ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

天上、少女の先祖

 夜。
 干草の貯蔵庫の一角。
 そこはニールに与えられた寝床だった。


「休むのも仕事のうちだ。休まず休め。わかったな?」
「へい、親方!」


 貯蔵庫の鉄の扉がガラガラと閉じられる。
 そして外から鍵がかけられる。
 貯蔵庫の中は暗く、鉄枠の窓からわずかに月明かりが零れてくるだけだった。


「ふいー、つかれたつかれた」


 ニールは出来の悪いゴワゴワの藁の上に寝転び、ボロきれを被る。
 すぐそこにフカフカの干草が山積みになっているが、使うと親方にぶん殴られる。
 家畜のエサにもならないような藁くずが、ニール寝床だった。


「休ませてもらえるだけありがてえってもんだ」


 ニールのようなよそ者に、真夜中の農場をうろつくことは許されない。
 ここは王室御用達の農場なのだ。


 ここで働かされることになった時、ニールは身包み全てをはがされて、全身をくまなく調べられた。
 耳の穴をほじくられ、歯を一本一本ペンチで引っ張られ、またぐらまで引っ掻き回された。
 ニールは、まさに生まれたままの姿を、農場付きの役人の前にさらすことになったのだ。


「よくバレなかったもんだ」


 ニールは何かぼそぼそと呟き、己の股間にあるモノの位置を直した。


「いや、なんでもないんだぜ」


 そして親方に言われたように、全力で体を休めるべく、目を閉じる。
 だがその時、窓の方からコンコンと音が聞こえてきた。


「なんだ?」
「ニールおにいちゃーん、差し入れなのー」


 エリィだった。
 鉄枠の間から細い腕を突き出している。
 その手には小さなバスケットが握られていた。


「おお、まじで?!」


 受け取ったバスケットの中には、柔らかいパンとゆで卵が入っていた。


「夕食、あれだけだと物足りないでしょー?」
「でも、いいのかエリィ」
「うんっ、エリィの分を少し残しておいたの」
「……エリィ~~」


 ニールは涙かちょちょ切れそうになった。
 彼の夕食は、レンガのように硬いパンと、まびかれた出来の悪いブドウだけだったのだ。


「なんていい子なんだ、エリィ!」


 ニールはその場でガツガツとパンと卵に食らい付いた。
 早く食べて、バスケットをエリィに返さなければならない。


「ゆっくり食べていいんだよー? おとーさん、夜のお仕事にいってるから」
「ああ、親方は夜中も働いてるんだもんな。オレは休ませてもらえるだけありがたいんだ」


 あっという間に食べ終えたニールは、バスケットを鉄枠ごしに返す。


「助かったぜ」
「どういたしましてなのー」


 と言って少女は、天使のように微笑んだ。


「なあ、どうしてエリィはそんなにオレによくしてくれるんだ?」
「うんとね、おばあちゃんの遺言なの」
「おはあちゃんの?」
「うん。自分一人だけの幸せは、本当の幸せじゃないの。おばあちゃんは、エリィにそのことをよく聞かせてくれたの」
「優しいおばあちゃんだったんだなー」
「そうなのー」


 エリィはニコニコと微笑みながら、窓際に頬杖をついてニールの顔を覗き込んできた。


「人は誰かを幸せにすることでしか、幸せにはなれないの。エリィのおばあちゃんは、さらにそのまたおばあちゃんから、その事を教えてもらったんだって」
「おばあちゃんのおばあちゃんか」
「そうなの。それでね、そのおばあちゃんのおばあちゃんの、そのまたさらにお姉さんは、昔々、湖の生贄になった人なんだって」
「湖の生贄?」
「うん。昔々、湖の水が湧かなくなっちゃったことがあったんだって。それでみんな困ってしまって、どうしたら良いかって考えて、心の綺麗な人を湖の神さまに捧げて、お願いすることにしたんだってー」
「そんなことがあったのか」


 遠い昔、いま目の前にいるエリィという少女のご先祖様が、湖の生贄にされた。
 そのことにニールは、何か不思議な縁を感じた。


「エリィのおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんは、綺麗で優しい人で、たくさんの人に慕われていたんだって。だから湖の生贄にならないかって、お城の人に言われたの。エリィのおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんは、とても優しくて心の綺麗な人だったから、断らなかったの。それでね、生きたまま湖に沈められちゃったんだって。そしたらまた、湖の水が湧くようになったんだってー」
「なんだか、ひどい話だなぁ」
「そーお? エリィはいい話だと思うのー。エリィのおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんは、その時たくさんの人を幸せにしたから、きっと自分も幸せになれたと思うのー。この農場も、その時のご褒美って、お城の人がエリィのおじいちゃんのおじいちゃんにくれたものなんだよー? そして今はね、あそこ、天の円盤の上にいるんだって」


