ガチ百合ハーレム戦記
追想、王になる意味
リーンは、部屋の中で一人、剣を構えて立っていた。
着慣れないドレスを着たまま、魔法剣の訓練をしている。
透明な剣の刀身は、ほんのりと桜色に光っている。
宝剣スプレンディア。
呪いは完全に解除され、もはや持ち主を殺すことはない。
現在入手可能な武器のなかでも最上級のその剣は、宮殿に攻め込む際の切り札だった。
「むむむ……」
リーンの額にはじっとり汗が浮かんでいる。
全神経を刀身に集中させ、一定の魔力を送り続けているのだ。
マギクリスタルは、極めて大量の魔力を保持することのできる素材である。
故に、リーンが全力で灼熱の剣をふるっても壊れることはない。
だがそれは言い換えれば、使用者の魔力をいくらでも吸い取ってしまうということだ。
スプレンディアを使いこなすにあたって、まずリーンがしなければならないことは、剣に送り込む魔力の量をコントロールすることだった。
この訓練をはじめたのは朝。
そして時刻はすでに、昼をまわろうとしていた。
「ふう……」
リーンは送り続けていた魔力を止めた。
剣から発せられていた熱で、部屋の中は蒸し風呂状態になっている。
床に置いてあるレンガの上に、赤熱したスプレンディアを静かに置く。
部屋の窓を全開にすると、リーンはぐったりと椅子に腰を下ろした。
「メシにするかぁ……」
* * *
本当なら、肉を大量に焼いてがつがつといきたい気分だったが、今日のランチはおしとやかに紅茶とスコーンだ。
「はぐはぐ」
ジャムとクリームをぬって口に運ぶ。
熱くなったスプレンディアの上で沸かした紅茶を飲む。
「一人メシは寂しいぜ……」
どこか作業じみた食事を済ませると、リーンは一人そう呟いた。
「一人暮らしは性にあわねーや」
立ち上がって、狭い部屋の中をうろうろする。
捕まったエリィのことが心配でならない。
親方は農場に戻れただろうか?
エリィがいなくなってどんなに落ち込んでいるだろうか。
部屋で一人じっとしていると、ロクでもないことばかり考えてしまう。
ゲンリからは、午前中は魔力制御の訓練、午後は瞑想にあてることを推奨されているが、とてもじゃないがそんな気分ではなかった。
「うん、俺はもうすぐ王様になるんだ」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、リーンは脇目もふらずに玄関へと向かった。
「城下町の視察だぜ」
日傘をもって部屋を出る。
* * *
城下町はいつもとかわらぬ平穏を保っていた。
狭い通りを豪華な馬車が走っていく。
人々は、迷惑そうな表情を浮かべながら道の脇に避ける。
敵軍の攻撃を防ぐために、あえてせせこましく作ってある城下町の、普段どおりの風景だった。
リーンは通りを抜け、幾つかの運河橋を渡る。
橋の真ん中で立ち止まり、日傘をくるくると回しながら景色を見渡す。
空の色を映して青く澄んだ運河の流れ。
直上から降り注いでくる、天の円盤の光。
いまごろメイリーが潜入しているであろう、地下運河への入り口。
退屈そうにその入り口を見張る二人の警備兵。
――クソ平和だぜ。
リーンは胸の中でつぶやく。
エリィが捕まっているというのに、親方の農場が大変なことになっているというのに、どうしてこの街はこんなに平然としていられるのだろう。
そう思うと、心臓がささくれ立つ思いだった。
リーンは再び運河橋の上を歩き始める。
