ガチ百合ハーレム戦記
到達、秘密の後宮
交差路を曲がってまもなく。
「ん? 水の音が……」
さあさあと流れる水路の音に、微妙な変化が生じた。
音の反響が変わったのだ。
それはつまり、行く先に新たな通路があるということだ。
「音の感じからして横道があるガル」
「もう音だけでわかるようになっちゃったわね」
「慣れってすげーなー」
どうやら通路の右側方向に、小さな水路が延びているようだ。
「俺が先頭になる」
「大丈夫?」
「ああ、まかせろ」
「気をつけるガル」
リーンは剣を鞘に入れたまま前方に構える。
致死の呪いは健在なので、武器として使うことは出来ないが、障害物を探知したり、盾の代わりにしたりすることは出来る。
「じゃあ、行くぜ」
水路は人が三人並べるかどうかといった幅しかなく、足場もない。
一歩足を踏み入れると、膝の高さまで水に浸かった。
シュホオォォ……
水路の奥から、風が吹き込むような音が響いてくる。
空気もどこか生暖かい。
真っ暗で何も見えない中を、リーンは鞘の先で探るようにして進んでいった。
罠などがないか確かめながら、慎重に一歩ずつ踏み出す。
水路に入っておよそ20歩のところで、リーンは何かヌルッとしたものを踏んだ。
「むっ?」
その時だった。
――ビョオオオオオー!
「!?」
リーンは咄嗟に剣を縦に構えた。
ガギィインッ!
「うおおおぉ!」
「ガル!?」
「リーン!」
突然何者かが飛び掛ってきた。
剣の上端と下端に、ガシャンと重い衝撃が加えられる。
――フゴッ、フゴゴゴゴオオオォォ!
リーンの剣を噛んだその生物は、生臭い粘液を撒き散らしながら、そのままグイグイとリーンを押し込んできた。
「ぐぬぬぬぬ!?」
剣をつっかえ棒にしていなかったら、今頃リーンは一飲みにされていただろう。
つっかえさせた剣に、ランとメイリーも飛びつく。
そしてリーンとともに謎の生物を押し返す。
水路の中に、バシャバシャと水の跳ねる音が響く。
――フンゴオオオオオ!
「この声は……黒ボウズ!?」
「うがが! なんだよそれ!?」
「水棲の魔物! 外海にいるの!」
「なんでこんなところに!?」
「ドブ臭いガルー!」
「わからないわ! とにかくこれは黒ボウズよ!」
「弱点は!?」
「人に懐くわ!」
「はぁ!?」
――フゴゴゴゴオオオオン!
「くそっ! 手を突っ込んで内側から焼いてやる!」
「だめよリーン! ここで魔法を使ったらどうなるか!」
「でもこのままじゃヤバイぜ!」
「私にまかせて!」
「どうする!?」
「薬を使うわ! 二人で押さえて!」
「よし!」
「ガル!」
メイリーはつっかえ棒にした剣から離れると、目の前にいる生物の上に飛び乗った。
そのとき、メイリーの体に金属質な何かが触れた。
「これは……鎖!?」
黒ボウズは、ヒレのついた大きな手足を持つ魔物だ。
人間が布を被って四つん這いになったような姿をしている。
大陸辺縁の外海に暮らし、背中に空いた鼻孔で空気呼吸をする。
その体に、太い鉄の鎖が巻きつけてある。
背中にメイリーが飛び乗ったことを知ると、黒ボウズはその鎖をガチガチ鳴らしながら飛び跳ねた。
「くっ……!」
メイリーは振り落とされないよう鎖を掴む。
そしてもう片方の手で、腰の袋から麻酔瓶を取り出した。
蓋を開けて黒ボウズの鼻孔に突っ込む。
グモッ!?
鼻孔から水飛沫が吹き上がった。
メイリーは負けじと麻酔の瓶を押し込む。
「大人しくなさい!」
グモー! ウウッー! グウウウウー……。
麻酔はすぐに効いてきた。
黒ボウズの動きが鈍くなる。
「離れるぞ!」
リーンは黒ボウズの口から剣を引き抜くと、すかさず後ろに飛び退いた。
ランとメイリーもそれに続く。
「肝が冷えたぜ……」
真っ暗闇の向こうで、真っ黒な姿の水棲の魔物がもがいている。
足元の水がざぶざぶと波立って、リーン達の足元に押し寄せてくる。
「眠りそうにないガルね」
「薬はあれで全部よ」
「鎖で繋がれてるみたいだな」
「ええ、放っといても、これ以上は襲ってこれない」
三人は沈黙する。
とにかくここを通り抜けなければならない。
一体どうしたものか?
