがなくても良くなったので、マジスは魔法の明かりを消した。
目の前に立ちふさがる、鋼鉄製の扉。
その中央に光り輝くかんぬきがかけられている。
マギクリスタルで出来たその太い棒は、燃えるような虹色の光りを放っていた。
「これが最初の難関だぜ」
リーンは腰からスプレンディアを引き抜いた。
目の前で輝いているかんぬきと、その材料は同じである。
問題は、そこに込められている魔力の量だった。
マジスは一歩踏み出ると、そのかんぬきに手をあてた。
「火傷すんなよ、おっちゃん」
「ファファファ。心配はいらぬ」
いつの間にかマジスの手は、再び金色に輝いていた。
ただし、明かりとして用いていた先ほどとは異なり、手の平の部分に光が集中している。
まるで、何かを読み取ろうとしているような動きだ。
「ふむふむ、このマギクリスタルには七種の封印がかけられておる。その全てを一撃で断ち切るするのは、ちと厳しかろうな」
「じゃあどうするんだ? いっそ扉ごとぶっ壊しちまうか?」
「この扉は壊すと開けられなくなるように作られておるのだ。丸ごと撤去しようと思えば、上の天井ごと壊さなければならぬ」
いかにも分厚そうな黒鋼の扉には竜の彫り物がされている。
しかも引き戸になっていて、壁にすっぽりはめ込まれるような形になっている。
丸ごと撤去するためには大工事が必要だった。
「フムフム、かかっている術式のうち、4つまでならワレが解除できる。勇者は残り三つを破壊いたせ」
「わかった!」
「ファファファ、では早速とりかかるぞよ」
マジスはスゥーっと息を吸い込み、鳥のような鋭い声で気合をかけた。
「イエェェェェーーーイ!」
――ミシッ!
かんぬきが軋む音が鳴った。
それと同時に、七色の輝きが一瞬色褪せて、赤、青、黄色と変化したのちに、また元の虹色に戻った。
「ふぅ…………」
満足そうに息をついて、額の汗をぬぐうマジス。
リーンはキョトンとした顔でそれを見ていた。
「終わりか?」
「ファファファ、ばっちりですじゃ」
「そうなのか……」
思いのほかそっけない魔法で、リーンはしたたかガッカリした。
「封印解除は高レベルな魔法なのですぞ?」
「そうなのか……、まあいや、とにかくこれで壊しやすくなったんだな?」
「はいですじゃ」
「よしっ、なら後は俺にまかせてくれ」
リーンは剣を中段に構え、ありったけの魔力をスプレンディアに注ぎ込んだ。
「うおおおおおお!」
室内の温度が一気に上昇した。
スプレンディアは一瞬にして赤熱し、そこからさらに出力を上げて白光状態に近づいていく。
「ファファファ、これは素晴らしい。純粋な攻撃力ならワレでも敵わんかもしれぬ」
「どんな奴にだって負けないんだぜ。なんたって俺は、この国の王になる女なんだからな!」
スプレンディアの刀身を中心にして、熱波が爆発するように噴き出した。
激しく熱された気体が、狭い通路の中で荒れ狂う。
リーンはスプレンディアに魔力を蓄積させつつ、その扉の奥で待っている者達のことを思った。
人間の女達、魔物の女達、そしてエイダ。
みな、リーンが扉を破る時を、いまや遅しと待っているのだ。
「おおおおおおおおおおお!」
リーンの赤い髪の毛が逆巻いた。
刀身に込められた魔力が、ついに限界量を突破する。
あふれ出した炎の力が、夥しい光りの渦になって、あたり一面を真っ白に染め上げた。
「壊れルオオオオオオオオオ!」
光りの塊と化した刀身を振り上げる。
そして、渾身の力でもって七色に輝くかんぬきのど真ん中に振り下ろした。
――パッギャーン!