順調に行けばいまから4日後、国王が最初の大防壁を構築した直後に、宮殿で一斉蜂起が起こる。
リーンと魔術師団、そしてハーレム軍団を中心とした勢力で城内は制圧され、国王はその地位を奪われる予定だ。
そうなっても、この街の人々は平然としているのだろうか。
案外、大した騒ぎにはならないかもしれない。
街の様子を調べながら、リーンはそんなことを考えた。
本当はもうみんな、国王のおっちゃんのことなんてどうでも良いのではないのかと。
* * *
「アイスクリームを一つ」
「あいよ、お嬢さん」
いつしかの時計台広場にリーンは来ていた。
屋台でアイスクリームを一つ頼む。
主人は氷の中に詰め込まれた容器から、よく伸びるアイスを引っぱり出して木の器に盛る。
リーンは日傘をたたんでそれを受け取った。
飴細工のような靴で石畳の地面をコツコツとならして歩き、石のベンチに腰掛ける。
そしてアイスを一口。
以前、ヨアシュとランの二人と、ここに来た時のことを思い出す。
「二人とも元気にして…………ないだろうな」
少なくともヨアシュは、リーンが死んだと思っている。
元気であるはずはなかった。
ヨアシュのことだから、元気なふりだけはしているかもしれないが。
「ふう……」
ため息が出る。
公園には人気は少ない。
時計台の下で、四人の兵士が四方を向いて警備している。
向かいの石のベンチには老紳士。
公園の真ん中では、数人の裕福そうな子供達がボールを蹴って遊んでいる。
以前来た時と、ほぼ同じ光景だった。
公園を囲んで建つ、5階建ての石造りの建物を見上げると、その窓の奥で商人風の男が難しい顔をして何かを思案しているようだった。
一体何を考えているのだろう。
リーンにはさっぱりわからないが、少なくとも、もうじき国家転覆が起こるなどとは考えていないだろう。
――この国の王様になる。
エリィを救い出し、エイダとハーレムの女達を解放して、役人達の不正をことごとく暴きだす。
大陸中から綺麗で可愛い女の子を集めて、自分のための国を作る。
そして、楽しく一生を過ごす。
「うーん」
エリィを救い出して、ハーレム解放までは絶対に成し遂げなければならない。
だがそれ以降のことは、思いのほか退屈なことのように思えて、リーンはなかなかアイスクリームが進まないのだった。
「なんでだぜ……?」
空に向かってぽつり呟く。
勇者になって魔王を倒して、王女様を嫁にもらって、ハーレム生活うっはうは。
全国民の賞賛と羨望を一身にうけて生きる。
世界を救うは己のため。
そう決意して、故郷を飛び出してきたはずなのに。
「そうか……」
ふと、リーンの中に答えが浮かんだ。
自分は、自分が思っているほど、自分のためだけには生きていなかった。
自分の周りに、泣いたり、怒ったり、笑ったりしている人がいるからこそ、自分はこれまで活き活きと生きてくることが出来たのだ。
こうして一人になって初めて、リーンはその事実に気付いたのだ。
先日、ゲンリがリーンの部屋を訪ねて来た時、別れ際にリーンはこう尋ねた。
――ゲンリは、長いこと一人暮らしをしてたんだろ?
――はい、10年以上も、修行のために一人で諸国を渡り歩いておりました。
――寂しくなかったのか?
たった一晩、一人で過ごしただけで、リーンはそうゲンリに尋ねずにはいられないほどにやられていたのだ。
すると魔術師は、にこりと微笑んでこう答えた。
――はい、寂しくはありませんでした。
どうして寂しくなかったんだ?
