ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

説得、大陸の未来

 近衛兵長、魔術師団長、医法師長。


 国の三大組織の長であるギリアムの執務室は高い塔の上にある。
 エヴァーハル宮殿の中でも一際広くて豪華な部屋だ。
 壁に並んだ書架には分厚い医学書がギッシリと詰め込まれ、大きな窓の前に置かれた執務机には精巧な彫り物があしらわれている。


 リーン達は、その執務机の前に置かれた本革張りの長椅子に並んで座っていた。


「さて」


 ギリアムは机の上に置かれた円盤型の大陸儀を軽く指で弾いて回転させる。
 大陸儀は金色の鎖で吊るされていて、絶えず水平が保たれるようになっている。


「まずは、偽者の二人の正体を教えてもらおうか」


 そして厳かに腕を組み、金髪ポマード丸眼鏡という、エルレンの父親そっくりの変装をしているリーンを睨んだ。


「へっ、俺の正体かい? 俺はな……」


 リーンはかすかに震える指先で、静かに丸眼鏡を外すと、ギリアムを睨み返して言った。


「俺はこの国の次期国王だ」
「ほう」


 そのまましばし、二人はにらみ合う。


「今日はギリアムのおっちゃん、あんたにお願いをしにきたんだ。俺たちは明日、国王を倒すためにここに乗り込む。それに協力して欲しい」
「大防壁の儀を明日に控えたこのタイミングで何かと思えば……。ふむ、国を乗っ取るつもりだったか」
「ああ、そうだ」


 リーンは口元にニヤリと笑みを浮かべる。


「魔術師団にはもう話が付いている。あとは医法師のみんなが協力してくれるか、黙って見ていてくれるかさえすれば、作戦は成功間違いなしなんだ」
「近衛兵団は強い。魔術師団のどれほどが参加するかは知らんが、本当に勝算はあるのかね?」
「ある。この作戦には……」


 そこでリーンは一旦口をつぐむ。
 ハーレム軍団の話を切り出すにあたって、言葉を選ぶ必要を感じたのだ。
 魔物の女を味方につけるということは、ともすれば悪魔との契約とも取られかねない。


「ハーレムの女達も加わることになっている、エイダとかな」
「ほう、それは心強いな。みな優れた魔術の才を持っていると聞く」


 ギリアムは『エイダとは誰か?』とは聞き返してこなかった。
 どうやらハーレムの実情を把握しているらしい。


「そうか、知っているんだな……。だったら、国王のおっちゃんがとんでもない変態だってことも知っているはずだぜ」
「国王の趣味をとやかく言う気はない」
「じゃあ、大防壁のことはどうなんだ? 魔物には空を飛んでくるやつだっている。壁を作ったからどうなるってもんじゃねえ。むしろ人間の世界で叛乱が起こるきっかけになるんだ。実際俺たちだって、国王のおっちゃんが弱っている隙に事を起すんだからな。アルデシアにとって、いいことなんてないんじゃないか?」
「ふむ……」


 ギリアムは思案するようにして、手で顎をさする。


「しかも国王のおっちゃんは、勇者を殺そうとした」


 リーンは、ついに自らが勇者であることを明かす。
 長椅子から立ち上がり、執務机の前に立つ。
 そして親指で自らを指して言った。


「俺はリーンだ。この国が始まって以来の、魔王を倒す力を認められた女だ」
「…………」


 ギリアムは、机の上に肘を付いたまま無言だった。
 厳しく光る視線だけがリーンに向けられている。


「だが俺は、国王に渡された剣の呪いで二度死にかけた。いまここにいる三人が、それを証明してくれる」


 ヨアシュ、エルレン、エルレンの父の三人は、ギリアムを見て頷いた。


「ふむ……なぜ国王は、勇者を殺そうとしたのか」
「知っていたような口ぶりだな、おっちゃん」
「無論だ。私は医法師団の長なのだからな」
「だったら話は早いな。国王のおっちゃんには、魔物を退治する気なんて始めからない。それなのに大防壁なんて大ごとをやらかそうとしている。民衆の人気取りだかなんだか知らないけどな。もうやってることが滅茶苦茶なんだ。だから、誰かが正さなきゃいけない」