ガラスを砕くような音が鳴り響く。
かんぬきの表面が削れて、七色の火の粉が舞い散る。
リーンはさらに歯を食いしばって、スプレンディアをかんぬきに押し込んだ。
だが、その刃はある一定のラインで食い止められ、それ以上は押し込むことが出来なかった。
まるでかんぬきそのものが意志を持っているかのように、強固な力で抵抗されているのだ。
「ぐおおおおお……!!?」
これは一筋縄ではいかない。
即座にリーンは直感した。
マジスがいくつかの封印を解除してくれなかったら、今頃一体どうなっていたかわからない。
――これが国王のおっちゃんの魔力か!
リーンは背筋が震え上がる思いだった。
国王が直接、封印の魔法をかけたマギクリスタルのかんぬき。
質、量ともに桁外れな魔力であろうことは、その手ごたえだけでも十分すぎるほどわかった。
だが、リーンには負けられない理由があった。
ハーレムのみんな、宿のみんな、故郷のみんな。
そして、今も城のどこかに囚われているエリィ。
今ここでくじければ、それら守りたいもの全てを失うことになる。
「そんなのは……死んだってごめんだ!」
――ウルオオオオオン!
リーンの両目が大きく見開かれた。
瞬間、その紫色の虹彩に怪しい闇が浮かんだ。
リーンは己の自我さえも放棄して、全神経、全集中力、全筋力、そして全魂を投じてスプレンディアを押し込んだ。
「グウウウウ……フオオオオオ……ウグルオオオオ!!」
「むっ……勇者殿!?」
マジスの顔色が変わった。
リーンの体に生じた異変を感じ取ったのだ。
彼女の背から湧き出ているオーラは、光りでもなければ炎でもなかった。
それは闇だった。
暗黒のオーラが、リーンの全身を包んでいる。
「まさか……勇者殿は……」
何か言いかけてマジスは口をつぐんだ。
もし彼が、リーンの父親である木こり親父と面識があれば、こう思っただろう。
瓜二つだ、と。
リーンの中には確かに闇があった。
それと同時に光もあり、その両者が炎の力によって束ねられているのだ。
「こーーわーーれーーろおおおおおおおおおおお」
リーンは無意識のうちに、己の最深部にある新たな力を呼び起こしていた。
光、闇、炎。
その三つの輝きが渾然一体となり、スプレンディアの刀身からどどめ色の閃光となって噴き出す。
――ピシッ!
リーンがさらに一歩踏み込んだその時、かんぬきの表面に亀裂が走った。
――ピキキキキキキッ、ピキィ!
亀裂はかんぬき全体に伝播してゆき、その表面をくまなく濁らせた。
無数の亀裂が入ったマギクリスタルは、あっと言う間にその輝きを失っていく。
そして遂に、ただの石灰質の棒に成り果てた。
「はあ……はあ……はあ……」
全てを放出しきったリーンは、まるで産卵を終えた直後の魚のようにぐったりとしていた。
体の中が空っぽで、酷く喉が渇いていた。
「うおおっ……」
最後の気力を振り絞って、剣をもう一度だけ振り上げる。
そして、ひび割れた石灰岩と化したかんぬきに、最後の衝撃を食わえた。
――パラパラパラ……
かんぬきは、まるで干からびた粘土のように、バラバラと砕け落ちていった。
「お見事なり、勇者殿」
「へっ……どんなもんだい」
リーンは剣を持ったままその場にドッとへたり込んだ。
全身から吹き出ていた光と闇のオーラは、跡形も無く消え去っていた。
もっともリーンには、そんなものが出ていたという自覚はなかったが。
「おお……!」
マジスが歓声をあげる。
鋼鉄の扉がひとりでに開かれ、その奥からハーレムの女達が姿を現したのだ。
「まさにハーレムぞな……!」
その視線の先には、白と黒のローブで身を包んだ女達が並んでいた。
「あらあら、リーンったら」
「リーン、ヨクガンバッタ、エライ、エライ!」
先頭には、白色呪術士のエイダと、ブラックソーシャルのルーザがいた。
それぞれ白と黒のローブを纏っている。
そしてその後方に控える、白と黒のローブ姿の女達……だが若干白が少ない。
「あれ? なんか減ってね?」
へたれこんだままのリーンがそういうと、エイダが残念そうな表情を浮かべた。
