ガチ百合ハーレム戦記
合流、魔術師団
リーンは近衛兵達が待機している部屋のすぐ前までくると、壁の影に隠れて中の様子を伺った。
兵士の一人、金属性の者の方は、ウェーブがかった長い金髪を持った美形の男だった。
もう一人の水属性の者は、短く刈り上げた黒髪で、今ひとつ印象に残らない薄い顔立ちをしている。
両名とも兜を脱いでテーブルの上に置き、向かい合って席についていた。
金髪の兵士が言う。
「国王さまの偉業、是非ともこの目に収めておきたかったものだ」
黒髪の兵士は何度も頷いて、その言葉に同意する。
「僕らにはくじ運がありませんでしたね」
「そうだな。だがまあ、仕方ない。最低でも二人はここに残っていなければならんのだから」
「ええ、国王さまをお守りするためにも」
どうやら見張り塔の兵士達は、くじ引きで上を見張る者を決めたらしい。
塔の上にいれば、国王が膨大な魔力を地の果てに向けて放射する光景を、直接目にすることが出来るからだ。
リーンは彼らのわずかなやり取りで、いかに近衛兵達が国王に心酔しているか理解した。
「音だけでも凄まじいものだったな。腹の底が震えるような振動が、ずいぶんと長く響いていた」
「大陸の中央にいながら、地の果てに巨大な防壁を築くのです。それはもう、想像を絶する光景でしたでしょう」
「まったくだな。本当に国王様は凄いお方だ」
「そうでもねえんだぜ」
リーンはそこで、二人の会話にさりげなく加わっていった。
「!?」
「!?」
二人の兵士は雷にうたれたようにビクッとなる。
「国王のおっちゃんってばよ、警告もなしにいきなりピカーッてやったから、結構な人が目をやられちまったんだ」
何食わぬ顔で兵士達に近づき、金髪の男の肩にポンと手を置いた。
「今ひとつ思慮深さのない国王なんだぜ」
「曲者!」
二人の近衛兵は立ち上がると同時に剣を引き抜き、流れるような動きでリーンに切りかかってきた。
「うおっと!」
すかさずバックステップを踏んで斬撃を交わす。
そしてギリギリの間合いで回避しつつ、近衛兵達をおびき出すように後ろに下がる。
二人の太刀筋はどこまでも実直で、基本に忠実だった。
最小限の動作、最短の経路で切り込んでくる。
「貴様! 何者だ!」
「勇者さまだ!」
「なにぃ!?」
金髪の男が一歩先に出て、より踏み込んだ一撃を振るってきた。
リーンはそれをスプレンディアで受けると、そのままじりじりと後ろに下がった。
流石に近衛兵だった。
正攻法で押し返せる気はまったくしなかった。
だが今はその必要はない。
リーンはつばぜり合いをしながら、相手の剣に押されるに任せて、そのまま通路に出た。
金髪の男が、ゲンリの魔法の射程に入る。
『ウィル・エウィーレ!』
-雷光の奔流-
男の真横から、一直線に雷撃が飛んできた。
「ぐわっ!」
彼は兜をかぶっていなかったため、その電撃をもろに首筋に受けた。
一瞬で意識を失って、ずるりとその場に倒れこむ。
リーンは甲冑が床に当たる音がたたないよう、その体を支えてゆっくりと下ろした。
「くっ……!」
状況不利と見た、もう一人の近衛兵が、腰のベルトから笛を取り出した。
慌てた様子で二歩三歩と引き下がり、上にいる兵士達に救援の合図を送ろうとする。
「おっと、そうはさせねえ」
リーンは笛を持つ兵士の手に指先を向ける。
そして速やかに詠唱した。
『エンデ・アーテック!』
-炎の飛礫-
リーンの指先から矢のように走り出た炎弾は、一直線にその笛を貫いた。
「ぐわっ!」
「わりぃがちょっと眠っててくれ」
リーンは素早く間合いを詰めて、スプレンディアを振り上げた。
そして相手が構えている剣に向かって、縦一文字に振り下ろす。
その透明な刀身は、鉄製の剣をいとも簡単にサックリと切断した。
「なーっ!」