 と言ってエリィは、夜空に輝く天の円盤、月を指差した。


「いいことをして、沢山の人を幸せにした人は、天人さまになって天の円盤に昇るんだって。おばあちゃんがそう言っていたの。だからエリィはね、湖の生贄になったおばあちゃんのおばあちゃんのお姉さんに会ってみたいから、がんばって良いことをして天人さまになるのー」


 エリィはそこでぴょんと飛び跳ねると、月を見上げてクルクルと回った。


「困ったことがあったら、お兄ちゃんも天の円盤にお願いしてみるといいんだよっ、きっと見ていてくれるから!」


 そう言うとエリィは、その両手を翼のように開いて、家に向かって走っていった。
 一人残されたニールは、言われたように月を見上げてみる。


「そうか、あの円盤の上にはめちゃんこ良い人達がいるんだな」


 そして、特に困っているわけではないのだけれど、手をあわせて祈った。




 * * *




 翌日の主な仕事は葡萄踏みだった。
 陽も昇らないうちから叩き起こされ、厩舎と畑の仕事を一通りこなしたニールは、葡萄が満載された木箱を運んでいた。


――ちゃぷちゃぷ、ぐちゃぐちゃ


 石で出来た円筒形のワイン貯蔵庫の上で、白い服を着た娘達が葡萄を踏んでいる。
 潰した葡萄は、そのまま穴から貯蔵庫の中に落とされる。


「……そわそわ」
「……おそるおそる」


 しかし彼女たちはみなどこか不安げだ。


「ふむふむ」
「……むすぅ」


 それもそのはず、城の役人に見張られているのだ。
 いま仕込んでいるワインは、肉牛に飲ませるものだが、それにも厳格な基準がある。
 全てエヴァー湖周辺の御用農園で造られた葡萄を使用する必要があり、その葡萄を踏むのは15歳以下の乙女に限られる。
 しかも、毒物などが持ち込まれていないか、身包みを全てをはがされて検査されるのだ。


「きゃっきゃっ」


 その中で一人、エリィだけが元気だった。
 毎年やっているので馴れている。
 スカートを膝の上までたくし上げて、足を真っ赤にして葡萄を踏んでいる。


 ニールは葡萄の汁にまみれた彼女たちの足を眺めつつ、葡萄の入った箱を所定の位置に下ろした。


「ぎろりっ」
「どもっす」


 そして役人に睨まれる。
 新参者のニールは、もちろん警戒されていた。
 そそくさとその場から立ち去ろうとするが。


「おい、待て」


 呼び止められてしまった。


「な、な、なんでございやしょう」
「調べるから、待っておれ」
「何も変なことしてないっすよー」


 役人は、葡萄の箱に手を入れて、異物が混ざってないか調べ始める。


「おい、お前。これをひっくり返してみよ」
「へ、へい」


 言われるままに箱をひっくり返す。
 葡萄は全て地面にばら撒かれる。


「踏むのだ」
「ええー?」
「早くしろ!」


 役人は手に持っていた鞭をパシンッと慣らす。
 ニールはしぶしぶ靴で葡萄を踏み潰した。


――ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ


「ふむ……」
「いかがでございやしょう?」


 役人は、葡萄汁の水溜りをしばらく観察し、そしてようやくニールを解放した。


「行って良いぞ」


 ニールは忸怩たる思いとともにその場を去る。


「なんだってんだ、もったいねえ」


 ぶつぶつぼやいていると後ろから声をかけられた。


「国王さまの口に入るものなのだ。あの程度で済んだならまだ良い方よ」
「親方ぁ」
「ひどい時など、虫がいたという理由で貯蔵庫ごと捨てられたこともあったわ」
「うへぇー。もったいねー」


 馬車の荷台に積み上げられた葡萄の箱を持ち上げる。
 親方は一度に二箱を両肩に担ぎ上げる。
 そして再び、貯蔵庫に向かって歩く。


「なんで牛にワインなんか飲ませるんで?」
「肉が美味くなるからだ」
「あの牛達、麦とか豆とか、人間よりいいもの食ってるじゃないすかー。あれでも足りないんですかい?」
「ある程度肥えると、途端に食が細るからな。その時にワインを飲ませる必要があるのだ」
「へえー……」
「無駄口きいてないでちゃっちゃと運べ!」
「へーい!」


――ちゃぷちゃぷ、ぐちゃぐちゃ


 所定の位置に箱を下ろす。
 ここから先は男子禁制。
 婦人達が代わる代わる葡萄をざるに入れて貯蔵庫の上に運ぶ。


――きゃっきゃ、わいわい


「ほへー」


 だんだんと調子が出てきて、楽しそうに葡萄を踏む娘達。
 それをニールはうらやましそうに見上げる。


「オレだってまだ、15なんだけどなー……」
「なにか言ったかニール」
「あいや、なんでも」


 再び荷馬車の方に向かって歩きつつ、ニールは股間の位置を直した。


「男は落ち着かないぜ」


 そして一人、ぶつぶつ呟く。  












 

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