「直前になって参加をやめた人が何人かいるの。やっぱり国王さまに歯向かうのは怖いって」
「マモノノ、ミンナハ、カイキン、ネ?」
「魔物さん達の中には辞退者はいないわ。だから今は、全員で40人」
「そうか、まあ仕方ねえな。無理に戦わせても意味がねえ。ところでエイダ、その後ろの神輿みたいなのはなんなんだ?」
リーンは立ち上がると、エイダの後ろを指差す。
魔物女の中でも、特に力がある者達が6人集まって、壷が乗せられた神輿を担いでいた。
「うふふ、あれはね。私達の秘密兵器よ」
「秘密兵器?」
エイダはそうリーンに言うと、頬を指でつついてニッコリと笑った。
エヴァーハル宮殿の構造を簡単に言えばそうなるだろう。
外側の城が、無骨な鉛色の石で出来た要塞だとするならば、内側の城は大理石から削り出した芸術作品だ。
正五角形の居住棟は、通常の建物に換算すれば15階建ての高さがあり、全ての部屋の前に、精緻な彫刻をあしらったベランダがついている。
その居住棟の真ん中から、天を突くような高さの主塔がそびえ、一番高い部分が球根型の赤い屋根になっている。
つい先ほど、国王が大出力の魔法を放出した場所だ。
リーンはその主塔を右手に見ながら、本城周辺の敷地を走っていた。
「一体何人住んでるんだよ、あの城」
「今は国王とアルメダ姫のお二人だけですな」
「少な!」
その気になれば千人でも二千人でも暮せそうな規模の建物だった。
実際、有事の際には兵士達の最後の砦になる。
数千人の兵で立て篭もった状態で、一年以上もたせることの出来る設計だ。
居住棟の周囲には、それを守るようにして無数の塔が建っている。
だが、その多くは城の装飾品として建てられているものだ。
見張りや、高所からの迎撃などにも使えるが、そもそもの作りが華奢なので、実用性はあまりない。
万が一、空を飛ぶ魔物が大量に飛来してきた時くらいにしか使い道はないだろう。
それとは逆に、居住棟からやや離れた場所に建っている、低くて太い塔は実用的な塔だった。
見るからに堅牢で、そう簡単には破れそうにない。
実際、塔のような円筒形の建物は衝撃に強いのだ。
五角形の居住棟の頂点にあたる位置に建っている、その五つの要塞塔は、白くてつるリとした外壁を持っている。
上部には円錐形の雨よけがあり、その下がギザギザの銃眼防壁になっている。
敵が侵入してきた場合、そこから魔法なり弓矢なりを一方的に打ち込んで撃退するのだ。
「見張りはいないのか?」
「あの塔は魔術師団の管轄なので大丈夫です」
マジスに言われて納得したリーンは、安心してその要塞塔を横切った。
もし他国の軍隊が、正攻法でエヴァーハル宮殿を攻略しようと思えば、そこには何重もの障害が立ちはだかることになる。
第一に、エヴァーハル城下町の狭い街路を抜けて、いくつもの運河橋を渡らなければならない。
これだけで相当に難航するだろう。
もしそれに成功したとして、次に待つのは城の敷地を広く囲む防壁だ。
敷地の中にはエヴァーハル主力軍が駐屯しているので、抜けるには相当な兵力が必要になる。
さらにそれを突破した次は、外城たる巨大な城壁の攻略にあたらなければならない。
城壁の上から雨のように降り注いでくる矢をしのぎながら、極厚の石壁に穴を開けなければならないのだ。
これら一連の作戦を成功させたとしても、その先にはさらに、精鋭部隊による迎撃が待っている。
そして極めつけが国王の大魔力。
もはや通常兵力でエヴァーハル宮殿を陥落させることは不可能なのだった。
「こういうのを獅子身中の虫っていうんだろうな、魔術師長のおっちゃん」
「ファファファ、まさにそうですなぁ」
内部叛乱だけが、唯一の懸案事項と言えたが、それにも対策が練ってあった。
近衛兵団、魔術師団、医法師組合の三つに権力を分散することで、全ての力が一斉に叛乱を起すことを難しくしていたのだ。
今のところ、リーンの側についてくれているのは魔術師団だけである。
正直なところ、このままでは勝ち目が無い。