その時、魔物がどこか哀切な声色で鳴きはじめた。
――オロロオオオ~~ン
「泣いてる……のか?」
「そうみたいガル」
「こんな場所に一匹で繋がれて……黒ボウズは群をなす魔物なのに」
「どうしてこんなことになってるんだ」
「番犬代わりガル?」
「そう考えるのが妥当ね」
ふむ、と三人は同時に頷く。
暗闇の中で、互いの表情はわからないが、三人の気持ちはすでに一つの結論に達していた。
「黒ボウズは人に懐くんだな?」
「ええ、とても良く」
「じゃあ、やることは一つだ」
* * *
「よーしよしよし」
「はいどー、はいどー」
「必殺ネコじゃらしガルー」
――オオーン、オオーン
「こちょこちょ」
「なでなでなで」
「さすりさすり」
三人は思い思いの方法で黒ボウズをあやしていた。
最初はジタバタと暴れていた魔物だったが、非常食のビスケットを与え、撫でたり話しかけたりしているうちに、だんだんと静かになっていった。
「なんだ、全然大人しいじゃねーか」
「お腹がすいていたのね」
「寂しかったんだガル」
――オオーン、グーグー……zzz
「ありゃ、寝ちまった」
「まだ麻酔が効いているからね」
「ともかくこれで乗り切ったな」
「もうちょっとでリーンが餌になるとこだったガル」
黒ボウズは、目くらましの術を突破してきた者を襲わせるために繋がれていたのだ。
「私達のことを、エサか仲間と思ったのね」
「誰がこんなことを。ひでえことするなあ」
「外海で漁をしていると、よく寄って来る魔物なの。エサをあげると喜んで食べるし、人を襲うこともめったにないわ。まあ、だからこんなところまで連れて来られちゃったんでしょうけど」
「人懐っこい魔物なんだガル」
三人はしばし、眠りこけている黒ボウズの頭を撫でてやった。
「よし、じゃあ行くか」
そして気を取り直して先へと進む。
魔物が繋がれていた場所から10歩ほど進むと、石の足場に突き当たった。
「上がるぜ」
リーンは足場に足をかける。
するとそのすぐ先に、さらに一段高い足場があった。
「階段だ」
「やっぱり秘密の出入り口が」
「あったんだガル」
三人は気配を消して、階段を昇っていく。
「おお……」
やがて三人の目に、小さな光が見えてきた。
どうやら扉があるらしい。
その隙間から微かな光が漏れてきているのだ。
三人は高鳴る鼓動を抑えつつ、慎重に階段を昇っていく。
手足をついた姿勢で息を殺し、まるで闇夜を忍ぶ猫のように、音もなく進む。
そして、扉の前。
リーンは手探りで扉の様子を探った。
取っ手の部分に鉄製の錠前がついていた。
扉の下部には手の平がはいるほどの隙間があり、そこから弱い光が漏れている。
メイリーは鏡を使って、扉の隙間を覗いた。
隙間にあてて45度の角度で光を拾い、その先に影の動きが無いかを確かめる。
そして向こう側に誰もいないことを確認すると、今度は細い針金を取りだした。
カチャカチャ……。
錠前の鍵穴をいじる音が微かに響く。
メイリーはしばし、錠前との静かな格闘を続ける。
カチャリ。
鍵が外れた。
ゆっくりと錠前の栓を抜き、重たい鉄のそれを床に置く。
そしてリーンとランの背中を軽く叩く。
「……(こくり)」
「……(こくり)」
二人は了解と告げる代わりに、メイリーの背を叩いた。
メイリーは静かに扉を押し開けた。
「…………」
「…………」
「…………」
そこは物置のようになっていた。
壊れたベッドが置いてあり、その上にシーツが山のように置いてある。
大きなツボが3つ置いてあり、二つは空で、一つは変なにおいのする液体で満たされている。
その他にも、壊れた支柱のようなものや、砕けたブロックなどが投げ捨ててある。
特に見るべきものは無いと判断した三人は、さらに奥の扉へと向かった。
「……ソーッ」
その木の扉には鉄格子の窓が付いていた。
リーンはその窓から向こう側の様子を伺った。
かなり広い部屋のようだった。
牢獄のような石壁の間に、オレンジ色をしたロウソクの灯火が揺れている。
その光の中に浮かび上がる陰影は、どうやら天蓋つきのベッドのようだ。
「…………??」
リーンは首を傾げた。
