ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

求愛、姫の素顔

「こちらにお座りください」
「は、はひぃ……」


 まるで借りてきた猫のようになってしまったリーンは、進められるまま椅子に腰掛ける。


「すごい椅子だぜ……」


 それは無数のガラス細工と宝飾が散りばめられた、シャンデリアのような椅子だった。
 アルメダもまた、テーブルを挟んだ反対側に座る。


「どうかリラックスしてください」
「む、無理っす!」


 そう言ってリーンは首を振る。


「あなたらしくありませんよ?」
「いやぁあ……」


 突然の事態に、リーンの頭はまるで対応できない。


「私を背負ってくれるのではありませんでしたか?」
「えっ?」


 なぜそのことを?
 リーンの脳裏には、まず真っ先にその疑問が浮かぶ。


「あなたが私の写真をその背に纏ったとき、心のなかでおっしゃったことです」
「姫さまは心が読めるんですかい?!」
「アルメダ、とお呼びください、リーン」


 アルメダは柔らかな笑顔を浮かべたまま、そう要求してくる。


「あ、アルメダさま……?」
「さまもいりません」


 リーンはゴクリと生唾を飲んだ。
 目の前で光り輝く、宝石のような姫君は、本気でリーンを夫にする気でいるのだ。


「むむむ……」


 確かにリーンは、かつて満月亭に広報武官達が押し入ってきた時、アルメダの写真をその背にまとって胸のうちで呟いたのだ。


 この姫さまは、将来自分が背負って立つ人だと。
 だが、こうして本物を間近にすると、そのオーラに圧倒されてしまって上手く話せない。


「あ、アルメダ……ごくり」
「はい、あなた」


 首筋から汗がどっと吹き出した。
 恐れ多くも至高美の女神を呼び捨てにしてしまった。
 その事実に、リーンは全身の肌が粟立つ思いがした。


「そうですか……、流石のあなたでも、私を前にすると緊張してしまうのですか……」


 儚げな声でそう言って、アルメダは寂しそうに目を伏せた。
 リーンの胸が急激に高鳴った。


「小さいんだな……」


 無意識のうちにそう呟いてしまっていた。


「はい。私は今年で14になります。背丈も、あなたよりも随分と低いです」


 そして、これは天地がひっくり返っても口にしてはならないことだが、その体重もリーンの半分ほどしかないだろう。
 姫は頭の中で思い描いていたよりもずっと、小柄で華奢なのだ。


「写真でみる姫さ……じゃない、あ、アルメダは、もっとこう、大人っぽくて姿も大きくみえた」
「はい。そういう風に、私の体は造形されているのです」


 幼く華奢な体に秘められた、圧倒的なまでの存在感。
 その力が、彼女の姿を実際より大きく見せている。


「お袋さんも、きっとすごい美人なんだろうな」


 だが、そのリーンの言葉に、アルメダは首を振る。


「私に母親はいません」
「え、そうなのか!?」
「はい。お父様からは、私が幼い頃に死んだのだと聞いています」
「写真とかも残ってないのか?」
「一つ残らず処分されたそうです。事情は教えてもらえません」


 母親の話をしたのはまずかった。
 そうリーンは思い、話題を少しずらすことにした。


「実は、オレもお袋に会ったことがないんだ。信じてもらえないかもしれねえけど、オレはオヤジのはらわたから生まれたんだ」
「はい、存じております」


 アルメダはいともあっさりと言った。


「なんてこった。本当になんでも知っているんだな……」
「リーンを見つけてくださった魔術師、ゲンリさんの心を読みました。間違いなくあなたは、お父さんのお腹の中から生まれたのです」


 そう言ってアルメダは、空中でその白百合のような手の平を振った。


「おおっ」


 するとテーブルの上の空間に、無数の動く写真が現れた。


「これは……」
「魔法映写です。アルデシア中に配られた、私の写真が見ている光景です」


 魔法映写の数は、ざっと数えても100を超えているようだった。
 アルメダが手の平を振るたびに、次から次へと現れる。
 まるで紙吹雪のように、テーブルの上から室内全体へと散らばっていく。