「見えてきました、あの離れの中に、ハーレムに続く階段があります」
「随分とこじんまりしてるんだな……」
マジスが示した先には、庭園に囲まれた小さな離宮があった。
天上の館を思わせるような、真っ白な石で作られている。
一階建てで、アーチで支えられた深い日除けがある。
暑い日などに、昼寝をして涼むのに丁度良さそうな施設だった。
リーン達は周囲に目を配りながら、その離宮へとかけこんだ。
白い布で顔をすっぽりと覆った女が二名、離宮の掃除をしていた。
「……ひっ!」
「……なにごとっ!」
女達はリーンの姿をみると、驚いて後ずさった。
「お仕事ごくろーさんだぜ、そんな格好で暑くないかい?」
突然の侵入者に、どう対処して良いかわからない女たちは、ただその場でうろたえている。
マジスが彼女達を安心させるように言う。
「これより少々騒がしくなる。だが、建物の中に隠れていれば安心だ。そこの部屋に鍵をかけて隠れていなさい」
女達はプルプルと震えながらも、言われたとおり離宮の部屋の一つに入っていった。
「なんであんなにビビッてるんだ?」
「貴公が初めての侵入者だからですな」
「そうなのか?!」
「はい、いままで盗人一人として侵入を許してませんからな、この城は」
説明を聞きつつ、リーンは離宮の中に進んでいく。
そして掃除をしていた女達が白い布を被っていた理由を想像する。
おそらく彼女らは、ずっとこの城の中にいるのだろう。
職務以外の一切の自由を奪われて、奴隷のようにこきつかわれているのだ。
「酷い場所だぜ」
自分が国王になったら、もっと使用人達を自由にしてやろうとリーンは思った。
* * *
離宮の奥の階段を下る。
飾り気のない壁と階段がどこまでも続く。
明かりが無くて暗いので、マジスがその手に金色の光りを点して、階段の中を照らしてくれていた。
白色魔術師 男
Lv78 金属性
リーンの持っているレベルモノクルはマジスのものなので、もちろん彼のレベルを調べることが出来る。
一体どんな魔法を使ってくれるのか、リーンはワクワクと期待していた。
金属性は希少性を意味する属性。
マジスの使う魔法は、きっと見たことも聞いたこともないようなものだろう。
階段を下りていくと、徐々に通路が明るくなってきた。
突き当たりにある扉が、強烈な輝きを放っている。
「なんだ?」
「扉のかんぬきが光っておるのです」
明かりがなくても良くなったので、マジスは魔法の明かりを消した。
目の前に立ちふさがる、鋼鉄製の扉。
その中央に光り輝くかんぬきがかけられている。
マギクリスタルで出来たその太い棒は、燃えるような虹色の光りを放っていた。
「これが最初の難関だぜ」
リーンは腰からスプレンディアを引き抜いた。
目の前で輝いているかんぬきと、その材料は同じである。
問題は、そこに込められている魔力の量だった。
マジスは一歩踏み出ると、そのかんぬきに手をあてた。
「火傷すんなよ、おっちゃん」
「ファファファ。心配はいらぬ」
いつの間にかマジスの手は、再び金色に輝いていた。
ただし、明かりとして用いていた先ほどとは異なり、手の平の部分に光が集中している。
まるで、何かを読み取ろうとしているような動きだ。
「ふむふむ、このマギクリスタルには七種の封印がかけられておる。その全てを一撃で断ち切るするのは、ちと厳しかろうな」
「じゃあどうするんだ? いっそ扉ごとぶっ壊しちまうか?」
「この扉は壊すと開けられなくなるように作られておるのだ。丸ごと撤去しようと思えば、上の天井ごと壊さなければならぬ」
いかにも分厚そうな黒鋼の扉には竜の彫り物がされている。
しかも引き戸になっていて、壁にすっぽりはめ込まれるような形になっている。
丸ごと撤去するためには大工事が必要だった。
「フムフム、かかっている術式のうち、4つまでならワレが解除できる。勇者は残り三つを破壊いたせ」
「わかった!」
「ファファファ、では早速とりかかるぞよ」
マジスはスゥーっと息を吸い込み、鳥のような鋭い声で気合をかけた。
「イエェェェェーーーイ!」
――ミシッ!