確かにハーレムなのだから、ベッドくらいあって当然だろう。
だが問題はその数だ。
「…………なんだ?」
天蓋付きベッドは、両方の壁際に一列づつ、部屋の中央に二列、計四列に並べてあり、それこそ果てが見えないほどに連なっているのだ。
「…………ちょっと」
メイリーが入れ替わるようにしてハーレム内の様子を見る。
ランも気になるようだが、背伸びをしても窓まで届かない。
「いけるガル?」
「どうだろうな……」
人影はないようだが、いかんせん、扉の向こう側に錠前がつけられている。
一見して、開錠の手段はなさそうだ。
「腕の見せ所ね」
しかしメイリーはそう言ってニヤリと笑った。
そして、袋から鉄製の小瓶を取り出す。
それを頭上の高さまで持ち上げて逆さまにし、手の平で覆うようにして蓋を捻る。
呪文を唱える。
『アルゲン・ウィーム』
-生けよ水銀-
するとそこから、金属質な光を放つ一筋の液体が流れ落ちた。
液体はメイリーの頭上から足元まで流れ落ちると、そこで針のように固まった。
リーンとランがあっけにとらている中で、メイリーはその長い針を、窓の向こう側に突き通した。
「むんっ」
メイリーが気を込めると、窓の向こうに突き出た針が下に向かって折れ曲がった。
その針は、まるで意志を持っているかのように、ぐねぐねと折れ曲がって錠前に絡みつく。
さらにその先端が鍵穴の中に入り込んだ。
「むむむ……」
メイリーの眉間にシワが寄る。
全神経を針の先端に集中し、鍵穴の中を探る。
もはや水銀の針は、メイリーの指先も同然だった。
カチャリ。
錠前が外れた。
メイリーは錠前に絡みつかせた銀の針をゆっくりと動かして、その栓を引き抜く。
そしてリーンとランに合図を送った。
「すげえな」
「開けるガル」
ランが静かに扉を開く。
空いた隙間に手を入れて、錠前が床に落ちないよう手で掴む。
メイリーは銀の針を解いて、再び真っ直ぐな一本の針に戻した。
そして鉄格子の窓から引き抜いて、小瓶の口にあてがい、スルスルとその中に収めていった。
全ての水銀を回収し、瓶に蓋をしたメイリーは、ふうっと一つ息をついた。
その額には汗が滲んでいた。
「お見事ガル」
「うまくいったわ」
そして三人はついに、国王のハーレムへと侵入する。
「ん? 水の音が……」
さあさあと流れる水路の音に、微妙な変化が生じた。
音の反響が変わったのだ。
それはつまり、行く先に新たな通路があるということだ。
「音の感じからして横道があるガル」
「もう音だけでわかるようになっちゃったわね」
「慣れってすげーなー」
どうやら通路の右側方向に、小さな水路が延びているようだ。
「俺が先頭になる」
「大丈夫?」
「ああ、まかせろ」
「気をつけるガル」
リーンは剣を鞘に入れたまま前方に構える。
致死の呪いは健在なので、武器として使うことは出来ないが、障害物を探知したり、盾の代わりにしたりすることは出来る。
「じゃあ、行くぜ」
水路は人が三人並べるかどうかといった幅しかなく、足場もない。
一歩足を踏み入れると、膝の高さまで水に浸かった。
シュホオォォ……
水路の奥から、風が吹き込むような音が響いてくる。
空気もどこか生暖かい。
真っ暗で何も見えない中を、リーンは鞘の先で探るようにして進んでいった。
罠などがないか確かめながら、慎重に一歩ずつ踏み出す。
水路に入っておよそ20歩のところで、リーンは何かヌルッとしたものを踏んだ。
「むっ?」
その時だった。
――ビョオオオオオー!
「!?」
リーンは咄嗟に剣を縦に構えた。
ガギィインッ!
「うおおおぉ!」
「ガル!?」
「リーン!」
突然何者かが飛び掛ってきた。
剣の上端と下端に、ガシャンと重い衝撃が加えられる。
――フゴッ、フゴゴゴゴオオオォォ!
リーンの剣を噛んだその生物は、生臭い粘液を撒き散らしながら、そのままグイグイとリーンを押し込んできた。
「ぐぬぬぬぬ!?」
剣をつっかえ棒にしていなかったら、今頃リーンは一飲みにされていただろう。
つっかえさせた剣に、ランとメイリーも飛びつく。
そしてリーンとともに謎の生物を押し返す。
水路の中に、バシャバシャと水の跳ねる音が響く。
――フンゴオオオオオ!