驚きに目を剥いている男の腹を蹴り飛ばし、よろけたところに剣の石突を振り下ろす。
「ぐがはっ……!」
首筋に強烈な一撃を食らって、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「ふうっ、いっちょ上がりだぜ」
リーンは彼の体を床に横たえると、額に浮かんだ汗をぬぐった。
ゲンリが部屋に入ってきた。
「お見事です、リーン」
「ゲンリもな、完璧なタイミングだったぜ」
「ありがとうございます。では、急いでこの者達を処理しましょう」
二人は倒れている兵士の体を引きずって、部屋の隅へと寄せた。
手足を縛り、猿轡をかませる。
その間にリーンは、見張り塔の部屋をぐるりと眺めて、その設備の確認をした。
「なあゲンリ、あの扉は鍵をかけられるんだよな?」
と言ってリーンが示したのは、見張り塔の上へと続く、螺旋階段の入り口だった。
入り口の扉は鉄格子で作られていて、引き手の部分に鍵穴がついている。
「はい、鍵はこの人が持っていました」
と言ってゲンリは、金髪の兵士の懐から奪った鍵を示した。
「じゃあ鍵かけてこうぜ。上の奴らが少しは手こずるだろう」
「そうですね……、しかし彼らもまた、鍵を持って行ってるかもしれません」
「大丈夫だ、こうする」
リーンはゲンリから鍵を貰うと、鉄格子の前まで行って鍵をかけた。
そして。
『エンデ!』
-炎よ-
鍵を突っ込んだまま炎の魔法を唱え、鍵が赤熱するまで加熱した。
「おりゃあ!」
続いてスプレンディアの石突で鍵を強く叩き込む。
するとまるで、熱したリベットを打ち込んだかのように、扉の鍵穴が埋まってしまった。
「……容赦ないですね、リーン」
「あったりまえだぜ、命がかかってるんだ。これでちったぁ戦力を減らせただろう」
やることを済ませた二人は、そのまま見張り塔の部屋を後にする。
* * *
エヴァーハル宮殿をぐるりと囲む巨大な城壁。
その西壁の内側に魔術師団の本部がある。
リーン達は、その壁の中の通路を走って本部へと向かっていた。
「どんだけ広いんだよこの城!」
「だいたい小さな町くらいはありますか」
走っても走っても目的地が見えない。
ロの字状に本殿をかこむ壁と、その内側にある城内施設を管理しているのは、魔術師団、近衛兵団、医法師団、あわせて200余名だ。
等間隔に設置された壁内通路のゲートを三つ過ぎると、ようやく行く先に光が見えてきた。
魔術師団本部へと繋がる通路から差し込んでくる光だ。
エヴァーハル宮殿はこのように、恐ろしく高くて分厚い壁に囲まれているのだが、敷地内の日当たりは思いのほか良好だ。
それもそのはず、天の円盤がほぼ直上に位置しているため、建物に殆ど遮られることなく日の光が降り注いでくるのだ。
リーンとゲンリは、その光が差す出入口に入り、白亜の主柱と屋根からなる渡り廊下を抜けた。
渡り廊下の左右には広く景色が開けていて、綺麗にならされた地面と、森のような規模の植林地が見えていた。
「城の中に森まであるのかよ……」
「王族の方々が散歩をしたり琴を奏でたりして楽しむ場所なのです」
「そんなの外に出てやりゃーいいだろうが」
「そうもいかないんですよ、やんごとなき方々は」
魔術師団本部は、三階建ての大きな建物だが、宮殿を囲む防壁の高さに比べれば、ミニチュア模型のようなものだった。
本部施設に乗り込むと、そのロビーに頭に白いターバンを巻いた福々しい男がいた。
傍らに数名の灰色魔術師を従えている。
「マジスさま! いよいよでございます!」
ゲンリがその白いターバンの男に告げた。
「うむ、そうであるか、うむうむ」
男はゲンリに向けて何度も頷く。
マジスと呼ばれたその男は、白色魔術師であると一目でわかる純白のローブを身に纏っていた。
