ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

苦悩、運命の分かれ道

 作戦決行まであと二日。
 医法院へと続く通りを、女中服姿の三人が歩いている。


「ランちゃんの毛がツヤツヤしているのです」


 ヨアシュがランの首の毛をもふもふと撫でる。
 ランの群青色の毛は、太陽の日差しをうけてテカテカと光っている。


「ガルぅ……一晩中リーンに撫で回された結果ガル」
「おかげで元気になっただろう?」
「ふぬぅ……甚だ不本意ガル」
「素直じゃないなぁ」


 ランは包帯こそまだ巻いているが、もう杖なしで歩ける状態だった。


「ヨアシュの顔もテカテカなんだガル。リーンの身体は一体どうなってるガル」
「へへへ、俺の体は、全ての女を癒すためにあるんだ」
「また調子の良いことを言うガル……。しかしガル、実際それはすごい能力ガル」
「そうだな、この世の女がみんな俺のものになれば、医者の数が半分で済むぜ」
「良いことを言っているようで最悪ガル!」
「最悪? 褒め言葉だな!」
「もう何もいう気にならないガル……それさえなければリーンは……」
「それさえなければ?」


 と言ってリーンは悪戯に笑う。
 ランはむっすりとしながらため息をついた。


「なんでもないガル!」




 * * *




 三人は医法院に入ると、受付などはせずに真っ直ぐエルレンの部屋に向かった。
 エルレンは医法術の制御が不安定になっているので、院長である父の指示で医療行為を止められている。
 リーン達の治療は、いわばもぐりの行為だった。


 三人は部屋に入ると、さっそくランの怪我の状態を少年に診てもらう。


「ええっ? もうこんなに良くなったのですか?!」


 包帯を外すと、そこにはもう傷跡は殆どなかった。


「俺が一晩抱きしめてやったんだ」
「ああ、だからですか……相変わらずすごい能力です」


 以前、リーンと同じベッドで寝たことのある少年は、リーンの体から発せられる治癒力のことを、身を持って知っていた。


「これならもう、特に治療は必要ありませんね。リーンさんとお昼寝をしていてくれたほうが、よっぽど効果があります」
「そうかもしれないガルが……遠慮するガル」


 ランは背中の毛を逆立てた。


「ブルブル……思い出しただけで寒気がするガル」
「おいおい、そんなに嫌だったのかよ」
「あんなところを触ったり舐めたりされたら、誰だっていやガルよ!」
「そうかぁ? 大抵の女は喜ぶんだが……」


 一体どこを触ったり舐めたりしたのだろう。
 エルレンの顔が、心持ち赤くなる。


「あ、あの。他にどこか具合の悪い所はありませんか? みなさん」
「俺は見ての通りピンピンしてるぜ」
「ヨアシュも、これまでにないくらい元気なのです」


 治療のことよりも、リーンにはギリアム説得の件の方が重要だった。


「……うーん」


 ギリアムの説得は、今回の作戦の最重要課題だ。
 そんな重役を、この少年にまかせるのか?
 リーンはなかなか言い出す気にはなれなかった。
 エルレンはまだ十歳。
 ヨアシュよりも若いのだ。


「どうしました?」


 少年は、微妙な空気が生じていることに気付いたようだった。
 ヨアシュとランも事情は知っている。


「あのな、エルレン」


 リーンはヨアシュとランの二人と交互に目を合わせ、そして少年の方を向いた。


「もし、俺が国王のおっちゃんを倒して国王になれたら、その時は」
「その時は?」


 三人の瞳がリーンに集中する。


「エルレンを、俺のハーレムに迎えたい!」
「えっ?!」


 エルレンは、何を言われたのかわからない様子。
 ヨアシュもランも、ポカーンと口をあけて白目をむいている。
 やがて意識をとりもどしたランが、リーンの後頭部を引っぱたいた。


――パシコーン!


「あたぁー!」
「なに考えてるガルか! このド変態勇者!」
「いいじゃんかよー、俺は女でエルレンは男なんだしー」
「大問題ガル! 将来有望な少年を穢すわけにはいかないガル!」
「そこまではしねえって……しばらくは……あわわわっ、うわー!」
「ガブー!」


