ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

邂逅、少女と勇者

「……リーンお姉さまなのですか?」
「あ、いや……俺……じゃなかった、私はその……」


 リーンは思わず顔を背けてしまった。
 それほどまでに、ヨアシュの表情は壮絶なものだったのだ。


 マンホールのような真っ黒な瞳がそこにはあった。
 少女の心は、もはや少女の体の中には無いようだった。


「ひ、人違い……ですわ」
「そう、です、か……」


 徐々にヨアシュの瞳に生気がもどってくる。
 その目じりに涙がたまっていく。


「ガル……」


 ランが追いついてきた。
 そして、硬く口をつぐんで押し殺すように泣いているヨアシュと、目を合わせようとしないリーンを交互に見る。


「ご婦人、本当に怪我はないんガルね?」
「ええ、大丈夫ですわ。ご心配をおかけしました」
「どういたしましてガル」


 ランは鋭い目つきでリーンを睨む。
 そしてふうと一つため息をつくと、ヨアシュの肩を叩いた。


「アイスを食べて早く帰るガルよ、ヨアシュ」
「……うん、ランちゃん」 


 ヨアシュは涙を拭うと、リーンに向かってお辞儀をした。


「失礼しました……」


 リーンもまた、顔をあわせないように軽く会釈を返す。
 そしてそのまま広場を後にしようとした。


 だが。


「あ、あの!」


 背後からヨアシュが声をかけてきた。
 声を聞いただけで、少女がどんな表情をしているのかがわかってしまうほど、悲壮感に満ちた声だった。
 少女は今、必死で涙をこらえて笑顔を浮かべているのだ。


「足元……お気をつけて!」


 絞り出すようにして告げられた言葉の響きに、リーンは確信した。
 完全に事情を見破られていると。
 ヨアシュは、リーンが訳あって別人に扮していることを、一目見てすぐに理解したのだ。
 その上で、知らないふりをしてくれているのだ。


 おいそれと人を巻き込めないような大変なことを、リーンはこれからしようとしている。
 ヨアシュはそのことさえわかっているようだった。


「くっ……」


 リーンは心臓を握られるような思いだった。
 今すぐ振り返って、ヨアシュを抱きしめたかった。
 嘘をついていたことを謝りたかった。


 だが、その気持ちをなんとか胸の奥に押し込めて、リーンは広場を後にする。


――ごめんよ、ヨアシュ。


 ほつれたドレスの裾も気にせずに、運河橋の上を足早に進んでいく。
 橋の真ん中で立ち止まり、運河を見渡す。


「くそっ」


 そして、広場から持ってきてしまった、アイスクリームの器を、運河に向かって投げ捨てた。


 胸がジクジクと痛んでいた。
 不覚にもヨアシュと遭遇してしまったことへの、自責の念も込み上げてきた。
 ようやくリーンの死を受け入れようとしていたヨアシュの心を、さらに深くえぐってしまったのだ。
 人一倍、自分の中に責任感を抱え込んでしまうヨアシュだから、宿に戻ったらきっとまた自分を責めるだろう。
 自分は足手まといでしかないのだと思い込んで。


「なんであんなところでコケるんだ。バカか、俺は!」


 リーンは拳で自分の頭を何度か叩く。
 うつむくと、所々がほつれてしまったドレスのスカートが目に入った。


「はあ……」


 やれやれと頭を振って、リーンはなんとか気持ちを取り戻そうとする。
 だが、胸のジクジクはしばらく消えそうもなかった。


 その時だった。


「は……ふぇ……」


 突然、リーンの鼻がむずむずしだした。


「ふぇえええっくしょい!」


 そして盛大にくしゃみをする。
 しかし鼻のむずむずは一向におさまらない。


「ぶえぇぇっくしょい! てえーい! ちくしょーい! むがが、なんだってんだ?!」


 いつのまにやら、タンポポの綿毛がリーンの周囲に取りついていた。


「これは……?」


 タンポポの綿毛の祟り。
 以前、ランがそんなことを言っていた。 
 鼻がむずむずして仕方が無いリーンは、手でその綿毛を振り払うが。


「なんでこんな…………まさか! ぶえっくしょい!」


――ヨアシュとランに何かあったのか?


 即座にそう思い至ったリーンは、反射的に身体強化の魔法を唱えていた。


『エンデ・イン・エクスパー!』
 -爆ぜよ、内なる炎-


 そしてヒールの高い華奢な靴を脱ぎ捨てると、スカートを捲り上げて一目散に広場へと引き返していった。




 * * *




「な……」


 時計台の下で見張りをしていた四人の兵士が、気絶して倒れていた。
 屋台の主人も、ベンチに座っていた老紳士も、呆然とした表情を浮かべている。


「なにがあった……!」


 リーンの心臓が早鐘をうった。
 広場を見渡すと、その一角に子供達が集まっているのが見えた。
 不審に思って近づいてみると、そこには肩と足と頭から血を流したランが倒れていた。


「ラン!」
「……リーン、早く追うガル、ヨアシュが……」
「ヨアシュがどうしたんだ!」
「突然……襲われたガル、目にも見えない早業だったガル……」


 そう言ってランは、西側の通りを指差した。


「敵にタンポポの祟りをかけたガル……リーンならまだ追いつける……ガル」
「わかった、あとはまかせろ!」


 リーンは広場にいた者達にランを任せると、時計塔の下に倒れている兵士の側に飛んで行った。


「かりるぜ!」


 兵士が持っていた剣の一本を拝借して、スカートに切れ目を入れる。
 そのままビリビリと手で裂いて、膝が見えるほどに短くする。
 そして身体強化の魔法を重ねがけすると、怒涛の勢いで通りに突っ込んでいった。