立派な黒々とした口髭を蓄え、見るからに血色の良い顔をしている。
マジスは、ゲンリに向かってニコリと微笑むと、すぐにリーンの方を向いた。
「ファファファ、お初にお目にかかる、勇者殿」
「あんたが魔術師長か!」
魔術師というよりは、どこぞの大富豪のようだとリーンは思った。
そしていきなり馴れ馴れしく、マジスの大きな腹を拳でつついた。
「さすが、いい腹してんぜおっちゃん!」
「ファファファ、勇者殿こそ良い面構えをしておる。うむ、まさにゲンリの行っていた通りの赤百合よ」
「赤百合?」
リーンは怪訝な視線をゲンリに向ける。
「ええとですね、リーン……」
ゲンリはタジタジしながら言う。
「わかりやすいイメージが必要だったのですよ。魔術師団の説得のために」
「ふうーん」
勝手に二つ名のようなものをつけられて、あまり良い気分ではないリーンだったが、それもこれもみな、国王を倒してエリィを助け出すためなのだと割り切った。
「ま、いいか。俺が国王になった暁には、アルメダと一緒になって、力をあわせてすっげえハーレムを作るんだ。楽しみにしててくれよなっ」
「ファファファ、まったくもって素晴らしい。女王による女だらけのハーレム。そしてアルメダ姫との婚姻。うむうむ、長生きはするものぞ……。ぐふ、ぐふふっ……ぐーっふふふ」
マジスは後ろを向き、口元をおさえて怪しく笑い始めた。
正直言って、気持ち悪い。
「なあゲンリ……この人本当に魔術師長なのか? Lv78の」
「ええ……そうです。言いたいことはわかりますが、魔術師ですので……」
「色々と変な人なんだな?」
「はい、Lvが高ければ高いほど……色々と」
リーンとゲンリは、一人でなにやら妄想しまくっているマジスを、しばし生暖かい目で見守った。
やがて十分に妄想を楽しんだらしいマジスは、居住まいを整えてリーン達に向き直ってきた。
「ごっほん。では作戦開始にあたり、アルメダ様にも一つ確認をとっておきたい」
「わかった。いま繋ぐぜ」
リーンは懐からアルメダのブローチを取り出す。
指で擦って息を吹きかける。
『マジス、私です。アルメダです』
「おおっ、姫様」
マジスは空中に投影されたアルメダの姿を見るや否や、その場に膝を付いた。
どうやら魔術師団の多くの者は、国王ではなくアルメダ姫に心酔しているらしかった。
「いよいよこの時がまいりました。私ども魔術師団は、アルメダさまと、その夫となられる勇者リーンのために、この身の全てを捧げる所存にございます」
『ありがとう、マジス。このご恩は一生忘れません。ともに新しい世界を築きましょう』
「ははーっ」
深々とお辞儀をすると、マジスは立ち上がり、リーンとゲンリに向かって作戦の開始を告げた。
「では今より、城内の全ての魔術師達に合図を送る。ゲンリは中央広場にて他の魔術師達と合流、陣地の構築に当たってくれ」
「了解いたしました」
「そして勇者リーン、貴公は私とともに地下ハーレムへ。囚われている女達を解放いたしましょう」
「おう! 頼りにしてんぜおっちゃん!」
三人はそろって頷きあう。
マジスは建物の外に歩み出ると、高々と手を振り上げた。
「では、いきますぞっ」
振り上げられた手の平から、一発の魔法弾が放たれる。
弾は天高く飛び上がると、空中で音も無く弾けた。
そして、その魔法弾の内容を知るものだけが聞き取れる特別な音を、辺り一帯に響かせた。
「これで城中の魔術師に号令が下りました。まもなく城のあちこちから湧き出て来るでしょう」
「よし、じゃあ行くぜ!」
「うむっ、ハーレムはすぐそこの、本殿の離れから入れます。ついてまいられよ」
リーンはマジスに続いて走り出す。
ゲンリもまた、魔術師達が続々と集結を始めている、本殿前の中央広場へと向かった。
