ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

拉致、金色の双姫

 ニールはエリィを担いだまま、物凄い速度で草原を駆けていく。


「はやいのー!」


 エリィの服が風にバサバサと煽られる。
 スカートがまくれ上がって、かぼちゃパンツが丸出しになる。


 ニールはちらりと後ろを振り反える。
 追手はいないようだ。


 しかし。


「どうしたもんかっ!」


 とにかく走って農場から離れることしか頭になかった。
 この先どうすれば良いのか、さっぱり思いつかない。


 鉛の板を仕込んだのは自分であると大嘘をついた。
 もし役人達がそれを信じてくれれば、親方は解放されるかもしれない。
 だが、あまり期待は出来ない。


「おにーちゃん! どこいくのー?!」
「俺にもわからねー!」


 ともかく、どこか隠れる場所を見つけたいが、周囲は見渡す限り草原なのだった。
 もちろん城下町などには逃げ込めない。


「うあー! 困ったぜー!」


 ニールはいい加減疲れてきた。
 魔法の効力も切れつつあった。


「くっそー!」


 その時だった。


「むっ!」


 ニールの目の前の空間が、陽炎が立ったように揺れた。
 咄嗟に剣を構える。


――キィン!


 見えない刃が、目の前で弾けた。


「なんだ!?」


――ふふふ、よく気付いたわね。


 どこからともなく、女の声が響いた。
 その声を、ニールは知っていた。


「まさかっ!」


 ニールはその場で足を止めた。
 彼の周囲を、見えない“何者”かが飛び回っている。
 こんなことが出来る者を、ニールは一人しか知らなかった。


 元近衛兵のジュアだ。


「うおっ!」


 あらぬ方向から斬撃が飛んできた。
 ニールはそれを剣で受け止める。


――キィン!


「くっ……」
「おにーちゃん?!」


 エリィを担いだまま戦うことは、ひどく困難だった。
 ニールはひとまず少女を下ろす。


「エリィ、わかるか?!」
「なんかいるのー!」


 ニールは姿を消した女剣士からエリィを庇うようにして、剣を構えて対峙した。
 ジュアはまるであざ笑うかのように、ニールの周囲をふわふわと飛びまわる。


「ちっ、相変わらずだな……でもなんで」


――うふふふふ


 農場を調べにきた兵士達のなかに混ざっていたのだろうか?
 ニールはそう推測してみるが、どうにも腑に落ちない。


 彼女はまるで、この時を待っていたかのように現れたのだ。


「どうする……」


 自分がリーンであることを告げれば、ジュアは助けてくれるだろうか?
 ニールは胸の内に、そんな淡い期待を抱く。


「あんた、俺達をどうする気だ!」


 しかしジュアは答えない。
 その代わりに、彼女はその気配を分裂させた。


「なに!?」


 2、3、4、5、6………全部で七人に分裂している。
 そしてその全てが透明だ。
 しかもニールは、エリィを守りながらの戦い。


 これは勝てない。
 そう判断したニールは、一か八か正体を明かしてみることにした。


「ジュアなんだろ?! おれだ! リーンだ!」


――うふふふふ


 だが、答えとして返ってきたのは、彼女の不敵な微笑みだった。


――知ってるわリーン、悪いけどその娘は頂くわ!


「ジュア!」


 七人のジュアが一斉に切りかかってきた。


『エンデ・シュプリーム!』
 -舞い散れ、炎-


 リーンの周囲に、紅蓮の炎が渦巻く。
 続いて。


『エンデ・イン・エクスパー!』
 -爆ぜよ、内なる炎-


 身体強化の魔法を詠唱した。


「うおおおおおお!」


 炎の一部に影がふれる。
 一番目に切り込んできたジュアの分身に、リーンは渾身の一撃を振るった。


――ギギャーン!


 見えないジュアが吹っ飛ばされる。
 返す刀で二人目。


――バキーン!


 ジュアの剣が弾き飛ばされる。
 そこに三体が同時に上から切り落としてくる。


「くううぅ!」


 リーンは剣を頭上に掲げて、三本の切っ先を同時に受ける。


「うわぁーん!」


 エリィがびっくりして地に伏せた。
 三人分の力で押さえつけられ、リーンの膝ががくりと折れる。
 先ほど全力逃走で、リーンの体はすっかり疲労していた。


「うおおおおお!」


 だがリーンは、ど根性でそれを跳ね返した。


――ガッシャーン!


 上の三人が、その馬鹿力に弾き飛ばされる。
 その隙をついて、残り二本の剣がリーンの首をめがけて飛んでくる。


「くっ!」


 終わりか。
 リーンはついに、胸の内で十字を切った。
 しかし。


「うぐほっ!」


 首が跳ね飛ばされる代わりに、リーンの後頭部に鈍器で殴られたような衝撃が襲った。
 視界がグラリと反転する。
 意識が根こそぎ持っていかれる。


「本当は殺すところなのだけど」


 一人に戻ったジュアが、その姿を現した。
 彼女が持っていたのは、剣ではなく警棒だった。
 その警棒を腰に収め、美しい金糸の髪をかき上げながら言う。


「あの方が、あなたに用があると言うから」


 あの方ってだれだ?