「この声は……黒ボウズ!?」
「うがが! なんだよそれ!?」
「水棲の魔物! 外海にいるの!」
「なんでこんなところに!?」
「ドブ臭いガルー!」
「わからないわ! とにかくこれは黒ボウズよ!」
「弱点は!?」
「人に懐くわ!」
「はぁ!?」
――フゴゴゴゴオオオオン!
「くそっ! 手を突っ込んで内側から焼いてやる!」
「だめよリーン! ここで魔法を使ったらどうなるか!」
「でもこのままじゃヤバイぜ!」
「私にまかせて!」
「どうする!?」
「薬を使うわ! 二人で押さえて!」
「よし!」
「ガル!」
メイリーはつっかえ棒にした剣から離れると、目の前にいる生物の上に飛び乗った。
そのとき、メイリーの体に金属質な何かが触れた。
「これは……鎖!?」
黒ボウズは、ヒレのついた大きな手足を持つ魔物だ。
人間が布を被って四つん這いになったような姿をしている。
大陸辺縁の外海に暮らし、背中に空いた鼻孔で空気呼吸をする。
その体に、太い鉄の鎖が巻きつけてある。
背中にメイリーが飛び乗ったことを知ると、黒ボウズはその鎖をガチガチ鳴らしながら飛び跳ねた。
「くっ……!」
メイリーは振り落とされないよう鎖を掴む。
そしてもう片方の手で、腰の袋から麻酔瓶を取り出した。
蓋を開けて黒ボウズの鼻孔に突っ込む。
グモッ!?
鼻孔から水飛沫が吹き上がった。
メイリーは負けじと麻酔の瓶を押し込む。
「大人しくなさい!」
グモー! ウウッー! グウウウウー……。
麻酔はすぐに効いてきた。
黒ボウズの動きが鈍くなる。
「離れるぞ!」
リーンは黒ボウズの口から剣を引き抜くと、すかさず後ろに飛び退いた。
ランとメイリーもそれに続く。
「肝が冷えたぜ……」
真っ暗闇の向こうで、真っ黒な姿の水棲の魔物がもがいている。
足元の水がざぶざぶと波立って、リーン達の足元に押し寄せてくる。
「眠りそうにないガルね」
「薬はあれで全部よ」
「鎖で繋がれてるみたいだな」
「ええ、放っといても、これ以上は襲ってこれない」
三人は沈黙する。
とにかくここを通り抜けなければならない。
一体どうしたものか?
その時、魔物がどこか哀切な声色で鳴きはじめた。
――オロロオオオ~~ン
「泣いてる……のか?」
「そうみたいガル」
「こんな場所に一匹で繋がれて……黒ボウズは群をなす魔物なのに」
「どうしてこんなことになってるんだ」
「番犬代わりガル?」
「そう考えるのが妥当ね」
ふむ、と三人は同時に頷く。
暗闇の中で、互いの表情はわからないが、三人の気持ちはすでに一つの結論に達していた。
「黒ボウズは人に懐くんだな?」
「ええ、とても良く」
「じゃあ、やることは一つだ」
* * *
「よーしよしよし」
「はいどー、はいどー」
「必殺ネコじゃらしガルー」
――オオーン、オオーン
「こちょこちょ」
「なでなでなで」
「さすりさすり」
三人は思い思いの方法で黒ボウズをあやしていた。
最初はジタバタと暴れていた魔物だったが、非常食のビスケットを与え、撫でたり話しかけたりしているうちに、だんだんと静かになっていった。
「なんだ、全然大人しいじゃねーか」
「お腹がすいていたのね」
「寂しかったんだガル」
――オオーン、グーグー……zzz
「ありゃ、寝ちまった」
「まだ麻酔が効いているからね」
「ともかくこれで乗り切ったな」
「もうちょっとでリーンが餌になるとこだったガル」
黒ボウズは、目くらましの術を突破してきた者を襲わせるために繋がれていたのだ。
「私達のことを、エサか仲間と思ったのね」
「誰がこんなことを。ひでえことするなあ」
「外海で漁をしていると、よく寄って来る魔物なの。エサをあげると喜んで食べるし、人を襲うこともめったにないわ。まあ、だからこんなところまで連れて来られちゃったんでしょうけど」
「人懐っこい魔物なんだガル」
三人はしばし、眠りこけている黒ボウズの頭を撫でてやった。
「よし、じゃあ行くか」
そして気を取り直して先へと進む。
魔物が繋がれていた場所から10歩ほど進むと、石の足場に突き当たった。
「上がるぜ」
リーンは足場に足をかける。
するとそのすぐ先に、さらに一段高い足場があった。
「階段だ」
「やっぱり秘密の出入り口が」
「あったんだガル」
三人は気配を消して、階段を昇っていく。
