ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

風呂、一時の団欒

「うへはへー」


 その日の夜は、週に一度の湯浴みだった。
 巨大な桶にお湯をためて、農場で働く者達が一斉に体を洗い、湯に浸かる。


 下っ端のニールはもちろん一番最後だった。


「お湯が腰までしかねえぜ……へっくし!」


 桶の三分の一くらいしかお湯は残っていない。
 しかも毛や垢の浮かんだ汚いお湯だ。
 ニールは温まるのを諦めて、桶の中で足を伸ばし、板に背中を預けて夜空を見上げた。


 そこに静かな光を放つ天の円盤。


「なーにやってんだかなー」


 すると途端に切ない気分に襲われた。
 満月亭の柔らかいベッドが、たまらなく恋しくなった。


「よっと」


 ニールは桶の中で立ち上がる。
 そして腰に手を当てて胸を張る。


 腰をを前後に振る。
 ブラブラと股間のものが揺れる。


「それにしてもよく出来てるよなー」


 それはどこからどうみても、男性自身だった。
 着脱可能な、恐ろしく精巧な生殖器。
 スノーフル南の岩窟に住む隠者、セイテン・カーン老師の一品だ。
 これをつけると、どんな女でも男になってしまう。


「うむう」


 ニールは自らの胸を揉む。
 そこには二つの乳房がきちんとついている。
 だが、股間にぶらさげた秘具の魔力により、他人からは男の胸板に見えるようになっているのだ。
 胸を触られさえしなければ、ニールがあの女勇者リーンであることは、けしてバレることはない。


 ニールが一人で残り湯に浸かっているのは、そのためでもあった。


「さて、人が来ないうちに上がるとするか」


 そうして桶から出ようとしたニールだったが、その時、建物の影から親方が現れた。


「むむ?」
「あっ、親方」


 ニールは親方の前に、その姿をさらしてしまっていた。
 反射的に胸を隠してしまう。


「なんだ、女じゃあるまいし」
「いや、ちょっとびっくりしちまって」


 ニールはいそいそと桶から出て、手拭で体を拭く。
 どうやら親方は、今になって湯に浸かりに来たらしい。
 殆どお湯のなくなった大桶を覗いて顔をしかめる。


「湯が殆どないではないか」
「まあ、みんなで使ったあとですから」
「きちんと温まっておらんのではないか?」
「でもすっきりしやした」
「いやだめだ。風邪でもひかれたらたまらん。湯を入れなおすぞ、手伝え」
「ええー!」




 * * *




「はびばのんのんなのー!」


 新しく湯を入れなおした桶の中で、エリィが足をばたばたさせて遊んでいる。


「あはははは、いいんですかい、親方、あはははは」
「うむ、この方が湯の量を節約できるからな」


 親方の大きな体が、桶の半分くらいを占有してしまっていた。
 ニールは親方と体が触れないように、隅っこで小さくなっている。
 その二人の間をエリィが泳いでいて、無邪気に足をバタバタさせている。


「みんなでお風呂、たのしーのー!」
「これこれ、エリィ、お湯が散る」
「わはーい!」


 親子二人は楽しそうだが、ニールとしては気が気ではなかった。
 もし体が触れてしまえば、女であるとバレてしまう。
 特に、桶の真ん中で泳いでいるエリィは要注意だった。


「仕事にはなれたか、ニールよ」


 娘の前であるせいか、親方はとても機嫌がよい。


「へえ、おかげさまで」
「そうか、お前は体が強いのだな。三日で足腰が立たなくなって、出て行く者もいるくらいなのだが」
「まあ、体だけは丈夫ですから」
「うむ、そのことはご両親に感謝するのだな」


 両親とは物心付く前に死別した、ということにしてある。
 親方はどこか憂うような目つきになり、そしてじっと天の円盤を見上げた。


「天人さまが見ていてくださる」
「はあ」
「ニール、お前は国王様の庭で釣りをする馬鹿者だが、心根は真っ直ぐだ。働きぶりを見ていればそれがわかる。心根の曲がってない者を、天はけして見捨てはせん」
「親方は信心深いんすねー、俺なんか、生まれてこの方、神さまを信じたことなんで一度もありゃしませんぜ」