 リーンは強い言葉で告げる。


「俺がそれをやる。やり遂げてみせる。だから、協力してくれ」
「…………」


 ギリアムはリーンを見据えたまま無言を貫いた。
 その瞳の奥には怜悧な光が宿っている。
 リーンという人物を、その魂でもって見定めているのだ。


 やがて白き医法師は椅子から立ち上がり、窓際に立った。


「ふむ」


 そして窓の外に広がる城下町の景色を眺めながら語り始めた。


「人の世は常に病んでおる」
「む?」
「人が生きている限り、かならず病に冒されるように、人の世もまた、存続するかぎり必ず病魔に蝕まれる」
「まあ、そうだろうな」
「世の中が病んだ時、その苦痛を一身に背負わなければならないのが国王だ。貴君にそれが出来るというのかね?」
「うむむ……」


 ギリアムの言葉は重く、リーンの心にどっしりとのしかかるようだった。
 彼は今、リーンの王としての資質を問うているのだ。


「あまり自信がないようだな。その若さだ、無理もない」
「…………」
「少なくとも現国王は、その重荷を数十年に渡って背負い続けてきた。国王の絶大な魔力によって、アルデシアの平穏は保たれてきたのだ」


 ギリアムはくるりと振り返って言った。


「リーンよ、貴君にそれと同じ役割が果たせるとは思えん」
「!?」
「到底、思えん」


 そして静かに首を振る。
 リーンは拳を握り締めた。


 絶大な魔力という点においては、もはや反論の余地がなかった。
 アルデシアはまさに、国王の存在によって支えられてきたのだ。
 たとえその国王が、理解しがたい行動に及んでいるとしても。


「でもよ……このままずっと、あのおっちゃんの好き勝手にさせとくわけにはいかないだろう。国王のおっちゃんはもう歳で、跡取りもいない。お先は暗いぜ」
「確かに、この国の先行きは暗い。このままではな。いずれ、何らかの形で新しい体制に移行しなければならないだろう。問題はその時期と方法だ」
「今はまだその時じゃないって言うのか?」


 ギリアムは静かにうなずく。


「そうだ」
「根拠はなんだ? 俺じゃあ役不足だからか?」
「それもあるが、なにより準備があまりに不足している。今、仮に、貴君が王位に付いたとしよう。その時の副作用、世の中の混乱がいかほどのものとなるか、想像できるかね?」


 確かにそれは、リーンの想像力の範囲外だった。
 若さと勢いだけでは、到底乗り越えられるものではない。


「私は、私自身の経験と信条に基づいて判断する。今はまだ、その時ではないとな。よって、貴君に協力することは出来ない」
「そうか、それでも俺はやらなきゃいけない」


 リーンは一歩進んで、ギリアムの執務机に手を突く。


「守らなきゃいけないものがあるからな」


 囚われたエリィ、協力してくれている仲間、ハーレムの女達。
 国王の圧政に喘ぐ無数の市民達。
 そして何より、自分自身の意思。


 リーンは小難しいことを考えて行動するタイプではない。
 それはリーン自身が一番良く知っていることだった。
 気分、場の雰囲気、直感、情熱。
 それらがリーンの行動を決める全てだった。


 そして、それで今まで上手くやってきた。
 自分がどんなに滅茶苦茶なことをしても、周りの人達が綺麗に埋め合わせてくれた。
 その現象はちょうど、焼き払われた野原に、新たな植物の芽が生えてくることに似ていた。


 自らの意思の赴くままに、野蛮で獰猛な力を振るい、そして新しい状況を作り続ける。
 俺はそういう人間なんだ。
 そういう人間であり続けるべきなんだ。
 リーンは改めて、そう決意する。
 確信する。


「では問おう」


 目をギラギラさせて迫るリーンに向かって、ギリアムは言う。


「貴君が守りたいものとはなにか」


 威厳のこもったその問いに、リーンは胸を張ってこう答えたのだった。


「ハーレムだ!」




 * * *




「…………」


 ギリアムの白い前髪がたらりと下がった。


「はー」
「れむ?」


 ヨアシュとエルレンが白目を剥く。
 エルレンの父の丸眼鏡がずり落ちた。


 その場にいる全ての者が言葉を失った。


――この人一体、何言ってるの?


