ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

逡巡、人と魔物

 その日の夕方。


「ふいー、流石につかれたなー」


 地下運河に忍び込んで以来、一睡もしていなかったリーンは、ようやくベッドの上に落ち着いた。


 バルザーと話をした後、ヨアシュと二人でランチ(無料)を食べてから帰宅したリーンは、ランに小一時間の説教をくらい、タンポポの祟りをかけられそうになったところをなんとか逃げ出して、ほとぼりが醒めたことを見計らってまた宿に戻ってきたのだが、今度はメイリーの買い物に付き合わされることになった。
 スノーフルは寒い場所なので、防寒具などを買い揃える必要があったのだ。


「ハードな一日だったぜ……」


 ベッドの上に転がったリーンは、そのまま目を閉じ、すぐに眠りに落ちてしまった。


 そして嫌な夢を見た。




 * * *




――どうしてそんなひどいことをするのですか!? その人はなにも悪いことをしていないのに!


 どこからともなく、少女の叫び声が聞こえる。


――その鎖をほどいてあげてください! お家に帰してあげてください! お願いします!


 ジャラジャラと鎖が鳴る。
 二頭の軍馬が猛々しくいななく。


――だめ……だめー!


 パシンッ、と馬の尻に鞭が入れられる。
 それと同時に、軍馬が石畳の通りを駆け出す。
 鎖に繋がれた黒いものが、ジャリジャリと嫌な音をたてて引きずられ、身の毛もよだつような断末魔が市中にこだまする。


(ううん……これは)


 まどろみの中でリーンが見ていたものは、ヨアシュの過去を抽象化した光景だった。
 少女は魔物の悲鳴を聞きながら、通りにうずくまって嗚咽している。


(ひでぇな……) 


 リーンはまどろみの中にふわふわと浮かんでいて、思うように動けない。
 今すぐ泣いているヨアシュの肩を抱いてやりたいと思う。
 軍馬に引きずられていく魔物の鎖を、この剣で断ち切ってやりたいと思う。


 だがそれは、たとえリーンですら変えることのできない、確定済みの過去なのだった。


(くそっ、どうしたらいいんだ)


 あの少女の悲しみを、あの魔物の不幸を、どうしたら俺は解決してやれるんだ。
 リーンは、夢の中でそんなことを考えた。




 * * *




「……ううーん」


 目が覚めた。


「うあぁう……」


 嫌な汗をかいていた。
 疲れきった状態で、変な時間に眠ったものだから、悪い夢を見てしまった。


「なんだったんだ……?」


 やれやれと首を振って、開けっ放しの窓を見る。
 月明かりが部屋の中に差し込んできていた。
 リーンは呪われた剣スプレンディアを、杖のようについて立ち上がった。
 そして窓から顔を出して夜風に当たった。


「ふう」


 ひと心地つく。
 通りに人影はなく静かだった。
 リーンの部屋の窓は、丁度エヴァー湖の方角を向いている。
 月になった天の円盤が良く見えた。
 そして、その下にそびえる光の塔も。


――グウゥ


 腹がなった。


「……メシ」


 リーンは食料を調達しに行こうと、窓際を離れる。
 その時。


――コンコン


 まるでリーンの目覚めを待っていたかのようにドアがノックされた。
 リーンはすぐにドアを開けた。


「お目覚めでしたか? お姉さま」


 そこにはエプロンドレス姿のヨアシュがいた。
 手にはパンとスープを乗せたトレーを持っている。


「ああ、たったいま起きたところだ」
「お腹が空いてないかと思って、お夜食をもってきたのです」
「うおっ、ちょうどいま取りに行こうと思っていたところなんだ。ありがたいぜ」
「いいえ、どういたしましてです」


 リーンはトレーを受け取る。
 そして、何か言いたそうな様子のヨアシュをじっと見つめた。


「あ、あの……お姉さま」
「おう、なんだ」
「少しお話してもよいですか?」


 リーンは口元に笑みを浮かべて言う。


「ああ、もちろんだ」


 リーンはヨアシュを部屋に招きいれ、トレーを机においた。
 炎の魔法を使って器用にカンテラに火を点す。


「そこに座れよ」
「は、はいっ」
「ランには何か言われてないのか?」
「え? ランちゃんですか? 今はお休み中なのです」
「……そうか、つまり邪魔者はいないってわけだな、ふへへ」
「ほえ?」
「いいや、なんでもないぞっ」


 リーンとヨアシュは並んでベッドに腰掛る。


「あのっ、どうぞお食事をとってください」
「おう」


 リーンはパンをつかんで一口齧る。
 こんがり焼いてあって、中にチーズを挟んである。


「もぐもぐもぐ。うん、うめえ」


 リーンはパンを咀嚼しながら横目でヨアシュを見る。
 少女はどことなく思いつめた目をしていた。
 胸に手を当てて、どこか苦しげだ。


「……そーっ」
「ひゃうっ?」


 リーンは、パンを掴んでいる方の手でヨアシュを引き寄せた。


「どうしたんだヨアシュ、そんな浮かない顔しちまって」
「い、いええっ、ただその、お姉さまのことが心配で……」
「まあ、そうだな。もしかしたら最後かもしれないもんな、ヨアシュと話をするのも」
「!? そ、そんなこと!」