「おお……」
やがて三人の目に、小さな光が見えてきた。
どうやら扉があるらしい。
その隙間から微かな光が漏れてきているのだ。
三人は高鳴る鼓動を抑えつつ、慎重に階段を昇っていく。
手足をついた姿勢で息を殺し、まるで闇夜を忍ぶ猫のように、音もなく進む。
そして、扉の前。
リーンは手探りで扉の様子を探った。
取っ手の部分に鉄製の錠前がついていた。
扉の下部には手の平がはいるほどの隙間があり、そこから弱い光が漏れている。
メイリーは鏡を使って、扉の隙間を覗いた。
隙間にあてて45度の角度で光を拾い、その先に影の動きが無いかを確かめる。
そして向こう側に誰もいないことを確認すると、今度は細い針金を取りだした。
カチャカチャ……。
錠前の鍵穴をいじる音が微かに響く。
メイリーはしばし、錠前との静かな格闘を続ける。
カチャリ。
鍵が外れた。
ゆっくりと錠前の栓を抜き、重たい鉄のそれを床に置く。
そしてリーンとランの背中を軽く叩く。
「……(こくり)」
「……(こくり)」
二人は了解と告げる代わりに、メイリーの背を叩いた。
メイリーは静かに扉を押し開けた。
「…………」
「…………」
「…………」
そこは物置のようになっていた。
壊れたベッドが置いてあり、その上にシーツが山のように置いてある。
大きなツボが3つ置いてあり、二つは空で、一つは変なにおいのする液体で満たされている。
その他にも、壊れた支柱のようなものや、砕けたブロックなどが投げ捨ててある。
特に見るべきものは無いと判断した三人は、さらに奥の扉へと向かった。
「……ソーッ」
その木の扉には鉄格子の窓が付いていた。
リーンはその窓から向こう側の様子を伺った。
かなり広い部屋のようだった。
牢獄のような石壁の間に、オレンジ色をしたロウソクの灯火が揺れている。
その光の中に浮かび上がる陰影は、どうやら天蓋つきのベッドのようだ。
「…………??」
リーンは首を傾げた。
確かにハーレムなのだから、ベッドくらいあって当然だろう。
だが問題はその数だ。
「…………なんだ?」
天蓋付きベッドは、両方の壁際に一列づつ、部屋の中央に二列、計四列に並べてあり、それこそ果てが見えないほどに連なっているのだ。
「…………ちょっと」
メイリーが入れ替わるようにしてハーレム内の様子を見る。
ランも気になるようだが、背伸びをしても窓まで届かない。
「いけるガル?」
「どうだろうな……」
人影はないようだが、いかんせん、扉の向こう側に錠前がつけられている。
一見して、開錠の手段はなさそうだ。
「腕の見せ所ね」
しかしメイリーはそう言ってニヤリと笑った。
そして、袋から鉄製の小瓶を取り出す。
それを頭上の高さまで持ち上げて逆さまにし、手の平で覆うようにして蓋を捻る。
呪文を唱える。
『アルゲン・ウィーム』
-生けよ水銀-
するとそこから、金属質な光を放つ一筋の液体が流れ落ちた。
液体はメイリーの頭上から足元まで流れ落ちると、そこで針のように固まった。
リーンとランがあっけにとらている中で、メイリーはその長い針を、窓の向こう側に突き通した。
「むんっ」
メイリーが気を込めると、窓の向こうに突き出た針が下に向かって折れ曲がった。
その針は、まるで意志を持っているかのように、ぐねぐねと折れ曲がって錠前に絡みつく。
さらにその先端が鍵穴の中に入り込んだ。
「むむむ……」
メイリーの眉間にシワが寄る。
全神経を針の先端に集中し、鍵穴の中を探る。
もはや水銀の針は、メイリーの指先も同然だった。
カチャリ。
錠前が外れた。
メイリーは錠前に絡みつかせた銀の針をゆっくりと動かして、その栓を引き抜く。
そしてリーンとランに合図を送った。
「すげえな」
「開けるガル」
ランが静かに扉を開く。
空いた隙間に手を入れて、錠前が床に落ちないよう手で掴む。
メイリーは銀の針を解いて、再び真っ直ぐな一本の針に戻した。
そして鉄格子の窓から引き抜いて、小瓶の口にあてがい、スルスルとその中に収めていった。
全ての水銀を回収し、瓶に蓋をしたメイリーは、ふうっと一つ息をついた。
その額には汗が滲んでいた。
「お見事ガル」
「うまくいったわ」
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