兵士の一人、金属性の者の方は、ウェーブがかった長い金髪を持った美形の男だった。
もう一人の水属性の者は、短く刈り上げた黒髪で、今ひとつ印象に残らない薄い顔立ちをしている。
両名とも兜を脱いでテーブルの上に置き、向かい合って席についていた。
金髪の兵士が言う。
「国王さまの偉業、是非ともこの目に収めておきたかったものだ」
黒髪の兵士は何度も頷いて、その言葉に同意する。
「僕らにはくじ運がありませんでしたね」
「そうだな。だがまあ、仕方ない。最低でも二人はここに残っていなければならんのだから」
「ええ、国王さまをお守りするためにも」
どうやら見張り塔の兵士達は、くじ引きで上を見張る者を決めたらしい。
塔の上にいれば、国王が膨大な魔力を地の果てに向けて放射する光景を、直接目にすることが出来るからだ。
リーンは彼らのわずかなやり取りで、いかに近衛兵達が国王に心酔しているか理解した。
「音だけでも凄まじいものだったな。腹の底が震えるような振動が、ずいぶんと長く響いていた」
「大陸の中央にいながら、地の果てに巨大な防壁を築くのです。それはもう、想像を絶する光景でしたでしょう」
「まったくだな。本当に国王様は凄いお方だ」
「そうでもねえんだぜ」
リーンはそこで、二人の会話にさりげなく加わっていった。
「!?」
「!?」
二人の兵士は雷にうたれたようにビクッとなる。
「国王のおっちゃんってばよ、警告もなしにいきなりピカーッてやったから、結構な人が目をやられちまったんだ」
何食わぬ顔で兵士達に近づき、金髪の男の肩にポンと手を置いた。
「今ひとつ思慮深さのない国王なんだぜ」
「曲者!」
二人の近衛兵は立ち上がると同時に剣を引き抜き、流れるような動きでリーンに切りかかってきた。
「うおっと!」
すかさずバックステップを踏んで斬撃を交わす。
そしてギリギリの間合いで回避しつつ、近衛兵達をおびき出すように後ろに下がる。
二人の太刀筋はどこまでも実直で、基本に忠実だった。
最小限の動作、最短の経路で切り込んでくる。
「貴様! 何者だ!」
「勇者さまだ!」
「なにぃ!?」
金髪の男が一歩先に出て、より踏み込んだ一撃を振るってきた。
リーンはそれをスプレンディアで受けると、そのままじりじりと後ろに下がった。
流石に近衛兵だった。
正攻法で押し返せる気はまったくしなかった。
だが今はその必要はない。
リーンはつばぜり合いをしながら、相手の剣に押されるに任せて、そのまま通路に出た。
金髪の男が、ゲンリの魔法の射程に入る。
『ウィル・エウィーレ!』
-雷光の奔流-
男の真横から、一直線に雷撃が飛んできた。
「ぐわっ!」
彼は兜をかぶっていなかったため、その電撃をもろに首筋に受けた。
一瞬で意識を失って、ずるりとその場に倒れこむ。
リーンは甲冑が床に当たる音がたたないよう、その体を支えてゆっくりと下ろした。
「くっ……!」
状況不利と見た、もう一人の近衛兵が、腰のベルトから笛を取り出した。
慌てた様子で二歩三歩と引き下がり、上にいる兵士達に救援の合図を送ろうとする。
「おっと、そうはさせねえ」
リーンは笛を持つ兵士の手に指先を向ける。
そして速やかに詠唱した。
『エンデ・アーテック!』
-炎の飛礫-
リーンの指先から矢のように走り出た炎弾は、一直線にその笛を貫いた。
「ぐわっ!」
「わりぃがちょっと眠っててくれ」
リーンは素早く間合いを詰めて、スプレンディアを振り上げた。
そして相手が構えている剣に向かって、縦一文字に振り下ろす。
その透明な刀身は、鉄製の剣をいとも簡単にサックリと切断した。
「なーっ!」
驚きに目を剥いている男の腹を蹴り飛ばし、よろけたところに剣の石突を振り下ろす。
「ぐがはっ……!」