 ジュアの意味深な言葉を最後に聞いて、リーンは意識を失った。




 * * *




 リーンはまどろみの中にいた。
 どこかで見たような部屋。
 そこは、宿屋満月亭の客室のようだった。


「ううん……」


 リーンはうっすらと目を開けるそこには二人の少女がいる。


――リーンお姉さま!
――ニールおにいちゃん!


「ヨアシュ……? エリィ……?」


 なんで二人が一緒にいるのだろう。
 リーン、もといニールは、ぼんやりとした意識の中でそう思った。


――いいえ、リーンお姉さまはヨアシュのお姉さまなのですっ。
――ちがうのー! ニールお兄ちゃんはエリィのお兄ちゃんなのー!


 二人の少女は、まるでリーン、もといニールを奪い合うかのようにして喧嘩を始めた。


「おいおい……お前ら、俺なんかのために喧嘩するな……うあ……」


 しかし思うように言葉にならない。
 とうとう二人の少女は、取っ組み合いになってしまった。


――エリィちゃんにはわたしませんっ!
――そんなのずるいのー!


 何故こんなことになっているのか。
 リーン、もといニールは、しばし思いめぐらせる。
 そして一つの結論にいたる。


「これは俺の願望か……?」


 ヨアシュとエリィ。
 普通に出会っていれば、きっと良い友達になれただろう。


「あわせてやりてぇなぁ……」


 そして徐々にこれが夢であることに気付いていく。


「まて、醒めるな、こんな良い夢、滅多にねえ」


――私のですぅ!
――エリィもお兄ちゃんと仲良くするのー!


 徐々に二人の少女の姿が遠のいていく。




 * * *




「ほげっ!?」


 目を開けるとそこは、見たこともないような豪奢な部屋の中だった。


「なんだここは……」


 巨大なフカフカのベッド。
 天蓋を覆うレースには複雑な金の刺繍が施されている。
 枕元は、無数のバラの花で埋め尽くされていて、むせ返るような香気を放っている。
 目も眩むような極彩色の絨毯が敷かれ、見るからに高価そうな調度品が並べられている。
 その恐ろしく広い部屋の奥、巨大なガラス窓の向こうには空しか見えなかった。


 ここはどうやら、相当に高い場所にある部屋らしい。


「お目覚めですか」
「!?」


 その声を聞いて、ニールは声も出なくなるほどの衝撃を受けた。
 首を動かして、その声の主を見ようとするが、思うように体が動かない。


「あ、あ、あなたは……」


 ニールの視界に、ぱぁっと金色の光が注ぎ込まれた。
 ふわりと揺れる黄金の髪。
 えもいわれぬその香気に、枕元を飾る大量のバラすらも、その香りを引っ込めてしまった。


「お久しぶりですね」
「姫さま……」


 そこにいたのは、エヴァーハル王国王女、アルメダ姫だった。
 シンプルながらも、気品あふれる純白のドレス。
 その体の腺は、いまにも空気に溶けてしまいそうなほど、繊細で儚い。
 ニール、もといリーンは咄嗟に身を起そうとするが。


「あがががっ」


 焦りすぎてベッドから落っこちてしまった。


「あらまあ……」
「す、すいやせんっ!」
「どうか落ち着かれて。ここは安全です」
「は、はい……」


 ひとまず、床にお座りする。


「お、おれぁ……一体どうなったんです?」


 農場から逃げる途中でジュアに襲われ、警棒を食らって意識を失った。
 それから一体どういう経緯で、アルメダ姫の私室に運ばれてきたのか。


「私がジュアに言って連れてきてもらったのです」
「ええっ?」
「私は貴方とお話したかったのです。リーン」
「!? いやっ、俺の名前はニール……」
「うふふふ、良いのですよ、隠さずとも」


 と言ってアルメダは悪戯な微笑みを浮かべる。


「あわわわ……」


 リーンは色々と驚いていた。


 まず、ジュアとアルメダ姫が繋がっていたこと。
 そして、自分がリーンであることが、会いもしないうちからバレていたこと。
 最後に、どうやらアルメダ姫は自分に用があるらしいこと。


「姫さま……あなたは一体……」


 するとアルメダは、そのガラス細工のように繊細な表情を、にこやかに緩めて見せた。


「私には、この世界のほぼ全てが見えるのです」
「ほへぇ……」


 リーンは何もいえなくなってしまった。
 そして思う。
 太陽の如き輝きを放ち、新月の闇をも真昼に変えてしまいかねない、このお姫様であれば、確かにそのくらい可能なのかもしれない、と。


「あっ!」
「どうされました?」
「エリィは!」


 リーンがそう言うと、アルメダ姫はそのビスクドールのような瞳を伏せた。


「残念ながら彼女は、私が知ることのできないごく一部の世界の中にいます」


 そして無念そうに首を振った。


「そう、なのか……」
「しかし、今すぐどうこうなるものではありません、それよりも今は」


 宝石箱のような瞳をリーンに向ける。
 そして告げる。


「リーン、貴方には、私の夫になって欲しいのです」
「!?!?!?!」


 つま先から頭の天辺まで、巨大な電撃で貫かれたようだった。


「はいいい!???」
「うふふふ」


 生まれてこの方、こんなに驚いたことはない。
 リーンは率直にそう思った。















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