ガチ百合ハーレム戦記

ナガハシ

惨事、午後の死

「と言うわけですまねえヨアシュ、お風呂に連れて行ってやれなくなっちまった」
「そうですね……お姉さま、残念です」


 リーンはヨアシュ達と大浴場にいく約束をしていたが、呪われた剣を握ったまま入るわけにはいかなかった。
 ヨアシュは悲しそうに目を伏せる。
 だがすぐに顔をあげて、リーンのことを心配した。


「剣の呪いを何とかすることが先なのです!」


 そして、お風呂への未練を断ち切るようにブンブンと首を振った。


「魔術師さまはなんと仰っているのですか?」
「ゲンリは城で呪いを解く方法を調べてくれている。俺もこの肩が治ったら、街に出て情報を探すつもりだ」
「そうですか……。肩のお怪我、酷いんですか?」
「んにゃ、ちょっと骨が砕けただけだ。寝てれば治るぜ」
「砕けたのですか!?」


 驚きのあまり、ヨアシュはその場で飛び跳ねてしまった。


「お姉さま、それは大怪我です! すぐに医法院にいって、診てもらいましょう!」
「ええー? 大丈夫だって、ヨアシュは心配性だなー」
「そんなことありません! 骨が砕けるのは大怪我中の大怪我です! いくらお姉さまがお強いといっても、放っておけません!」
「でもなぁ、姫さまにも回復術かけてもらったし……」
「いけませんです! どうみても応急処置です!」


 ヨアシュがあまりにも必死なので、リーンはそれ以上抵抗することが出来なかった。
 そしてグリムリールに残してきたカテリーナのことを思い出した。
 彼女にもよく、こうやって窘められたと。


「そんなに言うなら行くか!」
「はいです。近くに天才医法師がいることで有名な医法院があります。すぐにいきましょう!」


 と言ってヨアシュは、リーンの手を握ろうとする。
 だが、左手は肩に怪我をしているので掴めない。
 右手もまた、呪われた剣を握っているので掴めない。
 仕方なくヨアシュは、右手の肘のあたりを握った。


「ヨアシュが案内します!」
「ランもついていくガル。ヨアシュとリーンを二人っきりにはできないガル」




 * * *




 道すがらヨアシュは、自分のエプロンを脱いで、リーンの左腕を支えるための三角巾にした。
 すぐそばで、リーンが変なことをしないかと、ランが目を光らせる。


「まったく、やれやれだな」


 ヨアシュに手を引かれて歩きつつ、リーンは呟く。
 本当なら今頃、三人でお風呂に向かっているはずだった。
 そして、この手でヨアシュとランの体を泡だらけにして楽しんでいるはずだった。
 ランの体の敏感な箇所はわかっているので、そこを重点的に攻めることで、難なくランを落とせるはずだった。
 裸の付き合いをして、ヨアシュとも親睦を深められるはずだった。


 何もかもが、呪いの剣のせいで台無しになって、リーンは少なからずイライラしていた。


「あの髭のジジイめ」 
「にゃむ? さっきから何ブツブツ言っているガル」
「いんや、ただの独り言さ」


 呪われた剣なんかよこしてどうするつもりなのか。
 確かに凄い剣ではあるけれど、これでは不便でしょうがない。
 食事をとる時も左手しか使えない。
 寝る時だって剣を抱えたままベッドに入らなければならない。
 もちろん、大浴場にだって入れない。


 肩の怪我が治ったら、何よりもまず呪いを解く方法を考えなければとリーンは思う。
 そうしないと、ヨアシュ達とのお風呂を楽しめないのだから。 


「あそこが話していた医法院ですよ、お姉さま」


 言われて見た先には、レンガ造りの赤い建物が建っていた。
 こじんまりとした三階建てで、周囲の建物の中に埋もれ気味だ。
 相当古い建物のようで、レンガの一部が朽ちかけている。
 こんなところに天才と謳われる医法師がいるのだろうか?


 だが、そんな疑問はすぐに払拭された。


「混んでるみたいガル」


 建物の入り口付近に椅子が並べられ、待合室から溢れた人が何人も座っている。
 その中も混雑しているであろうことは、覗いてみるまでもなくわかった。
 ここは行列が出来るほどの医法院なのだ。