首筋に強烈な一撃を食らって、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「ふうっ、いっちょ上がりだぜ」
リーンは彼の体を床に横たえると、額に浮かんだ汗をぬぐった。
ゲンリが部屋に入ってきた。
「お見事です、リーン」
「ゲンリもな、完璧なタイミングだったぜ」
「ありがとうございます。では、急いでこの者達を処理しましょう」
二人は倒れている兵士の体を引きずって、部屋の隅へと寄せた。
手足を縛り、猿轡をかませる。
その間にリーンは、見張り塔の部屋をぐるりと眺めて、その設備の確認をした。
「なあゲンリ、あの扉は鍵をかけられるんだよな?」
と言ってリーンが示したのは、見張り塔の上へと続く、螺旋階段の入り口だった。
入り口の扉は鉄格子で作られていて、引き手の部分に鍵穴がついている。
「はい、鍵はこの人が持っていました」
と言ってゲンリは、金髪の兵士の懐から奪った鍵を示した。
「じゃあ鍵かけてこうぜ。上の奴らが少しは手こずるだろう」
「そうですね……、しかし彼らもまた、鍵を持って行ってるかもしれません」
「大丈夫だ、こうする」
リーンはゲンリから鍵を貰うと、鉄格子の前まで行って鍵をかけた。
そして。
『エンデ!』
-炎よ-
鍵を突っ込んだまま炎の魔法を唱え、鍵が赤熱するまで加熱した。
「おりゃあ!」
続いてスプレンディアの石突で鍵を強く叩き込む。
するとまるで、熱したリベットを打ち込んだかのように、扉の鍵穴が埋まってしまった。
「……容赦ないですね、リーン」
「あったりまえだぜ、命がかかってるんだ。これでちったぁ戦力を減らせただろう」
やることを済ませた二人は、そのまま見張り塔の部屋を後にする。
* * *
エヴァーハル宮殿をぐるりと囲む巨大な城壁。
その西壁の内側に魔術師団の本部がある。
リーン達は、その壁の中の通路を走って本部へと向かっていた。
「どんだけ広いんだよこの城!」
「だいたい小さな町くらいはありますか」
走っても走っても目的地が見えない。
ロの字状に本殿をかこむ壁と、その内側にある城内施設を管理しているのは、魔術師団、近衛兵団、医法師団、あわせて200余名だ。
等間隔に設置された壁内通路のゲートを三つ過ぎると、ようやく行く先に光が見えてきた。
魔術師団本部へと繋がる通路から差し込んでくる光だ。
エヴァーハル宮殿はこのように、恐ろしく高くて分厚い壁に囲まれているのだが、敷地内の日当たりは思いのほか良好だ。
それもそのはず、天の円盤がほぼ直上に位置しているため、建物に殆ど遮られることなく日の光が降り注いでくるのだ。
リーンとゲンリは、その光が差す出入口に入り、白亜の主柱と屋根からなる渡り廊下を抜けた。
渡り廊下の左右には広く景色が開けていて、綺麗にならされた地面と、森のような規模の植林地が見えていた。
「城の中に森まであるのかよ……」
「王族の方々が散歩をしたり琴を奏でたりして楽しむ場所なのです」
「そんなの外に出てやりゃーいいだろうが」
「そうもいかないんですよ、やんごとなき方々は」
魔術師団本部は、三階建ての大きな建物だが、宮殿を囲む防壁の高さに比べれば、ミニチュア模型のようなものだった。
本部施設に乗り込むと、そのロビーに頭に白いターバンを巻いた福々しい男がいた。
傍らに数名の灰色魔術師を従えている。
「マジスさま! いよいよでございます!」
ゲンリがその白いターバンの男に告げた。
「うむ、そうであるか、うむうむ」
男はゲンリに向けて何度も頷く。
マジスと呼ばれたその男は、白色魔術師であると一目でわかる純白のローブを身に纏っていた。
立派な黒々とした口髭を蓄え、見るからに血色の良い顔をしている。
