ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

迎撃、要塞都市

 家ほどもの大きさがある大型弩砲が、竜の足に踏まれてあっけなく潰れる。


――ドンガラガッシャーン!


――ギャオオオーン!


「工兵部隊は退避! 魔術師部隊! 一斉詠唱!」


 大通りにずらりと並んだ濃紺と赤色のローブを着た魔術師達が詠唱を始める。


「うてーい!」


 ロレンの号令と同時に、無数の炎弾が、黒竜に浴びせられる。


――ギャアアアーン! 


 だが竜は、魔術師部隊の一斉射をものともせず、その巨大な足を踏み出してきた。


――ズガガガーン!


 大通りの石畳が砕け散る。
 振り回された竜の尾が、レンガ造りの家を、あたかも積み木を崩すようになぎ払う。


「ええい! 呪術士部隊はまだか!」


 現在、防壁の四隅に建てられた塔の中で、呪術士達が調練収束退魔術の準備をしている。
 強力な退魔術式を一点集中して浴びせることで、竜を街の外に追い出す段取りだ。


 だが、どうにも間に合いそうにない。
 そうしているうちに、黒竜の口がゆっくりと開かれ、その奥に光球が現れた。
 電撃のブレスを吐き出そうとしているのだ。


「ぐぬぬ……!」


 防御結界を張るか、一目散に逃げるか。
 二つに一つ。


 電撃ブレスを防ぐことが出来れば、その分時間稼ぎにはなる。
 だが失敗すれば部隊は壊滅する。


 ロレンは周囲の状況を確認する。
 住民は地下室に隠れているが、あれほど巨大な魔物の攻撃に耐えられるかどうかは微妙だった。


「おじさま! 私がドラゴンの注意をそらします。その間に防御結界を!」
「だがメイリー!」
「大丈夫、私ならやれます!」


 と言ってメイリーは、ロレンが止める間もなく竜に向かっていった。


「人間を甘くみないで欲しいわね!」


 どこからともなく鋼線を取り出し、魔力を込めて竜の頭めがけて投げる。
 鋼線は水飛沫を放ちながら飛んでいき、竜の頭に絡まった。


――ギャオオオーン!


 竜が頭を振り回す。
 それによって鋼線が強く引っ張られ、その端を握っていたメイリーの体が宙に放り上げられた。
 黒装束に身を包んだ彼女の体が、ぐるりと空中に弧を描いて、竜の側頭部に回り込む。


「そこ!」


 メイリーは太ももに巻きつけてあった投剣を三本同時に引き抜くと、竜の眼球を狙って投げつけた。


――ザザザッ!


 投剣は三本並んで竜の眼球の表面に突き刺さった。
 竜はあわてて目を閉じて、さらに激しく頭を振った。


「はっ!」


 メイリーはすかさず鋼線から手を離し、そのままの勢いで防壁に向かって飛ぶ。
 そしてその壁面に着地し、もう一本の鋼線を壁の上部に引っ掛けて身を支えた。


「おじさま!」


 通りを見れば、既に防御結界の構築が終わっていた。
 街の一角を覆いつくすほどの紫色の魔方陣が、傘のようにして家々の上に描かれていた。


――ウオオオオオーン!


 竜が光球を吐き出した。
 それは無数の雷電となって、スノーフルの街に降り注ぐ。
 バリバリと天を割るような轟音が鳴り響き、屋根、壁、石畳、あらゆるものが割れて砕けて弾けとんだ。


「最大出力じゃー!」


 空に張られた魔方陣が、紫色に燃え上がった。
 十分に練り上げられた防御結界は、巨大竜の電撃ブレスを防ぎきった。


「よし! 退けー!」


 魔術師部隊は一斉退避する。
 そこに、街の反対側にある大型弩砲からの射撃が飛んできた。
 丸太のような太さの矢が、雨のように降り注ぎ、竜の巨体を激しく攻め立てる。


――ギャオーン! ギャギャオーン!


 だがそれでも竜はめげなかった。
 一体何がしたいのか、誰にもさっぱりわからなかったが、それでも竜は何かを求めるようにして、その巨体をのしのしと、街の中心に向けて進めてくるのだった。


 その時、城壁の四隅から黒煙のような魔力が立ち昇った。


「間に合ったか!」


 長い年月をかけて蓄積させた、魔物達の魔素を解き放ったのだ。
 人間に対する失望と絶望を凝縮させたその魔素を、術式をもって編み上げてぶつける。
 この技をもって、スノーフルはこの四百年間、安泰だった。


「ふふふ、いかに巨大魔竜といえども、この調練収束退魔術を受ければ、すごすごと魔界に引きかえさざるを得ないだろう、ふふふ」


 と言ってロレンは、得意げにカイゼル髭をピーンと引っ張った。


「人間のみにくさをとくと味わうが良い、竜よ!」


――ドドドドドド


 城壁の四隅から、真っ黒な魔素がとぐろを巻いて立ち昇った。
 それはもう一匹の黒竜となって、おぞましい断末魔の咆哮とともに、鉛色の空をのたうった。


「おっちゃーーーん!」


 そこにリーンがバタバタと走ってきた。


「おお、リーン」
「きちゃったぜ!」
「ふふふ、仕方のない娘よのう。じゃが見よ、あのおぞましき現象を」


 ロレンは上空を指差す。
 そこには魔物でなくても逃げ出したくなるような、禍々しい物体がとぐろを巻いていた。


「人間にひどいめにあわされた魔物達の魔素なのだ」
「うえええ、見てるだけで吐き気がするぜ」
「これであの竜もいちころよ」
「オレの出番はなしかー!」
「そうなのじゃ!」


 魔素の調練が終わり、とぐろを巻いていた物体は、一本の極太の矢になる。


「これで終わりである!」


 極太の矢は、そのまま竜に向かって真っ逆さまに急降下した。


――ズシャシャーーン!


――オボァグロブァボロォ!?


 竜の体が、炭の粉をまぶされたようになった。
 すっとんきょうな悲鳴を上げて、二歩三歩と後ずさる。


 だが。


「……踏みとどまりよった」


 ロレンは、その髭をしょんぼりとさせて言った。


「一体、あやつはなんなのだ!」
「なんとなく、こうなる気がしていたぜ!」


 リーンはすかさず前に出る。
 そして、竜を睨む。


――ウグオオォン!


 竜もまた、リーンを睨み返してきた。
 巨大な黒オーブのようなその瞳に、はっきりとした意思をみなぎらせて。


「……はっ!」


 そしてリーンは、はっきりと理解したのだった、
 なぜ、このタイミングで、あの竜が現れたのかを。


「そうかお前……」


 スプレンディアを腰に構えて言う。


「オレと、戦いたかったんだな!」


――ピギャアアアーン!


 竜は、一際高い声でいなないた。















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品