そう聞き返したリーンに、ゲンリは告げる。
――私がそういう人間だからですよ。
と。
そしてゲンリはリーンに、自らの属性である光について語った。
「光はそれ単体で光として成り立ります。何もない空間でも、自らを媒体として進んでいくことが出来る。それが、光なのです」
炎の属性をもつリーンとは根本的にその性質がことなる。
炎というものは、それ単体では存在し得ない。
炎を起すためには、燃料と空気と着火源が必要になる。
つまり、リーンが寂しがり屋であることは、リーン一人では炎を起せないという事実を表しているのだ。
「あなたは一人では、くすぶることさえ出来ないのです」
リーンの心臓を指差して、そう魔術師は告げた。
あたかも、その胸に意志の炎を点そうとするように。
「うん」
彼のその言葉を思い起して、リーンは悟った。
なぜ、自分がハーレムに憧れたのか。
なぜ、勇者になって王女様を嫁にしたいと思ったのか。
それは、未知の人々との触れ合いの中に、新たな意志の火種を見つけたかったからだ。
リーンは改めて広場の景色に目を向けた。
そこに居る者は、全てリーンの知らない人ばかりだった。
ふれあえば、今まで感じたことのない炎をリーンに体験させてくれるだろう。
国王になれば、それをもっと巨大なスケールで体験できるのだろう。
「ふふ……」
リーンは不敵に笑った。
溶けかけたアイスをかきこんで、石のベンチから立ち上がる。
「よし、やってやる」
そう自分に喝を入れて、気持ちを振るい立たせた。
アイスの容器を屋台の主人に返すべく、広場を進む。
足取りは、来る時よりも軽快になっていた。
リーンの中でわだかまっていた悩みが、一つ綺麗に片付いたのだ。
アイスの屋台の主人は、とても機嫌が良さそうだった。
景気が良いのだろうか。
リーンはその辺り、木の容器を返すついでに聞いてみようかと思った。
もちろん、身なり相応のしとやかな口調で。
「あーあー、んっんー」
メロン色の淑女ドレスを躍らせながら、リーンは軽く発声練習をした。
その時だった。
「あっ……」
近くの通りから、よく見知った人物が二人歩いてくる――――なんと、ヨアシュとランだ!
「……やべっ」
慌ててリーンは回れ右。
二人から顔を背けた。
ランはともかく、ヨアシュに見つかったらまずい。
変装はしているが、流石に顔をあわせればバレるだろう。
ヨアシュはその辺の勘が鋭いのだ。
リーンは小走りで広場を後にする。
木の容器は、返せばいくらかお金が戻ってくるが、そんなことを気にしている場合ではない。
しゃなりしゃなりと、ドレスの裾を引きずりながら、可能な限り足早にその場を立ち去ろうとした。
だが。
「うげっ!」
なんとリーンは、スカートを踏んで転んでしまった。
前につんのめったリーンは、そのまま思いっきり倒れこむ。
――ゴチンッ!
「あがっ!」
顔面から石畳につっこむ。
痛々しい音が、広場中に響き渡った。
「いてて……」
慌てて身を起すリーン。
日傘を拾って、すぐに立ち上がろうとするが、そこに、背後から声がかかった。
「大丈夫ですか!?」
「げ!?」
それは紛れもない、ヨアシュの声。
ばっちり見られてしまていた。
パタパタと足音が聞こえてくる。
「どうする……どうする……!」
慌ててかつらがずれていないことを確かめて、その長い付け髪で可能な限り顔を隠す。
そして日傘を広げてさらに隠す。
ヨアシュはすぐに駆けつけてきた。
その後ろからランも追ってくる。
「お怪我はありませんか!?」
「い、いえ……その、なんともございませんわ」
ぎこちない口調でごまかすリーン。
「お騒がせしましたわ、おほほほ」
「あっ、まってください、ドレスの裾が破れてますっ」
「いえいえ、お構いなく……」
