ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

泥酔、真夜中の帰宿

 国王の真の実力を知ったリーンは、途方に暮れてしまった。
 麦酒のジョッキをいじりつつ、壁にかけられたアルメダ姫のポスターを見る。
 そして今後の身の処し方について考える。
 やはりゲンリの言う通り、呪いを解ける魔術士を地道に探すしかないのだろうか。
 直接国王のところに乗り込んで無理やり解呪させるというのは、やはり無理な話なのか。


「……そういえば」


 ふと、リーンの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。


「国王はアルメダ姫のオヤジなんだろう? なんで今でもそんなに強えーんだ?」


 多くの魔術師は、子をなすことでその魔力を大きく減少させる。
 これはアルデシアで暮す者にとっては常識だ。


「それは……」
「むむ……」


 ジュアとバルザーは答えあぐねている。
 はっきりとした理由はわからないのだ。


「国王は特別なお方なのだ」
「もともとの魔力がすごかったからよ、きっと」


 と、二人は世間でだいたい言われているようなことを言った。
 リーンにとっては、もちろん腑に落ちない話だった。
 絶対何かあると思う。


「そんなもんかねぇ」
「それにほら、ハーレムがあるから。国王の場合」
「!?」


 リーンの耳がピクンッと立った。
 今、ジュアが聞き捨てなら無いことを言った。


「ねえちゃん、今なんて言った!?」
「ハーレムよハーレム、全ての男どもの夢よ」
「くわしく!」
「ええ? 詳しくも何もないわ、そのままよ」
「ハーレムがあると魔力が強まるのか!?」
「そうよ。知らなかったの? 肉の交わりそのものは、その人達の魔力を高めるわ。精の消費さえしなければいいのよ」
「ほへー!」


 リーンはてっきり、男女の交わりそのものが、魔力を低下させるのだと思っていた。


「そうだったのか……。うーん、だったらエルレンにはもっと色々しておくんだったぜ」
「え?」
「いや、なんでもねえ。つまりあれだ、国王のおっちゃんはハーレムで大勢の女とくんずほぐれつやりまくって、そのすげえ魔力を保っているってわけか」
「そういうことじゃないかしら」


 ジュアはワインを器に注いだ。
 丁度一本空になる。


「でも妙なことを聞くわね。それはあなた自身が一番よくわかっているはずなんだけど」
「そうだなー、なんで気付かなかったんだろう。俺はこれまで数え切れないほどの女を食ってきた。でも全然魔力は落ちてねえし、むしろ強くなってる」
「女同士だと精の交換のしようがないから、当然よね」
「女に生まれてきて良かったぜ!」
「そうね。そういう意味では私、あなたが少しうらやましいわ。魔力の低下を恐れずに、好きなだけ好きな人とやりまくれるんだから」
「何を言うんだ姉ちゃん、つれねえなー。その気になれば簡単に出来ちまうことなんだぜ? どうだい今夜? 新しい世界を見せてやるぞ」
「うふふ、せっかくだけど遠慮しておくわ。あと、そろそろこの話は終わりにしましょう。バルザーが真っ赤になってる」
「んお?」


 言われて見てみれば、さっきからバルザーの顔が赤い。
 リーン達から目をそらし、頬杖を付いて気まずそうな顔をしている。


「ああ、そういや忘れてたぜ」
「……ふんっ、本当に恥ずかしい女だ」
「ずっと剣一筋だった男には刺激が強すぎたか?」
「バカを言うな、俺の顔が赤いのは酒のせいだ」
「ホントウかー?」


 リーンは覗き込むようにしてバルザーを見る。
 体格がよく、頑強な顔立ちをしている彼だが、その目は意外なほどに純朴だ。
 ずっと剣一筋に生きてきた上に、そこそこの魔力も持ち合わている。
 リーンはまず間違いなく、バルザーはアレであろうと確信し、彼の耳元でボソッとつぶやいた。


「……ドーテー野郎っ」
「むがふ!?」


 バルザーは握っていたジョッキを床に落とした。


「こ、この……! バカ女!」
「実は可愛い奴だったんだなお前。気にすんな、俺は結構好きだぜ? お前みたいな男」
「ええい! 言わせておけばいい気になりやがって! 聞くこと聞いたんならさっさと帰れ!」
「はっはっはー! 言ってることと考えてることが反対だな。本当はかまってほしいんだろう?」
「ぐぬ!? わけのわからんことを!」
「俺はまだ宵の口なんだ。姉ちゃんが付き合ってくれないってんだから、お前と二人で飲み明かすしかないじゃないか!」


 と言ってリーンはバルザーの肩に手を回した。
 実は、かなり酒がまわってきている。


「や、やめろ! 離せ! なれなれしい!」
「マスター、ジョッキ二つ追加ー」
「おいい!」
「こっからは俺のおごりだ、ジャンジャン飲もうぜ!」
「俺の話をきけー!」


 バルザーは必死になって振り払おうとするが、リーンはもはや彼の首に絡み付いて離れない。
 二人がドタバタと暴れる様子を眺めていたジュアは、残りのワインを揺らしつつ、やれやれと首を振った。




 * * *




 酔いどれ千鳥足のリーンが、おぼつかない歩みで満月亭に帰り着いたのは、真夜中を過ぎたころだった。
 宿の入り口は閉じられていた。
 リーンはその木の扉をドンドンと叩いて中の人を呼んだ。