 ランに噛み付かれているリーンを、ヨアシュとエルレンが唖然として見守った。




 * * *




 リーンは結局お茶を濁した。
 そして、エルレンに医法師としての今後のことを、それとなく尋ねた。


「それが昨日、ギリアム医法師長からお手紙を頂いたのです。僕の今後について話し合いたいと」


 すると、あっけなくその事実を聞き出せた。


「そうなのか、一体何を話す気なんだろうな」
「たぶん、僕が年齢にそぐわない力を身につけてしまっていることだと思います」


 そう言ってエルレンは、照れくさそうに頭をかいた。


「自分で言うのも何なのですが、普通、僕くらいの年齢で緊急返魂術を使えることはないらしいんです」
「返魂術を使ったことを、誰かに言ったのか?!」


 反魂術は禁じられた医法術であり、使った医法師は免許を剥奪された上に、医法師組合に身柄を拘束される。
 その後は、国王直々の裁判によって、処遇が決定されるのだ。


 少年は首をふる。


「いいえ、過去の例を調べてみたんです。それで僕は、僕の能力がちょっと進みすぎてしまっていることに気付いたんです」


 いままで気付いてなかったのか。
 つっこみをいれたい気持ちを抑えてリーンは言う。 


「確かにな、俺は、ギリアムのおっちゃんはわざとエルレンを落第させたんじゃないかって思ってたんだ」
「はい……僕もそう思うようになってきました。医法師長は僕を落とすために、わざわざあんな試験を……」


 ギリアムは以前、エルレンの目の前で犬の足を折って見せて、それを治療させた。


「なんとなくわかるガル」


 そこでランが口を開いた。


「お、そうなのか?」
「まあ、年の功ガルよ。エルレン殿の体からは、黄金色のオーラが出ているんだガル。アルメダ姫と同じような、とても高貴なオーラガル」
「黄金色……ですか?」
「ガル。簡単に言えば、とても価値のある人物だということガル。それはもう、お偉い方がみんな欲しがって、次々と手を伸ばしてくるような……ガル」


 黄金色。
 エルレンの属性は金だった。
 リーンはいまさらながらに思い出す。


 金は文字通り、価値の象徴である。
 この属性を持つ者は、多くの人々にとって貴重な存在であることが多い。
 滅多に身に付くことのない、希少な能力を持って生まれてきたりするのだ。
 だがその価値ゆえに、嫉妬、羨望の的になりやすく、時として権力にもてあそばれる。


「じゃあ、ギリアム医法師長は、その事を気づかって僕を……」
「おそらくそうだと思うガル。仮にも医法師組合の長が、つまらない理由でエルレン殿を落第させるはずがないんだガル」


 そのランの言葉を聞いて、リーンはうなった。


「流石だぜ……ランおばあちゃん」
「おばあちゃんは余計ガル。事実ガルが改めて言われると腹立つガル」
「うへへ。ともかくだ、明日はそこんとこ、ギリアムのおっちゃんと根詰めてくるんだな? オヤジさんと行くのか?」
「はい、お父さんと二人で行きます」
「そうか、俺もついてきたいぜ」
「えっ? でもリーンさんは一応、死んだことになっているのでは……?」


 まあそうなんだよな、とリーンは胸の内でつぶやく。
 それに、ヨアシュの側をあまり離れたくないという気持ちもあった。


「困ったなぁ……」
「え?」
「いや、なんでもないんだぜ」


 医法師長の執務室は宮殿の中だ。
 紹介状がなければ通れない。
 どの道リーンは、直接ギリアムと会うことが出来ないのだ。
 ここはやはり、エルレンに事情を全て話して、ギリアムとの交渉にあたってもらう他ない。


 しかし。


「うーん、うーん……」


 やはりそんなことはさせたくなかった。


「どうしました? 頭がいたいのですか?」


 確かに頭が痛かった。
 ここが運命の分かれ道だ。


「うーん、うおおおお…………」


 リーンはあまりない頭をフル回転させて、解決策を考えた。


 城に入れるのはエルレンと親父さんだけ。
 リーンは死んだことになっている。
 ギリアムにはリーンが死んでいないことを伝える。
 リーンはヨアシュを守る。
 ヨアシュ、リーン、エルレン、オヤジさん、エルレン、俺、オヤジ、ヨアシュ……。


「ふおっ?!」


 突如として、物凄い名案が閃いた。


「ふっふっふっふ……その手があったじゃねーか」
「本当にどうしたんですか?」


 エルレンはランとヨアシュに目を泳がせる。


「とうとうおかしくなったガル?」
「お姉さま、一人で抱え込んじゃだめですぅ……エルレン君、実はお姉さまは……」
「ヨアシュ」


 本当のことを言いかけたヨアシュを遮って、リーンが告げる。


「ヨアシュとエルレン、ちょっと並んで立ってみてもらえねえか?」
「ええっ?」
「ふええ?」


 首を傾げつつも、二人は言われた通り並んで立つ。
 背丈はほぼ同じだった。


「次は『アーッ』って言ってみてくれ」
「あ、アッー」
「アーッ、です」


 微妙にイントネーションが違ったが、どちらも高く澄んだ声だった。


「よし、行けるな」


 その場の全員が首を傾げるなかで、リーンは一人不敵に笑った。















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