「で、でも……」
あとは振り向きもせずにその場を立ち去ろうとしたリーンだったが――。
――ビュウウゥー
そこに、時ならぬ風が吹いた。
「あっ……」
日傘が風に飛ばされる。
反射的にそちらを振り向いてしまったリーン。
長い紫色のつけ髪が、風にそよぐ。
リーンの素顔、その全てがヨアシュの前にさらされた。
「!?」
少女の表情が、一瞬にして驚愕に染まる。
開いた口が塞がらない。
ヨアシュの目に映ったもの。
それは間違いなく、死んだと思っていたリーンの姿だったのだ。
「お、姉さま……」
風に飛ばされた日傘が、天高くどこまでも飛んでいく。
着慣れないドレスを着たまま、魔法剣の訓練をしている。
透明な剣の刀身は、ほんのりと桜色に光っている。
宝剣スプレンディア。
呪いは完全に解除され、もはや持ち主を殺すことはない。
現在入手可能な武器のなかでも最上級のその剣は、宮殿に攻め込む際の切り札だった。
「むむむ……」
リーンの額にはじっとり汗が浮かんでいる。
全神経を刀身に集中させ、一定の魔力を送り続けているのだ。
マギクリスタルは、極めて大量の魔力を保持することのできる素材である。
故に、リーンが全力で灼熱の剣をふるっても壊れることはない。
だがそれは言い換えれば、使用者の魔力をいくらでも吸い取ってしまうということだ。
スプレンディアを使いこなすにあたって、まずリーンがしなければならないことは、剣に送り込む魔力の量をコントロールすることだった。
この訓練をはじめたのは朝。
そして時刻はすでに、昼をまわろうとしていた。
「ふう……」
リーンは送り続けていた魔力を止めた。
剣から発せられていた熱で、部屋の中は蒸し風呂状態になっている。
床に置いてあるレンガの上に、赤熱したスプレンディアを静かに置く。
部屋の窓を全開にすると、リーンはぐったりと椅子に腰を下ろした。
「メシにするかぁ……」
* * *
本当なら、肉を大量に焼いてがつがつといきたい気分だったが、今日のランチはおしとやかに紅茶とスコーンだ。
「はぐはぐ」
ジャムとクリームをぬって口に運ぶ。
熱くなったスプレンディアの上で沸かした紅茶を飲む。
「一人メシは寂しいぜ……」
どこか作業じみた食事を済ませると、リーンは一人そう呟いた。
「一人暮らしは性にあわねーや」
立ち上がって、狭い部屋の中をうろうろする。
捕まったエリィのことが心配でならない。
親方は農場に戻れただろうか?
エリィがいなくなってどんなに落ち込んでいるだろうか。
部屋で一人じっとしていると、ロクでもないことばかり考えてしまう。
ゲンリからは、午前中は魔力制御の訓練、午後は瞑想にあてることを推奨されているが、とてもじゃないがそんな気分ではなかった。
「うん、俺はもうすぐ王様になるんだ」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、リーンは脇目もふらずに玄関へと向かった。
「城下町の視察だぜ」
日傘をもって部屋を出る。
* * *
城下町はいつもとかわらぬ平穏を保っていた。
狭い通りを豪華な馬車が走っていく。
人々は、迷惑そうな表情を浮かべながら道の脇に避ける。
敵軍の攻撃を防ぐために、あえてせせこましく作ってある城下町の、普段どおりの風景だった。
リーンは通りを抜け、幾つかの運河橋を渡る。
橋の真ん中で立ち止まり、日傘をくるくると回しながら景色を見渡す。
空の色を映して青く澄んだ運河の流れ。
直上から降り注いでくる、天の円盤の光。
いまごろメイリーが潜入しているであろう、地下運河への入り口。
退屈そうにその入り口を見張る二人の警備兵。
――クソ平和だぜ。
リーンは胸の中でつぶやく。
