ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

衝撃、子犬と花

 三日前。


 城の敷地内。
 医法師会館の一室にて。


「ソワソワ……」


 エルレンは落ち着かない様子で椅子に座っていた。
 彼は新品の水色ローブを身に纏い、ネコ耳のような二つのとんがりが付いたフードをしっかりとかぶっていた。
 彼は筆記試験を終えて、実技試験の順番待ちをしているところだった。


――ひそひそ


 何人かの受験者が、少年の姿を見てひそひそ話をしている。
 エルレンほど若い者は、他にはいない。


「なあ、あの女の子、いくつかな?」
「10かそこらか? 随分小さいな」


 中には、エルレンのことを少女だと勘違いする者もいた。


「むむっ」


 日ごろから男らしくありたいと願っている少年は、彼らに向けて鋭い視線を送った。
 筆記試験を半分ほどの時間で全問回答していたエルレンは、最後まで頭を抱えて問題を解いていた彼らに対して、少々驕った気持ちを抱いていた。


「うおっ」
「はうっ」


 ひそひそ話をしていた二人は、慌てて少年から目をそらした。


「ふう……」


 男としての威厳を示すことができたと、少年は安堵する。
 しかし実際は、ただ気の強い少女だと思われただけだったのだが。


「次、エルレン! 入れ!」


 そうこうしているうちに順番が回ってきた。


「はいっ」


 少年は元気よく返事をして、試験場へと入っていった。






 * * *




「受験番号13番、エルレンですっ、よろしくお願いします!」


 三人の試験教官が、机に座って待っていた。
 真ん中に座っている試験官は、純白のローブを身に纏った医法師組合の長、白色医法師のギリアムだった。
 その両隣にも、黄金色のローブを身に纏った高位の医法師が並ぶ。
 ギリアムは、眉間に鋭いしわが寄った厳しい顔付きの男だった。
 髪は真っ白で、右の額に大きな古傷がある。


「……ごくり」


 蛇ににらまれた蛙の如く、エルレンは動けなくなる。
 初めて会う医法師界の最高権威を前にして、緊張せずにいられるわけがなかった。


「始めるがよい」
「は、はいっ……では」


 少年の目の前には、大きな白い机が置いてある。
 その上には、萎れた花が植えられた鉢が置かれてあり、その前にいくつかの試薬が入った皿が置かれている。


 実技試験は、その萎れた花を正しい手順で治療することだった。
 少年は、その枯れた花に手の平をかざすして詠唱する。


『ソル・サウラ・クアエロ』
-土基・塩基・探索-


 植木鉢の土と、植物内の塩類を操作して、花が萎れている原因を探る。
 花の茎が、キラキラと光った。


「……うんっ」


 原因はすぐにわかった。
 花は、根腐れ菌に冒されていた。


 エルレンは机の上に置いてある試薬の中から銀の粉を選び、少しだけ指先につけた。
 そしてその指先を、土の上にのせる。


『エーダ・リレクト』
 -活性拡散-


 一瞬の閃光とともに、銀の成分が土の中に行き渡る。
 萎れていた花は、その首を僅かに持ち上げた。


「あとは、適切に水を与えれば、三日ほどで元気になります」
「よろしい、では次」   


 白色医法師ギリアムは、部屋の片隅に控えていた兵士にむかって目配せをした。
 兵士は、足元に置いてあった小さな木の檻を持ってきて、机の上に置いた。


「えっ……?」


 檻の中には子犬が入っていた。
 エルレンは困惑した。
 緑色医法師に昇格するための実技試験は、一つだけだと聞いていたからだ。
 それも、物質操作と診察術の、簡単なものだけを行うと。


 動物をつかった試験をやるとは聞いていなかったのだ。


「やれ」
「はっ」


 ギリアムの命を受けて、兵士は檻の中から子犬を取り出した。
 子犬は口枷をはめられていて、咆えることは出来ないようだった。
 兵士は子犬を机の上に押し付けると、剣の握り叩きつけて、その足の骨を砕いた。


「!?」


 子犬の体がビクンと跳ねた。
 少年は自分の目を疑った。


「なんてことを!」


 そして試験教官を見る。


「どうしてこのような!」
「試験である。その子犬の足を治すのだ」
「で、でもこんなことは……!」
「いいから早くやるのだ。痛がっておるではないか」


 言われて机の上に目をやれば、そこには身を震わせて苦しんでいる子犬の姿があった。


「う……」


 エルレンは口が渇いて声も出なくなってしまった。
 ただ、苦しんでいる子犬を何とかしてやらなければという思いだけがあった。


「ごめんよ……」


 エルレンは、砕けた子犬の足を両手で包むと、骨接ぎの魔法を詠唱した。


『カリカ・リエリカ』
 -骨素集結-


 しばらくそのまま子犬の足を手で抑える。
 砕けた骨が寄り集まってし、ひとまずは繋がる。
 後は、通常の骨折の治療と同じように、添え木をあてたり、腫れ止めを塗ったりすれば良い。


「お、終わりました……」


 青白い顔をしながらエルレンは言った。


「よろしい、これにて貴君の試験は終了だ」


 ギリアムは顔色一つ変えずにそういうと、少年に退室するように言った。
 だが、エルレンには聞いておきたいことがあった。


「あ、あの、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「なんだね?」
「この子犬は、これからどうなるのでしょう?」


 ギリアムは一呼吸おいてから言った。


「足が治り次第、再び試験に供される」
「そ、そんな……」


 それはつまり、骨を砕かれては治されを、何度も繰り返されるということだ。


「そんなのあんまりです!」


 少年がそう訴えると、ギリアムは他の試験達と小声で何かを言い合った。


「では、どうするというのか。君がその犬を引き取って育てるとでも?」
「はい! 出来るのであればそうさせていただきたいです!」
「ふむ……そうか」


 ギリアムは小さく首を振り、そしてため息をついた。


「では好きにするがよい」


 エルレンは子犬をその手に抱くと、口枷の金具を外して楽にしてやった。
 そして。


「失礼しました!」


 そう言って足早に試験会場を出ようとした。
 だがその時、少年の背後から怒号が飛んだ。


「愚か者め!」
「!?」


 エルレンは驚いて振り返る。
 その体は、まるで雷に打たれたかのように動かなくなっていた。


「あ、あの、なにか……」


 ギリアムは黙って机の上を指差す。
 そこには、萎れた花があった。


 それは、試験のためにわざと萎れさせた花だった。


「……はっ!」
「子犬は助けて、花は助けない、その理由はなんであるか」
「ああ……」


 少年はその場にがっくりと膝をついてしまった。


「花も犬も同じ命であろう。その花を見捨てるお前に、医法師を名乗る資格はない!」
「!?」


 その言葉は、少年に多大なる衝撃を与えた。


「う、うう……」


 エルレンはしばらくの間、立ち上がることが出来なかった。
 子犬を胸に抱えたまま咽ぶ。


 そして少年は不合格となり、その精神的ショックから、医法術をうまく制御できなくなってしまった。















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