かんぬきが軋む音が鳴った。
それと同時に、七色の輝きが一瞬色褪せて、赤、青、黄色と変化したのちに、また元の虹色に戻った。
「ふぅ…………」
満足そうに息をついて、額の汗をぬぐうマジス。
リーンはキョトンとした顔でそれを見ていた。
「終わりか?」
「ファファファ、ばっちりですじゃ」
「そうなのか……」
思いのほかそっけない魔法で、リーンはしたたかガッカリした。
「封印解除は高レベルな魔法なのですぞ?」
「そうなのか……、まあいや、とにかくこれで壊しやすくなったんだな?」
「はいですじゃ」
「よしっ、なら後は俺にまかせてくれ」
リーンは剣を中段に構え、ありったけの魔力をスプレンディアに注ぎ込んだ。
「うおおおおおお!」
室内の温度が一気に上昇した。
スプレンディアは一瞬にして赤熱し、そこからさらに出力を上げて白光状態に近づいていく。
「ファファファ、これは素晴らしい。純粋な攻撃力ならワレでも敵わんかもしれぬ」
「どんな奴にだって負けないんだぜ。なんたって俺は、この国の王になる女なんだからな!」
スプレンディアの刀身を中心にして、熱波が爆発するように噴き出した。
激しく熱された気体が、狭い通路の中で荒れ狂う。
リーンはスプレンディアに魔力を蓄積させつつ、その扉の奥で待っている者達のことを思った。
人間の女達、魔物の女達、そしてエイダ。
みな、リーンが扉を破る時を、いまや遅しと待っているのだ。
「おおおおおおおおおおお!」
リーンの赤い髪の毛が逆巻いた。
刀身に込められた魔力が、ついに限界量を突破する。
あふれ出した炎の力が、夥しい光りの渦になって、あたり一面を真っ白に染め上げた。
「壊れルオオオオオオオオオ!」
光りの塊と化した刀身を振り上げる。
そして、渾身の力でもって七色に輝くかんぬきのど真ん中に振り下ろした。
――パッギャーン!
ガラスを砕くような音が鳴り響く。
かんぬきの表面が削れて、七色の火の粉が舞い散る。
リーンはさらに歯を食いしばって、スプレンディアをかんぬきに押し込んだ。
だが、その刃はある一定のラインで食い止められ、それ以上は押し込むことが出来なかった。
まるでかんぬきそのものが意志を持っているかのように、強固な力で抵抗されているのだ。
「ぐおおおおお……!!?」
これは一筋縄ではいかない。
即座にリーンは直感した。
マジスがいくつかの封印を解除してくれなかったら、今頃一体どうなっていたかわからない。
――これが国王のおっちゃんの魔力か!
リーンは背筋が震え上がる思いだった。
国王が直接、封印の魔法をかけたマギクリスタルのかんぬき。
質、量ともに桁外れな魔力であろうことは、その手ごたえだけでも十分すぎるほどわかった。
だが、リーンには負けられない理由があった。
ハーレムのみんな、宿のみんな、故郷のみんな。
そして、今も城のどこかに囚われているエリィ。
今ここでくじければ、それら守りたいもの全てを失うことになる。
「そんなのは……死んだってごめんだ!」
――ウルオオオオオン!
