ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

陰謀、農場の危機

 夕方。


 ニールは両手に山ほどの荷物をかかえて農場に戻ってきた。
 荷物はすべて、農場の作業員達に頼まれていたものだった。


「ただいまーっす」


 荷物の検閲をしてもらうために、農場付きの役人の詰所に向かう。
 だが、そこには誰もいなかった。


「あっれー?」


 外出した者が検閲を受けずに農場に入ると大変なことになる。
 仕方なくニールは、荷物を全部降ろして詰所の前にしゃがみ込んだ。


「なんかトラブったのかな」


 しばらく待っていると、飼料用ワインの貯蔵庫の方から、役人達と親方が歩いてきた。
 役人達は険しい顔をしており、親方には元気がない。
 役人の一人は詰所の近くまで来ると、そこに座っていたニールを見下ろして言った。


「これに見覚えはあるかね?」


 彼が見せてきたのは、鍋のフタほどの大きさの黒っぽい金属板だった。


「えええ? 全然ねえっす」
「まあそうだろうな」
「なんすかそれ?」
「鉛の板だ」


 ニールはクビをかしげた。


「これが、去年のワインの貯蔵庫から出てきたのだ」


 ニールは驚いて立ち上がった。


「なんだってぇ? ワインに鉛なんかいれたら……!」


 鉛はワインに溶けやすく、その味を甘くする性質がある。
 だが、人間にとって鉛は毒であり、口にし続けると精神がおかしくなる。
 そのことはニールも知っていた。


「親方!」


 親方は沈鬱な表情のまま、何も言おうとしない。


「何者かが、国王さまに献上する肉牛に、鉛入りのワインを飲ませようとしていたのだ。恐ろしい話よ」
「親方をどうするんで!?」
「お前の知ったことではないわ」


 役人達はどこか気味の悪い笑みを浮かべながら言う。
 その一人が、リーンが買ってきた荷物をちらりと見る。


「これはまた、大量に買い込んできたものだな」
「面倒だ。検閲はせんから好きにもちこめ」
「え!?」


 普段は異常なまでに物品の持込みに気を尖らせている役人達が、いとも簡単にそう言った。


「ほれ! さっさと歩かんか!」
「ぐぬぬ……」


 役人達に小突かれて、親方はその足を前に進めた。
 どうやら、城に連れていかれるようだ。


「親方!」


 ニールはその背中に向かって叫ぶが、親方は振り返らなかった。


「親方ぁぁーーー!」




 * * *




 次の日は、早朝から大変なことになった。
 城から大量の兵士達がやってきて、農場を隅から隅まで調べ始めたのだ。


「くそっ、牛が泣いてらぁ」


 ニールは干草の倉庫に閉じ込められていた。
 他の作業者達も、宿舎での待機を命じられている。


 当然、家畜の世話も、畑の管理も出来なかった。


「だれなんだ、鉛の板なんか入れやがったのは」


 ニールはそう呟いて爪を噛む。


「親方達がそんなことするわけねえ……」


 とすれば、怪しいのはあの役人達だ。
 もしかすると、城の内部にも国王を排除しようと考えている者がいるのかもしれない。


「誰かの息がかかっているのか……?」


 ニールは、鉛板を持っていた役人の姿を思い起こす。
 国王に毒が盛られていたという証拠を握っていながら、やけに落ち着いていたように感じられる。


「怪しい匂いがプンプンだぜ……」


 もし、あの役人達が鉛板を仕込んだのだとしたら、城に連れて行かれた親方はどうなるのか。
 そう考えると、ニールはもう気が気ではなかった。
 絶対にロクな目には合わない。
 濡れ衣を着せられる可能性も十分にあった。


「くそっ」


 ニールは立ち上がると、倉庫の扉に向かって歩いていく。
 そしてその分厚い鉄の扉を引いてみる。


「くっ、だめか」


 外側から鍵がかけられている。


「おいっ、何をしている! 大人しくしていろ!」


 おまけに見張りの兵まで立っていた。


 ニールは、鉄枠の窓の方に歩いていった。
 こちら側には兵士は立っていない。
 何とか鉄枠の間から抜け出せないか試してみる。


「うぬぬ……ぐううぅー!」


 だがどうしても頭が引っかかってしまう。


「だめかっ」


 リーンは倉庫の中を見渡した。
 だがそこには、大量の干草があるだけだった。
 武器にされるといけないということで、農具類は全部もち出されている。


 仕方なくニールは、窓際に腰を下ろした。


「はあ……」


 ため息をついて、窓の外を見上げる。
 そこには雲ひとつない青空が広がっていて、天の円盤が眩しく輝いていた。


――困ったことがあったらお願いしてみるといいんだよ?


 そんなエリィの言葉を思い出す。
 だが、この状況がお祈りでどうにかなるとは思えない。


「くそっ、見ててくれるんなら何とかしてくれよ!」


 ニールは藁にもすがる思いでその場に跪き、手を合わせて天に祈ってみた。
 するとその時、外から誰かの話し声が聞こえてきた。


――お役人さんっ、おとーさんはいつかえってくるのー?


