ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

悲報、不合格

 腹ぺこなリーン達は、満月亭に戻るとすぐに食堂の調理場へと向かった。


「おかえりなさいませ、みなさーん」
「うわっ、なんだ!?」


 そこには、エプロンドレスを着た長身痩躯の男がいた。
 鼻歌まじりでフライパンをふるっている。
 ゲンリだった。


「……な、なにやってるんだぜ?」


 リーンはぽかんと口を開ける。


「もちろん、みなさま方の朝食を作っているのですよっ」
「うわあ」


 エプロンドレスの裾をゆらしながら、朝食の仕度をするゲンリ。
 ホワイトブリムまでしっかり装着している。
 うっすらと頬を赤らめて、とてつもなく機嫌が良さそうなその魔術師を見て、三人の娘達は同時に白目を剥いた。


「お腹すいたでしょう? すぐに出来ますから食堂で待っていてくださいっ」
「お、おう……」
「なんたることガル……」
「意外に似合ってるのがなんともね……」


 夢でも見ているような気分で三人は食堂に向かった。
 宿泊客が朝食をとる時間はすっかり過ぎていて、今は誰もいない。
 リーン達はひとまず、調理場近くのテーブルに座った。


「びっくりしたぜー」
「宿の仕事を手伝ってくれるとはおっしゃってたけど……」
「よもや服までガル……」


 まもなくゲンリが朝食を運んできた。
 ベーコンエッグにポテトサラダ、パン、そして何だかよくわからない色のポタージュ。


「ゲンリって料理できたんだな」
「もちろんです。魔術師は一人暮らしのプロ、お料理くらい朝めし前です」
「この不思議な色のポタージュは何かしら?」
「企業秘密ですっ」
「薬草の匂いがするガルね」
「ふふふ、冷めないうちにお召し上がりください」


 三人とも腹ぺこだったので、言われた通り、まずは怪しげなポタージュから口にした。


「おっ」
「これは……」
「ガルっ!?」


――三人の体力と魔力が回復した。


「なんだかよくわからねえ味だけど、体に良いことはまちがいないな!」




 * * *




「ふー、食った食った」
「食べたら眠くなってきたわ」
「徹夜明けだもんな」
「ランはへっちゃらガル。さっそく仕事に戻るガル。ゲンリどの、ご馳走様だガル」
「お粗末様です」


 ランは無人のカウンターへと向かって行った。


「さてリーン。相変わらず左手だけで食べているところを見ると、あまり良い収穫はなかったようですね」
「いいや、そうでもないぜ。少なくとも呪いを解く方法はわかった」
「ほほう、ではエイダ様に会ったのですね」
「まあな。なんつうか、思いのほか天然だったぜ」
「スノーフルの呪術士は代々あんな感じなのよ」
「なるほどなるほど。して、どのようにして呪いを解くのでしょうか?」


 リーンはエイダから聞いた解呪法をゲンリに伝えた。
 使用者が死亡すれば剣の呪いは消える。
 それを利用して呪いを解く。


「それはまた……荒療治ですね」
「まあ、なんとかなるだろ。というわけで、早いとこスノーフルに飛ぶぜ」
「医法師はエルレン氏に頼むのですね?」
「ああ、なんたって一度俺の命を救ってくれてるからな。あいつ以上のやつはいねえさ」
「ふむ……そうですか」


 そこでゲンリは表情を曇らせた。
 何か思うところがあるようだ。


「どうした? ゲンリ」
「これは、言わない約束だったのですが……。エルレン氏は今、医法術を使えない状態にあるのです」
「なんだって!?」


 リーンは思わず立ち上がった。


「なにかあったのか!?」
「いえ、事件とかではありません。彼はその……合格できなかったのです、試験に」
「合格できなかった?」


 そういえば……とリーンは思う。
 いつだったかエルレンは、医法師の昇格試験を受けると言っていた。


「ああ、そんなことも言ってたな……」
「信じられないわ、あの天才と言われたエルレン君が」
「はい、信じがたいことですが、彼は緑色医法師に昇格できませんでした」
「でも、それがなんで術を使えないことになるんだ?」
「ええ、それはですね……ふむ」


 そこでゲンリは考え込む。


「いえ、詳しいことは本人に直接聞かれるのが良いでしょう。非常にデリケートな話ですから」
「むむむ……」


 リーンは難しい顔をして腕を組んだ。


「よし、じゃあ今すぐ行って確かめてくるぜ」
「リーン、私も行くわ」
「いや、メイリーは休んだほうがいい。宿の仕事もあるからな」
「でもリーン一人じゃなんだか不安なのよ。まだあんまり慣れてないでしょ? この街に」
「むむ、そんなことないぞ! この間だって一人で帰ってこれたんだ」
「あれはきっとまぐれよ。下手したら夜道で冷たくなってしまっていたわ」
「いやいや、大丈夫だって!」