「ふっふっふ、素晴らしすぎて声も出ないみたいだな」
「……よくわからん。その意味を問いたい。ハーレムを守ってどうするのだ」


 ギリアムは可能な限りの平静を保って言った。


「さすが医法師長さまだ。俺がこんなこと言ってもなんともないぜ」
「……ここ数年ないというくらいには驚いているが」
「簡単な話だ。俺は何より、俺の欲望のために生きている。だから、何よりも真っ先に守らなきゃいけないのが、俺のこの欲望なんだ」


 潔いほどに正直だった。


「世界の平穏より、己の欲望を優先するのか」


 ギリアムは失望したように言う。


「ああそうだ。だがそれが、何より世界の平穏のためになるんだ」
「いや、その理屈はおかしい……」
「いいやおかしくないんだ。俺が王様になればそういうことになる。間違いねえ」


 リーンは思考を整理するようにして、こめかみを指でもんだ。


「あんまり頭良くない俺が必死に考えて言うぜ。たぶん、一度しか言えないからよーく耳の穴かっぽじって聞いてくれよ?」
「……うむ」
「おっちゃんはさっき言ったな、この世界は病んでいるって。王様はその痛みを全部背負わなきゃならないって。うん、確かにその通りだぜ」


 と言ってリーンは、自分を納得させるようにして頷く。


「だったら、尚のことハーレムが重要になってくる。ハーレムってのはまさに、すげー重圧にさらされる王様のハートを慰める場所だからな。ハーレムがきちんとしてなかったら、そこんとこが上手くいかねえ。王様のハートはどんどん病んでいって、最後には国そのものが病んで滅びる!」


 はっ……と、周囲から嘆息があがる。


「だからハーレムはすげー大事なもんなんだ。そんでもって、ハーレムはどうやって作られる? もちろん、王様の欲望にそって作られるんだ。だから、王様自身の欲望こそが、ハーレムの性質を決める。さらに言えば、国そのものの性質だって決めちまうんだ」


 そこで、ギリアムの表情がにわかにほころんだ。


「その国の王様が、強くて健康な欲望を持っているってのは、何よりその国のためになるんだ。これが俺の理論だ!」
「ふっ……ふふふ……」


 ギリアムが笑う。


「どうだい? ぐうの音も出ないだろう。どんなに時間かけて準備したって、王様がすげ代わる時にはどうしたって混乱する。むしろ時間をかければかけるほど、世の中どんどん腐ってくぜ? 俺が王様になったら、何もかもが若返って元気になる。どうだいおっちゃん? そんな気がしてきただろう?」
「なるほどな、それに加えて貴君は女だ。女が女のハーレムを持つ……か。なるほど、これは実に興味深い話だ」


 ギリアムの態度が明らかに変わってきた。
 後一押しだ、そうリーンは思う。


「魔術師団が動いたのもそのためか。あそこは妙な趣向を持つ連中が多いからな」
「ははっ、そうだな。まさに変態軍団だぜ。女の王様がどれだけ女の子を囲っても、そんなに羨ましがられたりはしないだろ? それに、俺にはもっと壮大な考えがあるんだ。俺はな、俺が作ったハーレムを、みんなにも体験してもらおうって考えてるんだ」
「なんと……ハーレムを開放するというのか」
「ああ。遊びに来たい奴はいつでも来いだ。遠くに住んでる人達のために出張サービスをしたっていいな。とにかく、みんなで楽しくパーッとやる。国家繁栄間違いなしだぜ」
「うーむ……」


 ギリアムは窓の前を行きつ戻りつしながら、思案を始めた。
 リーンが言ったことを頭の中で咀嚼して、それが本当に国のためになるのかどうか考えるようだ。


 ギリアムは人の話によく耳を傾ける、実に医法師らしい人物だ。
 そのことをリーンは、一目会ったときに見抜いていた。
 どんな突飛な意見でも、この白いローブの医法師は、最後まできちんと聞いてくれる。
 ちゃんと考えて判断してくれる。
 そう信じることが出来たからこその、大胆発言だった。


 ギリアムはピタリと立ち止まった。
 どうやら思考の整理がついたらしい。
 果たして彼は、どんな答えをその白い眉毛の奥で導き出したのか。


「勇者リーンよ」
「おうよっ」


 くるりと振り向いてリーンを見据える。


「残念だが、それでも協力するわけにはいかん」


 その言葉が、破局を告げる言葉であることを、リーンはしばし理解できなかった。

















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