 ヨアシュは涙目でリーンを見た。


「お姉さまは絶対無事に帰ってきます!」
「ははっ、もちろんそのつもりで明日は行くんだけどな」


 ヨアシュを抱いていた手を離して、また一口パンを齧る。
 片手が呪われた剣で塞がっているので、色々と不便だ。


「早くこの剣の呪いを解いて。ヨアシュをお風呂に連れていってやるんだ」
「ヨアシュは……お姉さまが無事であればそれで良いのです。けして無理はなさらないでください」


 そう言ってヨアシュは、リーンの袖をぎゅっと握ってくる。


「ヨアシュは悔しいのです。お姉さまに何もしてあげられないことが」
「そんなことないって、すげえ世話になってるぞ」


 だが少女は小さく首を振る。
 短いツインテールが儚く揺れる。


「ヨアシュには何も出来ないんです。まだ子供だから、何も知らない子供だから」
「そうかな?」
「実は、お姉さまがお城に試験を受けに行く時、ヨアシュは嫌な予感がしていたんです。でもその理由は良くわからなくて、だから何も言えなくて。ヨアシュがお城のことを良く知っていたら、お姉さまに何かを伝えることが出来たかもしれません。お姉さまは呪われた剣を握らなくて済んだかもしれません……」


 少女は随分と思いつめているようだった。
 一瞬遠くを見て、そして何か嫌なことを思い出したかのように指を噛む。


「ヨアシュは、ヨアシュの無知に責任を感じるのです」
「うーん」


 リーンはパンの最後の一欠けらを口に放り込む。


「でもよ、モグモグ、そんなこと言いだしたらきりがないぜ、ヨアシュ」
「そうでしょうか……」
「ヨアシュ以外にも、俺にそういう忠告をできた人間は沢山いるんだ。メイリーとか、ゲンリとかな。あと俺もだ。つうか、俺がなんの疑いもなくこの剣を握っちまったことが、実は一番のアホだったんじゃないか?」
「そんなこと! それに、お姉さまはこの街にきてまだ日も浅いのですし……」
「それでも国王達が胡散臭いってのは、何となくわかってたぜ? 絶対なんか企んでるぜあいつら」
「は、はい……」
「俺はこの剣の呪いを解いたら、その辺を真っ先になんとかするつもりだ」
「ええ!? お城の人と戦うのですか!?」


 リーンは唇に指をあてる。


「声が大きいぜ、ヨアシュ」
「ご、ごめんなさいっ……」
「俺はな、魔王を倒しに行く前に、まずこの国を何とかするべきなんじゃないかって思うんだ」


 それに、今のままではヨアシュ達の身の安全を保障できない。
 リーンを亡き者にするために、国王達はどんな手を用いてくるかわからない。


「あの城は絶対に何かがおかしい。ヨアシュも薄々感じているんだろ?」


 リーンは確信的な瞳でヨアシュを見つめる。
 ヨアシュはその視線の意図を理解して息を飲んだ。


「はい」


 そして強く頷いた。
 少女の表情に普段のあどけなさはなく、リーンでさえゾクッとするほどの怒りが秘められていた。


「ヨアシュは……ヨアシュは」


 その小さな手でシーツをきつく掴む。
 すっかり口をつぐんでしまった少女に代わって、リーンが言う。


「あんなひどいことをした城の人が許せないんだな?」
「!?」


 少女の体が跳ねる。


「わるいな、前にランから聞いたんだ」
「……そうだったのですか」


 少女の肩が震えている。
 その大きな瞳に雫がたまっていく。


「ヨアシュが何も知らなかったから、あの人は……あの人は……!」


 そこでとうとう、ヨアシュは両手で顔を覆って泣きだしてしまった。


「ヨアシュ、人じゃない、魔物だったんだ」
「でも……でも!」


 リーンは少女の肩をきつく抱き寄せた。
 ヨアシュはその胸に顔をうずめて泣きじゃくる。


「同じように生きているものです……ヒクッ、グスッ」
「ああ、そうだな」


 その背をポンポンと叩く。


「ヨアシュは優しいな」


 窓の外に浮かぶ月を見る。
 そして、命がけで少女に告白をしてきた魔物のことを思う。


(こんなにも想われたその魔物は、きっと幸せ者だったと俺は思うぜ)


 胸の内でそんなことをつぶやきながら、リーンはヨアシュの頭を撫でる。


(だから魔物が寄って来るんだな……)


 人属性を持つ者の宿命。
 否応無く、その周囲に魔を引き寄せてしまう。


「なあ、ヨアシュ」
「……ぐすっ、はい」
「魔物はどうして人間が好きなんだろうな」


 だが、その問いは少女には難しすぎる。


「俺たちは、どうしてそんな魔物を退治しなきゃならないんだろうな」
「それは……」


 魔物は人間に悪さをするから仕方がない。
 それは二人とも頭の中ではわかっていることだった。
 だが、心の中では別だった。


「難しすぎて、今の俺にはわからねえ」
「……お姉さま」
「でも、いつかわかるようになりたいよな、ヨアシュ」


 そう言ってリーンはヨアシュを見る。


「はい、お姉さま」


 少女もまた、しっかりと頷き返してきた。


 二人とも、今はこれ以上の言葉を持たなかった。













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