「やっぱり宿で寝てた方がよかったんじゃねーか?」
「そんなことないですお姉さま。腕利きの医法師さん達がおられるので、すぐに順番はまわってきますっ」


 と言ってヨアシュは、リーンの手を引き、そして空いていた椅子に座らせた。


「ヨアシュが受付をしてきますので、お姉さまはここで休んでいてください」


 そしてパタパタと建物の中に入っていってしまった。


「腕利きねえ」


 入り口の方を見れば、確かにひっきりなしに人が出てくる。
 なかなかのスピード診断であるようだ。
 だがそれでも半刻は待つことになるだろうなとリーンは思った。


「こうなったらヨアシュにまかせるしかないガル。観念するガル」
「そうだな。でも退屈だからランをいじって遊ぶことにするぜ」


 と言ってリーンは、怪我をしている手でランを抱き寄せ、喉元の毛をもふもふとやり始めた。


「に”ゃー! 怪我人は大人しくしているガルー!」
「いいじゃないか、いいじゃないか、うへへ」
「にょ、よくないに”ゃー! やめるに”ゃー!」


 肩の痛みをものともせず、ランの毛並みをふさふさもふもふと楽しむリーン。
 頬を紅潮させてわめくランを見て楽しんでいると、不意に辺りがざわめき出した。


――ざわざわ
――どよどよ


「ん? なんだ?」


 ドスーン、ドスーンと地響きがおこる。
 そしてリーンの目の前を、巨大な影がヌーッと通り過ぎていく。


――ああまた来よったわ
――困ったもんじゃのう。


 近くに居た常連と思しきお年寄り達がぼやく。


 それは山のように巨大な、髭もじゃの男だった。
 オーバーオールに身を包んだ労働者の姿をしているのだが、ついさっきまでドブにでもはまっていたかのような汚れようだ。
 肩には太い鎖を担いでいる。
 何とも言えない異臭が周囲に立ち込める。


「エルレンはおるかー!」


 男は腹に響くような声でそう叫んだ。


「股が痒いんじゃぁあああ!」


 入り口の前に立ち、咆えるように叫ぶ。
 あまりに体が大きいので、建物の中に入れないのだ。
 しかも、大人しく順番を待つ気もないようだ。


「そういうことか」


 リーンはすぐに事態を把握した。
 その男は、しばしばこの医法院にやってくる困り者なのだと。


「おいあんた!」
「あー!? なんだー!?」


 そういった人を黙って見ていられないリーンは、男の前に立った。
 もとより、とても気が立っていた。


「お前の順番は俺の次だぜ? 怪我したくなかったら大人しく並びな!」


 と言って呪われた宝剣スプレンディアを、鞘に収めたまま突きつける。


「ふんがー!」


 男はそう咆えると、肩に担いでいた鎖を握り締めた。


「じゃまするなー!」


 そしてバキーンとリーンの目の前の地面に叩きつける。


「おらあああ、股が痒いんじゃああああ!! たまらないんじゃあああ!!」
「へっ、言って聞くような奴じゃねえんだな。じゃあ、こうだ!」


 リーンはスプレンディアを抜いた。
 透明なマギクリスタルの刀身があらわになる。


「丁度いいぜ、お前が試し切り第一号だ!」


――ガシュン!


 縦一文字に剣を振り下ろす。
 すると男が両手に握っていた鉄の鎖が、まるで毛糸でも切るように、いとも簡単に切断された。


「うがが!?」


 さらに男の着ていたオーバーオールも切り裂いた。
 絶妙な剣さばきで、その下の肉には一切傷をつけずに。
 男のオーバーがハラリとはだけ、そのプックリとした腹部があらわになった。


「がががーー!?」
「そんなに痒いんなら、俺が治療してやるぜ!」


 と言ってリーンは、男の下腹部に手を突っ込んだ。


『エンデ・エクスパー!』
 - 炎よ爆ぜよ -


 男の下半身は、一瞬にして紅蓮の炎に包まれた。


「フンガー!!?」


 炎は、下腹部の体毛を、産毛一本残さず綺麗に燃やし尽くした。
 そして男は下半身丸裸になって地面に倒れる。


「どうだい、すっきりしたろ?」


 男は泡を吹いて、白目を剥いていた。


「次からはちゃんと順番を守るんだな!」


 と言ってリーンは、座っていた椅子に戻った。


「なにごとですか!?」


 その時、医法院の入口から一人の少年が飛び出してきた。
 リーンは彼の姿を見る。
 10歳かそこらのあどけない少年で、水色のローブを身にまとっている。
 猫耳のような二つの突起がついたフードを被っていて、そのエメラルドグリーンの瞳を地に倒れている大男に向けている。


「リーン、ボケッとしてないで説明に行くガル」
「ああ、そうだな……」


 リーンは事の詳細を説明するため、少年のもとに向かう。


 が、しかし。


「……うおう?」


 突如ぐらりと、リーンの視界がゆれた。


「んな? なんだ……?」


 瞬く間にリーンの視界が真っ赤に染まっていった。
 全身に無数の亀裂が走り、そこから一気に血が噴出す。


――ブシュワァァァァ!


「へ……?」


 リーンはそのまま、自らが作った血溜りの中に崩れ落ちていった。


「リーン!!」


 最後にランの叫びを聞いて、リーンは意識を失った。













「ガチ百合ハーレム戦記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く