 メイリーが母親みたいなことを言い出した。
 リーンは正直めんどくさいと思った。


「だめよ。リーンは一人だとどこまでも勝手に行っちゃうんだから。誰かがちゃんと手綱を握ってないと」
「俺は犬かよ!」
「ええ、犬みたいなものよ! まってて今首輪を出すわ」
「まてまて! なんでそんなもの持ってる!」
「色々と使えるのよリーン、大人しくなさい」
「ほんとにつけるのかよ! やめろってば!」
「だめよリーン、大人しくなさい、うふふふ」
「なんで楽しそうなんだー!」
「いつも攻められっぱなしだから、そのおかえしよ。うふふふ」


 そうしてリーンとメイリーはしばらく押し合いへし合いしていた。
 隣でエプロンドレス姿のゲンリが、頬を赤らめながらその様子を見守っていた。


「あ、あのー……」


 すると突然、テーブルの影から声があがった。


「うおっ、ヨアシュ!」
「あら、いつのまに」
「さっきのまにですー」


 いつの間にやらヨアシュが来ていた。


「おかえりなさいませお姉さま!」
「ああ、ただいまだぜ、ヨアシュ」


 リーンはそう言ってヨアシュの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 首輪は肩に垂れ下がっていた。


「あの、もしエルレン君の医法院に行くのなら、ヨアシュも連れていってください! お母さんの薬をもらってこなけらばならないのです」


 ヨアシュは背伸びをしなが言う。


「そうなのか!」
「ふふふ、これは渡りに船ですね、リーン」
「ああ助かったぜ……。というわけでメイリー、俺の手綱はヨアシュに握らせるから、お前は休むんだ。そして早めにランと代わってやるんだ」
「ううーん、残念だわ……。でもまあ、仕方ないわね。じゃあヨアシュ、これお願い」


 と言ってメイリーはヨアシュに手綱を渡す。


「えっ? 手綱? ほええ?」




 * * *




 リーンは一度自分の部屋に戻り、ワンピースから旅の服に着替えた。
 黒皮の首輪は意外におしゃれなものだったので、そのまま首に装着した。
 そしてロビーに下りてヨアシュと合流する。
 カウンターの向こうのランに声をかける。


「じゃ、いってくるぜラン」
「だめガル!」
「ええー?」


 またかよ。
 リーンは正直そう思う。


「リーンとヨアシュを二人っきりには出来ないガル! ランも行くガル!」
「じゃあ、カウンターはどうするんだよ。ゲンリもマーリナさんも夜勤あけなんだぞ? 休ませてやれよ」
「ぐぬぬガル」


 リーンはにやりと笑った。


「大丈夫だラン。俺を信じろ」
「その前に、その不気味な笑顔を何とかするガル! いいガルか!? ヨアシュになにかしたら、たんぽぽの綿毛に付きまとわれる祟りを末代までお見舞いするガル! くれぐれも間違いを起すでないガルよ!?」
「おうっ、肝に誓うぜ」
「た、たんぽぽの綿毛……」


 リーンは隣で目を白黒させているヨアシュの肩に手を置いた。


「というわけで、ランのお許しも出たことだ、行こうかヨアシュ」
「は、はいっ。ランちゃん、お留守番お願いね」
「ガル。早く帰ってくるガル」


 リーンはランの刺さるような視線をその背に受けつつ、ヨアシュと供に満月亭を出た。
 入り口を出たところでヨアシュの肩から手を離した。 


「しかし……あのエルレンが試験に落ちるなんてな」
「えと、お姉さま」


 急に真面目な顔になったリーンを見て、隣のヨアシュがどぎまぎと視線を泳がせた。


「城でなにかあったのか? うーん……」 
「あ、あの、エルレン君に何かあったのですか?」


 そして心細げにリーンの手を掴んでくる。


「ん? ああ、大丈夫だぜヨアシュ」
「えと、あの」
「何があっても俺がなんとかしてやる」
「は、はい……」


 何となく誤魔化されたようで、腑に落ちない顔のヨアシュ。
 しかしリーンは特に気にすることなく、エルレンのいる医法院に向けて進んでいく。


「お城……」


 遠くに高くそびえる城壁を見つめながら、ヨアシュが小さくつぶやく。








 

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