リーンの両目が大きく見開かれた。
瞬間、その紫色の虹彩に怪しい闇が浮かんだ。
リーンは己の自我さえも放棄して、全神経、全集中力、全筋力、そして全魂を投じてスプレンディアを押し込んだ。
「グウウウウ……フオオオオオ……ウグルオオオオ!!」
「むっ……勇者殿!?」
マジスの顔色が変わった。
リーンの体に生じた異変を感じ取ったのだ。
彼女の背から湧き出ているオーラは、光りでもなければ炎でもなかった。
それは闇だった。
暗黒のオーラが、リーンの全身を包んでいる。
「まさか……勇者殿は……」
何か言いかけてマジスは口をつぐんだ。
もし彼が、リーンの父親である木こり親父と面識があれば、こう思っただろう。
瓜二つだ、と。
リーンの中には確かに闇があった。
それと同時に光もあり、その両者が炎の力によって束ねられているのだ。
「こーーわーーれーーろおおおおおおおおおおお」
リーンは無意識のうちに、己の最深部にある新たな力を呼び起こしていた。
光、闇、炎。
その三つの輝きが渾然一体となり、スプレンディアの刀身からどどめ色の閃光となって噴き出す。
――ピシッ!
リーンがさらに一歩踏み込んだその時、かんぬきの表面に亀裂が走った。
――ピキキキキキキッ、ピキィ!
亀裂はかんぬき全体に伝播してゆき、その表面をくまなく濁らせた。
無数の亀裂が入ったマギクリスタルは、あっと言う間にその輝きを失っていく。
そして遂に、ただの石灰質の棒に成り果てた。
「はあ……はあ……はあ……」
全てを放出しきったリーンは、まるで産卵を終えた直後の魚のようにぐったりとしていた。
体の中が空っぽで、酷く喉が渇いていた。
「うおおっ……」
最後の気力を振り絞って、剣をもう一度だけ振り上げる。
そして、ひび割れた石灰岩と化したかんぬきに、最後の衝撃を食わえた。
――パラパラパラ……
かんぬきは、まるで干からびた粘土のように、バラバラと砕け落ちていった。
「お見事なり、勇者殿」
「へっ……どんなもんだい」
リーンは剣を持ったままその場にドッとへたり込んだ。
全身から吹き出ていた光と闇のオーラは、跡形も無く消え去っていた。
もっともリーンには、そんなものが出ていたという自覚はなかったが。
「おお……!」
マジスが歓声をあげる。
鋼鉄の扉がひとりでに開かれ、その奥からハーレムの女達が姿を現したのだ。
「まさにハーレムぞな……!」
その視線の先には、白と黒のローブで身を包んだ女達が並んでいた。
「あらあら、リーンったら」
「リーン、ヨクガンバッタ、エライ、エライ!」
先頭には、白色呪術士のエイダと、ブラックソーシャルのルーザがいた。
それぞれ白と黒のローブを纏っている。
そしてその後方に控える、白と黒のローブ姿の女達……だが若干白が少ない。
「あれ? なんか減ってね?」
へたれこんだままのリーンがそういうと、エイダが残念そうな表情を浮かべた。
「直前になって参加をやめた人が何人かいるの。やっぱり国王さまに歯向かうのは怖いって」
「マモノノ、ミンナハ、カイキン、ネ?」
「魔物さん達の中には辞退者はいないわ。だから今は、全員で40人」
「そうか、まあ仕方ねえな。無理に戦わせても意味がねえ。ところでエイダ、その後ろの神輿みたいなのはなんなんだ?」
リーンは立ち上がると、エイダの後ろを指差す。
魔物女の中でも、特に力がある者達が6人集まって、壷が乗せられた神輿を担いでいた。
「うふふ、あれはね。私達の秘密兵器よ」
「秘密兵器?」
エイダはそうリーンに言うと、頬を指でつついてニッコリと笑った。
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