エリィが捕まっているというのに、親方の農場が大変なことになっているというのに、どうしてこの街はこんなに平然としていられるのだろう。
そう思うと、心臓がささくれ立つ思いだった。
リーンは再び運河橋の上を歩き始める。
順調に行けばいまから4日後、国王が最初の大防壁を構築した直後に、宮殿で一斉蜂起が起こる。
リーンと魔術師団、そしてハーレム軍団を中心とした勢力で城内は制圧され、国王はその地位を奪われる予定だ。
そうなっても、この街の人々は平然としているのだろうか。
案外、大した騒ぎにはならないかもしれない。
街の様子を調べながら、リーンはそんなことを考えた。
本当はもうみんな、国王のおっちゃんのことなんてどうでも良いのではないのかと。
* * *
「アイスクリームを一つ」
「あいよ、お嬢さん」
いつしかの時計台広場にリーンは来ていた。
屋台でアイスクリームを一つ頼む。
主人は氷の中に詰め込まれた容器から、よく伸びるアイスを引っぱり出して木の器に盛る。
リーンは日傘をたたんでそれを受け取った。
飴細工のような靴で石畳の地面をコツコツとならして歩き、石のベンチに腰掛ける。
そしてアイスを一口。
以前、ヨアシュとランの二人と、ここに来た時のことを思い出す。
「二人とも元気にして…………ないだろうな」
少なくともヨアシュは、リーンが死んだと思っている。
元気であるはずはなかった。
ヨアシュのことだから、元気なふりだけはしているかもしれないが。
「ふう……」
ため息が出る。
公園には人気は少ない。
時計台の下で、四人の兵士が四方を向いて警備している。
向かいの石のベンチには老紳士。
公園の真ん中では、数人の裕福そうな子供達がボールを蹴って遊んでいる。
以前来た時と、ほぼ同じ光景だった。
公園を囲んで建つ、5階建ての石造りの建物を見上げると、その窓の奥で商人風の男が難しい顔をして何かを思案しているようだった。
一体何を考えているのだろう。
リーンにはさっぱりわからないが、少なくとも、もうじき国家転覆が起こるなどとは考えていないだろう。
――この国の王様になる。
エリィを救い出し、エイダとハーレムの女達を解放して、役人達の不正をことごとく暴きだす。
大陸中から綺麗で可愛い女の子を集めて、自分のための国を作る。
そして、楽しく一生を過ごす。
「うーん」
エリィを救い出して、ハーレム解放までは絶対に成し遂げなければならない。
だがそれ以降のことは、思いのほか退屈なことのように思えて、リーンはなかなかアイスクリームが進まないのだった。
「なんでだぜ……?」
空に向かってぽつり呟く。
勇者になって魔王を倒して、王女様を嫁にもらって、ハーレム生活うっはうは。
全国民の賞賛と羨望を一身にうけて生きる。
世界を救うは己のため。
そう決意して、故郷を飛び出してきたはずなのに。
「そうか……」
ふと、リーンの中に答えが浮かんだ。
自分は、自分が思っているほど、自分のためだけには生きていなかった。
自分の周りに、泣いたり、怒ったり、笑ったりしている人がいるからこそ、自分はこれまで活き活きと生きてくることが出来たのだ。
こうして一人になって初めて、リーンはその事実に気付いたのだ。
先日、ゲンリがリーンの部屋を訪ねて来た時、別れ際にリーンはこう尋ねた。
――ゲンリは、長いこと一人暮らしをしてたんだろ?
――はい、10年以上も、修行のために一人で諸国を渡り歩いておりました。
――寂しくなかったのか?
たった一晩、一人で過ごしただけで、リーンはそうゲンリに尋ねずにはいられないほどにやられていたのだ。
すると魔術師は、にこりと微笑んでこう答えた。
――はい、寂しくはありませんでした。
どうして寂しくなかったんだ?