「ヨアシュ!」


 エリィに続いてヨアシュまで。
 何故なのかとは問わなかった。
 今はヨアシュを連れ去った者達に追いつくことで頭が一杯だった。


 通りにはタンポポの綿毛がただよっている。
 道行く者の全てを吹き飛ばす勢いで、リーンは石畳の上を疾走した。


「あれか……!」


 タンポポの綿毛の先、薄茶色の服に身を包んだ三人の男が目に入った。
 布で顔を覆っているので、どこの誰かはわからない。
 だが、リーンにはそんなことはどうでもよかった。
 一番体の大きい男が担いでいる麻袋、あの中で動いているのがヨアシュだ。


「うおおおおおお!」


 咆哮とともに飛び上がる。


『エンデ・ラルダ!』
 -炎よ、出でよ-


 振り上げた剣に、紅蓮の炎が渦巻く。
 刀身の五倍以上に膨れ上がった火炎の剣を、リーンは三人の男めがけて振り下ろした。


「…………!」


 小柄な男が、手元で素早く魔方陣を描いた。
 エメラルドの輝きが宙に閃き、そこから強烈な突風が巻き起こる。
 リーンの放った炎撃は、その風に阻まれて拡散した。


「もう一丁!」


 返す刀で再び炎の剣。
 至近距離まで接近していたリーンは、ほぼ直撃の一振りを男の一人に叩き込んだ。


「うおぉ!」


 男の着衣が火を噴いた。
 ヨアシュを担いでいた男が、その麻袋を地面に下ろして、火達磨になった男の体をばんばんと叩き始めた。


 残りの一人が剣を抜いた。


「お前らなにもんだ!」


 明らかに自分達の正体を隠そうとしている男達に、リーンは怒鳴りつける。


「答えろ! じゃねえと命はねえぞ!」


 刀身から吹き荒れる炎が、リーンのドレスと付け髪をゆらゆらと揺らしていた。
 対峙する男は、そこでようやく言葉らしきものを発する。


『エル・クロア・シルファ』
 -彩、牙、風- 


 男の剣から萌黄色の風が巻き起こる。
 それは無数の見えない刃となって、男の剣を取り巻いた。


 風の魔法剣。
 男は徹底抗戦する構えだ。


「そうか、じゃあやってやるぜ!」


 リーンは剣の炎を収束させた。
 そして、鉄の刀身が耐えられるギリギリの量まで魔力をこめる。


 炎の刃と、風の刃。
 二つの刃が衝突する。


「うおおおおお!」
「シィアアアア!」


 刃と刃の衝突点。


 極限まで圧縮された空気と、極限まで凝縮された熱量がぶつかりあえばどうなるか。
 すなわち――空気の爆発的膨張。


――ドドーン!


 凄まじい爆音が市中にこだました。
 周囲の建物の窓ガラスが全て弾け飛んだ。
 魔力と魔力の反発によって吹き飛ばされたリーンと男は、再度剣を構えると、同時に切り込んだ。


「甘いぜ!」


 剣と剣が切り結ぶ瞬間、リーンはありったけの魔力を剣に送り込んだ。
 一瞬にして赤熱し、ドロドロの溶けた鉄になった剣は、その勢いのまま男の体に飛び散った。


「!? うぐあああぁあ!」


 触れれば大火傷間違いなしの溶鉄をくらった男は、たまらずその場で転げまわった。
 外套を投げ捨て、衣服をはがし、溶けた鉄を体から引き剥がそうとする。


 だが彼は、顔を覆う布だけは取ろうとしなかった。


「往生際が悪いぜ!」


 すかさず飛びついたリーンは、その男の覆面をはごうとする。
 一瞬、その下から切れ長な瞳と、美しい金色の髪が見えた。


「うおっ?」


 それは予想していた以上に、端正な顔立ちをした若者だった。


「ふがー!」


 だがそこに、巨漢の男が、崩れた石畳の石を持ち上げてリーンに振り下ろしてきた。


「むがっ!」


 リーンは両手でそれを受け止める。
 だが、巨漢の男の腕力と石の質量に押さえつけられて、身動きが取れなくなってしまった。


『ヘン・エンダリー・シェルフ!』
 -来たれ幻惑の蜃気楼-


 その間に、先ほどまで火達磨になっていた小柄な男が魔法を詠唱した。
 みるみるうちに、三人の姿が消えてなくなる。


「引くぞ!」


 男の一人がそう叫ぶと、三人は足並みをそろえて逃走していった。
 その後には、リーンと、ヨアシュの入った麻袋だけが残される。


「ヨアシュ!」


 男達を追っても無意味と判断したリーンは、すかさずヨアシュの元に駆けつける。
 そして麻袋の紐をほどき、中からヨアシュを引きずり出した。


「むぐ、むぐぐぐ……っ」


 少女は手を縛られ、猿轡をかまされていた。
 リーンはそれらを丁寧に取ってやる。


「ヨアシュ!」
「お姉さま……」
「ああ、俺だヨアシュ、すまなかった!」
「お姉さま……お姉さま!」


 顔をぐずぐずにした少女は、リーンの胸に飛び込むと、声を上げて泣いた。


「うわあああん! 怖かったです、お姉さま!」
「ああ、怖かったな。でも大丈夫だ、これからはずっと俺がついて守ってやる! だから大丈夫だ!」


 リーンはヨアシュの体をきつく抱きしめ、髪の毛がくしゃくしゃになるまで、その頭をなでた続けた。















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