 実際、美の女神の罰さえ恐れないような人間だった。


「ふふふ。それこそ天の加護の中にある証よ。信じるまでもなく、お前の中に神がおわすのだ。でなければ今頃、お前は城の地下牢の中だ」


 実際、地下牢に入れられている予定だった。


「親方のおかげっすよー」
「あの逃げた牛は、どうやらまっすぐお前のところに行ったようだ。これはただの偶然とは思えぬ」


 親方はざぶざぶと手で顔を洗う。


「やはり天人さまは見ていてくださるのだ」
「そーなのー。お牛さんにまたがってたお兄ちゃんは、ただものじゃないのー」


 と言ってエリィは、ニールの方にぷかぷかと顔を向けてきた。


「おっ、ちょっ!」


 首に抱きついてきたエリィに、ニールは危うく胸を触られるところだった。


「ニールお兄ちゃん、ちょっとだけエリィのおばあちゃんに似ているのっ」
「えええー?」
「ふふふ、言われてみれば確かにそうだな。ワシの死んだお袋にどことなく似ておるわ」
「へえええ……?」
「おぐしが赤かったらもっと似ていたと思うのっ」
「案外どこかで繋がっておったりな。世は案外狭きものよ、ふはははっ」


 無邪気に戯れてくるエリィと、豪快に笑う親方に囲まれて、ニールはどことなく家族を感じた。


「だとしたらすげぇ縁っすね、あはっ」
「うむうむ」
「お背中流しますぜ、親方」
「おお、では頼もう」
「じゃあ、エリィはおにーちゃんのお背中ながすのー」
「おおうっ、まじで!」
「……ニールよ、あとで覚えておれよ」
「げええっ!」
「ながすのー!」


 そうしてニールは、団欒の時を過ごした。
 エリィに胸を触られないか、冷や冷やだったが、それでもそのひと時は、ニールにとって感慨深いものだった。


 家族。


 今にして思えばニール、もとい、リーンはそれを知らない。
 その事をいまさらながらにしみじみ感じるのだった。


 それと。


(結局ヨアシュ達を風呂につれてってやれないままだぜ……)


 リーンがニールとなって生きていることは、ごく一握りの者しか知らない。
 メイリー、エルレン、バルザー、ゲンリ、ロレン。


 マーリナとラン、そしてヨアシュにはそのことを教えていない。
 彼女達は、リーンは死んだと思っているのだ。


 ランはどことなく気付いている節がある。
 だが、ヨアシュとその母マーリナは、すっかり信じこんでしまっている。
 そういう報告を、メイリーから伝書鳩で受けている。
 彼女達の気持ちを思うと、リーンは胸が苦しかった。


(それもこれもみんな、あの国王のおっちゃんのせいなんだ……)


 だからなんとしても国王の悪事を暴く。
 国王の座から引き摺り下ろす。
 そしてもう一度、ヨアシュ達と楽しくやるのだ。
 リーンは改めてそのことを胸に誓う。


「うむ、さっぱりした」
「親方、めちゃんこ垢でましたぜ」
「一月ほど入っておらんからな」
「げええっ?」
「おとーさん、汗くさくって、エリィがお風呂入ってってお願いしたのっ」
「そうだったんかー……」
「うむ、流石に娘に言われてはな。断れん」


 親方は風呂嫌いだった。


「ではそろそろ出るとするか」
「っすね」
「するのー」


 三人は揃って湯船から立ち上がる。
 だがその時、不覚にもリーンの胸が親方の肘にふれた。


「むうっ?」
「ほげげ!」
「なにやら今、妙に柔らかいものが……」
「あわわわ」


 ニールは咄嗟に言い訳を考えた。


「親方! 失礼しやした!」


 そして頭を下げる。


「今のは、俺の自慢のぷりっケツでしたぁ!」
「むむむ?」


 親方は目をぱちくりさせた。


「……ずいぶんな柔肌だな」


 そして納得した。
 ニールは密かに胸を撫で下ろす。


「……ほっ」
「ぷりっケツ?」


 そのニールの尻を、エリィが興味深げに眺めていた。

















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