 エリィの声だった。
 ニールはすかさず窓の外を見る。


「あれっ、どこに居るんだ?」


 だがエリィの姿と、その話相手と思しき人物の姿はどこにもなかった。
 ただ声だけが聞こえてくる。


――エリィちゃん。お父さんはね、どうやら悪いことをしてしまったらしいんだ。


 男の声だった。


――このままだと、お父さんは首をはねられてしまうかもしれない。


「なんだ……? 何を言っているんだ?!」


――どーしてー?
――犯人が誰だかわからないからね。どうしても誰かが国王さまに対してケジメをつけなきゃいけない。そうしないと、この農場はもうやっていけないんだ。
――だからおとーさんがしょけーされるの?


 エリィの声が、徐々に涙声になっていく。


――ねえ、エリィちゃん。お父さんを助けたいかい?
――うんっ、お父さんと、のーじょーのみんなが助かるなら、エリィなんでもするっ。
――そうか、エリィはいい子だね。だったら一つだけ方法があるんだけど、聞きたいかい?


「!? だめだ! エリィ!」


 どう見ても罠だ。


――教えて、お役人さんっ
――ふふふ、じゃあねエリィちゃん。おじさんと一緒にお城に行こう。そして宰相のゴーンさまにお願いをするんだ。エリィのお願いならきっと聞いてくださるよ。
――うんっ、じゃあお母さんに知らせなきゃ。
――いいや、だめだよエリィちゃん。お母さんは絶対に反対するに決まっている。
――でもー、勝手に行ったら怒られちゃうの。
――大丈夫、お城までだからすぐ行って戻ってこれるよ。お母さんにはあとで二人で怒られよう。
――うーん……。


「ダメだエリィ! 騙されるな!」


 だが、そんなニールの願いも虚しく。


――わかったのっ、エリィはお城にいくの!


「――!?」


 承諾してしまった。


 ニールはその場で頭をかかえてウロウロした。
 親方に加えてエリィまでも。


「一体どうする気なんだ!」


 それに、エリィの声はどこからどうやって聞こえてくるのか。


――じゃあ行こうか、エリィちゃん


「もう、いてもたってもいられねぇ!」


 やるしかない。
 ニールはついに覚悟を決めた。


 そして。


『エンデ!』
 -炎よ-


 倉庫の中に大量に貯め込まれた干草に、魔法で火をつけた。


『エンデ!』
『エンデ!』
『エンデ・バルスト!』


 無我夢中で干草の山に炎弾を叩き込む。
 あっという間に倉庫の中が炎に包まれた。


「なにごとだ!? うお!?」


 倉庫の扉が開かれる。
 炎の海を目の当たりにした兵士は、その場で凍りついた。
 ニールはその後頭部に思いっきり蹴りをいれた。


「うがっ!」
「悪ぃなにいちゃん!」


 兵士の剣を引き抜いて自分の物とする。
 そして気を失っている彼を、炎に巻き込まれない位置まで引きずると、一目散に走り出した。


「待つんだ! エリィ!」


 ニールは迷わずエリィの家に飛び込んでいく。
 木の扉を蹴り破った先に、外出の仕度を整えた中年男とエリィがいた。


「なんだ!」
「てめぇ! 俺のかわいいエリィをどうする気だ!」
「くっ、誰かおらんか! 曲者じゃー!」
「だまれー!」
「グワー!」


 ニールは男の顔面を思いっきり蹴飛ばした。
 男は泡を吹いて倒れる。


「やべっ! 気絶させちまった!」 


 これでは事情を聞きだすことが出来ない。


「仕方ねえ! エリィ! 逃げるぞ!」
「ふえええっ?」


 ニールはエリィを担ぎあげると、そのまま走って外に出た。


「火事だー!」
「見張りがやられた!」
「作業員の一人が逃げたぞ!」


 激しい炎を噴出している倉庫を前に、大勢の兵士達が右往左往している。


「いたぞ! あいつだ!」
「うわ、みつかっちまったぜ!」


 ニールはエリィを担いだまま立ち往生した。
 前から後ろから、兵士達が走ってくる。


「どーしたの!? おにーちゃん!?」
「すまねえ、エリィ! 後で説明する!」


 考える間もなくニールは魔法を唱えた。


『エンデ・イン・エクスパー』
 -爆ぜよ、内なる炎-


「舌噛むなよエリィ!」


 身の内の炎を爆発させたニールは、まるで稲妻のような動きで兵士達の間を駆け抜けた。


「きゃあああああー!」


 少女の悲鳴が通りをつんざく。


「ははははっ! 鉛板を仕込んだのは実は俺だぜ! この娘は人質だぁああああ!」


 咄嗟に思いついた嘘を撒き散らして、ニールは疾風のように農場から飛び出していった。

















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