マジスは、ゲンリに向かってニコリと微笑むと、すぐにリーンの方を向いた。
「ファファファ、お初にお目にかかる、勇者殿」
「あんたが魔術師長か!」
魔術師というよりは、どこぞの大富豪のようだとリーンは思った。
そしていきなり馴れ馴れしく、マジスの大きな腹を拳でつついた。
「さすが、いい腹してんぜおっちゃん!」
「ファファファ、勇者殿こそ良い面構えをしておる。うむ、まさにゲンリの行っていた通りの赤百合よ」
「赤百合?」
リーンは怪訝な視線をゲンリに向ける。
「ええとですね、リーン……」
ゲンリはタジタジしながら言う。
「わかりやすいイメージが必要だったのですよ。魔術師団の説得のために」
「ふうーん」
勝手に二つ名のようなものをつけられて、あまり良い気分ではないリーンだったが、それもこれもみな、国王を倒してエリィを助け出すためなのだと割り切った。
「ま、いいか。俺が国王になった暁には、アルメダと一緒になって、力をあわせてすっげえハーレムを作るんだ。楽しみにしててくれよなっ」
「ファファファ、まったくもって素晴らしい。女王による女だらけのハーレム。そしてアルメダ姫との婚姻。うむうむ、長生きはするものぞ……。ぐふ、ぐふふっ……ぐーっふふふ」
マジスは後ろを向き、口元をおさえて怪しく笑い始めた。
正直言って、気持ち悪い。
「なあゲンリ……この人本当に魔術師長なのか? Lv78の」
「ええ……そうです。言いたいことはわかりますが、魔術師ですので……」
「色々と変な人なんだな?」
「はい、Lvが高ければ高いほど……色々と」
リーンとゲンリは、一人でなにやら妄想しまくっているマジスを、しばし生暖かい目で見守った。
やがて十分に妄想を楽しんだらしいマジスは、居住まいを整えてリーン達に向き直ってきた。
「ごっほん。では作戦開始にあたり、アルメダ様にも一つ確認をとっておきたい」
「わかった。いま繋ぐぜ」
リーンは懐からアルメダのブローチを取り出す。
指で擦って息を吹きかける。
『マジス、私です。アルメダです』
「おおっ、姫様」
マジスは空中に投影されたアルメダの姿を見るや否や、その場に膝を付いた。
どうやら魔術師団の多くの者は、国王ではなくアルメダ姫に心酔しているらしかった。
「いよいよこの時がまいりました。私ども魔術師団は、アルメダさまと、その夫となられる勇者リーンのために、この身の全てを捧げる所存にございます」
『ありがとう、マジス。このご恩は一生忘れません。ともに新しい世界を築きましょう』
「ははーっ」
深々とお辞儀をすると、マジスは立ち上がり、リーンとゲンリに向かって作戦の開始を告げた。
「では今より、城内の全ての魔術師達に合図を送る。ゲンリは中央広場にて他の魔術師達と合流、陣地の構築に当たってくれ」
「了解いたしました」
「そして勇者リーン、貴公は私とともに地下ハーレムへ。囚われている女達を解放いたしましょう」
「おう! 頼りにしてんぜおっちゃん!」
三人はそろって頷きあう。
マジスは建物の外に歩み出ると、高々と手を振り上げた。
「では、いきますぞっ」
振り上げられた手の平から、一発の魔法弾が放たれる。
弾は天高く飛び上がると、空中で音も無く弾けた。
そして、その魔法弾の内容を知るものだけが聞き取れる特別な音を、辺り一帯に響かせた。
「これで城中の魔術師に号令が下りました。まもなく城のあちこちから湧き出て来るでしょう」
「よし、じゃあ行くぜ!」
「うむっ、ハーレムはすぐそこの、本殿の離れから入れます。ついてまいられよ」
リーンはマジスに続いて走り出す。
ゲンリもまた、魔術師達が続々と集結を始めている、本殿前の中央広場へと向かった。
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