「すげぇ……」


 中には見覚えのある場所が移っている映写もあった。


 バルザーがよく飲んだくれていた酒場。
 ステーキ屋の中。
 油屋のカウンター前。
 そしてロレンの屋敷の客間。


「私は、写真の近くにいる人々に心を向けることで、その人達が考えていることを大よそですが知ることができます」
「本当に、世界の殆どを知っているんだな」
「はい。ただし、私より高位の魔力を持つ人の心は読めません」
「つまり、国王のおっちゃんが考えていることとかはわからないわけか」
「はい。お父様のお考えは、私にも計りかねます」


 もしエリィが国王達の手の中にいるのであれば、確かにわからないはずだ。


「お確かめください」


 アルメダは、テーブルの上に置いてあった小さな箱をリーンに勧めた。
 リーンはそれを開けて、中身を手にとる。
 金の装飾がされた、丸いガラス片。


「これは、レベルモノクル?」
「はい。魔術師長に頼んで作らせたものです。Lv77まで計れます。それで私が本物であることを確かめてください」


 リーンはモノクルを覗いた。


 プリンセス 女
 Lv67 金属性


「なっ……!」


 開いた口が塞がらなかった。


「お父さまは、14歳の時にはすでにLv70を超えていたそうです。この私が、確かに国王の血を受け継いでいることを、ご理解いただけると思います」
「いや、疑っちゃいなかったけどな……」
「うふふふ、実は私の変わり身の人が、何人かいるのです」


 初めて会った時から、ただ者ではないことはわかっていた。
 だが、これほどとは。


「血ってすげーな……」


 アルメダはくすりと笑う。


「はいリーン。でも、あなたの体に流れる血も間違いなく特別なものです。あなたのお母様、そしてお父様、どちらも恐らくは特別な方々です」
「オレのオヤジのことを知っているのか?」 
「はい。調べさせてもらいました。ですが、ここであなたに伝えることは差し控えたいと思います」
「そうか……、それじゃ母さんは?」


 黄金の美姫はやんわりと首を振った。


「お母様については、まるで調べが付きませんでした。ですが、あなたの全身から湧き出るオーラから察するに、普通の人間だということは、まずありません。天人の血を受け継ぐエルグァ族の者、もしくはそれに準じる者のオーラを感じます。もしかするとあなたのお母様は……」


 そこまで言ってアルメダは言葉を濁す。


「いえ、今はこの話をしても仕方がありませんね……」


 と言って立ち上がる。


「お茶をいれましょう」
「いやっ、おかまいなく!」


 リーンもガタリと音をならして立ち上がる。


「うふふっ」
「ああ……」


 どこか楽しげに頬を赤らめる姫を見て、リーンは言葉を失ってしまう。


「誰かとこうしてお話するのは、本当に久しぶりなのです」




 * * *




「ふう……うめぇ……」
「私専用にブレンドされたものです」


 それは香りをかいだだけで腰が抜けてしまいそうなほどの紅茶だった。
 アルメダ姫の等身大の姿が徐々に見えてきて、リーンの緊張もずいぶんと和らいできた。


「故郷のみんなにも飲ませてやりたいな」
「私も、リーンのお友達に会ってみたいです」


 口調も徐々に戻ってきた。


「それで、本題なのですが」
「ああ、なんか訳ありなんだろうな」
「はい。思うようにならない身の上ですから。それはもう、色々と訳ありなのです」


 アルメダは両手で包み込むようにして、白磁の茶器を口に運ぶと、音もなく一口飲んでテーブルに置いた。


「私はそう遠くないうち、いずこからか殿方を迎えて、その后にならなければなりません」
「国王のおっちゃんには息子がいねえからな」
「はい。私の結婚相手の話は、私が生まれる前からの大問題でした」


 アルメダはふうと一つため息をつく。


「アルデシア大陸の王を決める、重要な問題です。何十年も前から、各地の有力者の間で、見えない争いが続いています。私は早くその争いを終わらせたいのです」
「そうか、だから自分から旦那さんを探そうと思ったんだな」
「はい。しかし、それにも大変な問題がありました……」


 そこでアルメダは神妙な顔つきになった。


「実は私、殿方がだめなのです」
「へっ……?」


 そしてポッと頬を赤らめる。


「お父様以外の殿方とは、顔をあわせることも出来ないのです。なぜかと問われても答えようがありません。生まれた時からそうでした」
「それって……苦手とか恥ずかしいとかそういうんじゃなくてか……?」
「はい。まったくの拒絶反応なのです」


