ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

娑婆、情報収集

 今日は月に三度の休暇の日だ。
 次の休暇まで十日以上あるので、思いっきり羽を伸ばしておきたいところ。


「ふーんふーんふふーん」


 ニールは城下町を宮殿方面に向かって歩いている。
 目的地は、ほぼ行き着けになってしまった例の酒場だ。


「ちーっす」


 大股でふてぶてしく入っていって、カウンターの席に腰掛ける。


「マスター、生姜酒ひとつ」
「…………」


 酒場の主人はうんともすんとも言わず、もくもくと酒を注いで、ニールの目の前に無造作に置いた。
 ニールは尻のポケットから小銭を取り出してカウンターに置く。


「ごくごくごく……ぷはぁー」


 そして一気に半分以上流し込んだ。


 しばらくすると、後ろから一人の男がやってきた。


「邪魔するぞ」


 それは粗末な皮の鎧を着た兵士だった。


「やっと仕事みつけたんだな、バルザー」
「一般兵からやり直しだがな」
「それでも、ずっと酒場で腐ってるよりはマシだろ」
「ふんっ、そっちも地下牢にいるよりはマシな状況のようだな。いきなり計画倒れとは。みんな呆れていたぞ」


 酒場の主人は、沈黙を守ったままグラスを磨いている。


「俺にも生姜酒を、マスター」


 すぐに注文したものがバルザーの前に置かれる。


「休憩時間に抜けてきた。あまり時間がない。手短に伝えるぞ」


 バルザーはジョッキ片手に告げる。


「国王は、御自ら大防壁を建造することを宣言なさった」
「大防壁?」
「魔界と人間界を分かつための、巨大な防壁のことだ」
「それってつまり、大陸全部を壁で囲っちまうってことか?」
「そうだ」
「どうやってやるんだよ、そんなこと」
「もちろん、国王の大魔力をもってだ」


 ニールは生姜酒の器を危うく落としそうになった。


「どんなバケモンだよ!?」
「ただし、国王の大魔力をもってしても、十六回に分けて行わなければならないということだ。それほどの大事業……いや、偉業なのだ」


 そこでバルザーは、ちらりと後ろ振り向いた。
 アルメダ姫のポスターが、店の真ん中の柱に飾ってある。
 カウンターからは少し距離がある。


「流石の国王も、壁を一つ築くごとに一月以上の休養を取らなければならないらしい。その間、エヴァーハル王国は、国内でもっとも強大な軍事力である国王の魔力を失うことになる。当然、諸国の領主が黙っているはずがない。これを機にと、叛乱をおこすかもしれん」
「まあ、そうだな」
「このところ、兵士が大量にかき集められている理由は、それに対応するためだったようだ。国王さまはずっと前から、大防壁の構想を持っておられたのだ」


 そこまで言い終えて、バルザーはジョッキに口をつけた。
 そして、横目でニールに合図を送る。
 ここからが重要だということだ。
 グラスを拭いているマスターの眼光もまた、一際鋭くなった。


「壁を一つ作るたびに、国王の魔力はほぼ0になる」
「ほぼ0か」


 ニールは生姜酒を一口のんだ。
 それはつまり、その時なら誰でも国王を葬れるということだ。
 もしこの事実が広く知れ渡れば、国王にとってはやっかいなことになる。


「これは王の側近と、魔術師団の上層部しか知らない。絶対に他言はするなよ」


 ニールは何も言わずに静かに頷いた。
 恐らくはこれが、手紙に書いてあった“新しい織物の話”。
 つまり、ゲンリの調査の結果なのだろう。
 それをゲンリに代わってバルザーが伝えにきた。


 しかし。


「バルザーはよ、一度クビになったけど、まだ国王のおっちゃんを信じているんだよな?」
「当然だ」
「だったらなんでそのことを俺に教えてくれるんだ?」


 どうしてそんなに協力してくれるのか。
 バルザーは表情を変えず、しかし仄かに頬を赤らめて言った。


「……お前のことも、信じてみようと思ったからだ」


 バルザーのリーンに対する見方は、ドラゴンとの一件で大きく変わった。
 巨大な竜に真っ向勝負を挑み、そして撃退して街を救った。
 そして天才医法師エルレンの返魂術を受けて、奇跡のように蘇った。
 その光景にバルザーは、底知れぬものを感じたのだ。


――もしかするとお前は、国王様に匹敵する器なのかもしれん。 


 目覚めたリーンに対して、まず彼が言った言葉がそれだった。


――お前が国王様に本気で歯向かうというのなら、俺はその顛末を見届けてみたい。


 それが、元近衛兵バルザーが、一度まっさらな身分になって考えてみた結論だった。


 国王とリーン。
 どちらが真に王の器たるか、彼は見届けることにしたのだ。


「俺はそろそろ戻る」
「ああ、いい話きかせてもらったぜ」
「ふふんっ」


 バルザーは多めの勘定をカウンターに置くと、そのまま真っ直ぐ店を出て行った。


「ふーむ」


 リーンは恐ろしく無口な店の主人を見上げた。
 マスターはあいも変わらずグラスを磨いている。


 ここは知る人ぞ知る、密談の場だった。




 * * *




 ニールは酒場を出ると、今度は宿屋満月亭に向かって歩いていった。
 狭い街路を通り、運河にかかる橋をいくつか渡る。


 まもなく見覚えのある通りが見えてきた。


「るん、るん、るん」


 満月亭の前では、女中服を着たメイリーが通りの掃除をしていた。
 もうすでに、十分綺麗なのにも関わらず。
 まるで誰かを待つかのように。


 ニールは彼女のもとに歩いて行く。
 そして、ナンパした。


「へいへい、ねえちゃん。そのホウキ、なかなかいけてるじゃねーか」
「あらそう? お兄さん」


 やぶれかぶれだった。


「景気はどうだい? 元気にやってるかい?」
「まあね、見た目は思いのほかみんな元気。でもね」


 と言ってメイリーは目をふせる。


「おいおい、よしてくれよ、いきなりそんなしんみりしちまって」


 ニールはちらりと宿屋の中を覗いてみた。
 そこにはランとヨアシュが立っていた。
 二人とも、一見すると普通に働いているように見える。


「ガル……?」


 すでにニールの訪れに気付いていたランが、遠くから針のような視線を送ってきた。
 隣のヨアシュをちらりと見て、肩をすくめて見せる。


「ま、当然か」


 ヨアシュは実際には、相当にまいってしまっているようだった。


「ところでお兄さん、今日の宿をお探しですか?」
「いんや、ただの冷やかしなんだぜ」


 と言って、てろんとメイリーの尻を撫でた。


「まあ、嬉し……じゃなかった失礼ねっ。冷やかしでしたらご遠慮くださいまし」


 メイリーは見た目だけはプリプリと怒ったふりをして、宿の中に入っていってしまった。
 彼女の調査には、今のところ進展がないのだ。


 リーンは満月亭の入り口の脇に立って、中の会話を聞いてみる。


「あ、メイリーさんっ、いま外に誰か……」
「ただの冷やかしよ、ヨアシュ」
「そうでしたか……」


 少女の声は、一瞬何かを期待するように高くなったが、すぐに小さく落ち込んでしまった。


「こいつはきついなぁ……」


 誰か人が通るたびに、それがリーンなのではないかと、ヨアシュは逐一思ってしまっているようだった。


 ニールは手の平でぐいと鼻を押し上げると、そのまま満月亭を後にした。















「ガチ百合ハーレム戦記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く