「お~~い、俺ら~~! あれれるれ~~~!」


 しばらくして入り口ののぞき窓が開いた。
 そこからニュッと顔を出してきたのは、リバ族の娘、ランだった。
 すぐに扉が開かれる。


「リーン!? こんな遅くまでなにしてたガルか!」
「お~~、ランかー。元気にしてたらか~~? これお土産だぁー」


 と言ってリーンは、昼間に城の商店街で買ったクッキーの包みを渡す。


「むわっ! 酒臭いガル! 病み上がりになにしてたガル!」
「いやー、ちょっと城のまわりをなー、ぶーらぶらとーだなー?」
「とにかく中に入るガル!」


 リーンはランに引っ張られるようにして宿の中に入る。
 そのままクルクルと回転しながら長椅子の方に歩いてゆき、バッタリと崩れ落ちるように椅子の上に寝た。


「久しぶりに帰ってきたと思ったらこのざまガル。本当にとんでもない勇者だガル」
「うい~~~、水ぅ~~~」
「今もってくるガル。間違っても吐くんじゃないガルよ!」 


 そしてランは、水を汲みにカウンターの奥へと戻っていった。


 リーンはあの後、バルザーが完全に潰れるまで飲んだ。
 なにせ勇者になったおかげでタダ飲みである。
 ジュアもその事実を知ると、とたんに目の色を変えて、店にあるワインを高い順から注文しだした。


 三人ともうわばみなので、それこそ際限がなかった。
 麦酒の入った大樽が一本丸ごと空になり、ジュアの足元にはワインの空瓶がずらとり並んだ。
 うんともすんとも言わなくなったバルザーを店の主人に任せ、ふらふらになったジュアを兵士宿舎まで送り届けたリーンは、奇跡的な帰巣本能を発揮して、宿まで一人で戻ってきたのだ。


「リーン、しっかりするガル。水持ってきたガル」


 ランは寝ているリーンの頬をペチペチと叩く。
 リーンはむにゃむにゃ言いながら水の入ったコップを手に取り、口から溢れさせながらゴクゴクと喉の奥に流し込んだ。


「うあ”ー、生き返る~~、ぐふぁっ」


 そしてバタリと倒れ、そのままイビキをかいて寝てしまった。


「生き返ってないガル!」


 ランが呆れていると、上の階からゲンリが降りてきた。


「おや、物音がしたと思ったらやはり、リーンでしたか」


 続いてカウンターの奥から、メイリーが毛布をかかえてやってくる。


「今日はもう、ここから動かないでしょうね」


 そして最後に、パジャマ姿のヨアシュと母のマーリナが、目をこすりながらやってきた。


「あらあら……」
「は、はうぅ……お姉さま、お酒くさい……」


 ヨアシュは毛布をかけられたリーンに寄り添い、床に膝をついてその顔を覗き込む。


「でもよくご無事で……」


 みなの視線が集中する中、リーンは堂々と熟睡していた。




 * * *




「しかし、よく誰にも見つからずにここまでこれましたね」
「まったくガル」


 リーンの横で、ゲンリを中心として小会議が開かれた。
 宿の外を見回ってきたメイリーが、その輪に加わった。


「まだ、あちこちに張り込んでいるわ」 
「こんな夜中にまでご苦労なことです」


 ゲンリがふうとため息をつく。
 いま満月亭は、国王の手先などよりも、よっぽどたちの悪い者達に囲まれている。


「ちょっと出ただけで、写真10枚くらい撮られちゃった」


 つまり、民間の報道機関である。
 王国史上初の、認定勇者。
 リーンに関するスクープ記事をすっぱ抜こうと、多くの記者達が周囲に張り込んでいる。
 リーンはその中を、誰にも見つからずに歩いて来たのだ。


「ただの酔っ払いと思われたんだガル。情けない話ガル」
「そうですねえ……、仮にも勇者と呼ばれる人物が、こんなになっているとは……。誰も思わなかったのでしょう」


 ゲンリは呆れたように眉をしかめた。
 メイリーが言う。


「でも、宿に入るのを見て何人かは気付いたと思います。明日の朝が楽しみですね」
「ええ、しばらくは外に出られないと思った方が良いでしょう」


 そしてヨアシュが。


「お買い物とかどうしましょう? お客さまにもご迷惑をかけてしまいます……」
「記者への対応は私が何とかします。買い物などは業者に頼みましょう。お客さんについては……残念ですが諦めるしかなさそうです」


 リーンが勇者になったせいで、満月亭は色々と困ったことになってしまっている。
 その場にいた全員が、改めてリーンの寝顔を見た。


「ぐがー、ぐおー」


 口をあけて、長椅子の上で大の字になっているリーンを見て、一堂揃ってため息をつく。


「まったくねえ」
「困ったやつガル」
「お姉さま……」


 だが、次の瞬間にはもう笑顔になっていた。
 次から次へと事件を起すにも関わらず、けして人に嫌われることがない。
 まるで天の加護でもあるかのように。
 それがリーンの不思議な特性なのだ。


「ま、乗りかけた船よね」


 メイリーが言う。
 ランが同意するように頷く。


「毒食わば皿までとも言うガル」
「お姉さまはきっと立派にお勤めを果たしてくれます」


 ヨアシュはそういって、母の顔を見上げた。
 マーリナは優しい眼差しでもって、そのヨアシュの言葉に答えた。


「ではみなさん。今後も勇者リーンを全力で支援するとしましょう」


 ゲンリが力強くそう言って、場をまとめた。


「ぐがー、ぐごー」


 満月亭一同の力強い結束を知ってか知らずか、リーンはただ気持ち良さそうにイビキをかいていた。













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