 その頬がさらに赤くなって、耳の先まで真っ赤になった。


「このようなお話は、とても、お恥ずかしいのですが……」
「いやいや、オレも女だ、気にしなくても大丈夫だ」
「ええ、はい……、そうなのですが、それがまた輪にかけて恥ずかしいといいますか……」
「えっ、えっ?」


 アルメダは両手を頬に当てる。
 顔の紅潮が最高潮に達する。


「女の人は大好きですから……」 


 ボンッ、と音を立てて、アルメダの頭から湯気があがった。


「つまりそれって、えーとー……」


 リーンは胸の底がふつふつと熱くなるのを感じる。


「女となら結婚できるってことか!」
「はい、そのとおりです……はぁう……」


 あまりの気恥ずかしさに、アルメダ姫はテーブルに突っ伏してしまった。


「ちょ、姫さん?!」
「ああ、なんてはしたない……こんなことお父様にも話したことありません……」


 そのまま姫は、その小さな顔をテーブルにぐりぐりと押し付けた。
 豊かなふわふわのブロンドヘアーが、彼女の全身をすっぽりと覆い隠す。
 まるで金色の毛布のなかに隠れてしまったかのようだ。


「そうか、だから俺を夫にしようって思ったのか……」
「はい……」
「いままで誰にもいえなかったんだな? 一大決心だったんだな?!」
「はい……!」


 自分が女しか愛せない女であることのカミングアウト。
 そして、リーンへのプロポーズ。


「はい、そうです……」
「だったら大丈夫だ、オレは今、全部受け止めたぜ。アルメダの決心をな」


 リーンは立ち上がってアルメダの肩に手を置く。


「頭をあげておくれよ、アルメダ。その綺麗な顔が見えないぜ」
「リーン……」


 ちょっとだけ顔をあげて見上げてきたアルメダの瞳は涙目だった。


「というか、知ってたんだろ? オレが滅茶苦茶な女好きだってこと」
「はい……、恐縮ながら、お調べいたしました」
「じゃあ、別に、気にすることはないんじゃないか? オレがアルメダの気持ちを喜んで受け入れることだって、わかってたんじゃないのか?」
「はい、でも、その……リーンがいままで女の人に優しくしてこられたように、私にも優しくしていただけるかどうかと、心配で……心配で……」
「そうだったのか……」
「それに私、リーンがいままで女の人達にどういうことをしてきたかも知っていて……ああ、これ以上はご勘弁を……」
「あわわわ……」


 それでもリーンは大体理解した。
 アルメダ姫は知っている。
 自分が今までどんなすごいことを、村の娘達にしてきたかを。
 それはもう、とても口には出せないようなやんちゃなことだって沢山してきた。
 アルメダはそれを全部知った上でリーンにプロポーズしてきた。
 それはつまり、それ相応の覚悟と準備が出来ているということだ。


 これは、恥ずかしい。


「う、うおおおおっ……」


 リーンは胸元でグッと拳を握って天を仰ぐ。
 この世で最高の女と思っていた人が、こんなにも等身大で、純粋で、そして自分のことを想っていてくれたなんて。
 もはや天にも昇るような気分だった。


「オレは今まで、どんな女の子でも分け隔てなく、全力で愛してきたつもりだ。それはアルメダに対しても変わらない。そりゃあ、最初は流石に緊張したけど、でもだんだんアルメダのことがわかってきて、大丈夫になった」


 リーンはテーブルの横を回ってアルメダの側に立つ。
 姫はその大きな瞳をリーンに向けた。


「アルメダのことが好きになった」
「……!?」


 二人は自然と手を取り合っていた。


「これからもきっと、もっと好きになる。だから、なにも心配はいらないんだ」
「……ああ!」


 感極まったアルメダは、リーンの胸に飛び込んでいく。


「アルメダ!」
「リーン!」


 リーンは、今はもう人並みの姿になった姫を抱きかかえると、その場でくるくると回った。


「決めたぜ、アルメダ」


 そしてピタリとポーズを決めて宣言する。


「オレは、この国の王になる!」















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