そう聞き返したリーンに、ゲンリは告げる。
――私がそういう人間だからですよ。
と。
そしてゲンリはリーンに、自らの属性である光について語った。
「光はそれ単体で光として成り立ります。何もない空間でも、自らを媒体として進んでいくことが出来る。それが、光なのです」
炎の属性をもつリーンとは根本的にその性質がことなる。
炎というものは、それ単体では存在し得ない。
炎を起すためには、燃料と空気と着火源が必要になる。
つまり、リーンが寂しがり屋であることは、リーン一人では炎を起せないという事実を表しているのだ。
「あなたは一人では、くすぶることさえ出来ないのです」
リーンの心臓を指差して、そう魔術師は告げた。
あたかも、その胸に意志の炎を点そうとするように。
「うん」
彼のその言葉を思い起して、リーンは悟った。
なぜ、自分がハーレムに憧れたのか。
なぜ、勇者になって王女様を嫁にしたいと思ったのか。
それは、未知の人々との触れ合いの中に、新たな意志の火種を見つけたかったからだ。
リーンは改めて広場の景色に目を向けた。
そこに居る者は、全てリーンの知らない人ばかりだった。
ふれあえば、今まで感じたことのない炎をリーンに体験させてくれるだろう。
国王になれば、それをもっと巨大なスケールで体験できるのだろう。
「ふふ……」
リーンは不敵に笑った。
溶けかけたアイスをかきこんで、石のベンチから立ち上がる。
「よし、やってやる」
そう自分に喝を入れて、気持ちを振るい立たせた。
アイスの容器を屋台の主人に返すべく、広場を進む。
足取りは、来る時よりも軽快になっていた。
リーンの中でわだかまっていた悩みが、一つ綺麗に片付いたのだ。
アイスの屋台の主人は、とても機嫌が良さそうだった。
景気が良いのだろうか。
リーンはその辺り、木の容器を返すついでに聞いてみようかと思った。
もちろん、身なり相応のしとやかな口調で。
「あーあー、んっんー」
メロン色の淑女ドレスを躍らせながら、リーンは軽く発声練習をした。
その時だった。
「あっ……」
近くの通りから、よく見知った人物が二人歩いてくる――――なんと、ヨアシュとランだ!
「……やべっ」
慌ててリーンは回れ右。
二人から顔を背けた。
ランはともかく、ヨアシュに見つかったらまずい。
変装はしているが、流石に顔をあわせればバレるだろう。
ヨアシュはその辺の勘が鋭いのだ。
リーンは小走りで広場を後にする。
木の容器は、返せばいくらかお金が戻ってくるが、そんなことを気にしている場合ではない。
しゃなりしゃなりと、ドレスの裾を引きずりながら、可能な限り足早にその場を立ち去ろうとした。
だが。
「うげっ!」
なんとリーンは、スカートを踏んで転んでしまった。
前につんのめったリーンは、そのまま思いっきり倒れこむ。
――ゴチンッ!
「あがっ!」
顔面から石畳につっこむ。
痛々しい音が、広場中に響き渡った。
「いてて……」
慌てて身を起すリーン。
日傘を拾って、すぐに立ち上がろうとするが、そこに、背後から声がかかった。
「大丈夫ですか!?」
「げ!?」
それは紛れもない、ヨアシュの声。
ばっちり見られてしまていた。
パタパタと足音が聞こえてくる。
「どうする……どうする……!」
慌ててかつらがずれていないことを確かめて、その長い付け髪で可能な限り顔を隠す。
そして日傘を広げてさらに隠す。
ヨアシュはすぐに駆けつけてきた。
その後ろからランも追ってくる。
「お怪我はありませんか!?」
「い、いえ……その、なんともございませんわ」
ぎこちない口調でごまかすリーン。
「お騒がせしましたわ、おほほほ」
「あっ、まってください、ドレスの裾が破れてますっ」
「いえいえ、お構いなく……」
「で、でも……」
あとは振り向きもせずにその場を立ち去ろうとしたリーンだったが――。
――ビュウウゥー
そこに、時ならぬ風が吹いた。
「あっ……」
日傘が風に飛ばされる。
反射的にそちらを振り向いてしまったリーン。
長い紫色のつけ髪が、風にそよぐ。
リーンの素顔、その全てがヨアシュの前にさらされた。
「!?」
少女の表情が、一瞬にして驚愕に染まる。
開いた口が塞がらない。
ヨアシュの目に映ったもの。
それは間違いなく、死んだと思っていたリーンの姿だったのだ。
「お、姉さま……」
風に飛ばされた日傘が、天高くどこまでも飛んでいく。
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